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惑星迷子  作者: ふん
Season2
41/223

第十六話

「静かにしろ!」とルーカスが声を荒らげた。

「まず自分に言い聞かせたら?」

 と言う卓也の口を、ルーカスは慌てて手で塞いだ。

「あの影を見ろ。ようやく尻尾を出したんだぞ。それを台無しにするきかね」

「そりゃ、おめでとう。それで、あの影がなんだって言うのさ」

「私の出世への道だ。あの影を踏み台にして、私は更に高みへと登っていくのだ」

「ルーカス……影踏みってのは遊びのことで、仕事じゃないんだぞ」

「いいから、捕まえるぞ。三方向から飛びかかるのだ」

「まったく……影を捕まえるのね。ピータパンごっこに付き合うのもいいけどさ……後でちゃんと説明してよ」

 卓也は渋々とルーカスが指示する方向へと移動を始めた。その反対方向へはデフォルトが、触手を巧みに使い音一つなく移動した。

 二人が移動しているあいだ。ルーカスは影から一度も視線を逸らさなかった。

 数分もないあいだに、影は何度も形を変えた。ストリップのライトアップのように、艶めかしい女性のふくらはぎや、地面スレスレまで垂れ下がった柳の葉枝の影。光さえも逃さないブラックホールのような濃い影。いずれの形のときも、誘うように怪しく動いていた。

 二人はそれぞれの配置に付き、いつでも飛びかかれる体勢を保ち、ルーカスからの次の指示を静かに待っていた。

 ルーカスは一度もったいぶった顔で首を横に振ると、動くなと言った風に二人を手で制した。二人は動いていないのでなんの意味もない。次にいくつかハンドサインを出して無言で意思の疎通を図ろうとしたが、二人はハンドサインの内容を教えてもらっていないのでなんの意味もない。

 ルーカスがやってみたかったことを一通り済ませている間、影は逃げることも消えることもなくそこにあった。

 ようやくルーカスが「かかれ!」と叫んで突っ込むと、複数の方向から一斉にライトで照らしたように影は消えて、代わりに「きゃあ!」という高い声の悲鳴が上がった。

「あー! もう! 逃げられたではないか! このバカ女め!」

 ルーカスは押し倒したラバドーラに向かって罵声を浴びせた。

「あーもうはこっちのセリフ。仕事に来ないでサボってる。散々探してやっと見つけたと思ったら、タックルされて泥だらけにされる……なんか恨みでもあるの?」

 ラバドーラに向かってルーカスは舌打ちをするだけで、返事を返すことはなかった。そのまま一度も振り返ることなく、逃げた影の持ち主はどこかと倉庫を歩き回り始めた。

「気にしないで。ただの発作だから」と卓也がラバドーラに手を差し出す。「毎日毎日、気にしてたらきりがない」

「そうみたいね……。少しだけわかってきたわ」

「ところでどうしたの? なんでここに?」

「言ったとおりよ。仕事に来ないから探しに来たの。囚人を監視する看守を監視する看守もいるってこと。こっちこそ聞きたいわ。なんでここに? 害獣指定宇宙生物の駆除でもしていたの?」

 ラバドーラは適当に話題を振った。会話を繋ぐためで中身はなんでもよかった。三人がなぜここにいるかはわかっているからだ。

 ルーカスを焚き付けて、倉庫に侵入させたのがラバドーラだからだ。理由は自分でも言ったとおりだ。エネルギー補給のため。それも効率の悪いオイルではなく、新たなエネルギーに変える。それに必要なのが、ルーカス達三人だった。

 そのために必要な準備は卓也がしてくれることもわかっていた。

 卓也は「僕が聞きたいよ。勝手に盛り上がってるんだから」と言ったところで、ラバドーラの姿をまじまじと見つめてため息をついた。「まったく……ルーカスはひどいヤツだよ。泥だらけじゃないか……。どろどろのぬめぬめ……。肌も汚れちゃってまぁ……服も濡れて……。青い泥が光沢を帯びて、膨らみとくびれを艶やかに強調させてる……。ルーカスを褒めなくちゃ」

 卓也は舌をだらしなく伸ばして呼吸をはぁはぁと荒くさせた。

「いいからワンちゃん、あっち向いて。着替えるから」

「手伝おうか?」

「なら目隠し作るの手伝ってもらおうかしら」

 ラバドーラは後ろにある監視カメラの存在を気にするように言った。

 今現在、監視カメラの映像にはラバドーラの姿は映っていない。ラバドーラの背面には、前面についているカメラの映像を投影した目の前の風景を映しているからだ。

 だが、すぐ近くにいる卓也達にバレないように、人の姿を映している前面はボヤけさせてはいけないので、残り少ないエネルギーは前面の投影に多く使っている。なので、監視カメラに映る姿は、完璧な風景ではなくノイズ混じりの風景になっている。

 目隠しを作らせれば、監視カメラからも映ることはなく、身体に映像を投影する必要はなくなる。着替えを覗かないように言うだけで、卓也達の視線からも外れることになる。

 その隙に、わざと目立つ影で煽って、ルーカスに飛びかからせた一連の騒動の合間に手に入れた燃料を自分の体に組み込む。

 エネルギー枯渇の心配がなくなれば、解像度を高く投影させたままに出来るので、ほとんどの監視カメラが復活した今でも、前のように自由に隠密に行動できるようになる。

 エネルギータンクがある場所はふともも。右と左。二つ付ける必要があった。どちらか片方でも、問題なく動けるが、結局またどこかでエネルギー補給する必要が出てくる。チャンスがあるかわからないので、なるべく今回だけで済ませたかった。

「どうせなら、脱がせる方を手伝いたかったよ」とぶつぶつ言いながら卓也は、デフォルトと協力して、倉庫の物を動かして積み上げてると、監視カメラに映らないような囲いを作った。

 ラバドーラはその中に入ると、二人に後ろを向くように言って、スピーカーから録音しておいた衣擦れの音を流し、金属音が鳴り響かないように慎重に太もものカバーに手をかけた。

「ところで……聞いてもいいですか?」とデフォルトが声をかけた。

「なに?」

「卓也さんやルーカス様と一緒の地球出身というのは本当ですか?」

「そうよ。ほんの僅かしか住んでないけどね。親の宇宙出張についていって、その先の事故で宇宙船が大破。なんとか一人避難船に乗れたのはいいけど、ログもなくして宇宙漂流。惑星を転々としてなんとか生きながらえてる間に、たまたまここに辿り着いて仕事にありつけたってわけ」

「自分達と似たような境遇なのですね」

 デフォルトの口調はまるで尋問するかのようだった。疑り深く、信用ない。次に出る言葉を推理するような鋭さがあった。

 だがラバドーラは怯むことも慌てることもなく。まんま世間話のように「あら奇遇ね」と軽く言った。「それで、私とは仲良くできそう? それとも、解剖でもしないと信用できない?」と逆に強く出た。

 仲間が増えることはわかっているからだ。

「失礼なことを聞くなよ、デフォルト。デリカシーがないんだから。共通の話題っていうのはもっと楽しそうにするもんだ。例えば、ふたりとも僕のことが好き。それでいいでいいじゃない。なんなら順番に抱きしめちゃうよ」

 卓也はまずデフォルトを抱きしめると、それをダシにして着替えを覗こうと振り返ったが、視界に入ったのはラバドーラが投げたなにかの部品だった。

「宣言しとくわよ。次振り返ったら、足元に落ちてるスパナを投げるから」

 言いながら左のエネルギータンクを入れ替えたラバドーラは、配線を繋ぎ直し始めた。

「仲良くしたいとは思いますが……その……名前もわからないので……」と、デフォルトは遠慮がちだが、牽制するように聞いた。

「あら、私の名前が知りたいの?」

「えぇ、是非」

「それは嘘の名前でもいいのかしら?」

 そうはっきり偽名を名乗ると言ったラバドーラにデフォルトは目を丸くした。意図がまったく理解できないからだ。

 そんな疑問の間を埋めるようにラバドーラは続けた。

「実は本当の名前は思い出せないのよ。事故の影響で記憶が欠けてるから。だからここでは『アイ』って名乗ってるわ。愛にアイリーンにアイーダ。地球ではどこの国にも『アイ』がつく名前があるの。変に凝った名前をつけるよりわかりやすいでしょ?」

 この『愛』も『アイリーン』も『アイーダ』という名前も、過去に卓也が関係を持った女性の名前だ。卓也本人は過去の女性の名前のほとんどは、関係がなくなった時点で記憶から消えていくが、さんざんぱらどうしたこうした聞かされたルーカスは覚えている。

 そこから聞き出した情報を使い、デフォルトの知らない地球のことを話題に上げ、ラバドーラは逆に牽制し返した。

 さらに「まぁ、姓も合わせれば。アイがつく名前の人なんて腐るほどいるだろうからね」と卓也が同意するので、それにはデフォルトも頷くしかなかった。

 そこに「まぁ、名前も知らない相手が、自分の周りをウロウロしてたら気になるのは当然よね」とラバドーラに助け舟を出されたものだから、デフォルトはなにも言えなくなってしまった。

「僕は名前を知ったら、もっと気になるようになったよ」

「偽名よ。アイって名乗ってるだけって言ったでしょ」

「僕は名乗るよりも、愛を語るほうが得意」

「嘘ばっかり……自分語りの方が多いじゃない」

「他人の名を騙らなきゃ、詐欺にはならない。それに僕は騙されるほうが好きなんだ」

 卓也が流れに乗って振り返ると、ドミノ倒しのように奥から棚が倒れてくるところだった。

 荷物が崩れる大きな音にも負けず、ルーカスの「どこに消えた!!」という大声が響いた。

 なんとか片方だけエネルギータンクを交換できたラバドーラは、素早く白いマネキンのような身体に人間の姿を投影し、倒れてくる棚から逃げると、うんざりとした表情で「……これも発作?」と聞いた。

 同じくうんざりとした表情で「そのようなものです」と答えたのはデフォルトだ。

 立場は違えど、ルーカスに振り回されてる二人には奇妙な連帯感が生まれていた。

 卓也は「アイさんが怪我したらどうするんだよ!」と、埃が立つ中に影を浮かび上がらせたルーカスに向かって叫んだ。

「ばあさんがなんだっていうんだ。いくら女好きだからといって、私の祖母にまで手を出すつもりかね?」

「ばあさんじゃなくて! アイさん! それに、一応聞いておくけど、歳並外れた美人ってことある? 吸血鬼にみたいに歳を取らないとか」

「なにがアイさんだ……だいたい私が探しているのはアイではなく……。……むむ? 何だったか?」

「探してるのは自分じゃないの? 落としたなら探してきなよ。いくらルーカスでも、まだ必要になるって。我を忘れるなよ」

「私が探してるのはだな……」ルーカスはふと足元に目をやった。そこにはラバドーラが外したオイルタンクが落ちていた。「これだ!! 私が探していたのはこれだ!」と、赤子を掲げるように、オイルタンクを高く掲げた。

「それをどうするのさ」

「わからないか? 腹が減るというのは、エネルギーが減るということだ。腹が減ったら食べなければ?」

 ルーカスは得意顔で言ったが、言い終えた途端に自分の言葉に首を傾げた。

「餓えておかしくなっていたのですね……」と妙な納得をみせるデフォルトと、「それでお腹を満たすって豪語するなら、僕は君を人間と認めないぞ」と呆れる卓也。

 そんななかラバドーラがため息とともに手を上げた。

「立場上色々知ってるけど、色々言えないからかいつまんで言うけど、ルーカスが探してるのはそれで正解だよ。――でも必要なくなっちゃった」

 ラバドーラは散乱する倉庫を見渡して言った。

 予定ではここまで酷い惨状になるはずではなかった。自分のエネルギータンクを交換し終えたとしても、まだ脱獄して逃げるための宇宙船のエネルギーを補充する必要があったからだ。

 エネルギー貯蔵庫のひとつであるこの倉庫がこうなってしまっては、無事な燃料を移動するために人員が駆り出される。

 ラバドーラにとって、監視カメラより厄介なのが人員だった。記録の操作は簡単にできても、記憶の操作は簡単にできないからだ。

 順調に進んでいた計画が、またもルーカスによってめちゃくちゃにされてしまった。

 自身の燃料タンクも一つしか交換できていないので、脱獄計画も可及的速やかに立て直す必要がある。

 ラバドーラは「とりあえず……報告してくるね」と、騒ぎを聞きつけた他の看守が来る前に倉庫から姿を消した。






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