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惑星迷子  作者: ふん
Season2
48/223

第二十三話

「わかりました……」デフォルトは意を決した顔で囚人達を見ると「新たな指示を出します」と、静かだがとても通る声で言った。

 これには囚人達も思わず鬨の声を上げた。

「まず、お二人をここに連れてきてください」

 デフォルトはとにかく今はこの立場を利用するしかないと、勝手をする二人を連れ戻すことにした。

 一分一秒を争う今の状況で、二人が見つからなかったらという考えは杞憂に終わった。

 あっという間に卓也が、二人の囚人に両腕を抱えられ、引きずられながら連れてこられた。

「なんだよ。男の嫉妬っていうのは一番みっともないぞ。いいかい? 僕は顔も良いし、女の子を口説く術も知ってる。君達みたいに、努力をすることなく、他人の評価を下げるのに必死になってるような男とは違うんだ。わかったら早くさっきのところに戻してよ。せっかく暴動のテンションで開放的になってたのに……。もう……邪魔したのは……デフォルトかい?」

 デフォルトの元へ、生贄のように差し出された卓也は恨みがましい視線を浴びせた。

「今はそんなことやってる時間はないんですよ……」

 デフォルトはしゃがみ、卓也に触手を差し伸ばしながらこそっと耳打ちをした。

「わかってるよ。違う流れを追えって言ったのはデフォルトだろ」

 卓也もデフォルトの触手を掴んで、立ち上がるのと同時に耳打ちで返した。

「だったらどうして……」

「この状況で女の子が半裸で踊ってたら、どう考えたっておかしいだろう。きっと目を逸らして、そのすきになにかやるかすつもりだ! 戻って確かめないと」

「本当に遊んでる時間はないんです……」

 デフォルトが強い口調で言うと、卓也は口を閉ざした。だが、反省したわけではない。ありえない光景が目に映ったので、思わず言葉を飲み込んでしまったのだ。

 まるで人魂のように空中に炎が上がり、すぐに消えていく。そんな摩訶不思議な光景の中心にはルーカスがいた。

 卓也の時と同じように、両肘を捕まれ引きずられている。ルーカスが大声で喚き散らすたびに、その一つひとつの言葉が耳に入った囚人の顔が険しくなっていった。

「離したまえ! この薄汚い異星人が! 私の服だけではなく、経歴までが汚れるだろう。言葉を理解できる脳みそがあるならば、そのダンゴムシの裏っかわのような顔を近づけるのはやめたまえ。臭いも酷い……。まるで昨夜なにを食べたかも覚えていない。暴飲暴食した酔っぱらいの胃の中のような臭いだ。あっ――こら! なにをするのかね!」

 ルーカスは囚人に粗大ゴミでも投げるようにして、デフォルトと卓也の目の前に乱暴に投げ出された。

「いったいなにをしているんですか……この緊急事態に……」

 デフォルトは目の前でひらひら舞い上がる燃えカスを見て、愕然とした表情で頭を垂れた。

「尻を拭く紙を探していたに決まっているだろう。私のお尻はデリケートなのだ。どこに行くにもまず用意する必需品だ。まぁ……私のお尻に見合う上等な紙ではないがな」

 ルーカスは両手いっぱいに抱えた紙を、決して離すまいとしていた。

「燃え散らかして歩く理由にはならないと思いますが……。被害を増やしてどうするんですか」

「私に言うな。最初に火をつけたマヌケに言いたまえ。こっちもいい迷惑だ……。火の粉は飛んでくるわ。まったく……火遊びには程々にしたまえ」

 ルーカスは呆れたというようにやれやれと首を振った。卓也の首元に、まだ赤みを帯びたばかりの真新しいキスマークを発見したからだ。

「愛に火がついて周りに燃え移るなら、僕は間違いなく放火魔だ。今頃は地球の刑務所で、女性看守とよろしくやってるよ。あれ? 今の状況となにか変わってる?」

「いいですか、お二人共」と、デフォルトは二人の服の裾を掴んで顔を近づけると「遊んでる場合ではないんですよ」と最後通告のように厳しい表情で言った。

 しかし、その顔は「こそこそしてないで、早く次の指示を出してくれよ。救世主様」という一人の囚人の言葉で崩れてしまった。

「救世主様ぁ? 遊んでるのはデフォルトじゃないか!」

 いつの間にか囚人達との立場が変わってるデフォルトに卓也は驚いた。

 ルーカスは不機嫌に「あの女の次は君かね……私の立場を奪おうとするのは」と睨みつけた。

「これには事情があるんです……いいですか?」

 デフォルトは救世主と呼ばれるようになった経緯と、これからどうするかを伝えると、改めて囚人達と向き合った。

「この惑星の武器の一つに電磁シールドがあります。これは以前L型ポシタムの襲撃時に使われたように、電磁網によって捕縛する使い方もあります。体の自由を奪い、武器も無力化されてしまいます。鉄くずで作った武器はもちろん。看守から奪ったものもです。なので、まずは電磁シールドの無力化を指示します。無力化するまで次の指示はありません。それほど重要なことです。今すぐ全員で全力で行ってください」

 デフォルトの言葉をしっかり聞いた囚人達は、「おう!」と気持ちの良い返事をした。

 ルーカスと卓也からは聞けないような、指示のしがいのある返事に思わず感動しそうになったが、今はそんなことに気を取られている暇はなかった。

「さぁ、行きましょう」と二人に意気込んで振り返ったが、返ってきたのは「あいよー」という卓也の間延びした返事だけだった。ルーカスは自分より優位に立とうしているのではないかと、訝しんでデフォルトを睨んだままだ。

 デフォルトはもう少し先程の状況に感動しておけばよかったと落胆していたが、卓也が「さぁ、こっちだよ」と先頭に立って歩き出したので、目を丸くして驚いた。

「道がわかるのですか?」

「デフォルト……僕がなんのために女の子に話しかけたか、わかってないのかい?」

「自分の欲望のためでは?」

「……否定しない。だけど、欲望こそ生きる原動力だよ。欲望に従い生きていた結果。僕は押収物倉庫への道を手に入れた。なぜなら、その女の子こそ解体された部品の洗浄の仕事をしていたからだ。大まかな場所しかわからないって言ってたけど、まぁ……大丈夫だろう。ルーカスは自分の命がかかってれば、脳が少しだけ正常になるから。方舟から脱出した時もそうだっただろう?」

「そういえば……あの時もこんな火災でしたね……」

 デフォルトは血の飛沫のような火の粉をかいくぐりながら言った。

「まぁ、あの時から色々あったね」と卓也は思い出すように目を細めた。色々起こしたのは自分ではないというように幸せに満ちた表情だった。

「この状況で、よくそんな顔ができますね……」

「僕は色んな異星人の女の子と、異文化交流ができて満足してるからね。ルーカスみたいに、トイレットペーパーをきつく抱きしめる趣味はないんだよ。……あれ捨てたほうがよくない?」

 紙に燃え移らないようにと、ルーカスは足取りが遅くなっていた。

「最悪の場合には燃料にもなるので、あるのならばあったほうが良いかと。手伝いましょう」

 デフォルトは立ち止まると走る用の触手だけを残して、あとの触手を使ってルーカスが抱えていた紙を受け取った。

 その量は、どうやってルーカスが持っていたかわからないほど大量だった。

 そのうちのいくつかが落ちて転がっていってしまったが、それを拾っている暇はなかった。

 持っていた紙をすべてデフォルトに持たせ、身軽になったルーカスも落ちていった紙を気にすることなく、むしろいの一番に走り出した。

「早くしたまえ! 私はこんなしょぼい惑星で、臭い囚人達と死んでいくつもりはないぞ!」

「ルーカス様! 道は大丈夫ですか?」

 急に一番前を走り出したルーカスにとりあえずついて行ってはいるが、先程のように迷って適当に道案内をされては敵わないと、デフォルトと卓也でルーカスを取っ捕まえた。

「邪魔をするな! すぐそこの扉だ。中に入ってからも距離があるのだ。こんなところでじゃれている暇はない!」

 ルーカスの正論に思わず二人は手を離した。すぐにルーカスは走り出して扉をこじ開けた。

 そこは間違いなく押収物倉庫だった。

「本当に……自分の命がかかってる時だけは、脳がまともに機能するんだから……」

「ここは被害が少ないようですね。火の手が回ってくる前に、急いでレストの場所まで行きましょう」

 デフォルトは二人の背中を触手で押して急かした。



 長い時間走ると、見慣れた宇宙船とまだ少し見慣れない女性が立ってるのが見えた。

 レストが目に入った喜びが湧き上がったが「遅い! 遅すぎる! なにをしていたんだ!!」とラバドーラに怒鳴られたせいで、その感情はあっという間に消え去ってしまった。

 デフォルトは嘆くでもない、憂うでもない。感情のない声色で「色々あったもので……」とただ呟いた。

 それだけで、ラバドーラはなにがあったかはだいたい理解した。ルーカスと卓也が原因。それ以外はありえない。よくもまぁこんな日まで問題を起こせるものだと思ったが、こんなことは今日で、あと僅かの時間で最後だと、言葉を飲み込んだ。代わりに「それでどうなってるの?」とデフォルトに状況確認をした。

「脱獄を封じるために、電磁シールドが惑星全体を覆っているはずです。囚人の皆さんはそれを解除しに向かっています。囚人達が次のアクションを起こす前に、発進できればと思っています」

 そう言ってデフォルトはレストのドアを開けた。電源は落ちているので手動だ。船体のパネルを開けて中のハンドルを回すと、耳障りな金属が擦り合わさる音と一緒に入り口が開いた。

 その様子をラバドーラは驚きと疑問の表情で眺めていた。

 デフォルトは「大丈夫ですか?」と疾走疲れで、床に死んだように倒れるルーカスと卓也を起こした。

「無理……もう動けない……。僕は肉体派じゃないんだぞ。それなのにコードの山を踏み分けて走るなんて……明日トイレに起き上がれる自信もないよ」

 卓也は疲労困憊の顔でデフォルトに泣きつこうとしたが、デフォルトの後ろにラバドーラの姿が見えると、何事もなかったかのように立ち上がって、ステキな微笑みを投げかけた。しかし、生まれたばかりの子鹿のように足はガクガクと震えていた。

 見かねたデフォルトは先に大量の紙をレストに投げ入れると、ついで卓也の肩を支えて、お先に失礼しますとレストの中へと消えていった。

 すぐさまラバドーラは、荒い呼吸でうつ伏せでうずくまっているルーカスを、足で転がして仰向けにさせた。

「宇宙トイレがレストなんて聞いてないんだけど? いったいどういうつもりなの?」

「勝手に勘違いしたのはそっちだ……いいから……黙っていたまえ……これ以上話しかけたら……口から空気と一緒に魂まで飛んでいく」

「一緒になって宇宙トイレって呼んだでしょう。なんなら録音を聞かせるわよ!」

 ラバドーラが詰め寄って怒鳴るが、青息吐息のルーカスには少しも響かなかった。

 卓也を運び終え、今度はルーカスを運びに来たデフォルトに向かって、ラバドーラが「本当にこれ飛ぶの? 隣の宇宙船にしましょう」と提案した。

 デフォルトは「レストじゃないと燃料が間に合わないんですよ」レストの中に入る直前。「……どうします? 一緒に来ますか?」と聞いた。

 ラバドーラは悩んでから「わかったわ……」と決意した。こんなのでも宇宙船だ。電源さえ入れば、どうとでもハッキングできる筈だと。そうすれば、もうこちらのものだった。

 中に入ったラバドーラは、そのままエンジンルームへと案内された。そこには先に運び込まれた卓也が、まだダルそうに壁に背中をつけて座り込んでいた。

 ラバドーラは「それで、燃料は?」と聞いた。辺りを見回してもそれらしいものは見当たらないし、三人が手に持っている様子もなかった。

「そのことですが……。さぁ服を脱いでください」と、デフォルトは大真面目な顔でラバドーラに言った。

 しかし、最初に反応したのは卓也だった。

「わお! デフォルトが救世主って話は本当だったんだ……。でも……それ……僕が言うはずの……のセリフだぞ……」

「そういうのは……せめて呼吸を整えてからおっしゃってください。いいですか? 脱がしますよ」

 デフォルトは立ち上がる気力のない卓也の囚人服を脱がせると、それを炉の中に投げ入れた。ついでルーカスの囚人服も脱がし、自分の囚人服も脱いで炉に入れた。

 デフォルトは「さぁ、あなたの番です」と睨むような瞳をラバドーラに向けた。

 ラバドーラは「もういい……」と低い声で呟いた。

「やはり……脱げないんですね」

 デフォルトが追求すると、卓也が「うそぉ……脱がないの?」と心底落胆した声で言った。

「脱がないんじゃなくて、脱げないんですよ。そうですよね?」

「もういいのは茶番だ。うんざりだ……」

 業を煮やしたラバドーラは体から白い煙を上げた。

 自ら発する煙と蒸気のせいで、体への映像の投影は正確性を失い、有名な画家の絵画のように見かけを歪ませた。

 もうモーターの音も隠すこともできない。怒りに回転数を増していた。

 そして、マネキンのような真っ白でなめらかな身体を晒すと、瞳だけ顔に投影し、三人を睨みつけてこう言った。

「駆け引きはお終いだ。今すぐエンジンをかけろ」

 その声は確実に三人を脅していた。






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