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惑星迷子  作者: ふん
Season2
40/223

第十五話

「まったく……ひどい目にあった……。暴力をステータスの一つだと勘違いしているアホほど愚かな生き物はいない」

 ルーカスはまだヒリヒリと痛む尻を押さえながら、ぶつぶつと文句を言って歩いていた。

 いつもどおり囚人部屋で食事をし、デフォルトにお茶を入れさせ、卓也にあれこれと不満を口にし、これから看守の会議に出るところだ。

 本当の会議時間はとっくに過ぎているが、ルーカスが知らされている時間にはピッタリだ。

 会議の終わり時間に呼び、一言二言意見だけを言わせて終わり。毎回演説気味になって長くなるが、それが一番問題も起こさなければ時間ももかからないと苦肉の策だ。

 本来ルーカスは会議に呼ぶ必要などないのだが、粘りに粘って、というより、昼夜問わずゴネにゴネて、何人も睡眠不足にさせられ、作業効率が著しく落ちてしまったので、影響が出ないところで参加せざるを得なかった。

 ルーカスが気分を取り戻し、今日の会議でなにを言ってやろうと意気揚々と歩いている時、会議室ではラバドーラについての議題に取り掛かっていた。

「隠れ家が見つかったというのに、形跡しか見つからないとはどういうことだ。銀河の中から石ころを見つけろと言っているわけではないんだぞ」

 看守部長がイライラした様子で、わけもなく叱り飛ばすように言った。というのも、この間から同じ報告が何度もされているからだ。

 新たに、また新たにラバドーラが過ごした形跡は見つかるものの、本人を見つけたものはいない。それどころか、監視カメラにさえ映っていなかった。

 肉眼にもカメラにも映らない。ラバドーラがいたという形跡を判断するのはオイルの匂いだった。

 この惑星では燃料にオイルを使っていない。使っていたのは遥か昔のことだ。すでに何度もエネルギー革命が起こり、もっと熱効率のよいものになっていた。

 最終的にゴミ箱として処理されるこの機械化惑星では、環境のことを考える必要もなく、低炭素へと発展にこだわることもないので、あっという間にオイルは過去の遺物となってしまった。

 あまりにも速い発展を遂げたので、捨てる間もなく倉庫の片隅へと追いやられていた。

 そのオイルに使われた形跡を見つけたのは偶然だった。ラバドーラを探して使われていない部屋を徹底的に調べた結果、たまたまオイルのこぼれを見つけたのだった。

「現在、オイルを臭気レベルで判断し、過去からラバドーラの軌跡を探れる機械を作っている最中です」

 看守の一人が答えると、看守部長が盛大なため息をついた。

「それで、完成させてどうする気だ? 昨日ラバドーラがどこにいたか知ってどうなる。知りたいのは、今どこにいるかだ」

「微弱な臭気も感知できるので、完成すればあとは足跡をたどるようなものです」

「使われていない部屋だから臭いが残っていたが、看守と囚人の作業範囲でも残ると言うつもりか? 燃料の臭いだらけの服でそのへんを歩いているんだぞ。混ざって消えている」

「ですので、精度を高めている最中です」

「いいか……明日完成させるのなら採用しよう。だが、相手はバカじゃないんだぞ。使われていた空き室の範囲から見て、自由に動いているのは明白だ。新しい燃料に変えるのも時間の問題だ」

 看守部長はイライラを隠そうともせずに、せっかちに指で机を叩き続けた。

「並行して、燃料の管理を徹底させています」と、別の看守が発言した。「機械制限もしているので、囚人の作業効率は落ちますが、用途不明の燃料が使用されれば、すぐに場所を特定できます」

 この意見には、看守部長は納得して頷いてみせた。

「他には?」と聞くと、一人が発言をするのに手を上げた。言いにくそうにおずおずと。

「やはり……囚人を使ってしらみつぶしにするのが一番かと。姿を変えられることはわかっているので、監視カメラに映るはずです。認証システムと連携させれば、重複した瞬間に拘束できるので、燻り出すのは容易かと」

「どう囚人を動かすつもりだ。意味不明に廊下を行進させるのか? 仮に囚人がバカみたいに従ったとして、ラバドーラがデータを一部盗んだことがわかっているんだぞ。囚人ごとこの星を爆発させると吹聴されてみろ。良くてパニック、悪くて暴動だ。ラバドーラを捕らえるどころじゃなくなる」

 意見がなくなりしばしの無言が流れ始めたところで、狙ったようにルーカスがやってきた。

「失礼します!」と、自信満々のいかにもデキる男という笑みを浮かべて、敬礼をした。

 看守部長がいつものように、この惑星では通用しない敬礼をやめさせ、適当な議題を振ると、ルーカスはどこから引っ張ってきたのかわからないような自分の言葉ではない単語を並べて、ペラペラと流暢に話し始めた。

 その言葉に耳を傾ける者はいなく、軽い談笑をしたり、データに目を通したり、軽食をとったりと、仕事の前のちょっとした休憩時間に使っていた。

 時間にして五分程度、口を挟むこと無くルーカスに気持ちよく喋らせると、急に看守部長は「よし」と話を打ち切った。「今の話を聞いて、なにか思うところがある者は、各自考えておくように」

 いつもの解散の言葉とともに、看守達はぞろぞろと会議室を出ていた。

 ルーカスがその部屋を出るのはいつも最後だ。理由は自分の話に質問があれば答えてやろうという気持ちがあるからだ。しかし誰も話を聞いていないので、まるで口裏合わせでひとり残されたようにポツンと佇んでいた。

 ルーカスはそれを悪い方向には受け取らず、一つの質問が出ることもなく話を進めた自分を自分で褒めていた。

 受け入れられ、取り上げられ、あまつさえ会議に出席するまでに出世した。なぜ自分は最高の職場を捨てて、脱獄などということを考えているだろうという疑問を浮かばせて、部屋を一歩出たところで看守部長に呼び止められた。

「いつまでここにいるつもりだ?」

「まさに今、ここから出ようとしてたところであります」

 ルーカスは姿勢良く背筋を伸ばすと、糸で引っ張られたようにびしっと敬礼をした。

「違う。いつまでくすぶっているつもりかと聞いているのだ。君はもっと積極的な男だと思っていた。意見ばかり口にするのではなく、結果で成果を示す男だと」

 突然のことにルーカスは「はぁ……」と気のない返事をした。看守部長がなにを言っているのか皆目見当もつかないが、質問をすると使えない男に思われてしまいそうなのでグッと飲み込んだ。

 そしてそれは看守部長に見破られていた。しかし、せのことを責めるわけではなく淡々と話し始めた。

「いいか、盗まれたオイルの量から考えると、ラバドーラはもうすぐエネルギー切れを起こすだろう。バカどもはそれを考えに含めて操作に時間をかけてもいいと考えている。だが、優秀な君では考えが違うのだろう?」

 ルーカスは上唇を噛みしめるように巻き込み、理解していないという表情をしていたが、口だけは立派に「そのとおりです」と答えた。

 看守部長はため息を一つついてから「お腹が減ったらどうする?」とヒントを出した。

「デフォルトに作らせます」

 会心の答えを見つけたと言わんばかりにルーカスは声を大きくした。

「……わかった。話を変えよう。空腹の捕食生物がいるとしよう。この捕食生物はただ死を待っておとなしくしているか? わかるか? 捕食生物だぞ」

 看守部長はルーカスが考えている間、ずっと『捕食生物』と連呼していた。

「腹を満たすために、狩りをするかと」

 ルーカスが当たり前の答えを述べると、看守部長はほっと胸をなでおろした。

「そのとおりだ。つまりラバドーラはエネルギー補給のために近々倉庫に潜り込む計画を立てており、それを阻止するために先回りして倉庫に待ち構えると、そう言いたいわけだな。君の大胆な計画にはいつも驚かされる」

 ルーカスは母親に一つだけと言われていたお菓子を、父親から内緒でもう一つ買ってもらった子供のような笑顔でニヤッと笑みを浮かべた。つまり、なぜそうしてもらった理由はわからないが、とりあえず喜びの感情が顔に出たということだ。

「前々から考えていたことでありますが、実行する機会が訪れなかったので黙っていました。そうして今確信しました。実行は今だと」と、ルーカスはすっかり自分の考えにすり替えた。

 看守部長はそこには触れず「だが、問題がある」と注意を促した。「倉庫はどこも立ち入り禁止になっている。たとえ看守でも倉庫に入るとなれば、相応の手続きをしなければならない。だが問題は刻一刻と過ぎていく。許可を取る時間などないくらいにだ。私は立場上口には出せないが……」

 看守部長は合図を送るようにちらっとルーカスの顔を見た。

 こういう時ばかり、ルーカスはすぐに「つまり、忍び込めばよいというわけですね」という正しい答えにたどり着いた。

 しかし、看守部長は首を振った。それは否定の意味でも肯定の意味でもない。口を閉ざせという意味だ。

「私はなにも言っていないし、なにも聞いていない。だからわざわざ報告をする必要もない。結果は耳に入る。当たり前の話だが、良い結果というのは出世の道筋だ」

 看守部長は任せたと言わんばかりに、ルーカスの肩に力強く手を置いて話した。

「しかし……私一人ではどうにも」

「君の仕事はなんだ? 囚人の監視役だ。監視役ということは、囚人も含めたチームで動くということだ。君はそのリーダーというわけだ。わかるな?」

 リーダーと言いう言葉に気を良くしたルーカスは、よく考えもせずに「はい」と返事の代わりに素早く敬礼をした。

 看守部長は話が伝わったと安心して踵を返したが、その背中にルーカスが声をかけた。

「ところで上官殿。ラバドーラとはいったい誰のことでありましょうか?」

 看守部長は「おっと……」と、わざとらしく口をおさえると「さっきも言っただろう。私はなにも話していないし、君もなにも聞いていない」とわけあり顔で濁して去っていった。



「まぁ、僕はサボれるからいいんだけどさ。この臭いはどうにかなんないわけ? いろんな燃料の臭いで頭がおかしくなりそうだよ」

 倉庫の中で卓也がぼやいた。

「それより、本当によかったのでしょうか……」

 デフォルトは倉庫にあいた穴を見て言った。

 この穴をあけたのはデフォルトだ。デフォルトの知識と人望を利用すれば、道具もアリバイも自由に作ることができるので、穴をあけるのも簡単だ。

 ルーカスが心配いらないと執拗に言うので、直すことなど考えずに穴をあけたのも簡単だった理由だ。

 だが、その穴から入る風が身体を撫でて通り抜けていくと、気がかりの輪郭を撫でられているかのように胸がざわざわしていた。

「あそこまで自信満々の顔でいるんだから、大丈夫なんじゃないの? それより僕はルーカスがやたら行動的なのが気になるよ。脱獄を提案したり、倉庫に忍び込んだり。前に行動的だったのは、パイロットの試験を受ける時だった。あっちでもこっちでもあれこれ画策をしてたよ」

「それでどうなったんですか?」

「どうなったって、デフォルトもいただろう? 方舟は爆発。僕らは宇宙漂流」

「……自分としては、試験の結果を聞いたつもりだったんですが……。心配になってきました……」

 ルーカスは「さっきからうるさいぞ」と大声で注意した。

「だって、なにをするかも知らないもん。脱獄の準備でもするの? それともまさか……もうすでに脱獄中とか言わないよね?」

 卓也の言葉を、ルーカスは鼻で笑い飛ばした。

「だから君はいつもバカだと言われるんだ」

「バカでけっこう。女の子が『バカねぇ』って言う時は、褒めてる時と照れてる時って知らないの?」

「私は大局を見ていると言っているのだ。つまり君が一夜のことを考えている間に、私は結婚して子供ができ、その孫々は更に増え、億の家族が私を支えるルーカス帝国が誕生することまで考えているのだ」

「もうちょっと落ち着けば? ネズミだって遠慮してそこまで増えないよ。そこまで増えるのはゴキブリくらいだろうね。将来は他の生物は絶滅してて、ルーカス帝国とゴキブリ帝国が覇権を争ってるんだろうね。その頃には僕も絶滅していたいよ」

 卓也は自分で言った言葉を想像して身震いした。

「うるさい奴だな……。黙って好機を待っていればいいのだ」

「ですが、いつまでこうしているのですか? 何日もここでこうしているわけにはいかないでしょう。看守のルーカス様と一緒にいるとしても、囚人の自分達がここで夜を明かせるとは思わないのですが」

 デフォルトは一応辺りを用心しながら小声で聞いた。怪しい動きはなく、自分達以外に誰もいそうにもない。だからこそ、ここでなにをしているのか不思議でしょうがなかった。

「怪しい影を見つけるまでに決まっているだろう。私にしかできない仕事だ。静かに時を待ちたまえ」

 ルーカスがそう言った瞬間。影が一つ、ゆっくり倉庫の中へと伸びてきた。






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