第十八話
荷物整理の仕事に回された日から数日。何事もなく時間はのろのろと過ぎていった。
ルーカスが問題を起こすこともなく、卓也が騒ぎを起こすこともなく、デフォルトが尻拭いをすることもない。
昨日右の棚に並べたものを今日は左の棚に並べる。明日をそれをまた右の棚に並べ直す。明後日は左の棚へ、明々後日は右へ。まるでメビウスの輪を辿るように同じところへ行き着く日々だ。
要は軟禁されている。これ以上ラバドーラの手がかりを消されては困るからだ。追放や処刑をして他の囚人達を刺激して、混乱を招いたり反乱を起こされては意味がないので、手荒なこともできない。三人の処遇は意味のない仕事をさせることしかなかった。
実際に今までのどんな処遇よりも効果があり、惑星は静けさを取り戻し、以前の掘削する機械音が絶えず響くだけになった。
ラバドーラも一度身を潜め様子をうかがっているので、騒動が起こることはなかった。
看守側はといえば、何ヶ月も前のラバドーラの痕跡をようやく一から追いかけ始めていた。遠回りになったが、効果は十分にある。迷路に蓋をして端から水を流していくようなものだ。水に満たされ、いずれ追い詰める。それも比較的に早いうちに。
ラバドーラがエネルギー源を別のものに変更したことが判明するのも時間の問題だ。
のんびりと過ごす三人とは違い、事態は刻一刻と変化していた。
壁に寄りかかった卓也は「暇っていうのもなかなか辛いものだね」と、壁についた汚れを見ながら言った。
それをデフォルトは素早く拭き取ると、触手から触手へとリレーをして雑巾をバケツへ、また別の触手から触手へと荷物をリレーし、右の棚から左の棚へと移動させた。
「やることはありますよ。卓也さんがやらないだけで」
「やることねぇ……。隠居したお爺さんの生活だって、もっと変化があるよ。たまには血圧が上がるものを食べたり、一つ遠い街に買い物に行ってみたりさぁ。なのに、僕らは毎日同じ。右から左、左から右へ。で、また右から左。今日やることは明後日と一緒なんだぞ」
「ですが、一応言われたことはやりませんと」
「バカに素直なんだから……。だいたいルーカスもルーカスだぞ。何がしたいのかまったくわかんないよ。素直にバカなんだから」
ルーカスはまず鼻で笑い返した。ついで、話にならないというように額を手で押さえた。
「君がバカだから、私の考えについてこれんのだ。たまには自分で考えてみたらどうかね?」
「そんなこと言って、なにも考えてないんだろう。いつものことだよ。なにに感銘されたか知らないけど、影響され、実行して、僕らを振り回す」
「考えているから実行しているのだ」
「なら説明してみてよ。この間の倉庫に忍び込んだことを」
「してやってもいいが、君が私より劣るということが証明されてしまうがいいのかね?」
ルーカスは自信に満ちた眼差しで、まっすぐ卓也の目を見て言った。なにを聞かれても言い返せる。そんな力強さがルーカスの瞳に宿っていた。
「絶対にいやだ」と断言した卓也は、眉間にシワを寄せて考え始めた。
あの自信あり気な表情をする時には、有利に事が運ぶなにかを持っている時だ。だが、ルーカスに限って深く考えているはずがない。考えるのは浅はかで愚かな答えだ。
卓也がちらっとルーカスに目をやると、意味ありげな含み笑いが目に入った。
「お腹を満たすとか言ってたし、どうせ食べるものでも探してたんだろう」
卓也が苦し紛れに適当に言うと、調子外れの鼻歌の歌いだしのように、高い音で「ふーむ」と鼻を鳴らした。
そして、ルーカスは笑顔のままで「それについて、デフォルト君はどう思うのかね?」と聞いた。
「ルーカス様がお腹をすかせれば、まず自分に言ってくるのでそれはないかと。ルーカス様の脱獄するという考えが本気だという過程の元で話を進めるならば、宇宙船の燃料を確保する為かと。アイさんが言っていたように、最近燃料倉庫の警備が著しく厳しくなったのは確かですから。そうなる前に、燃料確保のため忍び込んだと考えるべきかと」
言い終わりにデフォルトがルーカスの顔色をうかがうと、満足げに頷いていた。
「まさしくそのとおりだ。これで卓也が私より劣っているということが証明されたな」
「そんなのズルだ! ルーカスの考えじゃなくて、デフォルトの考えじゃないか」
「ズルではない。デフォルトが私の思考を読み取り、発言しただけに過ぎん。つまり、君だけ私の考えを理解できていないということだ」
「じゃあ、その燃料はどこにあるっていうのさ」
ルーカスが「それを見せれば納得するのだな?」と聞くと、卓也は頷いた。「ならば、デフォルト君。ここへ持ってきたまえ」
至極当然のように言ってのけるので卓也は驚いた。まさか本当に燃料を用意しているとは思わなかったからだ。慌ててデフォルトを見るが、なにも持っていない。
デフォルトは困惑の視線をルーカスに向けていた。
「あの……自分は燃料を持っていませんが……」
「なんだと!? なぜだ? 私の考えを理解していたと言っていたではないか」
「理解はしていません。辻褄を合わせただけです。せめて倉庫に忍び込んだ理由さえわかれば、もう少し考えを広げることが出来るのですが……」
そう言ってみたものの、首を傾げているルーカスを見る限り、あてにはできないとデフォルトは頭を抱えた。
だが、まったくの無意味で倉庫に忍び込むほど、ルーカスの頭のネジが外れているとも思わない。なにか自分に利があることのために、倉庫に侵入したと考えるのが普通だ。それがなんなのかはわからない。
看守という立場になにか不服があるならば、宇宙船の燃料を探すというのもあながち間違いではないのかもしれないが、ルーカスならばレストの燃料は燃えれば何でもいいことがわかっているはずだ。
この惑星は岩石惑星で植物はほとんど生えていない。木に至っては一本も生えていないので、それらを燃料にすることはできなくても、服となる素材がある。倉庫に忍び込む危険を冒すよりは、囚人服を集めるほうが手っ取り早い。なによりルーカスならばこっちの楽な方法を選ぶのは間違いなかった。
つまり、ルーカスが倉庫に忍び込むよう仕向けた者がいるということだ。
デフォルトの頭にそんな不穏な考えがよぎった。
「―フォルト? ――デフォルト? 聞いてる?」と卓也に揺さぶられ、デフォルトは思考の沼から出てきた。
「すみません……聞いてませんでした」
「僕ら、これからどうするって話だよ。よくわからない刑を受けたまま、だらだらのんびり刑期まで囚人として過ごすのか、健康なうちにさっさと故郷へ帰るために、危険を冒して脱獄するのか」
「今となってはどちらも危険な気がしてきました」
デフォルトは別の意思が働いている不気味さから結論を遠ざけた。もう少し考えてみようとしたところで、ルーカスの「そうだ!」という大声に邪魔されてしまった。
「今度はなんですか?」
ルーカスは「ラバドーラだ!」と、思い出したと会心の笑みを浮かべたが、すぐに眉間にシワを作り「ラバドーラとは誰だ?」と、疑問に首を傾げた。
「悪名高いL型ポシタムのリーダーの名前ですよ。この惑星に幽閉されているはずです。襲撃もされたじゃないですか。それがどうかしたんですか?」
デフォルトは身を乗り出して食い入るように聞いた。
「腹を空かせたから狩りをする?」
「なぜ疑問形なんですか?」
「思い出したのは名前だ。あとは自分で考えたまえ。私の目をじっくり見ろ。私の奥底に眠る考えが見えるはずだ」
ルーカスはずずいと顔を近づけた。
デフォルトの目に映るのは当然ルーカスの顔。そして思い出すのは数々の騒動。けして良い思い出にならい出来事が頭の中に浮かんだ。その中の一つであるL型ポシタム襲撃時の停電騒動の事が、急にフラッシュバックして映像として流れた。
しかし、思い出した音声は別の日のものだ。
『――そういえばこれも噂なんだけどよ。L型ポシタムのボスが、この間の停電のすきに脱走したって噂を聞いたか?』
誰が言ったかまでは覚えていないが、言ったことは確かだ。
「ラバドーラが脱走したとなれば、活動を停止させるためにエネルギー保管庫の警備は厳しくなります。ルーカス様が倉庫に忍び込んだ理由は、脱獄のための燃料を確保するためか、ラバドーラを捕まえるための二択に限られてくるのでは?」
「よくぞ私の考えを汲み取った」とルーカスがまたも満足げな笑みを浮かべていると、入り口が勝手に開き人が入ってきた。
「おやおや、男三人で集まって不穏な話をしてるね。どっちも機密情報だよ……」とラバドーラが部屋に入ってきた。
思わずデフォルトが身構えると、ラバドーラは「まあまあ落ち着いて」と手で制して、座るように促した。
「そうなんだよ。アイさんの心を開放するか、それとも心を捕まえるか……。バレちゃったし、どうせなら選んでくれないと」
珍しく女性に対する欲求より、今の立場を危惧して誤魔化そうとして近づいてきた卓也のおでこに人差し指を当てたラバドーラは、そのまま力を入れて押しつけて座るように促した。
三人が座ったのを見たラバドーラは、パンっと手を叩いて仕切り直させた。
「さてさて脱獄か捕獲か……ルーカスの立場によって大きく変わるね。看守か……それとも囚人か……」
「おい、そこのアホ女。私は看守だ。それも貴様よりえらーくなる予定のな。胸の谷間一本のシワもないツルツルの脳みそだから忘れるのだ」
卓也は「なんならシワを作るの手伝おうか」と胸を揉む仕草をしたが、ラバドーラが真剣な顔をしているので「わかった……黙るよ」と肩をすくめた。
するとラバドーラが続きを話しだした。
「他の看守がルーカスを看守と捉えているのか、それとも囚人として捉えているのか。つまり、看守というのは開発惑星へ招待されるもの、囚人というのは開発惑星へ招待されないもの」
「それは……」とデフォルトはルーカスを見ると、小さく首を横に振った。「そういう話がされていたら、自慢気に語っていると思います」
「そういうことね。ルーカスはまだ囚人扱いってことよ。なんの発言権もない。つまり、ここにいる看守は私一人ということ」
そう言うとラバドーラは目を細めてにっこり笑った。
「つまり……自分達になにかさせようとしているんですね。口封じの条件に」
デフォルトが睨みつけると、ラバドーラさらに笑みを強くした。
「違うわよ。私達がなにかするのよ」
ラバドーラはまず自分を指差すと、円を書くように三人を指して最後にまだ自分に戻した。
「なぜ」と聞こうとするデフォルトより早く、ラバドーラが言葉を発した。
「なぜなら不穏な話は、あなた達三人が話していた二つだけじゃないからよ」
ラバドーラは録音していた会話データをこの場で流した。
『まさか、このままルーカスを部下にしておくつもりですが? 刑期が終了してない囚人を部下にする例がありませんよ。それに、機械化惑星工事が終われば囚人の必要はなく、この惑星ごと有害ゴミと一緒に銀河の果てで爆発処理するんですよ。新惑星につれていくつもりですか?』
『せっかくラバドーラが尻尾を出してきたんだ。このチャンスを逃す手はない。ルーカスは看守補佐として雇う。そうしてラバドーラの動向を探る。利用してラバドーラを捕らえれば用無しだ。名誉補佐官として、機械化惑星の運転でもさせるさ。銀河の果てまでな』
「さて、ここで疑問が二つ。あなた達と同じようにここに流れ着いただけの私は、開発中の新惑星にいけるのでしょうか? あなた達はこのまま黙って銀河の果てで爆発処理されるのでしょうか?」
ラバドーラがおちょくって、二つと数える代わりにVサインを出しながら言うと、すかさずルーカスは中指を立てて返した。
「バカを言うな! 疑問は三つだ。私を騙してきたあの偉そうな下等生物を、どうやって懲らしめるかだ」
「いいや、疑問は四つだよ」と卓也は親指を立てた。「つまりそういうこと?」
「そう、私達四人でこの惑星から脱獄するってことよ」
女性の同行に喜ぶ卓也を尻目に、デフォルトは黙り込んでいた。
ラバドーラは「まだ、私に不満でもあるの?」と声をかけた。「同じ地球が目的。私の宇宙船は避難船で役に立たない。あなた方の船に乗るしかないじゃない」
デフォルトは「いえ」と触手を横に振った。「燃料庫の警備が厳しくなった今。どうしようと考えていただけです。宇宙船の場所を見つける。燃料を確保する。燃料を入れる。するべきことは少ないですが、どれも難易度は高いことです。他のお二人は考えるつもりがないようなので……」
デフォルトがルーカスと卓也を見ると、ラバドーラもルーカスと卓也を見た。
「いい考えがあるわ。考えと言っても最初だけ、あとは各々考えて動くことになるけど」
ラバドーラは主導権を取られないように、これからどうするか自分から話し始めた。




