第二十話
ルーカスとラバドーラが押収物倉庫に忍び込み、宇宙船レストを探している同じ日、同じ時間。卓也とデフォルトの二人も、脱獄のための下準備を言いつけられていた。
「おかしいよ、デフォルト。こんなの絶対におかしい……」
卓也は狭い部屋で、荷物を右の棚から左の棚へと移動させる最中で言った。
不満げにのろのろと作業する卓也と違い、デフォルトはてきぱきと効率よく複数本の触手を使いながら、顔だけを卓也に向けた。
「なにがですか? なにもおかしくもないですし、変わったこともしていませんよ。自分達はいつも通り仕事をしているだけですよ」
「それがおかしい。おかしいことだらけだ。まず第一に、僕とアイさんがコンビを組んでいないことがおかしい。今までのことを考えれば、飼い犬だって空気を読んで僕とアイさんを二人きりにするよ。おっと、デフォルト。勘違いしないでくれ。別に君が嫌いなわけじゃないよ。タコランパ星人の中で誰か一人を選べって話なら、もちろんデフォルトを選ぶよ。ただ、今はそういう状況じゃないってだけだ。地球人と地球人。男と女。恋の話だ」
デフォルトは「ありがとうございます……」とありがたいのがどうか気持ちの整理がつかないままお礼を言った。「囚人と看守がコンビを組んでいたら、あからさまに怪しいからだと思いますよ。それも四人中三人が地球人。枠組みを変えても、同じ船に乗っていた三人組のうちの二人が不審な行動をとっていたら、なにか企んでいると思われてもおかしくないですよ。なので、自分と卓也さんの二人は、こうして普通に仕事をしているのが、一番のカモフラージュになるんです」
「……正論をありがとう。じゃあ、二つ目だ。僕も正論を言わせてもらう。僕らは燃料を探せって言われているんだぞ。普通に仕事なんかしてる場合かい? 僕は役立たずだと思われるのはごめんだぞ。たしかに、ダメな男を演じるほうがいい時もある。そういう男に惹かれる女性がいるのも事実だ。でも、アイさんは違う。基本は出来る男。でも、その中にあるお茶目なマヌケなところに惹かれる。つまりお茶目なマヌケを見せてきた僕は、これからは優秀なところを見せつけないといけない。わかるかい? デフォルト。この惑星が嫌で脱獄する予定を立てたけど、この惑星の為に仕事をしました。それじゃあ、ただのマヌケだ。僕は彼女の記憶に残る変人になるつもりはないぞ。心に残る恋人になるんだ」
卓也は俳優のようなキメた顔で言い切ると、最後に意味ありげに笑ってみせた。
「そうですね……。色々言いたいことはあり過ぎますが、最も肝心な要点だけ説明しますね。すぐに思い出していただければありがたいのですが、レストの燃料というのは燃えればなんでもいいんですよ。危険を冒してまで燃料庫に忍び込んで、わざわざ盗み出す必要はないんです。囚人服を燃やせばいいのですから。警備が厳しくなった中でのリスクを考えれば、燃料を探し歩き回らないほうが最善なのです」
「いい感じにまとめたようだけど……言いたいことはまだまだあるぞ」と卓也は食って掛かるように、デフォルトに顔を近づけた。「まず、その意見は僕が言ったことにしてほしい。そうすれば機転が利く男だと思われる。機転が利くイコール出来る男だ。そして、燃料のことは当日まで内緒にしてほしい。燃料がないと驚いたところに、僕がすかさず事実を伝える。堂々として頼りになる男だと思われる。頼りになるイコール出来る男だ。最後に……服を脱がせる言い訳を作ってくれたことに感謝するよ。僕は君に最大の敬意を払うよ」
卓也はルーカスがするような、直立で姿勢の良い敬礼をデフォルトに向かってした。
「それはいいんですけど……。急に……あれこれと動きすぎではないですかね?」
デフォルトはここ数日の急展開が気になっていた。
動かす者が現れたので、停滞していた時間が動き出すのは当たり前なのだが、自分が計画したことではないので不安にかられていた。自分で計画し実行するものなら、不測の事態にも対応できるのだが、今回はそうもいかない。
ルーカスと卓也という予測不可能な行動する二人の他にもう一人。未知の人物がいるからだ。
デフォルトの中では、彼女はまだ半々の状態だった。円の中ではっきりと別れた白と黒。混じり合う灰色はなく、円の傾きによって、時折味方に見えたり敵に見えたりと評価が変わる。
白黒はっきりさせたい気持ちがあるが、はっきりさせてしまえば脱獄のチャンスが永遠に失われてしまうような気もする。
自分の意思ではなく、結局は周りに流されて脱獄するということになってしまったのが大きな原因だ。主導権も舵の操作もできない状況は、デフォルトにとって心騒ぎが落ち着かない状況だ。目の前にいる卓也のように、なるようになる。という考えにはどうにもたどり着けなかった。
そんな心胸を見透かされたように、デフォルトは卓也に笑いかけられた。
「わかるよ、僕も心配してる。不安っていうのは心の穴だ。良案も妙案も楽しい感情もみんな落ちていっちゃうからね。自分が悪いんじゃないか、なぜ、どうして、自棄になっておかしくなる。だから考え過ぎはよくないんだ」
卓也は笑みをやめえると、真剣な顔でデフォルトの目を見た。
「卓也さんも経験あるんですか?」
「いや、今まではさせる側だった。旦那が仕事中にお邪魔したり、彼氏が男友達と遊んでる間に彼女は男遊びをしていたり」
「……いったいなんの話ですか?」
「ルーカスがアイさんと二人きりでいるから不安って話だろ。彼女に限って絶対にありえないはない。だって僕が証明してきたんだから。それを心配してくれたんじゃないの?」
「たった今。別の心配事ができましたよ……」
「言っとくけど、今更頭の心配だなんて、ありきたりな言い回しは僕には効かないぞ」
「女性に後ろから刺される心配ですよ……」
「僕だってバカじゃない。なにも考えてないとでも思ってるのかい? ちゃんと学習してるさ、三回目刺された時に」
「やっぱり……頭のほうも心配です」
それからしばらく仕事を続けていた二人に耳に、ドアの向こうから昼休憩が始まったことを知らせる、様々な足音の雑音が響いてきたが、ルーカスとラバドーラが戻ってくることはなかった。
緊急放送もなく、二人が戻ってこないというのは、向こうの計画は順調に実行中ということだ。
これから卓也とデフォルトがやることと言えば、騒ぎを起こさず、まわりと同化するように日常に溶け込むことだ。
ルーカスとラバドーラという看守の不在に気付かれてはいけないので、変に目立つことも、まったく姿を見せないこともしてはいけない。
卓也とデフォルトが取るべき行動は、他の囚人に混じって昼食をとりに行くことだ。
この星で昼食というのは、一種のパラメーターだ。豪勢なほど立場が上で、質素なほど立場が下というわかりやすい構図が出来上がっている。
力があるグループは権力を誇示するのに、これ見よがしにテーブルに食事を並べる。
特に今日はそれが凄かった。いつもは複数のグループが決まった日に、まるで選挙活動のように食事を並べ無勢力派を取り入れようと食事を振る舞ったりしているのだが、今日に限っては派閥を争うように、二つのグループだけが食事を並べていた。
テーブルも椅子も全て使用されており、卓也とデフォルトが使うものはなく、仕方なく床に座って食べ始めた。
「いったいなんだっていうんだ」
卓也は無料で囚人に配膳される味も量もない。ただ平均的な栄養がとれるだけの保存食を口に入れながら言った。
「なんでしょう。ここで食事をとるのも久しぶりですからね」
デフォルトも卓也と同じものを口にいれ、目の前の光景に首を傾げた。
卓也もルーカスも歓迎されるような人物ではないので、食事をとるのは仕事場や自分の部屋だ。囚人になりたての頃は、他の囚人と一緒にこの休憩室で食事をとっていたのだが、毎回のように誰かに絡まれ、仕返しをして大騒ぎを起こすので、ここには来なくなっていた。
それに加えて、最近は誰とも合わないような仕事場に変更されてしまっていたので、ここ最近の惑星の雰囲気というのものがわからなかった。
嫌われ避けられているルーカスと卓也は元より、好かれ頼りにされているデフォルトも同じことだった。ちょっとした浦島太郎状態だ。
デフォルトは食べるだけでやることもないので、状況を把握するためにも周囲を観察した。
グループは二つ。だが、以前は別々のグループに所属していたものが固まっている。肩を組み仲良くなったというよりも、目的のために手を取り合っているように見えた。
デフォルトがそう見ていたのには、食事の量と同様に人数というわかりやすい構図で対立しているからだった。
権力を誇示するものが食事の質から人数に変わったのか、なにかの為に人数が必要になったかだ。
どちらが正解かはわからない。肝心のなんのためにということを誰も口にしていないからだ。
デフォルトは「派閥争いが深刻化したんですかね」と、見たままを口にした。
「じゃあ僕らには関係ないね」
卓也は自分の立場を十分にわきまえていた。自分に声が掛からないことも、掛けられても困ることも、群れの騒ぎは遠くから見てるのが一番愉快だということも。
「関係ないとも言えないと思いますよ。あまり騒ぎを起こされて、規則が厳しくなるとこちらも動けなくなりますから」
「そういう心配はいらないんじゃない? どう見たって事を荒立てようって雰囲気じゃないよ。たぶん看守に目を付けられたくないんだろう」
「目立ってますよ」
「デフォルト……。男ってのはわざと目に見えるバカをやって、その裏では別の計画を動かすものなんだよ。それが男のコンビネーションプレイ。女の子を一人持ち帰るのに、二本の腕だけじゃ持ち上がらないこともある。女の子を神輿に担いで持ち上げる職業を世間では男友達と呼ぶ」
「後半はともかく……別の計画というのはなんですか?」
「僕が知るか。知らないってことは、女の子を持ち帰るための派閥じゃないってこと。一安心だよ」
卓也は飲み物を取ってくると立ち上がり、目的地に真っ直ぐではなく女性のお尻を追いかけながらふらふらいなくなると、タイミングを図ったかのようにチャップネイズがやってきた。
チャップネイズは「よかったら食べないか?」と中が見えないようになった包みをデフォルトに渡した。
デフォルトは「ありがとうございます」と遠慮することなく受け取ると、包みを少し開き、中身を確認して、すぐに囚人服のポケットにしまい込んだ。
チャップネイズは少し周囲を気にしてから、壁により掛かるようにシャボンシェルターの背面を当てて、ゆっくりデフォルトの顔の位置まで降りてきた。
「それでよかったか?」
「えぇ、十分です」
「本当はもっと良いものを渡したかったんだけど。今は皆必死に手に入れようとしてるから部品がないんだ。それも無理やり作ったからな、使えるのは一回だけだ。誰にも言うなよ、今皆ピリピリしてるんだ」
「ありがとうございます。一回でも火が着けば十分ですよ。それより……なにがあったかは聞いていいんですかね?」
デフォルトの質問にチャップネイズは、眉間にシワを寄せて顔を歪めると、もう一度注意深く周囲を見渡した。
そして「なにも聞いていないのか?」と小さな声で聞いた。
「最近はずっと隔離されていましたから」
チャップネイズは「そうか……」と一度悩んでから、デフォルトには言ってもいいだろうと決意した。「このことは二度と口には出すなとは言われてるんだけどな。オレ達はこの惑星を乗っ取るつもりだ」
デフォルトは「ええ!?」驚きの声を上げたいのを必死に押し止めると、声を潜め「発案者は誰ですか?」と聞いた。
「さぁな……オレも人伝いに聞いただけだからな。というより、みんなそうだ。人伝いに聞いて動いている。どうやら看守どもは、オレ達囚人を開放するつもりはなく、惑星ごと爆発するつもりらしい。だからオレ達はこの惑星を乗っ取り、楽園に変える。今はそのための武器を集めてる。そのせいで少し騒がしくなるが、看守には縄張り争いに見えるだろう」
秘密裏に誰とも打ち合わせることなく始まったこの活動のせいで、心の中には不安もあったので、チャップネイズは安心を求めるように思いの外べらべらと内情を話した。
「人伝いの情報で動いて平気ですか?」
「人伝いと言っても、皆がこうやって動いているんだ。誰か指揮を取ってるやつは必ずいる。指揮を取ってるのが誰かわからないってことは、看守にもバレないってことだ。作戦を打ち合わせることもないから、もし何かで見つかっても計画がバレることはない。だからこれ以上話すのは危険なんだ。じゃあな」
チャップネイズはまるで誰かと待ち合わせしてたかのように振る舞うと、人混みの中へと消えていった。
デフォルトはどうしたものかと思いながら、ポケットの中にあるチャップネイズお手製の着火装置を包みの上から触手で強く握りしめた。




