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惑星迷子  作者: ふん
Season2
34/223

第九話

 ルーカスは朝早く目覚めるなり、鼻歌をご機嫌なメロディーにのせて寝間着を脱ぎ始めた。そして、デフォルトが洗った清潔な囚人服に着替えながら、洗顔と歯磨きも始めだした。歯を磨いている最中も鼻歌を歌うので、ぶくぶくぶくぶくと不快な音が響いていた。

「朝から素敵な調べをどうも……おかげでいい夢を見たよ」卓也は目覚めたばかりの開ききっていない目でルーカスを睨んだ。「どんな夢か知ってる? 殺人鬼に頭をスレッジハンマーでぶっ叩かれて、僕は骨まで粉々。その破片を女の子達が拾って犬の餌に混ぜる。それを僕は犬の目線から見てる夢だよ」

「そんな悪夢から起こしてやったんだ。私に感謝をしたまえ」

「良い夢だって言っただろう。目覚めたら目の前には、口からアブクを出した半ケツの男だぞ。犬目線でパンツと胸元を見てるほうが何百倍も幸せだったよ」

「いつまでもぐーたら寝ている方が悪い。世界はとっくに目覚めているのだぞ」

 ルーカスは歯ブラシをくわえたまま乱れた囚人服を着直すと、水を口に含み勢いよくペッと吐き出した。

「なにをそう上機嫌になってるのさ。おねしょで自分の国の地図でも描けたのかい?」

 卓也は大きなあくびをすると、にじみ出た涙を乱暴に人差し指で拭った。

「昨日のことを覚えていないのかね? 呆れた……夢の中だけではなく、脳みそまで犬になったのではないのかね」

「昨日……昨日ね……」と卓也は昨日の出来事をなんとか思い出そうと、水を飲んで目を覚ました。

 昨日といえば、デフォルトが休暇を取った日だ。デフォルトが休みの間は珍しく問題を起こさずに仕事をしていた。それからデフォルトが現れ休日の過ごし方を知らないと言うので、それを口実に仕事をサボって一日中付き合った。

 卓也は首を傾げながら「後は……看守部長に呼び出しを食らったくらいかな」と、なにも思い当たることがないと言った。

 だがルーカスはそこに食いついた。

「まさしくそのことを言っている。私は出来る男に見られただろう?」

「そう? 僕には出来損ないを見る目に見えたけど」

「それは私ではなく、君に向けられた視線だ。私には期待と信頼を込めた視線が向けられていた。ならば、私はそれに答えるだけだ。だからこうして早起きをし、勉学に勤しむ」

 喋りながら朝の身支度を終えたルーカスはベッドに腰掛けると、翻訳済みの宇宙船の操縦技術が書かれた本を目の前に投影させて「ふむふむ」と口に出しながら読み始めた。

 ずいぶんうるさい寝言だと思い目を覚ましたデフォルトは、ルーカスの後ろ姿を見て今日の第一声を発する前に、口からはため息がこぼれ出た。

「……今度はなにをやらかすおつもりですか?」

「私が勉学に勤しみ自分を磨くのは休暇だけではないのだ。空いた時間を見つけ、日々こうして努力をしている。完璧でいるのにはそれなりの苦労があるということだ。わかったかね? デフォルト君」

「ルーカス様が努力家ということは、それはもうよく知っています。そして、それが決して実らないのもよく知っています……。いいですか、ルーカス様。ルーカス様が余計な知識を身につけるということは、それだけ被害が広がるということですよ。よく考えてください。操縦士になるなんて、テロを起こすようなものですよ」

 昨日のデフォルトの言葉に嘘はなく、ルーカスや卓也の尻拭いをするのも、休暇でただぼーっと過ごしているよりはいいが、普通に仕事をして頭を使うほうが、当然だがよっぽど有意義で心も休まる。

 偶発的ならしょうがないと諦めが付くが、自ら騒動を起こそうとしているのを見ると、それが本人にとってただの勉強をしているものであってもため息をつかざるを得なかった。

「おい、タコランパ。根拠もなしに私を考えなしと決めつけるのはやめたまえ」

「でしたら、一文無しになった今どうするんですか? いつものセメントの味がするような保存食も食べることが出来ませんよ。というよりも……いったいどうやってこの数日間生活していたんですか?」

「君達の名で囚人共から借金をしたからな。数日後明細が上書きされる。楽しみに待っていたまえ」

「ちょっと待て……僕はそんなことを許可した覚えはないぞ」

「当然だ。許可など貰った覚えなどないからな」

 ルーカスは他人事のように言ってのけた。

 怒ろうとする卓也だが、それより先にデフォルトが口を挟んだ。

「ちょっと待って下さい。金銭はコンピューターで管理されているはずです。看守でもなければ、本人の了承もなしに勝手にそんなことは出来ないはずですよ。いったいどうやって……」

「そうだよ。どうやって」と、卓也も怒りよりも疑問が湧き上がった。

「簡単なことだ。これを見たまえ」と、ルーカスは本のホログラムを消して、代わりにメモを開いた。そこには『寝る前のメモ。卓也とデフォルトの名で借金をしておいた』と書かれていた。

「僕達は方法を聞いてるんだ。まさかここのサーバーに侵入したのか?」

 卓也は万が一にもありえないことを口に出した。

 ルーカスは「かも知れんな」と不敵な笑みを浮かべた。

「聞いてるのは僕達だぞ」

「起きたら入金されていたんだ。だが、メモを残したというなら、私がやったということになる。無意識なる覚醒というやつだな。私も自分が怖い……。その金で私は食料を買いだめしたのだ。だからデフォルト、心配は無用だ」

「心配事だらけなんですが……。誰かがルーカス様のデータにアクセスしたということですよ」

 ルーカスがサーバーに侵入できるわけない。当然それはデフォルトにはよくわかっている。だが、金銭はデータのやり取りだ。自分達の食料に手を付けられた形跡はないので、ルーカスは確かに誰かのお金で食料を買ったことになる。

「そんなことはどうでもいいんだよ。問題は僕のお金が勝手に使われたってこと」

「なにを言っている……」と、ルーカスはアホを見る目で卓也を見た。「君の貯金は昨日。えばりくさって息まで臭くなった看守部長に罰金されてなくなったのだ。どのみちなくなるものを使っただけだ。言われるまで気付かなかっただろう。貢ぐ金額が愛の重さだと思っているバカな女達に貢がせているから気付かないんだ」

「でも、今気付いた。気付かれたんだから返せよ。買った食料でいいから」

「それは無理だ。昨日までに食べ終えてしまったからな。そこで、提案がある。私が操縦士になった暁には、宇宙船の雑巾がけくらいはさせてやるから、私にご飯を奢りたまえ」

「今自分がなにを言ってるかわかってる?」

「当然だ。『君と結婚したら、子供は二人がいいな。上が男の子で下は女の子。君の顔を見るだけで、こんなに幸せなことが想像できる。そんな相手に初めて出会ったよ』と食事前に女看守に言って、食堂に消えていったのはつい先日のことだな。これと言ってることは大して変わらんと思うが?」

「第一に、僕の話はしてない。第二に、僕が言ったのは上が女の子で下が男の子。そして第三――僕が食べたのは食事だけじゃない。デフォルトもなんか言ってやってよ」

 少々都合の悪くなった卓也は、旗色が悪くなる前にデフォルトに助け舟を求めたが、デフォルトの興味は借金の金額よりも、どうやって借金をしたかだった。

 自分のデータを弄ったらバレるからルーカスのデータを弄ったのか、そもそもこの三人を狙った犯行なのか、ルーカスを知っている人物ならば面倒に巻き込まれることを嫌うので、なにをするにしてもむしろ候補から外す。

 デフォルトの頭の中には一瞬。脱獄したと囚人が噂していた『ラバドーラ』の名前が浮かび上がったが、L型ポシタムのボスであるラバドーラが、ルーカスの抜けている加減を見抜けないわけがないという考えから除外した。

 そして「デフォルトってば!!」と、急に卓也に揺さぶられたので、その拍子に考えは頭から抜け出てどこか遠くへと飛んでいってしまった。

「あっと……そうですね。自分はゼロまで罰金もされていないので、ルーカス様の食事代は自分が出しますよ」

 デフォルトの甘い言葉に、卓也はこりゃ駄目だと肩をすくめた。

「大丈夫だよ、ルーカスは。普段からセメントみたいな味の保存食を食べてるのは、こんな時に備えてだよ。壁でも床でも好きにかじってればいいんだ」

 卓也の嫌味な言い方に、ルーカスは不機嫌に鼻を鳴らした。

「もう頼まん。そっちが泣いて雑巾がけをさせてくれと頼んでも、私は応じんからな」

「そっちこそ。泣いて雑巾がけをしてくれって頼んでも、僕はやってやらないからな」

 卓也がイーっと歯をむき出しにすると、ルーカスもイっと短く歯をむき出しにして威嚇してから部屋から出ていった。


 部屋を出て、不機嫌にふんっと鼻を鳴らしたところ「ちょうどよかった。ルーカス、こっちにきたまえ」と呼び止められた。

 ルーカスは「これは上官殿! おはようございます! 朝から顔を見られ、良い一日になりそうです」と、あからさまなご機嫌取りの挨拶をした。

 看守部長は「そうか私もだ」と柔和な笑みを浮かべた。「ところでだ。最近操縦士の勉強をしているらしいな」

「上官殿のおっしゃるとおり、私めは操縦士になるために日々努力を重ねております。催眠中に出会った女に惚れたなどとうつつを抜かすミラー・卓也とは、産声を上げた瞬間から出来が違うというものです。そもそもあの男は、自分が仕事を出来ないのを棚に上げ、上げに上げ過ぎてしまい、自分の小さい体では届かないところまで上げたせいで、誰かを踏み台にしないと棚から下ろせないような底意地の悪い男です。宇宙一セクシーな男に選ばれたのなどという戯言をぬかしておりますが、マイナーな宇宙雑誌に載ったところで――」

 ルーカスは先程の憂さ晴らしにといらないことをペラペラと喋りだすと、看守部長は「わかったわかったもういい」と話を遮った。

「私が聞きたいのは、中型運搬用の宇宙船を操縦できるかだ。どうなんだね?」

「当然であります。日々勉学に運ぶ私は、既に小型から超大型空母まで一人で操縦できるほどの知識と技術を身に着けております」

 ルーカスは惜しみもなく大言壮語を吐き出すと、自信満々に笑ってみせた。

「まぁ……運搬用の中型宇宙船なんていうのは、文字さえ読めれば子供でも操縦できるものだ。そこでだ、懐は寒くないかね?」

「寒いと言われれば……そのような気も……もしかして!? 私を抱くおつもりですか?」

 ルーカスの回答に看守部長はがっくりと項垂れた。

「まったく……。金は欲しくないかと聞いているんだ」

「それはもう。しかし、私に金がないのは上官殿の罰則のせいでは?」

「それは私にとっても心苦しい決断だった……だが、ルーカス。君を飛躍させるためには必要なことだったんだ。この惑星で大きく羽ばたいてもらいたい」

「というと?」とルーカスは首を傾げた。

「察しが悪いな……。君を操縦士に任命すると言っているのだ。私の権限でな。今日から君は囚人ではなく、私の部下だ。ちゃんと書類も用意してある」

 看守部長はおめでとうと拍手を響かせた。

 ルーカスはしばらく呆気にとられていたが、言葉の意味が体中を遠回りして脳に伝わると、感無量な面持ちになった。

 にじむ涙がこぼれないように下唇を噛むと、力なく敬礼した。

「私は……この日をどれだけ待ったか……しかし、予感はしていました。今日は上官殿と呼んでも否定がなかった。これは私を認めた証拠だと……今思い返せば、媚を売りに売って売りまくった。それなのに私の真の実力に気付かないのは、もしかして上官殿はポンコツなのではと疑う日もあった……。それを上回るほどの信頼があったのも事実。最終的にはその信頼が伝わったというわけですね」

 ルーカスは体に力を入れ、今度はしっかりとした敬礼をした。

 しかし看守部長は「いいか……ルーカス」と急に雰囲気を変えて睨んだ。「二度とポンコツという言葉を使うな……私が一番キライな言葉だ。いいな」

「答えは当然イエスであります。ポンコツという言葉は二度と使いません。たとえ真のポンコツがそこにいたとしても、私は二度とポンコツという言葉を使うことはないでしょう。なぜなら、ポンコツという言葉を使うなというのが上官殿の命令だからです」

 ルーカスは聞き分けの良い顔を浮かべていたが、看守部長はルーカスがポンコツと一言発するたびに、イライラと床に当たり散らしていた。

「とにかく! 午後に指定の場所に来るように」

 看守部長は壁を思いっきり叩くと、収まらない苛立ちを音に乗せて、カツカツと足音を廊下に響かせて歩いていった。

 有頂天のルーカスにはそんな看守部長の様子など気にもならなかった。一目散に囚人部屋に戻ると、二度寝をしようとしている卓也をベッドから蹴り落とした。

「なにすんだよ! ご飯を奢らなかった腹いせか?」

 ルーカスは「腹どころか、胸までいっぱいだ」と嘲笑う。「一つだけ訂正しにきてやったんだ。私に泣いて雑巾がけをさせてくれと頼んでも応じんと言ったな」

「言ったね。言っとくけど、僕は訂正するつもりなんてないよ」

「君の訂正などどうでもいい。泣いて雑巾がけをやりたくないと言ってもやらせることにした。看守部長の部下である私の命令だ。わかるか? つまり私達は囚人と囚人の関係ではなくなったというわけだ。囚人と操縦士兼看守。つまり使う側と使われる側だ」

「本当に壁を食べたのか? 有害物質で頭がおかしくなっちゃってるよ」

「好きに言いたまえ。その減らず口も午前中までだ。午後には私は君を見下ろしている。背の高さなど問題ではない。それより高い遥か上空からよだれを垂らしてやるから、君は両手でキャッチしたまえ。それが最初の命令だ。次に私の宇宙船の雑巾がけをさせる」

 言いたいことだけ言ったルーカスは超上機嫌な笑い声と「私は操縦士だー!!」という言葉を響かせて部屋から出ていった。

「ストレスでも爆発したんでしょうか……」と心配するデフォルトに向かって、卓也は「ストレスなんて言葉は母親のお腹の中に置いてきた男だよ。バカだから見た夢を現実だと勘違いしてるんだって。朝から迷惑なんだから……」

 卓也はため息とあくびが混ざったものを吐き出すと、すぐに寝息に変えた。

 喧騒が去った妙に静かな囚人部屋で、デフォルトは静寂の耳鳴りに不安を煽られていた。






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