第四話
デフォルトの住んでいた星では、宇宙技術をはじめ、科学技術や、機械技術などテクノロジーがとても発展していた。星というのは、あくまで呼称のひとつであり、実際には星と呼ぶのにはあまりにも小さな母船だ。彼らは特定の星を持たず、一定の距離の宇宙空間を往復する。
星を持たない生命体というのはかなりの数がある。どれくらい多いのかというと、全宇宙に住む生命体のうち七割が星を持たない生命体だ。そして、知的生命体に限りだが、星を持たない者達の文化というのは、おどろくほどテクノロジーが発展している。
卓也とルーカスが住んでいた地球も、そんな宇宙からの飛来物。『ギフト』と名付けられた、当時の地球の知識と技術ではとても作ることのできない宇宙船が墜落してこなければ、宇宙という無限であり、多種多様の新しい世界で、地球が認められるのは数千年遅れることになっただろうと言われている。
そして、ギフトを元にして作られたのがレストだ。
頑丈なので天候や気温など判断が難しい未開の星に降りやすく、主に先発チームの様子見のためや、派遣のための着陸船として使われていたが、燃料は燃えれば何でもいいと融通が利くため、少人数での星間遊泳用の船としても使われていた。
そして地球のテクノロジーは発展していき、エネルギーも形を変えた。より安全であり、より大きなエネルギーをもつものになっていた。年月が流れレストも博物館に佇むのがお似合いになる頃、西暦や元号の代わりに作られた『宇宙暦』という新たな紀年法も馴染み深くなっていた。
宇宙暦が百年も過ぎると、ようやく異星人達は地球という星を知的生命体が住む星と認識するようになった。
つまり地球人というのは、他の異星人に比べれば、まだ宇宙に出たばかりのひよっこということだ。
知識や技術という餌を与えられ、独り立ちするための期間はまだ続いている。
だが、レストの中。特にあの二人の前では、そんなことはまったく関係なかった。
「デフォルト君……」と、ルーカスは嫌味たっぷりなため息をつくと、皿に盛られているスクランブルエッグをフォークでつついた。「私はバターたっぷりふわふわのが食べたいのだ。これじゃあ、まるで使い古しの布団からこぼれた綿だ」
「すみません。卓也さんのお皿と間違えました。ベーコンはカリカリで二枚でしたよね?」
「カリカリベーコンは三枚だ」
ルーカスは不満な顔で、二枚しかベーコンが盛られていない皿を突き出した。
「あの……読ませていただいた地球の資料には、地球人の体にはベーコンの食べ過ぎは良くないと……」
「濫造されている健康不安を煽る報告など、アホが目の前に落ちてる二束三文を拾って稼ぐために広めたものだ。どうせ我々が地球に帰った頃にはまた内容が変わっている。だから私は最先端を闊歩する。カリカリベーコンは三枚。これが最先端だ。わかったかね? 時代遅れなのは容姿だけにしたまえ」
ルーカスはベーコンを卓也の皿に移すと、焼きたてをもってこいと手で指示をした。
デフォルトが小走りでキッチンへ向かう途中、不意に触手の一本を卓也に掴まれた。
「『回遊電磁波』が捕まらないんだけど」
卓也はわがままを言う子供のような不満顔で言った。
宇宙船が通ったあとには様々なエネルギーが宇宙空間に残る。車の轍のように目に見えないだけだ。
いずれは拡散して消えてしまうものだが、残っている間は、その中のある特殊な電磁波を使い通信することができる。それは地球とも連絡がとれる。といっても確実というわけでもなく、通信がいつ届くのかもわからない。
銀河系ならば普通の電話と変わりなくどこでも通信できるのだが、方舟は地球が属する銀河の外に出てしまっている。
元々の目的が別の銀河へ向かい、そこの星々に寄り、新しいエネルギーを見つけるために作られた宇宙船だったので、レストは遠く離れた銀河団の中にいた。
別の銀河集団へと通信するのは、ごく一部の超越した科学技術を持つ異星人だけだ。
それでなくとも、地球の技術は後れをとっているし、宇宙も地球と同じく通信というのは重要なことで、おいそれと通信技術のすべてを教えてくれる異星人はいない。
「六百光年離れた恒星で超新星爆発が起きて、波動の流れがこちらまできていると思われるので、電磁波にねじれが生じているのかもしれません。地球と連絡を試みるのは、収まってからがよいかと」
「違うよ。地球じゃなくて、Dドライブって呼ばれてる惑星に通信したいんだよ。このままじゃ、裸の王様の新刊が届かないんだよ。次号は宇宙一セクシーな美女を決める特集だったのに。投票相手も決めてたんだぞ。アネンダ・デルルルカルド=ポニッシュ。彼女に決まりだね。あんなに綺麗な青い肌は見たことがない」
「その星の存在は知らないんですが、どこの銀河に属する星なんですか?」
卓也は「さぁ」と肩をすくめる。
「そんなどこにあるかわからない星と通信して大丈夫なんですか?」
「さぁね」と卓也はまた肩をすくめた。「僕は二十年の購読契約をしたきりだから覚えてないよ。でも、方舟が爆発しちゃったから、登録の変更をしないと。このままだと受信できずに、回遊電磁波の中を永遠に彷徨ったままだ。あと、いい忘れてたけど、僕は目玉焼き派だからよろしく」
卓也はタブレット端末を投げるように床に置くと、食事するためにルーカスのいるテーブルへと向かった。
「いい加減くだらない雑誌の購読などやめたらどうだね?」
ルーカスはカリカリに焼かれたベーコンを満足気に咀嚼しながら言った。
「様々な一位を決める。実に権威ある雑誌だ。教えなかっただけで、君だって一位に選ばれたんだぞ」
「私は自分の写真を送ったつもりはないぞ」
「誰かが勝手に送ったんだろう。ほら、嫌われてたから」
「興味などはないが……」とルーカスは大きく鼻を膨らませて息を吸うと、膨らませたままの鼻の穴から勢いよく吐き出した。「それで、私はどの項目で一位に選ばれたのだ。地球の支配者にふさわしい男かね? 宇宙の支配者にふさわしい男かね?」
「ちょっとおしい。ミミズを素足で踏み潰すのが一番似合う男に選ばれてるね」
「なんだその項目は! いったい誰がそんなものに応募したというのかね!!」
「だって……嫌われてるから。他にも一位取ってるけど、なにか聞く?」
「聞かん……。なにがDドライブだ。抗議の文章を送らなければ。おとめ座超銀河団、局部銀河群、銀河系、オリオン腕、太陽系―第三惑星。に住む地球人の総意だと伝えなければ」
「じゃあ、僕も一緒に送るよ。この前の宇宙一セクシーな男に選ばれたときの写真。後ろの観葉植物のせいで、僕が小さく見えるからね」
卓也は食べるというよりも、流し込むように食事をさっさと済ませるとルーカスとともに別の部屋へいってしまった。
食べ残しはないが汚れた食器はそのままテーブルに残っており、タブレット端末も床に転がったまま、着替えた服も蟻塚のように積まれている。
それらすべてをデフォルトが片付けるのだが、文句は出てこなかった。
宇宙的から見て地球人は劣っているという話ではなく、二人の生活能力が壊滅的であり、デフォルトは餌をやる親鳥のような気持ちだった。
デフォルトは二人の世話役のようなこと以外にも、自動操縦になっているレストの軌道を確認したり、古い宇宙船なので見回り点検も欠かさず、地球の資料を見て言葉や文化を覚えたり、卓也とルーカスが食べるもののレシピを見たり、ひたすら勉学に勤しむ。
そのあいだ、他の二人がなにをやっているのかというと、今のようにくだらない雑談をしたり、レストと同じくらい古い時代のボードゲームで遊んだりだ。
ルーカスに限っては、デフォルトにからんで暇をつぶすこともある。
卓也に限っては、ことあるごとに鏡を見ては髪をいじっている。
なにかをする気もないが、なにもできないのが二人だった。
もう三人が一緒になって十日は経つが、この関係性は早々にできあがり、この後も崩れそうになかった。
さらに二日経つと、着陸できそうな星が見つかった。それも二つだ。
一つ目は真緑の星。
二つ目は真っ赤な星。
「どちらにしますか? どちらも条件は同じです。酸素があり、水もありますが、人が住めるような環境ではないので無人です。着陸するのに問題はなさそうですが、普通は無視する程度の環境の星です。今回のような特別な事態を除いてはですが」
デフォルトはモニターに映った二つの星を拡大した。どちらに向かうにも距離は同じくらいで、大きさは赤い星のほうが大きい。
「名前はなんだ」
ルーカスが言うと、デフォルトは面食らったように目を見開いた。
「ないと思いますが……地球では砂場の砂一つ一つに名前をつけるんですか?」
「地球から離れず空を見てた時代はそうだったけど、銀河系を気軽に飛び出せる今の時代ではさすがに……ねぇ」
卓也はそこは地球人も既に宇宙基準の考えを持っていると、しっかり訂正した。
「名前を付けていたというのは、宇宙暦になる前の話ですね。天からの文を読むのが天文学なんて、地球人はおしゃれなことを考えますね。星を持って生まれた独特の考え方という感じで好きです」
デフォルトは地球の宇宙史より遥かに古い、ただの歴史についての資料を思い出していた。
望遠鏡を使い、赤外線やX線など様々な電磁波を使い、広大な宇宙を眺めていた時代のことだ。
「見上げてばかりいたらしいからね。宇宙は足の下にもあるという事実をあまり気にしていない時代だよ」
卓也は右足で何度が床を踏んだ。カツンカツンと高い音が響く。
レストの上には当然宇宙が広がっている。左にも右にも、そして下にも宇宙が広がる。
デフォルトにとって、それは当たり前のことだった。右を見ても左を見ても宇宙があり、下を覗いても宇宙がある。生まれてから変わることのない事実だ。
地球人は今でも宇宙を見上げる。地球にいる限り宇宙を見るには見上げるしかないからだ。宇宙望遠鏡もあるが、結局は空の上の話。地面の下を掘り、コアを貫いて、反対側の空の宇宙を見るような考えはない。結局は地上を移動し、空を見上げる。
その考え方が、星を持って生まれた知的生命体と、星を持たずに生まれた知的生命体の違いで、全方位から宇宙を捉えて解釈できる、星を持たないデフォルト達のほうが宇宙技術が発展しているということだ。
「自分も星を持って生まれてみたかったですね。星を持たずに生まれた異星人のほとんどに言えることですが、悪意のない虚偽が少ないんですよ」
デフォルトの言う悪意のない虚偽というのは、おとぎ話や民話といった類のものだ。虚偽が使われるのは戦争の時くらいだった。
「どうだろうね。アホになる可能性がある。世の中には、二十歳くらいまで三びきのこぶたの子豚が実在すると思ってた男もいるくらいだから」
卓也はルーカスを見るが、ルーカスは腕を組んで思案にふけっており、バカにされた視線に気付くことはなかった。
「三びきのこぶたとは、どういった話なんですか?」
「三匹の子豚がそれぞれ家を作り、狼が襲いにくるって話だよ。一番目の子豚は、軽くて簡単に集められるわらで家を作るけど、狼に吹き飛ばされる。二番目の子豚は、軽くて簡単に集まる木の枝で家を作ってたけど、同じく吹き飛ばされる。しっかり者の三番目の子豚は、丈夫なレンガをコツコツ積んで作っていたから、吹き飛ばされなかった。その家に逃げ込んだ他の二匹も助かったって話。教訓は色々あるけど、僕が思うに楽をしろってことだね」
「楽をするな。ではなくてですか?」
「僕達が楽して生きていたから、三番目の子豚に上手いこと助けられたんだろ」卓也はデフォルトの頭に手を置くと、今度はルーカスに振り返った。「で、一番目の子豚はどうするか決めたの?」
「……まだだ。この件は一旦持ち帰りにする」
「似たような星のどっちかを決めるだけで? そんな時間あるのか?」
「ありますね。ゆっくり決めていただいて結構ですよ」
「まだ時間はあるらしいし……別にいいんだけどさ。さっさと決めてよ」
卓也とデフォルトは、モニターを見つめるルーカスをその場に残すと、地球にある他の話をするためにレクリエーションルームと化した部屋へと戻っていた。
一応の船長であるルーカスが決断を下すことに決まったので、二人は口を挟まず待っていたのだが、次の日になっても、三日経っても、ルーカスの口から答えが出ていない。それどころか、声も聞いていなかった。
「アホだとは思っていたけど、ここまでアホだとはね。イチゴ味のガムか、オレンジ味のガムかを選ぶくらいのことじゃないか。同じガムで三日も悩むことあるわけ?」
「そうですね。早急に決めてもらいませんと」
デフォルトは時間がないと警告するが、ルーカスは静かに首を横に振った。
「卓也君……考えてもみたまえ。君は、胸が大きくて頭が空っぽな女性と、尻が大きくて頭が空っぽな女性。どちらか一人を選べばいいか決められるのか?」
「……無理。頭が空っぽってことは、後腐れもないってことだろう? デフォルト! 早急に決めるなんて無理だよぉ……待ってあげようよぉ」
「燃料の問題ですので、早急に決めていただかないと、ここで立ち往生。胸が大きい女性にも、お尻が大きい女性にも二度と会えなくなるのですが……」
「ルーカス! 早く決めろよ!」
卓也は挟まれたオセロのように、百八十度態度を変えて怒鳴り散らした。
「情緒不安定にも程がある……。もう少し静かに待てないのかね」
「もう三日も待ったんだぞ。なにを悩んでるんだよ」
ルーカスは深く息を吸うと、吸った以上に時間を掛けて息を吐いた。
「意見求められ、決断を迫られるなんて十二の時以来だ。緊張しているのだよ」
「早くしないと、決断を責められることになるぞ」
「わかった……緑の星だ」
「ルーカスにしてはまともに考えたな。赤い星を選んでたら、ちょっと引いてた」
「当然だ。緑というのは植物の色だ。植物というのは燃えるし、食べられるものを実らせる」
「緑があれば生命が生まれる。生命の神秘は女体から、つまり女の子がいるかも!」
卓也とルーカスはハイタッチを交わすと、次々と楽観的な意見を交わして盛り上がっていた。
それを聞きながら、緑色がガスなどの有毒なものだとは微塵も考えない二人を心配に思いつつ、デフォルトは自分は三番目の子豚だと、何度も心の中で呟いていた。