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惑星迷子  作者: ふん
Season2
37/223

第十二話

 まだルーカスも来てない早朝。卓也は目覚めるなり、大きく息を吸い込んで肺に溜めて、今度は肺の中が空っぽになるまで息を吐いた。何度も大げさな深呼吸を繰り返したあと、壁を操作して、白いスクリーンに変更すると、そこに映像を投影した。

 映し出されたのは地球の山々の映像だった。この映像は実際の映像ではなく、卓也の記憶を元にして作られたものだ。催眠裁判中のデータのすべてが保存されており、その一部は囚人でもこうして利用することが出来る。

「朝焼けの後光を背負った山が街を浸す影、温もりの空気に混ざる冷たい風。今日も最高の一日が始まるね」卓也は日光浴でもするように、壁のスクリーンの光に当たって目を細めた。「ほら、デフォルトも起きて、外の景色を見なよ。懐かしいだろう」

 卓也に揺さぶられて起きたデフォルトは「自分の故郷の景色でもなんでもないんですが……」と、珍しく起き上がらずに、ベッドに横なったままもう一度寝ようと、触手の寝やすい位置を探すためにもぞもぞしていた。

「なにを言ってるんだい。一緒に暮らしてただろう」

「あれは催眠の中の話ですよ」

「僕だけの記憶が引き出されてるわけじゃないんだ。一緒の催眠世界にいたってことは、デフォルトの記憶だって混ざってるはずなんだから、懐かしさの一つや二つあってもおかしくないだろう?」

 デフォルトは「そう言われればそうですね……」と納得してみたが、まだエンジンのかかっていない脳みそで、あれこれ考える余裕はなかった。

 そして考え事するように目を閉じ、そのまますーすーと寝息を立て始めた。

「まったく……この惑星に来てから、デフォルトはいつも最後まで寝てる気がするよ」

 卓也は身だしなみを整えると、そわそわと落ち着かない様子で、何度も壁に耳を当てて足音を待った。

 しばらくは朝の無音がシーンと耳にこびりつくだけだったが、やがて間隔の短い、規則正しい足音が徐々に大きく近づいてきた。

 そして、壁が監視用に透明になり、入り口が開かられるのと同時に、卓也は「待ってたよルーカス! おはよう!」と満面の笑みで迎え入れた。

「また起きていたのか。アホめ……」

 ルーカスがうんざりしているのは、このやり取りが既に十日続いているからだ。

「当然。それで、彼女。僕のことなんか言ってた?」

 卓也が聞いているのは、ルーカスの上司の看守部長から、今度はルーカスの同僚へと姿を変えたラバドーラについてだ。

「言っていたぞ。口も臭ければ、足も臭いとな。あんな胡散臭い女のどこがいい。仕事場でしか目にしないような女だぞ」

 ルーカスは部屋に入り、椅子に座ると、まったく興味がないという顔で卓也のお菓子に手を伸ばした。

「だから、頼んでるんじゃん。どうにか彼女と仲良くして、僕の話しをしてって。卓也はセクシー。卓也はおもしろい。卓也は約束を守る。卓也をよろしく。どうぞ卓也をよろしく」

「私は選挙カーかね。なにを今更そんな中学生みたいなことを言っている。今までと同じでいいではないか。政治家のように叶える気のない理想を語り、甘い言葉で押し通せばいいだろうに……。バカな女は票を入れ続ける」

「当選した者勝ちって言葉知らないの? それをまさに実践してるルーカスが……」と、囚人から看守に成り上がったルーカスをいつもの調子で貶してはまずいと、卓也は慌てて付け足した。「そんな勝ち組のルーカスに頼んでるわけ、僕は。僕のいいところだけをさりげなく彼女に言う。でも、言い過ぎないように、会っている時に気付かせるってのも大事なんだから。でも、口だけじゃなく、耳も使うんだ。彼女の言うことを一言一句聞き逃さず脳に焼き付けろ。言葉の訛りぐせから出身を、よく口にする単語からは交友関係が、言葉の表現方法からは趣味がわかる。それを全部まとめた情報を僕に流すんだ」

「君はかぐや姫にでもなったつもりかね……。無理難題ばかり押し付けおって。だいたい無理な話だ。どこで食事をしているどころか、どこで寝ているのかもわからん。厚化粧で本当の顔さえわからん」

「他の看守に聞けばいいじゃん。まさか……また誰にも口を聞かれないほど嫌われてるの?」

「私は看守部長のお気に入りだぞ。私が聞けば、みんなご機嫌取りにペラペラ喋る。まるでピーチクパーチクとカナリアだ」

「それなら、一つや二つくらい彼女の情報が聞けるだろう」

「鳥の脳みそくらいしかない奴らだぞ。私の名前どころか、地球の言葉ひとつも覚えられない。未だに私をマヌケだと勘違している。そんなアホどもに聞いた結果がこれだ。『誰だそれ?』『後で調べてみる? そんなこと言ったか?』同じ看守として実に恥ずかしい」

 ルーカスは言いながらデフォルトは叩き起こすと、お茶を入れるように命じた。

「でも、未だに名前もわからないんだぞ。そんなのおかしいって」

「自分で聞けばいいだろう。毎日顔を合わせているんだ」

 ラバドーラは卓也が一人の時に現れていた。要はルーカスとデフォルトが昼食を買いに行く時だ。二人で談笑をし、ルーカスとデフォルトが帰ってくると、二人に挨拶をして姿を消す。

 デフォルトがいれば見抜かれてボロが出そうだし、ルーカスがいても巻き込まれてボロが出そうだ。基本的に三人いつも一緒にいるので、ラバドーラの方もなかなかチャンスができずに、卓也とは違う意味でモヤモヤしていた。

「地球人なら目立ちそうなものなんですけどね。ルーカス様に卓也さん。そしてその女性の三人しかいないはずですから、この惑星には。そもそもどうして地球人がこんな惑星にいて、しかも看守として働いているのか、少しも疑問に思わないんですか?」

 デフォルトが淹れたてのお茶を人数分テーブルに並べながら言った。



「――だから、僕はこう言ってやったよ。この惑星にいるのは、僕と出会うため。看守として働いているのは、僕を捕まえるためだって」

 昼の休憩時間。卓也は、いつものようにひょっこりやってきたラバドーラと今朝のことを話していた。

「都合よく考えすぎじゃない? あなたを殺すためにここにいるのかもしれないわよ」

「それはありえないね。だってエッチな格好してないもん。美人の殺し屋ってのは、皆エッチな格好してるって知らないの?」

「殺される男は皆スケベだっていうのは知ってる」

 ラバドーラは人差し指で卓也の額を小突いた。

「つまりスケベな僕が殺される時は、君がエッチな格好してる時だ。……早く殺されたい」

「バカかね……。鼻の下が伸びすぎて、顔まで猿に退化しているぞ」

 ルーカスは自分の分の無駄に豪華な昼食を抱え、その隙間から呆れ顔を覗かせていた。

「ちょっと……邪魔しないでくれる。これからオカズを選ぶところなのに、餓死にさせる気?」

 卓也が睨むと、ルーカスはため息をついた。

「アホ男がアホ女と性的欲求を爆発させようがかまわないが、私の給与が下がるようなことをしてもらっては困る」

「爆発させたのはルーカスでしょ。あの事故を起こしてから、宇宙船の操縦許可が出てないみたいだけど?」

「私は悪くない。あの宇宙船がポンコツだったのだ」

「それじゃあ、私は行くわね」とラバドーラは卓也に笑顔を向けると、思いっきりルーカスの尻を蹴っ飛ばしてから去っていった。

 昼食を落とし、その上へと盛大に顔面から落ちたルーカスは、怒りの形相で立ち上がると、ラバドーラの背中に向けて落ちている小石を投げつけたが、小石は明後日の方向へと飛んでいった。

「ちょっと! ルーカス。彼女に当たったらどうするんだよ!」

「当てようとしているのだ。なんだなんだあの女は……」

「美人っていうんだよ」

「心は醜いぞ」

「でも美人」

「顔が良ければなんでいいのか」

「顔だけじゃないよ。気さくだし、ジョークもいける。それにナイスバディだ。なにより僕を求めてる。見ただろう? 彼女、頭の中で僕を裸にしてた」

「なるほど。だから君が下着を脱ぐ前に、そそくさと逃げていったんだな」ルーカスは小馬鹿にして肩をすくめてから「――いつものように」と含んだ言い方で付け足した。

 ルーカスが来るとラバドーラが帰るのはいつものことだ。いつものことと言えるほどやりとりがあるのに、卓也はまだラバドーラの名前さえ聞いていなかった。

 何度か聞いて入るのだが、その度にはぐらかされてしまっている。

 ラバドーラが投影してる地球人の姿。それは卓也の記憶の中にある女性の姿だ。

 看守部長のサインをコピーするために、過去何度かハッキングを試みていたラバドーラは、偶然卓也達の催眠裁判中のデータの一部をコピーしていた。

 最初にルーカスに近づいたのも、このデータを元に考えたからだ。自己中心的で傲慢だが、考えたらずで向上心がある。実に扱いやすい性格をしていると踏んだからだ。

 だが、結果は扱えきれず。そこで今度は女癖の悪い卓也を利用して、脱獄の計画を進める予定だ。名前を教えないのは、卓也の記憶が合致して仮名がバレるのを防ぐのと、卓也を扱いやすくするため男女のゲームの一部として、焦らすためにあえて教えていなかった。

「そこだよ、ルーカス。こんなに名前を知りたいと思ったのは初めてだ」

「雑誌のカバーガールを見る度に、毎回同じことを言っているではないか。今回もいつもと同じ方法で解決したまえ。ページを開けばいい。スリーサイズまで書いてるはずだ。で、君はこういう。『もっとケツはでかいだろうに……顔を化粧で誤魔化すだけでは飽き足らず、数字までも誤魔化している。どうせ歳も変えているのだろう。誤魔化しすぎて、自分までも見失っている』と」

「最後の長い文句はルーカスがいつも言ってることだろう……。だけど、ルーカス。今日は違うぞ。名前は知らずとも、彼女の部屋は聞き出したんだ。過程を飛ばして、最終目標に到着だ」

 卓也は溜まりに溜まった鬱憤を払ったような笑顔で言った。

「実にサクッとしている。まるで打ち切り漫画だな。それを私が許すとでも思うか? 今日から夜中は見張ることにする。問題を起こされては、私の沽券に関わるからな」

 卓也は「うそぉ……」と口に出したことを後悔した。「問題を起こさないと、僕の股間に関わるんだけど」

「口を滑らせたのが、運の尽きだな。私が見逃すはずもない。私の鋭い眼光は、まさしく獲物狙う鷹の目だ。狙われたが最後。逃げることは不可能だ」

 ルーカスが得意げに笑みを浮かべると、卓也はまいったと言わんばかりに額をおさえた。

「四六時中見張られてるんじゃ、僕は一歩も動けないよ……。まさかルーカスにしてやられるとは」

「そうだろうな!」

 ルーカスは卓也の思惑に気付かないで、ごきげんに笑い声を響かせた。

「本当ルーカスってすごい」



「――本当ルーカスってすごい――おバカ」

 深夜。有言実行で四六時中卓也を見張っていたルーカスは疲れてしまった。テーブルゲームに誘って頭を使わせたところ、案の定眠気に負けて、肝心の夜中にはぐっすりイビキを立てて眠りこけていた。

「あまり人のことは言えないと思いますが……」

 デフォルトはルーカスを自分のベッドに寝かせながら言った。さらに布団をかけてやると、もう二度と目を覚まさないのではないかというくらい極楽の表情を浮かべ、イビキを一層大きくした。

「そう自分を卑下するもんじゃないよ。デフォルトは立派だって。たまに融通がきかなかったり、人をナチュラルに見下したりもするけど、おバカなんてことはない。僕が出会ったなかで君は一番聡明だよ」

 卓也は励ますようにデフォルトの後頭部をリズムよく叩くと、いそいそと出かける準備を始めた。

「……本当に出かけるおつもりですか?」

 言ってどうなる卓也の勘違いに突っ込むことなく、この際自由に牢を行き来できることにも目をつぶった。デフォルトが聞きたいことは、その二つではないからだ。

「そりゃ当然。彼女の部屋の場所がわかって、おいでって誘われてるのに行かない意味がわかんない。言っておくけど、僕を止めても無駄だよ。僕はマグロのように泳ぎ続けるからね」

「自分も一つ言っておきたいのですが……。この光景見たことありますよ。夜中に抜け出す卓也さん。数十分後には警報の音。まさか忘れてはいないですよね?」

「忘れるもんか。前回は女囚人。今回は女看守。同じなのは、僕がとても楽しみにしてるってこと。そのあいだデフォルトは僕のベッドで寝てなよ」

 卓也はヨダレを垂れ流すルーカスを顎で指すと、ラバドーラから聞いた部屋のロックの解除番号を押した。

 壁に入り口開き、卓也が一歩踏み出したが、警報は鳴らない。

「本当に行くんですね」

「止めるなよ」

「もう止めません……言っても無駄ですから」

「デフォルト……」と卓也は立ち止まった。

 思いとどまったのかと「卓也さん」と、デフォルトも名前を呼んだ。

「これってすごい映画のワンシーンみたいじゃない?」

「コメディ映画ですか」

「ヒューマンドラマだよ。まぁ、僕はこれからラブストーリーだ。当然主演は僕」

 卓也はため息を落とすデフォルトなど気にもしないで、呑気に小さな鼻歌を響かせて出ていった。

 その数時間後。聞いたことのあるサイレンの音がけたたましく響き渡った。






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