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惑星迷子  作者: ふん
Season3
52/223

第二話

「それで、どうしますか? とりあえずの憂さ晴らしの為に喧嘩をするのか、よく知りもしないまま裁判をしてラバドーラさんの処遇を決めるのか。それとも、気絶している間にどうなったのか状況を把握するのか」

 デフォルトはルーカスに卓也。それにラバドーラの顔をゆっくり見回した。目が合っている間だけでも、真面目に考えてほしかったからだ。

 だが考える間もなく、まるで子供のようにルーカスは右手を上げた。

「当然喧嘩だ。見たまえ、これ見よがしに殴ってくれと縛られているではないか。私は絶対に勝てる喧嘩には、四十度の熱が出ようが参加すると決めているのだ。たとえインフルエンザになろうが、ノロウイルスに感染しようが、必ず喧嘩に出てやる」

 ルーカスは腕を組み、フンっと鼻を鳴らしてラバドーラを見下した。

「それを本当にするから、老若男女異星人にまで嫌われるんだよ……」と、卓也は過去を思い出してため息を付いた。しかし、すぐに口元に笑みを浮かべて、ルーカスの真似をするようにして手を上げた。「僕は争いは嫌い。だから裁判だ。ラバドーラへの判決は、ずっと女性の姿でいること。相手を傷つけることもなく、僕は嬉しい。さらに週替りで色々な女性の姿に変わってもらう。これには驚くべきメリットがある。僕が嬉しいってこと。しかも、声も性格も変えられるんだぞ。これにはなんと僕が嬉しがる」

 ルーカスは「くだらん……」と一蹴した。「アホの極みだ。私の服をかけるマネキンにしたほうがよっぽど有意義だ」

「ルーカスの足の短いズボンなんて履かせたら余計シワになるよ。でも僕の案だと、ズボンのシワどころか眉間のシワまでなくなってニッコニコだね」

「鼻の下と一緒に、股間の布まで伸ばしてどうするのだね。伸びきってダボダボになるぞ、まるで無理して買った学生服だ。息子にも同じ過ちを繰り返させるつもりかね?」

「そんなことない、僕の子は素直なんだ。撫でて褒めて伸ばすもよし、叩いて怒るのも時には刺激になる」

「たしかに素直だ。まるでアホな犬のように、誰にでもついていく」

 ルーカスはだらしなく舌を出すと、ハッハッと犬の荒い呼吸のマネをした。

「ルーカスだってアホな犬と一緒だよ。お尻についたトイレットペーパーを追っかけ回して、くるくるくるくる」

「私いつそんなことをしたのかね?」

 ルーカスが睨んで凄むと、卓也も睨んで顔を近づけた。

「それくらいアホだって言ってるの」

「ならばどっちがアホか多数決を取ろう」ルーカスはデフォルトとラバドーラに向かって、意味深な視線を向けると「卓也君がこの宇宙船で――一番のアホだと――そう思っている者は挙手をせよ」と声を大きく聞いた。

 デフォルトは触手を上げる、手を縛られているラバドーラは手の代わりに膝を伸ばした。

「ほら見たまえ。君がアホだということは、ここにいる全員が思っていることだ」

「挙手って言っただろう。これが手に見えるなら、ルーカスのアホが証明されたってことになるぞ」卓也はラバドーラの足を指した。「もう一回聞くよ。ルーカスが救いようのないアホだと思う人は手を上げて」

 デフォルトとラバドーラは、先程とまったく同じポーズを取った。

「聞いていたのかね? 多数決で両方に手を上げるやつがいるか。いいかね――」

 ルーカスはまだ話を続けようとしたが、デフォルトが遮って話し始めた。

「気絶している間の状況を確認した方がいいと思う方は、手でも足でも自由に上げて自己主張をしてください」

 当然デフォルトは手を上げたまま、ラバドーラも膝を伸ばして自己主張をした。

「あっ! デフォルト、そんなのずるいよ。それなら僕だって同じ聞き方をするよ。だいたいルーカスはさぁ――」

 また言い合いを始める二人を蚊帳の外に、デフォルトはラバドーラと話し始めた。

「それで、一体どうなったんですか? ラバドーラさんが稼働したままということは、一部始終を見ていたはずですが」

「一部始終ね……始めは爆発だ。終わりは外を見たほうが早い」

 ラバドーラが顎をしゃくってモニターを指したので、デフォルトは前面のガラスに外側観測モニターの映像を映した。

 様々な惑星が、次々に大きさと形を変えて流れていた。それは高速で飛んでいったとかと思うと、急にのろのろと亀のようにスピードを落とす。軌道もめちゃくちゃで、どこに行くのかまったくわからない。

 そんな中で、一軒家くらいの大きさの小さな惑星がレスト前で止まった。

 デフォルトがぶつかると思わず身構えて目をつぶった一瞬のうちに、レストは惑星を通り抜けていった。衝撃は何一つない。再び目を開けた時には、ぶつかる前と同じ光景が広がっているだけだ。

「もしかして……ワームホールの中ですか?」

「そうだ。それも、無理な惑星破壊の爆発であいた雑な穴の中だ。『壁』にぶつかれば。どんな頑丈な物質でも存在が消える」

 ラバドーラのいう『壁』とはエネルギーの壁だ。特定のエネルギーということではなく、全エネルギーのことを指す。爆薬の爆発などで放出されるエネルギーも、光のエネルギーも、熱も、音もすべて含まれたものだ。

 ワームホールというものは、超新星爆発による重力暴走によって出来るもので、爆発の一定時間後に惑星のコアが宇宙空間に穴をあける。

 水がエネルギーだとしたら、ワームホールは排水口だ。風呂の栓を抜いたように、全てを吸い込む。エネルギーがなくなっていけば、次第に静けさを取り戻し、穴は役目を終える。

 本来宇宙船が通るのはワームホールではなく、『ワープゲート』と呼ばれる意図的にあけられたものであり、穴が閉じることもなければ、無駄なエネルギーを吸い込ませることもない。とても安全に遠くまで通り抜けられるものだ。

 だが、超新星や今回のような惑星破壊でできたワームホールは、エネルギーという水が勢いよく排水管を流れていく。水の流れに沿っているうちはまだいいが、一緒に流されているレストという汚れは、急な方向転換による水の壁にぶつかって砕け散る。そうではなくても、そのうち水に飲みこれて消えてしまうのだが。

「爆発のエネルギーで押し出されたと思ったんですが……」

 デフォルトは直前の記憶をなんとか思い出しながら言うと、ラバドーラが自虐するように笑いを漏らした。

「運が良かったな。爆薬の爆発で弾かれて飛んでいっていなければ、ワームホールに吸い込まれる前にコアの爆発で粉々だった」

「あまり良いとも言えない気がしますが……このワームホールから抜け出すには、どこかの超新星爆発で出来た穴と偶然繋がることを願うしか……」

「まだある。宇宙生物が偶然このワームホールに入り込んで、そいつについていけばいい。ワームホールを行き来する宇宙生物は数多くいる。千回ほど寿命が尽きて生き返るのを繰り返せば、一匹くらいには出会える」

 ラバドーラの言い終わりに落としたため息は、デフォルトのため息と重なり音を大きくした。

 デフォルトは顔を上げるのと同時に、触手を器用に何本も使ってラバドーラの縄をほどいた。

 ラバドーラはすぐには立ち上がらず「……いいのか?」と了承を待った。

「ええ、宇宙船を乗っ取られる心配はありませんから。今となっては、乗っ取られて脱出できる方が楽なんですけど……」

 今度のため息はデフォルト一人のものだった。うつむいた顔を上げた時、操縦席にラバドーラの姿はなかった。

「誰がポンコツだ? 黒電話やマンガン乾電池などと、わけもわからないのに不快になる言葉で責め立ててくれたな」

 ラバドーラはルーカスを押し倒し馬乗りになっていた。

 不意にルーカスの喉元にひやりとした冷たい感覚が走った。気がつけば相撲の喉輪でもかけられているように顎を圧迫されていた。

「いったい誰だね!? この凶暴な殺戮人形を野に解き放ったのは!」

「自分です。危険はないので、いがみ合っているよりも、協力したほうがいいかと思いまして」

 デフォルトの言葉にルーカスは激怒して声を荒らげた。

「その目は節穴かね。私を見たまえ! いま危険にさらされている。実に脅威な存在だぞ! 宇宙刑務所に打ち込むまでは、縛り付けておきたまえ!」

「ルーカス様が喋られるくらいの力加減なら、手加減されているから問題ないのでは?」

「私の強靭な顎の力があってこそだ。おい、ポンコツマネキン。本気を出してみたまえ」

 ルーカスが煽ると、ラバドーラはアイの姿になって満面の笑みを浮かべた。そして、ルーカスが喋れないように力を込めた。なぜ姿を変えたかというと、この女性の姿のほうがルーカスは屈辱的に思うからだ。

「いいなぁ……ルーカス」

 卓也は心底羨ましそうに、ラバドーラに乗っかられるルーカスを見ていた。

「あのですね……卓也さん。そんな悠長なことを言っていられる状況じゃないんですよ」

「ワームホールに閉じ込められたんだろ?」

「聞いてらしたんですか」

「モテる男の条件。興味がなくても話は聞いてる。捕まった場所が、惑星からワームホールに変わったくらいのものだろう。あの時だってデフォルトはあーだこーだと言ってたけど、ほら。僕らは生きてる」

 卓也は両手を大きく広げて、自分の存在を強く主張した。

「食べるものがありません……」

「彼女がいる。彼女を見てれば僕は胸がいっぱい」

 卓也がラバドーラを指すと、ラバドーラも組み敷かれているルーカスの動きも止まった。

「冗談ではなくてですね。なにも積み込まずに、発進させたんですよ。惑星もないようなワームホールの中で、どうやって食料を調達するおつもりですか?」

 静かな間が流れる。

 こうなる時。次になにが起こるかわかっていたので、デフォルトは触手で耳をふさいだ。

「ルーカース!」と卓也は大声で叫んだ。

 急な音にラバドーラが呆気にとられると、ルーカスの急な馬鹿力によって逆に押し倒されてしまった。

「わかっている! 探したまえ! どこかにしまったまま忘れた保存食があるはずだ!」

 ルーカスは慌てて立ち上がると、操縦室を何周か走り回って勢いをつけてから部屋を出ていった。

「ほら、デフォルト! はやく!」

 急かす卓也に続いて、デフォルトもドアへと向かった。

「そういうことですので。少し食料を探してきますので、やることがなければ外側観測モニターの監視をお願いします」



 しばらくは外側観測モニターを見ていたラバドーラだが、しばらく問題はなさそうだと軌道を計算すると、レストの中を見て回ろうと立ち上がった。

 自分でもまだどうするか決めていないが、レストの構造を知っておくに越したことはない。

 こんな古い宇宙船じゃなければ、データにアクセスして一瞬で把握できるのだが、今は人間のように歩き回って視覚情報をいちいち登録しないといけない。削除したデータ分もすぐにいっぱいになりそうだった。

 小さくて古いながらも、手入れが行き届いてた形跡がある船内を歩き回ったラバドーラは、最初の印象よりもレストという宇宙船を良く捉えていた。

 自身がアンドロイドなので、機械類は雑に扱われているよりも、丁寧に扱われているほうが気持ちがいいからだ。

 だが、しばらく押収物倉庫で放置されていたこともあり、そこらで埃が機械に熱せられる嫌な臭いがしている。

 そこらに舞う埃をどうにかしなければと思う矢先、そんなことお構いなしにと埃が吐き出されている部屋があった。

 中からはガッシャンとなにかを投げる音と、二人の声が響いている。

「遊び道具以外に保管するものがあるだろう!」

 ルーカスが叫ぶと余計に埃が舞った。

「言っとくけど、ここにある遊び道具はほとんどルーカスが持ち込んだんだぞ。これなら勝てる、これなら勝てる。いったいどれなら勝てるのさ」

「私は人生で一人勝ち出来ればそれでいいのだ。私以外は皆愚かだからな」

「そういうところをつけ込まれて、監獄惑星に投獄されてたってのに、まだ懲りてないの?」

「惑星違法発展法を犯してるのは奴らの方だ。私達は無罪。まったく……危うく私の真っ白な輝かしい経歴に、前科という汚点が残るところだった」

「なに言ってんのさ。真っ黒でもう書けるところなんてないだろう。まぁ、前科が付かなかったってのはありがたいね。悪い男なんて今どき流行らないからね。清廉潔白。やましさのない男じゃないと」

「やましいことだらけではないのかね」

「やらしいことをしようとしてるだけ」

 すっかり手が止まっている二人に、ラバドーラは「燃料を探しに来たのではないのか?」と聞いた。

「燃料? あぁ、僕らの食べ物のことね。探してるよ、ほら」

 卓也は床一面に散乱したガラクタたちを指して言った。

「まったく、行動の理解もできんのか……」

 ルーカスは棚からものを引っ張り出して、食べ物じゃないのを確認すると床に落とした。

「まったくもって理解できん。出したら元の場所にしまうのが普通だろう」

「なにを言っている。こうして床に投げ出しておけば、探し終わったのが一目瞭然だろう」

「こんなことしてるから、どこになにをしまったかわからなくなるんだ。コレがプログラムなら、バグだらけだぞ」

「そう思うなら手伝ってよ」

 卓也がラバドーラの手を引っ張って部屋に入れた。

 そして、突っ立つラバドーラに向かって、ルーカスは「なんだ、ぼーっと突っ立って……。本当にただのマネキンではないか」とあざ笑った。

 後の不安より、今の不安。食糧難ということで、二人はラバドーラの存在などどうでもよくなっていた。

 ころころ態度が変わる二人に、ラバドーラの思考回路もおかしくなったのか、結局最後まで二人を手伝うことになっていた。






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