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惑星迷子  作者: ふん
Season2
39/223

第十四話

「地球人? あのバカ二人以外にか? まさか……地球人ってのは分裂して繁殖するのか? だとしたら宇宙ゴキブリよりたちが悪い」看守の一人は嫌悪の表情を隠さずに、心底うんざりと肩を落として言った。「――ん? あぁ、あの女の話ね。働き者らしいな。話はよく聞いてるよ」


「地球人? あのゴミクズみたいな奴らが他にもいるのか? あぁ……いたな。すぐそこにある」囚人の一人はいかにもジョークを言ったというおちゃらけた仕草でゴミ箱を指した。「違うって? 女看守ね……オレは見たことないけど、知り合いの知り合いが、サボってたところを見逃してもらったらしいぜ。いいヤツなんじゃねぇの?」



「――他にも何名かに聞いてきましたが、答えは同じようなものばかりでした」

 デフォルトはまとめ終えたばかりのデータを空中に投影して、部屋にいる卓也へと見せていた。

「こりゃありがとう。わざわざ僕達の悪口をかき集めてくれたのかい? 地球では、こんな時にする適切なお礼の仕方があったような……そうだ――お礼参りだ」

「お二方の悪口を聞いてきたのではありません。卓也さんが熱を上げている女性について調べてきたのです。看守なのに、同じ職場の仲間に存在が認知されていないのはおかしいと思いませんか? いえ……認知されていないわけではないですね。とても存在があやふやなんですよ」

 ラバドーラが今までコンタクトを取ってきたのは、ルーカス、卓也、デフォルトの三人だけではない。看守とも囚人とも、姿形を変えて様々な人物になりきってコンタクトを取っていた。

 それは計画の準備や情報収集だけではなく、情報操作も行っていた。

 ラバドーラが化けている女性看守はゼロの存在ではない。姿形は卓也の記憶の中から拝借しているが、実際に存在していた女性看守だ。

 L型ポシタムの襲撃で死亡したこの女性は、殉職と処理される前にラバドーラにデータを盗まれ、それを活用されてしまった。

 だからまだデータの上では存在していることになる。

 だが、詳細のプロフィールまでハックすることはできなかったので、本人そのものにはなりきることはできない。

 そこで、ラバドーラは元から存在しているが、新たな存在として女性看守になっていた。この姿で矢面に立つことはないが、別の看守や囚人に化けた時に、彼女の話題をする。自作自演だ。

 最初は誰も知らない存在が、情報操作を続けていくうちに、どこかで聞いたことのある存在に変わっていく。

 そうしてラバドーラが作り上げた存在を説明するなら、この惑星の全員がこう口にする『友達の友達』と。

 顔や名前がわからなくても、どこか親しみを持つが、遠い存在であることには間違いない。全員がそう思っているのだから、誰かがわざわざ話しを振らなければ、良いことも悪いことも話題になることはなかった。

 友達の友達という認知はされているが、コミュニケーションを取る必要がない、他人という都合の良い立場を手に入れていたのだ。

 だが、気になる者が出てくれば話は別だ。存在がないという無色透明の姿が露呈してしまう。一度透明になってしまったら、潔白に染めるのは不可能。黒く染まり切るか、一度黒く染まった上で白を塗りグレーな存在になるかだ。どちらにせよ追求される立場になってしまう。

 その追求する者がデフォルトだ。

 ラバドーラはわかっていた。自分が姿を出し、存在が近いものになると、デフォルトが疑問に思うことを。

 そして、懐疑には盲目を当ててやればいいということもわかっていた。

 盲目というのは卓也だ。

 デフォルトがいくら疑おうが、卓也が適当に答えを見つけて説き伏せる。

 まさに今もそうだった。

「卓也さんは気にならないんですか? 記憶と妄想の間のような存在の人ですよ」

「デフォルト……女性の過去を根掘り葉掘りほじくり返せって言うのかい? それも根も葉もない噂を信じて? それじゃあ、ただのゴシップ記者だよ」卓也は呆れて肩をすくめると、その肩を落とすのと同時にデフォルトの触手を一本両手で掴んだ。「同じ男として言わせてもらうけど。君は憐れな男だよ。恋の一つもしてこなかったから、女の子を見る時に否定から入るんだ。愛って感情は肯定から始まるものなんだぞ。肯定の多さが、男の器の大きさだよ。だから、僕は誰からの愛の言葉も受け入れてる。こんな器の大きな男は他にいないよ。一つの器にいくらでも料理を並べられるんだから」

「話がすり替わってる気がするのですが……」

「すり替わってないよ。デフォルトの器が小さいって話をしてるんだから。仮に彼女が存在のない幽霊だったとするよ。だったら、どうするんだ? 除霊でもするのかい?」

「卓也さん……」とデフォルトは困ったようにつぶやいた。「霊魂という概念は地球でしか通用しないですよ。レストにあった地球の資料を見ましたが、霊魂というものは宗教的道徳を広めるための神という存在があり、同一の信仰を持つ人々の精神を深く結びつけて共同体とするために――」

「ほら、また否定だ」と卓也が口を挟んだ。「彼女になにかされたのかい? されてないなら否定的になる意味もないし、されていたら僕はデフォルトを許さないぞ……。僕もされたいのに」

「なんかもう……考えるが無駄なような気がしてきました」

「それは、僕の術中にハマったってことだよ。次は僕に飲み物を用意したくなるよ。ほら、用意したくなる。したくなーる。甘い紅茶をいれたくなーる。いれたくなーる。なーる……なーる……」

 卓也は目を閉じて眉をしかめると、手をデフォルトの瞳の前に差し出した。そして何周も円を書くように小さく動かした。

 デフォルトは小さくため息をつくと。「まだ、朝の食事前ですから。甘いのは我慢してください。それと、身支度を終えてください。顔を洗い終わる頃には、紅茶も入ってますから」

 卓也は「はーい」と子供のような無邪気な返事をすると、タオルを片手に洗面台へと向かった。



 同じ時間、違う場所。その頃ルーカスは自分の部屋から出て、卓也とデフォルトがいる囚人部屋へと向かっているところだった。

 しかし、足音は一つではない。ルーカスの左右の足音のちょうど隙間に、もうひとり分の足音が混ざっていた。

「それで、昨夜夢を見たの。卓也を追いかける夢。私は走ってるのに、彼は歩いてる。でも追いつけないの」

 そう相談を持ちかけたのはいつものように女看守に化けたラバドーラだ。相手はルーカスだった。

「卓也に対する性的な夢だ」としたり顔でルーカスが答えると、ラバドーラは答え合わせをするように小さく頷いた。

 しかし口から出た言葉は逆だった。

「やめて、そんなんじゃない。ただの夢の話よ」

「追いかけるというのは求めているということだ。そして君は走り、卓也は歩く。これは、心のすれ違いを表している。追いつけないのは解決策が見つからないからだ」

 ルーカスは誰でも答えられそうな例えをペラペラと機嫌良く喋る。

 これはラバドーラが、わざと答えやすい内容を相談したからだ。普段誰からも相談などされないルーカスは、ここぞとばかりに有頂天になってペラペラと卓也の個人情報を喋っていた。

「それじゃあ、これは? 二人でキャッチボールをしてたんだけど、私のミットからいつもボールがこぼれるの。これも性的な夢?」

「当然そうだ」

「なんで断言できるの?」

「私も見たことがあるからだ。もっとも服は着ていたがな」

「それ……笑うところ?」

「イラつくところだ。宇宙一セクシーな男に選ばれたと連呼されていた時に見た夢だからな。右の尻の頬にセクシーとタトゥーが入っていた」

「脱いでるじゃない……」

「違う。脱がせたんだ――私がな。性的な夢と言っただろう。たった今した話をもう忘れたのか?」

 ルーカスは話が通じないとめんどくさそうに鼻息を荒くした。

 それを見てラバドーラは不安を感じていた。こうしてルーカスと話をして卓也の情報を引き出すのと同時に、自分の情報も少しずつ与え、遠回しに卓也との恋愛ゲームを続けているのだが、どうにも思惑通りに進んでいるように思えなかった。

 というのも、ルーカスが話を聞いているのかいないのか、話を覚えているのかいないのか、まったく判断がつかないからだ。

 上機嫌だと思えば急に不機嫌になり、雄弁に自分のことを語りだしたかと思えば、急に誰かの批判を始める。

 あまりに予想がつかないので、ラバドーラはルーカスへの認識を改めていた。バカから、やっかいなバカへと。

「それで、卓也の性的な夢を見たルーカスは、私の敵なの?」

「なにを言っている……。元から仲間などではない」ルーカスは刺すような目つきで睨みつけた。あからさまな敵意をむき出しにした。「いいか……よく聞け女。すぐに貴様より出世して、こき使ってやる。馴れ馴れしく上司ヅラをしていられるのも今だけだ。今のうちに新鮮な空気を吸っておくがいい。明日から私が発するプレッシャーで息苦しくなるぞ」

 ルーカスが野望に満ちた笑い声を響かせると、ラバドーラは安堵した。時折自分の正体に気付いているのではないかというタイミングで否定してくるからだ。

 それはないと確信に近いものを持ちながらも、予想外の男に睨まれると思考にエネルギーを使い過ぎて、電気の供給に滞りができてしまう。まるで人間の肩の力が抜けるように、ラバドーラは肩を落とした。

「ただ仲良くしようっていうだけよ。私達は看守同士よ、雑談も必要だと思わない?」

「雑談をしたければ、おしゃべりオウムのロボットとでも喋っていたまえ。なんなら譲ってやる。『オマエ ハ ホントウ ニ バカダナ』とした言わなくなったポンコツだが――なっ!?」

 ルーカスは言い終えるのと同時に壁に顔を打ち付けた。しかし、痛いのは顔面よりもお尻だ。まるでキックボクサーにでも蹴られたかのような衝撃が走った。

 ラバドーラは壁に手を触れ部屋の入り口を開けると、もう一度ルーカスの尻を蹴って部屋に押し込んだ。そして、部屋の中にいる卓也に愛想のいい笑顔を浮かべて「またあとでね。宇宙一セクシーな男さん」と別れていった。

「なんだよ、ルーカス。僕の話をしてくれてるじゃん」

 卓也は嬉々とした顔で、うつ伏せで倒れているルーカスのお尻を叩いた。

「あの女は好かん……なにかと私の尻を蹴ってくる」

「羨ましいよ」と卓也はしみじみつぶやいた。「それで、彼女なんて言ってた? セクシーな男は好き? 嫌い?」

 まるで小学生の昼休みの時間のようなノリで、ルーカスのお尻を叩きながら答えを急かす卓也だが、デフォルトに引き離されてしまった。

「音からして、腫れてると思いますが冷やしますか?」

「そうしてくれ……」とルーカスはうつ伏せのまま半ケツになって、お尻を突き出した。

「まったく……お尻を四つに割りたいんですか? あまり神経を逆なでするようなことばかり言わないほうがいいですよ」

 デフォルトは濡らしたタオルをルーカスの尻に当てながら言った。

「私に言うな、あのバカ女に言いたまえ。私の尻を四つに割る意味はなんだと。まるで鉄筋でスイングされたかのような痛みだ……」

「そんな大げさな」と卓也はデフォルトが抑えるタオルの上からルーカスのお尻をパチンと叩いた。「それで、なんて言ってた?」

 ルーカスを声も出ないほどの痛みに耐え、大きく深呼吸してから「……私の右の尻の頬に、セクシーとタトゥーがしてあったらどう思う?」と聞いた。

「バカだなぁーって思うよ。宇宙一のバカだって」

「なら、君は宇宙一のバカだって思われている。私もそう思っている。それとあと……次に私のお尻を叩いたら爆発するぞ……」

「そんな怒りを爆発させるほどじゃないだろう。蹴ったのは女の子だぞ。それも美人な」

「爆発するのは怒りではない……括約筋が活躍しなくなると言っているのだ。それとも……ピナツボ火山のように吹き出すのを見るのがお望みなのかね?」

「……そんなにひどいの?」

 卓也は尻からそっと手を話しながらデフォルトに聞いた。

「そうですね。鉄筋は大げさですが、硬いもので蹴られたようになっています。おそらく靴の硬い部分にでも当たったんでしょう。掘削作業のばかりですし、爪先部分になにかガードがついていたのかもしれませんね」

「あの女め……いつか同じ目に合わせてやる……」

「安心しなよ、ルーカス。かたきは僕がしっかり取ってやる。この手で……バシンと」

 卓也は手を広げて決意を表すと、親の仇を取るような目つきでそのひらを見た。

「アホかね……君のその手は女の尻を叩くために生えてきたのか? 違うだろう」

「まさかルーカスから、そんな紳士な言葉が聞けるとはね。でも別に罰を与えようとしてるわけじゃないよ、むしろ――」

「私はその手の使いみちを考えろと言っているんだ。叩くだけの手なら関節なんぞいらんだろう、ムチのようにしなればいい。関節があるのはなにかを支えるためだ。私達の関係のように支え合うためにあるのだぞ」

「意味がわかんない」

「さっきも言っただろう……爆発すると。もう噴火寸前だと言っているのだ……」

 ルーカスが大真面目に言うと、慌てて卓也とデフォルトはルーカスを支えて便器に座らせた。






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