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惑星迷子  作者: ふん
Season2
36/223

第十一話

 静まり返った早朝。この惑星には鳥の鳴き声もなく、窓のない部屋では地球のように太陽が朝を知らせることもない。

 だが、受け取り方によっては実に優雅な朝だ。車の音、早朝散歩の犬の鳴き声もない。街が動き出す雑音は遠い過去の記憶だ。

 デフォルトが優しく起こすまでは、卓也はぐっすり眠っていられる。なぜならルーカスがいないからだ。

 急に思い立って早起きをし、狭い部屋で不快な物音を響かせることもない――はずだった。

 まだデフォルトも夢の世界に囚われてままの時間。突然けたたましい警笛の音が、夢の扉を開けて外へと追い出した。

 焦った卓也とデフォルトはベッドから上体を引っ剥がすように起きると、お互い顔を見合わせてため息を一つ。そして囚人部屋の外へと視線を向けた。

「おはよう、囚人諸君。実に良い朝だ。清々しく、やる気に満ち満ちている。そうは思わんかね?」

 看守服に身を包んだルーカスが、透明な壁に手を付き囚人部屋を覗き込んでいた。

「やる気に満ちてるのは結構だけど……」と卓也は大きなあくびをした。「看守の仕事って、朝早く囚人を起こして、やる気を削ぐことじゃないと思うけど? 友達が出来ないからって、こっちにすり寄ってこないでよね。もう五日経ってるんだぞ。毎日毎日……飽きもせずに起こしに来てるけど」

「卓也君。口を慎みたまえ。私がその気になれば、これから食事は右の鼻の穴からするように命じ、排泄は左の鼻の穴からするように命じることも出来るのだぞ」

「命じて出来るんだったら、媚を売って背を伸ばしてもらうけど。出来ないんだから、黙ってて」

 卓也はのそのそとベッドの上で着替え始めた。ルーカスが帰らないことはわかっているので、二度寝する時間などない。起きるしかなかった。

 デフォルトもわかっているので、起きてルーカスが座るための椅子を用意した。

 ルーカスはそれ見て満足気にうなずくと、自慢気に囚人用から看守用に変わったIDカードを見せつけて、部屋のロックを勝手に開けて中へと入った。

 そして、椅子に座ると指をパチンと鳴らす。すると出てくるのが、デフォルトのいれたお茶だ。

 このまま仕事の時間までこの囚人部屋にいて、仕事の時間になると二人と一緒に持ち場まで行き、二人を監視する。

 ルーカスの暮らしぶりは今までとほとんど変わらない。寝る場所が変わっただけだった。

「正しく評価されるというのがこんなに快感だと思わなかった。まるで私という個が、この場所で今誕生したかのようだ……。産声を上げた瞬間に、頂上までのぼり詰めた者達の気持ちがよく分かる。下々の愚か者など、霧がかって存在すら見えない」

 悦と妄想の余韻に浸るルーカスの前に、デフォルトは人数分の朝食を並べ始めた。

「気を付けてくださいよ。あまり無理して高いところに登ると、転げ落ちた時に大変ですよ」

 デフォルトの言葉に「そうだよ」と卓也が同意した。「ただでさえ、背が高ければ地上から離れてると勘違いしてるバカが多いんだから。たった一メートルの高さが、二、三メートルの高さに感じるんだからバカだよね。自分の足元すら見えてないんだから」

「足元が見えてないというのは女のことをいうんだ。周りからの目ばかり気にして、自分では何一つ見てないのだからな。なにより膨らんだ自分の胸に視線を遮られて、自分じゃどんな靴を履いているのかも見えていない。では、そんな女が生きていられるか。君のようなもっと愚かな男が、飛び降りても下で怪我をしないように待ち構えているからだ」

「違うね。僕達が下で待ち構えてるのは、怪我をさせないようにじゃなくて、怪我をして動けなくなったのを自分のテリトリーまで運ぶため。だいたい、女性の方がしっかりしてるよ。目的はしっかりしてるし、そこに行き着くまで柔軟に道を変えられる。膝に乗り、甘えて、イタズラして叱られる。そんなヒモをやってた僕が言うんだから間違いない」

「ヒモ男を養っている時点で、実に愚かだと言っているんだ」

「だから言ったろう。女性はしっかりしてるって。彼女……僕を捨てて猫を飼った」

「おふたりとも……ただの言葉にとらわれるよりも。もう少し、せめて数時間先の自分の行動から明確化されてはいかがでしょうか?」

 デフォルトは自分と卓也の分の保存食。それと、明らかに匂いからして格が違うルーカスの食事をテーブルに置いた。

「おっと、一緒に並べるな。私と君達が食べてるものは違うんだ。なにせ高給取りの看守と、底辺の囚人だからな。本当なら匂いすら、施してやりたくないくらいだ。それを嗅がせてやっているのだ、感謝したまえ」

 ルーカスはスープンを一口分すくうと、二人に見せびらかしてから口に入れた。

「よく朝からそんな重たいものが食べられるね」

 卓也は羨ましがることもなく、自分の分の食事をまだ眠そうにもそもそと口に運んだ。

「食べることが仕事の効率に繋がるのだぞ。白米のようなものに、ニンジンのようなものとジャガイモのようなものとタマネギのようなものと豚肉のようなものを、スパイスのようなものと煮込み、茶色くなったものをかけたものを食べる。……私はいったいなにを食べているのだ?」

「なにってカレーのようなものだろう。自分が昨日デフォルトにわがままを言って作らせたのを忘れたのか?」

「私はカレーが食べたいと言ったのであって、カレーのようなものを食べたいとは言っていない。これは減点十だな。私に文句ばかり言っている。卓也君……君は減点百だ。よって今日からアホと呼ぶ」

「アホでもなんでもいいから、早くカレーのようなものを食べてよ。朝からそんな熱々で時間のかかるものを食べて……。言っとくけど、僕とデフォルトの仕事の時間が遅れて、一番割りを食うのはルーカスなんだぞ。食うのは割じゃなくて、カレーのようなものにして」

「だったら、カレーのようなものカレーのようなものと言うな。形容するものが一つしか思い浮かばなくて……食欲が失せる」



 ルーカスが監視。卓也とデフォルトが働くというのは、実に効率が良かった。実際には卓也は仕事をしているフリなので、働いているのはデフォルト一人なのだが、余計な手間がかからないので無駄なく仕事に時間を当てられた。

 この惑星での仕事のほとんどが肉体労働だ。デフォルトには馴染みのない働き方だが、不満はあまりなかった。

 ルーカスと卓也と出会う以前の頭脳労働ばかりの時よりも、頭の中がスッキリしている。凝り固まった考え方が、だいぶ柔軟になってきていた。

「やはり様々な視点で物事を考える為には、経験というのものが大事になるわけですね」

 デフォルトは岩塊を削った塊を、触手すべてで支えて持ち上げると粉砕機に投げ入れた。

 事件が起きない日々が続いたので、こうして機械を使う許可も出た。

 本当はあれ以来ラバドーラが尻尾を出さないので、問題を起こしやすいシチュエーションを作ろうと看守部長が出した許可だが、思惑が外れてしまった。ただ静かな日常が回っているだけだった。

「それってさ、疲れて頭が回らなくなってきただけじゃないの?」

 卓也は運びやすく砕かれた岩石の欠片を、ゴミ箱にちり紙を入れるかのように台車に投げ入れた。

「自分では考え方が広がったという気がしているのですが……。卓也さんはそんな経験ありませんか?」

「僕? そうだな……」と卓也は考え始めた。「エビアレルギーじゃないと思いこんで食べても症状は出るから、食事前に正直に言うってことくらいかな。彼女をベッドに誘う予定が、僕が病院のベッドに寝てた」

「それは自業自得ともいいますが……。病院に運ばれるとは、災難でしたね」

「災難なのはエビアレルギーだったことだけ。病院は最高だったよ。みんながごっこでしか経験のない女医と患者の関係を、リアルに体験したんだ。これが経験の差だよ。子供の頃周りの友達はみんなおもちゃの剣を抜いて遊んでいた。でも僕は違う。納める鞘を探してた。そして、僕は気付いたんだ。元鞘じゃなくても剣は納まるってことに」

「それはそれは……難儀な子供時代を過ごしたようですね……。それよりも――」とデフォルトは話を区切った。共有する話題ではないと思ったのもあるが、気になることが一つあったからだ。「以前に卓也さんの身体をスキャンした時には、アレルギー症状はなかったのですが。完治したのですか?」

 以前レストに乗っていたとき、欲求不満による症状で卓也が寝込んでいた。その時に調べた結果、卓也にもルーカスにも持病がないということだった。当然アレルギー検査もしている。驚くことに一つもない。まるでウイルスから差別されているかのような健康体だった。

「完治なんかするもんか。こう見えて僕は病弱で薬漬けだったんだぞ」

「そんな筈はないと思うのですが……。そもそも卓也さんが薬を飲んでるのを見たことありませんよ」

「宇宙療養には薬は必要ないって言って処方しなかったんだよ。なんの病気で病院に行っても薬は毎回同じだし、ヤブ医者だと思ってたけど……今症状がなにも出ていないのを見ると名医らしいね」

「念の為に薬の名前を教えてもらえますか? 今後なにかあったら困るので」

 デフォルトは普段から卓也の食事の世話をしているので、万が一を考えて対処法を考えないとと心配していた。

「アスコルビン酸だ……」と卓也は重々しく言った。

 思わずデフォルトは「はい?」と聞き直した。

「アスコルビン酸だって」

「ビタミンCのことですよね? それは薬ではなくサプリメントなのでは?」

「薬だよ。病気にもちゃんとした名前がついてる。僕はヒポコンデリーなんだ……」

 卓也は悲痛に顔を歪めた。まるでこの世の終わりでも白状したかのような表情だ。

 デフォルトはというと、場違いな場所にある絵画を眺めるような視線で卓也を見ていた。

「もしかしてですが……以前にエビアレルギーの女性とお付き合いなさって、気を引くためにエビアレルギーだと思い込もうとしたことがありませんか?」

「そんなことあるに決まってるだろう。その場で意見を合わせるのは男のマナーだぞ。エビだけじゃない、小麦もキウイもある」

「たしかに卓也さんはヒポコンデリーのようですね……」

「そうなんだ僕はヒポコンデリーなんだ」

「ところでヒポコンデリーの意味ってわかっていますか?」

「知ってるよ、心気症だ。字を見るだけで恐ろしいよ……」

「ヒポコンデリー。心気症というのは、つまるところ思い込みでかかる病気ですよ。普通は異性に好かれようと思うくらいでは発症しませんよ」

「ほら、見ろ。僕は普通じゃないんだ」

「ええ……そりゃもう。いいですか、卓也さんは女性に同調して好かれようと、感じてもいない症状を病的にまで思い込んだんです。幸いと言っていいか、卓也さんはすぐに過去の女性を忘れますよね。名前も間違えるくらい。その時に症状も忘れるんですよ。そしてまた新たな異性と付き合い、また同調の思い込みで別の症状があらわれる。卓也さんはサプリメントが処方されたのは、ただの気休めですよ」

「じゃあ宇宙に出て症状がでなくなたって言うのは?」

「全員が栄養管理されて、アレルギー反応が出なくなったので、話題に上がらなかっただけだと思いますが」

「嘘だろ!? 僕は思い込みであんな辛い思いをしてたのか?」

「はい、そうです」

「それって……つまり……思い込めば背も伸びるってこと?」

「いいえ、伸びません」

「なんだ、じゃあたいしたことない病気じゃん。もうわーすれた」

 卓也は過去の病歴を投げ捨てるように、何個もポイポイと岩石の欠片を台車に投げ入れた。

「口だけではなく手も動かしたらどうだ」と突然喝を入れるたのは、今しがたまで昼寝をしていたルーカスだった。

「ずっと手を動かしてるよ。ルーカスが寝てて移動の許可がでないから、見ろ。台車が山盛りだ」

 卓也は岩石クズでいっぱいになった台車を顎で指した。

「ならば許可を出す。さっさと捨てに行ってこい。いや、まて。私も行こう。もうすぐ昼食の時間だ。君達とは食事のランクの差を見せつけなければいけない。私が直々に選ばないと」

「なんでもいいよ。さっさと運んで、さっさと休もう」

 卓也が台車に手をつくと、ルーカスが遮った。

「卓也君……聞いていたのかね? 食事のランクの差を見せつけると言っただろう。私と一緒に来たら、私がなにを選んだか先に見えてしまうではないか、君はここに残り失意と絶望の表情でも練習していたまえ。さぁ、いくぞデフォルト」

 ルーカスは台車の上に乗ると、デフォルトに引くように命じた。

 デフォルトは「それじゃあちょっと行ってきますと」と声をかけ、台車を引いて消えていった。

 残された卓也はぐっと腕を高く伸ばすと、岩によりかかりずり落ちるように腰を下ろした。

 サボりながらとはいえ、肉体労働をすると疲れる。二人がいない間に昼寝でもしようと、目を閉じた瞬間。

「私がいないからといって、なにをサボっているのかね」というルーカスの声が目の前から聞こえてきた。

 慌てて目を開ける卓也の視界に入ったのは、催眠状態で出会った時のあの女性の姿だった。

「どう? 似てた?」

「似てたっていうか……本人かと思ったよ」

 そう言って卓也が手を伸ばした相手は、姿を変えたラバドーラだった。






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