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惑星迷子  作者: ふん
Season3
53/223

第三話

「このお皿はルーカス様のです。卓也さんのとお間違いのないように」

 デフォルトに言われ、ラバドーラはカリカリに焼いたベーコンが三枚のった皿をルーカスの前においた。水まで用意したところで「間違っている……」と呟いた。

「間違ってなどいない。カリカリベーコンは三枚。スクランブルエッグはバターでふわふわに仕上げる。これが私の朝食だ」

「ルーカス様はこだわるお方なので助かりました。ラバドーラさんが食料棚を見つけてくれなければどうなっていたか……。もう一度レストを見て回ったほうが良さそうですね。まだ知らない棚や扉がありそうです。手伝ってもらえますか?」

 ラバドーラが見付けた食料棚には、ルーカスと卓也が持ち込んだものではない保存食が保管されていた。とても古く、レストの製造年とほぼ同じ時期に作られたものだ。

 なぜ今まで見つけられなかったのかというと、ありえない場所に棚があったからだ。このありえないというのはデフォルトを基準にした考えであり、宇宙船の構造を見るに、本来は空間が存在してはいけないはずだからだ。

 ラバドーラがレストを乗っ取ろうとしアクセスした時に、たまたま共有したデータ容量の軽い船内地図の断片が残っていたので見つけることが出来た。

「私に頼らなくても、自分でスキャンして探せばいいだろう。地球人よりは、遥かに高度な宇宙文明で育ったように見えるが?」

「自分でスキャンできればいいんですが……。この機械も埃のせいか、色々の衝撃を受け続けたせいか、もう翻訳機能くらいしかまともに使えないんですよ」

 デフォルトは一本の触手に巻いている、ハチマキのように薄く細くしなやかな素材で出来ているゴーグルを見せた。

「僕はそんなのを使わなくても、今じゃ宇宙語はどの言語もペラペラ。だから、あの監獄惑星で、どんな宇宙人とも話すことが出来た」

「監獄惑星に行く前に寄った惑星での、自動翻訳テープが頬に張られたままになっているからでは? いつかは勝手に剥がれますよ」

「なんだ……突然都合よく僕の頭が良くなったんだと思ってたよ」

「あの惑星の翻訳機に地球の言語が入っていたということは、少なくとも一回は地球と交流のあった惑星だったんですけどね……。このワームホールで、遠く離れるか、近づくか」

 デフォルトは窓から宇宙を見た。相変わらず蜃気楼のように実体のない惑星が、自由気ままに動いていた。

 ラバドーラが乱暴にテーブルを叩くと、慌ててデフォルトは視線をそこにやった。

「いいか? よく聞け。私は間違っていると言っているんだ。なぜ私がこんな給仕みたいなことをやらされているんだ」

 ラバドーラの憤りを、ルーカスは鼻で笑い飛ばした。

「私の威光にひれ伏したからだろう。弱者が強者に従うのは当然のことだ。私が喉が乾いたと言えば水を持ってき、朝食だと言えばカリカリベーコンは三枚。太陽が西から昇ると言えば西から昇る。なぜならそれが常識に変わるからだ」

 ルーカスはベーコンの油と、唾液でテカテカに光るフォークの先をラバドーラに向けて言った。

 ラバドーラはそのフォークを睨みつけ、そのままの表情でデフォルトを見た。

「あの……あながち間違ってもいないですよ。ルーカス様と卓也さんと戻ってきたラバドーラさんは、お二人に言われるままにテーブルを拭き、食器を出して食事の支度をはじめました。なので自分も調理を始めたのですが……。てっきり仲直りしたものかと……」

「そんなわけがあるか! オマエ達がなにかしたんだろう!」

「なにかしたというか……考えられるのは――」ルーカスと卓也の顔を交互に見てから、再びラバドーラに視線をやった。「情報処理が追いついていないのだと思います。予期せぬことが立て続けに起こり、過負荷による不具合でしょうね。もしくは、冷却機構が上手く作動してないのかもしれません。熱暴走に寄る異常動作やハングアップの可能性も。どちらにせよ、一度メンテナンスをしたほうが良いと思われますが……」

 デフォルトは申し訳なさそうに言った。

 レストではラバドーラの機械の体も、システムも十分にメンテナンスを出来る設備も機能もないからだ。出来ることと言えば、表面を磨いたり、埃やゴミを取り除いたりくらいしか出来なかった。

「それよりも、私に過負荷を与えるあの二人をどうにか出来ないのか」

「……出来ると思いますか? あとはこまめにデータを消して、記憶容量を空けておくくらいですが……既にやっていますよね」

「当然だ。この宇宙船は余計な情報が多過ぎる。視覚的にも、思考的にも!」

 ラバドーラはルーカスと卓也を指した。

「さっきから、僕達のせいばかりにしてるけど。ラバドーラがおバカなだけじゃないの? 僕らはなんともないぞ。ずっとこのレストで過ごしてたけど」

「メモリに限界があるんだ。ルーカスが怒らせたり、卓也が口説いたりするせいで、私のメモリは余計なデータですぐいっぱいになる。いちいち消す方の身にもなれ」

「うそ! 消してるの!? 僕がどれだけ考えてアイさんを口説いてたと思ってるんだよ!」

「全部は消していない。とっておきマヌケなのは保存してある。なんなら流してやろう」

 ラバドーラは自分の体に卓也を投影させると、自分の目で見ていた卓也をそっくりに演じて見せた。

 卓也は初めて相手の目線から口説いている自分というものを見ることになった。思わず無言になり、じっと見つめる。

 ラバドーラは卓也の姿のまま「どんな気分だ? 必死に口説いてる自分というものは」と、馬鹿にした口調で卓也に聞いた。

 卓也はまだ無言だったが、やがておもむろに口を開いた。

「さ……最高! 僕ってやっぱり最高に良い男じゃん!」

「は?」

「微笑みの相槌、少しお袈裟に驚いた表情。時折見せる真剣な眼差し。思わず自分にドキッとしちゃったね。どう? デフォルト。特にあの場面なんて最高じゃない?」

 卓也はラバドーラに巻き戻すように言うが、デフォルトは迷惑をかけまいと「えぇ、とても笑顔が素敵でしたよ」と巻き戻さずに済むように言った。

「女の子の笑顔は武器ってよく聞くけどさ。男の笑顔も十分武器じゃん。ムラムラっとくる。頬に手をやりたいくらいだ。そう思うだろう、ルーカスも」

 卓也は投影映像とまったく同じ笑顔をしていた。

「私はイライラっとくる。頬をぶん殴ってやりたいくらいだ」

 ルーカスは蔑んだ瞳で卓也を一瞥すると、視線を手元のタブレット端末に戻した。そして、しばらく考えた後「そうだ!」と声を大きくした。

「今度はどんなろくでもない事を思いついたんだ」

 ラバドーラは投影をやめながら聞いた。

「このタブレットにラバドーラを閉じ込めるんだ。そして、私の勉学の手伝いをさせる。文章を私がわかりやすいように訳させるわけだ」

「そんなメリットがないことを私がやると思うか?」

「メリットはあるぞ。たいした記憶も出来ないお粗末な脳みそを。地球の最新型のタブレットで補ってやろう」

 相変わらずアホなことを言っていると無視しようと思ったラバドーラだが、よく見るとレストよりも遥かに処理能力が高いタブレットだった。第三者が見たり消したり出来る端末ということもあり、記憶を移し替える使い方はできないが、タブレットに身を移すことが出来れば、エネルギーの消費を著しく抑えることが出来る。

「なるほど……悪くないかも知れん……」

「もう少し考えたほうがいいですよ」

 心配するデフォルトに、ラバドーラは配線を繋ぐのを手伝うように言った。

「レストよりも互換性がある。これなら理解の範疇だ。レストにアクセスした時のように、熱暴走も起きないだろう」

「そうかも知れませんが……ルーカス様が使っているタブレットですよ」

「ルーカスが作ったわけじゃないだろう? なら大丈夫だ。さぁ、タブレット内で自由に動けるように、一部をコピーするぞ。マヌケが配線に躓いて抜けたりしないように見張っててくれ」

 ラバドーラは人形のように動かなくなった。

 すると同時に「なんだこれは!」とルーカスが叫んだ。

 タブレットが真っ暗になり、勝手に再起動されたからだ。

 プログラムの文字が次々に流れていく。見たことのない起動画面が長いこと映り、しばらくするとラバドーラの顔が画面に映し出された。

「成功だな」というラバドーラの声がタブレットから流れる。

「なにが『成功だな』だ……」とルーカスはこれ見よがしにため息を落とした。「私がいつ、タブレットで顔アップにしろと言った。でかい顔をしてみせろとでも言ったか?」

「そう急かすな。でかい態度じゃ隠しきれていない小さな器が見え隠れしているぞ」

 画面の中でラバドーラが嫌味に言うと、ルーカスはその顔を親指と人差指でつまむようにして小さくした。

「見たまえ! 卓也君。実に傑作だ! 文字通り手のひらで踊らせている」

 ルーカスの手の動きに合わせて、タブレットの画面の中にいるラバドーラは収縮したり拡大したり、

回転させたり、画面の外に指で弾かれたり、ルーカスにすっかりおもちゃ扱いされていた。

「おい、こら! やめろ! この……この! どうだ、アホめ!」しばらくなすがままにされていたラバドーラだが、画面の前面に固定することを覚えると、すぐさま画面に居座った。「少し無駄が多いプログラミングで手こずったが、私にかかれば操作など造作もない」

「アホは貴様だ」ルーカスはお絵かきツールを開くと、ラバドーラのおでこに太く大きく『猫馬』と丁寧な字で書き綴った。「見たまえ、卓也君。マネキンという全身お絵かき帳に、華々しく第一文を書いてやったぞ」

 卓也は画面を覗き込むと「バカって漢字は猫と馬じゃなくて、馬と鹿だぞ。無理に漢字で書こうとするから……バカが露呈するんだ」と呆れた。

「なんとでもいいたまえ。一番のアホはこのラバドーラと決まったからな。このまま宇宙警察に突き出してやる。せっかく惑星からまんまと逃げ出した宇宙犯罪者を、今度はタブレットという監獄に閉じ込めてやったぞ。実に愉快だ。腹を抱えて笑ってやる」

 ルーカスが気持ちよく下品な笑い声を響かせていると、「あの……」とデフォルトが口を挟んだ。

「なんだね、デフォルト君。私に媚びを売るなら、まずは試供品からだ。使ってみて、よければ、その媚を買ってやる」

「自分達も、ワームホールという監獄に閉じ込められているようなものなのですが……」

「それは違うぞ。私達は結果的に閉じ込められた。ラバドーラは私が閉じ込めやったんだ。つまりアンドロイドのオツムを遥かに凌駕したわけだ、私の頭脳が。この頭脳戦と舌弁による戦いを制した私を、宇宙警察も放っては置かないだろう。すぐさま、それ相応の席を用意するに違いない。そう思わないか? デフォルト君」

「また、牢屋の椅子とかじゃなければいいのですが……とにかく、一旦ラバドーラさんを移し替えましょう。タブレットに乗り移ることが出来て、活躍の幅が広がったということはわかりましたから」

「わかっていないな。私は逃さないと言っているのだ。もっとも、私から逃げ出すことなど不可能だが」

「逃げましたが……」

 デフォルトはトップ画面に戻っているタブレットを指した。ラバドーラのいない画面にはルーカスが書いた二文字の『猫鹿』が訂正されて『馬鹿』と書かれていた。

「どこへ逃げた! 卑怯者め!」

 ルーカスがタブレットに向かって叫ぶように言うと、タブレットからは「逃げてなどいない」とラバドーラの声が返ってきた。

「私をここに閉じ込めるということは、ここが私の家ということになる。ならば引っ越しの整理をしなければならないと思ってな」

 ラバドーラは画面の『ファイル』を持ち上げると、手で丸めて、画面の見えないところへ放り投げた。

「おい! それは私の愛読書である『独裁者の心得百』だぞ! あぁ! 『自分が成り上がるなら人を蹴落とせ~距離の開かせ方~』も『異星人に決して負けていない地球人』も『初の有猿飛行。猿に負けたくないあなたがやるべき習慣』も、全部が私のバイブルなんだぞ!」

 ルーカスはベタベタと画面に触れてどうにか止めようとするが、次々へとラバドーラがファイルを削除していっていた。

「そんなのばっかり読んでるから、そんなひん曲がった性格になるんだぞ」

 卓也はアホらしいと顔にも口にも出して言った。

「一般的に洗練された性格など、毛ほども役に立たん。天才とは変わり者のことを指すのだぞ」

「って、本に書いてあったわけ? いいんじゃないの? データだし、お尻を拭く紙にもならないんだから」

「あとなんだ……この大量の画像ファイルは」

 ラバドーラはわかりやすいように、日付名のファイルを順に横に並べた。

「あっ、それは僕。『裸の王様』に送る用。いっぱい撮っておいたんだよ。でもさ、次の日に見たら別の僕がカッコいいし、また次の日に見たらまた別の僕がカッコいいんだ。消せなくて困ったよ」

「紙媒体だとしても、尻を拭く気にもならんな……」

「誰が拭かせるか……だいたい、宇宙一セクシーな男の写真だぞ。消せるもんか」

 ラバドーラは「ゴミだ」と冷淡に言うと、ルーカスの書籍ファイル同様にすっぱり削除した。

「あーー!!」と大声を上げた卓也だが「まぁ、また撮ればいいや。ちょうどいい。新しい写真を『Dドライブ』」に送ろうと思ってたからね。僕のカッコよさは日毎更新されていくし、特に問題はない。問題と言えばだ。その写真をどうやって送信し、どうやって裸の王様を受信するかだ。……どうにか、回遊電磁波を拾えないの? 宇宙は待ってるんだよ、このセクシーな男を」

 ラバドーラはがっかりと肩を落とすと、「もう好きにしてくれ」とデフォルトに合図を送った。

 線を繋ぎ直すと、ラバドーラの意識はアンドロイドの体へと戻った。

「それでどうでした? タブレットの中は」

「エネルギーの消費は抑えられるが、このレスト以上に過ごしにくい。まるでデータの暴力だ。あいつらは整理という言葉を知らないのか?」

「自分の明日の予定も立てられないのに、整理ができるとお思いですか?」

「よくあの二人と今まで生きてこれたな……」

「何事も慣れですよ。タブレット中でも、レストの中でも、自分の居場所が決まれば、きっと居心地がよくなります」

「とてもそうは思えんがな……」

 少し目を離したすきに、ルーカスと卓也はお皿にのったオカズの取り合いをしていた。






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