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惑星迷子  作者: ふん
Season3
54/223

第四話

 絶え間なく連続で響くカメラのシャッター音は、まるで拍手喝采のように鳴り続けた。

 そして、その音が鳴り止んだ時、卓也が「うーん」と不満に唸るのだった。

「ほら、どう見てもおかしいよ。これじゃあ、作ったキメ顔だ。こんなの送ってみなよ。これが百点だと思われちゃう。僕は自然なキメ顔を撮って欲しいんだ。わかる? あくまで日常生活の一部を切り取っただけ。そこに宇宙一セクシーな男がいる。ただそれだけの写真だ」

 卓也が説明すればするほど、タブレット端末にケーブルで接続して、身を移したラバドーラはうんざりとしていた。しかし、あまりにわがままに急かすので、次のフィルターを用意した。

「なんで私が良いように使われなければならない……」

「ラバドーラが適任だからに決まってるだろう。最高のカメラマンだ。それに君が言ったんだ。『私の体のカメラはそういう風に使うものではない』って。だからそういう風に使う用のタブレットのカメラで、僕の写真を撮ってもらってる。ただそれだけだ。ラバドーラだって了承しただろう」

「普通は二、三枚撮ったら終わると思うからな。それをなんだ……百枚撮ってはフィルターを変え、また百枚撮ってはフィルターを変える。地球じゃ、一生写真を撮らせる拷問でもあるのか?」

「わかってないね……せっかくの三ツ星レストランの料理だって、考えなしにただ撮った写真じゃなにも伝わらない。写真っていうのは大事な情報の塊だ。姿を変えて、潜入してたラバドーラならわかるでしょ」

「姿を投影するための画像なら、余計なものは映ってないほうがいい。なんだ……後ろのごちゃごちゃしたのは」

「アンドロイドには理解が難しいかな……これが生活感だ。どんなにカッコイイ手の届かない男でも、親しみやすさを感じる」

「なら……せめて、その見切れているその手前の皿はどかせ。そこにピントが引っ張られて邪魔だ」

 ラバドーラが卓也の目の前にある皿をどかせようと手をのばすが、まるで手癖の悪い子供を叱るように、卓也はピシャリと手を叩いて止めた。

「聞いてなかったのかい? 写真っていうのは大事な情報の塊。生活感を見せて親しみやすさをアピール。いいかい? この角度で撮れば、ここは一人部屋に見える。そして、この皿に盛られた料理は僕が作った料理だ」

「デフォルトが作ってただろう……」

「料理を食べる時に、わざわざ誰が作ったかわかるような名札でも付いてると思うのかい? 向こうからはそう見えるってだけだよ」

「なら、全体が映るようにおけ。私からしたら、中途半端に映る情報は邪魔でしょうがない」

「そんなことをしたら、料理の自慢になるだろう。あくまで中心は僕だ。見る人も皆僕を見たがってる。だけど、そこにチラッと映る断片的な情報。わかるかい? 正解を与える情報じゃなくて、正解を考えさせる情報だ。この料理が一つあることで、僕は料理をする人なのか、どんな惑星料理が好きなのか、僕のエプロン姿は? 誰に作る? 徐々に僕のことを考える時間が多くなる。これが写真を使った口説き方だ。さり気なく情報を潜り込ませる。あとは向こうが勝手に恋心を爆発して、心の扉を空けてくれる。そうしてフリーアクセスの場所を増やしておくと、僕は一生寝泊まりに困らない」

 ラバドーラは呆れて「なんなら、その皿にもっと凝った料理を合成してやろうか」とバカにして言った。

 すると卓也は「写真で嘘はダメだよ。不誠実だ。僕は勘違いさせるだけ。嘘は直接言わないと効果がないからね」と言い残して、別の小物を探して来ると部屋を出ていった。

 ラバドーラはタブレットから機械の体へと戻ると、排熱の為にため息をついた。

 それとほぼ同時に。今まで我関せずだったルーカスが「バカの相手は疲れるだろう」と口を挟んできた。

「それがわかっているのに、どうして話しかけてくる?」

「私が賢いからだ。わかるか? つまり知的で、威厳に満ちているということだ」

 ルーカスは鼻の鼻をふくらませ自慢気に言った。

「今どんなマヌケな顔をしていたか見せてやる」

 ラバドーラは体の小型カメラで撮ったルーカスの写真を、すぐさま自分の体に投影して見せた。

「ひどい捏造だ……私はこんな顔をしていない。撮るならちゃんと撮りたまえ」

「だから撮ってるだろう。私のカメラは鏡よりも正確だ。この顔が気に入らないなら、ボコボコに殴ってやってもいいが?」

「私のことは、誰よりも私がよく知ってるに決まっているだろう。いいから、私の言うとおりに直すんだ。まず、私の瞳はもっとぱっちりしている」

 ルーカスがベタベタと顔を触って指紋をつけくるので、ラバドーラは手を払い除け、仕方なくルーカスの言うとおりに映像を編集していった。

「……これでいいのか」

「違う! もっと大きい。全宇宙を見渡せるかのような大きさだ。そう、それだ。あと、私の顎のラインはもっとシャープだ。よく見たまえ。凛々しく精悍な顔立ちをしているだろう。後頭部の絶壁もみっともない……私のは膨らんでいるだろう」

 ルーカスは横を向き、後頭部の形の良さをアピールしているが、特に際立って形のよう後頭部ではなかった。

「後頭部を張らせろというが、これ以上するなら顔を小さくするしかないぞ」

 ラバドーラは顔をひと回り小さく投影し、空いた分のスペースで後頭部を膨らませて投影させた。

「ふむ……」とルーカスは小顔の自分のを見て、満更でもない表情を浮かべた。「あとは眉間の深いシワだな。権力者は皆、眉間にシワを寄せている。まぁ、顔はそれでいいだろう。問題は足だな。私の足はもっともっと長い」

「いや、平均的に比べて短いぞ」

「アンドロイドに、地球人の足の長さの平均がわかってたまるか。いいから言う通り足を長くしろ。うーむ……そうすると腕も長いほうがバランスが良いな。指も細く長いほうが見栄えが良い。だが、真っ直ぐな指はダメだぞ。節くれ立つ男の指だ」

 ルーカスは次々に注文をつけていった。

 そして自分とは似ても似つかなくなった姿を見て「完璧だ……」と呟いた。

 その姿をタブレットのカメラで収める。

 顔が小さくなったせいで後頭部が大きく膨れ、目は見開いたように大きい。鋭角なシャープな顎に無理やり収めた小さな口。手足は細く長く、存在感のある長く節くれ立った指。

「宇宙人だ!!」

 部屋に戻ってきた卓也は、真っ先にラバドーラを指して叫んだ。

「なにを言っている。こいつはアンドロイドだ。宇宙人に会いたければ操縦室にいる」

「これそっくりの見たことあるもん」

 卓也はラバドーラを指して言った。

 宇宙暦の前に書かれた宇宙人の抽象画だ。この手の絵は、色々書かれているが、このタイプの宇宙人は大抵『グレイ』と題名に入っている。それにそっくりだった。

「そっくりもなにも、これは私だ。毎日見ているだろう」

 ルーカスはラバドーラの肩を組むとにっこり笑ってみせた。

 卓也が黙って鏡を見せると、ルーカスのご機嫌な笑顔は驚愕の表情に変わった。

「化け物だぁぁぁあ!」

「自分で『私の顔はこれだ』と指示したんだろう……」

 ラバドーラは投影をやめて真っ白な素体に戻った。

「想像力が乏しい地球人が考え出した宇宙人と一緒にするな……まったく」

 ルーカスは飛び出そうになった心臓を抑え込むように胸に手を当てると、深呼吸を繰り返した。

 そんな一連の動作を、卓也は鼻で笑った。

「普段僕をバカにしてるくせに、ルーカスだって興味あるんじゃん」

「なにがだね」

「『裸の王様』に送る写真を撮ってるんだろう? 僕もさ。このワームホールから出たら、意地でも回遊電磁波を捕まえて、写真を送らないと……。宇宙で一番セクシーな男。初の二年連続が掛かってるんだ。ルーカスも優勝に選ばれると思うよ――あなたの惑星の昔懐かしの宇宙人特集とかで」

「私はいつも言おうと思っていた。私のいない賞レースで、トップを取ったところで、所詮仮初めの一位だ。この意味がわかるかね?」

「僕と張り合おうって言うのかい? この宇宙一セクシーな男と」

 言いながらさっきの続きを撮ろうと、卓也はラバドーラの右手を掴んだ。

「読者も審査員も苦労したことだろう。私がいないのでは、選ぶ価値がないからな」

 ルーカスも写真を撮らせようと、ラバドーラの左手を掴む。

「離せよ。ラバドーラは僕専属のカメラマンだぞ」

「君こそ、離したまえ。この高性能カメラは、私を撮ってこそ初めて価値が生まれる。君の写真は私が撮ってやろう。ほら、そこの椅子の横に立ちたまえ、ちゃんと本来の背の低さがわかるようにな」

「じゃあ、ルーカスは僕が撮ってあげるよ。ルーカスも椅子の横に立ちなよ。足の短さがよくわかるように」

 ルーカスと卓也が子供のような喧嘩を始めたので、ラバドーラは付き合っていられないと操縦室へと向かった。



 ラバドーラが操縦室へ入ると、デフォルトが「お疲れさまです」と声を掛けた。聞かなくても、だいたいどんなことがあったかはわかっていた。

「本当に疲れた……体のあちこちに熱が溜まっている」

 ラバドーラが排熱ファンをフル稼働させると、その熱風がデフォルトの顔をなでた。

 その温度はとても高く、ラバドーラの鬱憤がどれだけのものかというのが感じられた。

「本当にお疲れさまです……」

「なんなんだあの二人は……毎日毎日飽きもせずにあーだこーだと……とてもクラスターで生活する生物だとは思えんな。地球人って言うのは、コミュニティーを作って生活してるんじゃないのか? この宇宙船にあった文献通りなら、あの二人はコミュニティーの一部として機能していない。まるで勝手にやってきて、好き勝手するウイルスそのものだ」

「自分にも、お二人が以前どのように暮らしていたかわかりませんのでなんとも……。ただ、地球人という枠からはみ出しているおかげで生き残っているのかも知れません。宇宙で見るならば、地球というのは発展途上にも満たない惑星ですしね」

 デフォルトは触手を二本、大きく広げて周りを見るように言った。このレストこそが、地球の宇宙技術の未熟さをあらわしていた。

「今でも、なぜこれが宇宙空間に耐えられるかわからないな……。新しい未知の技術ではなく、古い失われた技術で、ワームホールに耐えている。ある意味すごい技術なのかも知れないが……」

 ラバドーラは操縦室のあちこちを触りながら言った。

 何度も確かめるように触っているので、ラバドーラがなにを言いたいのかデフォルトにはわかった。

「いくつか手を加えていますが、メインのシステムや要となるエンジンが壊れてしまえば、直しようがありません。一応構造を理解しようと、少しずつメンテナンス範囲を広げているのですが」

 デフォルトはスクリーンを出すと、エンジンの設計図を映した。正しいものではなく、デフォルトが一から書いたものだ。なので、まだ内部はほとんど書きかけだ。

「船外廃棄が少ないところを見ると、循環システムの開発は一定基準を超えているらしいな」

「それは自分が手を加えたところですね。生命維持のためとはいえ、あまりに多くを船外廃棄するよう作られていましたから。なんとか燃料に回せるようにと」

「この構造なら、もっと再利用できるだろう」

 ラバドーラはシステムの穴を指すが、デフォルトはゆっくり首を振った。

「なにせ素材がないもので……。それに、ラバドーラさんが体験したとおり、本当に古い技術で作られた宇宙船ですので、あまりに大きなエネルギーだと、途中でパンクして爆発してしまうかも知れません。なので、自分達の考えこそ、一旦捨てるべきなんです」

「それは……今まで培ってきた最新の宇宙技術を捨て、アホになれというのか? ……あの二人みたいに」

「いえ、自分が理解できないからこそ、新しい技術だと受け入れるんです。新しい技術ならば、学びがいが出てくると思います。実際に自分達の知らない技術で作られているわけですから。きっとこのレストが、宇宙最新の技術で作られた宇宙船であっても、構造を知らなければ宇宙に出るのは不安になると思いますよ」

「この船が本当に新しい技術で作られているのなら、私の思考回路はオーバーヒートで焼ききれてしまいそうだ……」

「考え方を一つずらすだけでいいんですよ。そういうところは、自分達よりもルーカス様と卓也さんのほうが得意ですよ。柔軟な自由な思考です。今思えば、結果的に助けられたと思うことはたくさんありますし」

「悪運が強かっただけじゃないのか?」というラバドーラの言葉に、デフォルトは否定に首をふることは出来なかった。

「まぁ、あの二人に悪運があるのなら、どうにかなるとは思える。脱獄する時もそうだったからな。だが、悪運一つのために散々振り回されるのもわかっている……」

「あの惑星で捕まるまで、他の惑星で色々ありましたからね……。ですが、ここはワームホールの中。その心配はないということです」

 デフォルトは拳を握るように丸めて、ラバドーラに元気を出すように言ったが、ラバドーラは「結局ワームホールの中だ。根本の解決にはならないということか」と冷たく言い残し、操縦室を後にした。






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