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惑星迷子  作者: ふん
Season2
31/223

第六話

「困ったもんだ……」

 卓也は白い壁を見つめて言った。視線を落としても白い床。天を仰いでも白い天井。真っ白な世界に塞がれて、既に丸五日。やることもなく、卓也は飽き飽きとしていた。

「そう思うのでしたら、少しは問題を起こさないように、考えて行動してください。そうすれば懲罰房に入れられるなんてこともなくなります。普通に考えることができる生物ならば」

 デフォルトは部屋の隅で触手を触手で抱えて小さく丸まっていた。どうせなら、このまま溶けて無くなってしまいたいと思うほどの心境だ。

 度重なる騒動による作業の中止。とうとうデフォルトの顔が立てられることもなく、三人まとめて懲罰房に入れられることになってしまった。

「そう悲観的になるなよ。ほら、落ち着いて。深呼吸深呼吸」

 卓也に言われるがままに、デフォルトは深呼吸を繰り返した。

 言い過ぎたと思い、頭を冷やそうと思ったからだ。実際には言い過ぎてなどいないのだが、感情のままに言葉を発するのは賢いと思っていないデフォルトは、恥ずべきことをしたと軽い自己嫌悪に陥っていた。そのこともあり、少し冷静になって相手の意見も聞こうと、卓也の言葉に耳を傾けていた。

「落ち着いて、触手の力を抜いて。もう一回深呼吸。目を閉じて頭を空っぽに。リラックスするんだ……。心休まる休日を想像しよう。デフォルトは今、南国のリゾート、右手には少し甘いくらいのココナッツジュース。これはあくまでイメージ。でも、繊細に思い浮かべるんだ。南国のリゾートじゃ当たり前に聞こえてくるうるさい喧騒は消えていく。あるのは波の音だけ。寄せては返し、また寄せては返す。潮風が運ぶのは海鳥の声。その海鳥はきっとこう言ってる。卓也は悪くない。確実にこう言っている。卓也なにも悪くない。寄せる波が卓也と言い、返す波が悪くないという。これは南国のリゾートじゃ当たり前に聞こえてくる音。卓也は悪くない。卓也は悪くない」

 卓也がまぶたに手をかざして、暗闇へと誘おうとするが、手のひらの下でデフォルトの目はしっかりと開かれていた。

「……催眠術にかけようとしてませんか? そもそも南国のリゾートを知らないので、そこで寛いでいる自分がイメージができないのですが」

「そこから、導き出される答えは一つだね。デフォルトはもっと休みを取った方がいいよ。しっかり休むのも仕事。一回頭を休ませてスッキリさせれば、仕事でから回ることもなくなるって。考えすぎて思考が膨らんで、答えを導き出す回路が一本道になってるんだよ。それも細く狭くね。頭を空っぽにすることで、一本道に行き場ができる」

「そういうものでしょうか……」とデフォルトは丸め込まれ始めていた。

 考え過ぎの原因は目の前にいるのだが、問題を可及的速やかに解決しようとから回っていたのも確かで、答えがそれ一つしか浮かばないのも確かだった。

 もっともルーカスと卓也が原因なのは変わらないのだが、答えばかり見ている今のデフォルトはその部分が思考回路から外れてしまい、言われてみればそうだと肯定的に捉えていた。

「そうだよ、一度休んでみなよ。看守に気に入られてるんだ。訳を話せば文句も言われないって。自分のために使う時間も大事だよ」

 卓也がそう言ったきり、デフォルトは黙ってしまった。

 それから数時間後、白い壁の一部が光の枠で切り取られると、そこから看守が一人、懲罰房の中へと入ってきた。

「出ろ。反省は終わりだ。原因は機械の故障だった。調べてくれた看守に感謝しろよ」

「調べたのは誰が? 男? 女? 名前は? もしかして将来の僕の恋人?」

 顔を近付けてまくし立てる卓也は、看守に額を掴まれて、そのまま部屋の端へと追いやられた。

「調子に乗るな。誤解が解けたのは機械の暴走の件だけだ。キーチップ――それもマスターキーをどうやって持ち出したかは、解決していないからな」

「だから、超美人な女の人から貰ったって言ってるじゃん。きっと機械を調べてくれた人だよ。看守なら名前を知ってるだろう」

「バカを言うな。だいたいその看守は……誰だったか……」と看守は少し悩むと「戻って報告書を見ればわかる。そのことで看守部長から話があるとのことだ」

 看守は卓也の次の言葉を待たずに床を動かすと、順にデフォルト、ルーカスと移動させた。

 その移動に中デフォルトは意を決した顔で「決めました。自分は休暇というのを取ってみようと思います……」と思いつめた声で言った。

「デフォルト……休みっていうのはもっと気楽に取るものだよ……」



 デフォルトの休暇はすんなりと受け入れられた。本来ある程度の病気以外は強制的に働かされるのだが、デフォルトに倒れられてしまっては色々と問題が起こるのでやむなくといった具合だ。

 デフォルトの仕事というのは、基本的な仕事とルーカスと卓也の面倒を見ること以外にも、他の囚人の仕事を代わりにして報酬をもらったり、一部の看守からの仕事を請け負ったりもしているので、倒れて長期間仕事ができなくなるよりも、短期間休暇を与えたほうが効率が良いと判断された。

 それもペナルティは何一つないという特別賞与を与えられた。

 しかし、そんなデフォルトがいないと仕事の回りは遅くなり、看守も囚人もかけた歯車の一つを補おうとあちこちで忙しくしていた。

 そのお鉢は当然ルーカスと卓也にも回ってきた。

「まったくもって信じられん……なにがタコランパだ。なにが特別賞与だ。なにが休ませてもらいますだ。なにがデフォルトだ」

 ルーカスは苛立ちに任せてスコップを振り下ろした。

「タコランパって言うのは地球人が考えた蔑称で、特別賞与ってのはボーナスのことで、休ませてもらいますってのは今日の朝に聞いた言葉。デフォルトっていうのはタコランパ星人のことだよ」

「その憎きタコランパ星人のデフォルトが、仕事をサボっているかと聞いているのだ」

「サボりじゃなくて休暇だって」

「囚人に休暇などあるわけもない。私が看守なら死ぬまで働かせるぞ、働きアリなら他からまた見繕ってくればいい」

「いやー……本当惑星間飛行が少ない銀河で良かったよねー。変わりなんて見つかったら、僕ら真っ先にこれだよ」

 卓也は自分の首に手刀を当てると、落とされた首死体のように舌をベーっと長く出した。

 その伸びた舌に向けて、ルーカスがスコップで掘った岩屑を投げると、卓也はペッペッとツバを吐き出した。

「呑気なことを言うな。我々があのタコランパの分をこうして働いているのだぞ。まったくもって不公平極まりないとは思わんのか?」

「そうは言うけどさ……たまには休ませてあげないと。デフォルトがいなくなったら、誰がルーカスの臭い靴下を洗うんだよ。あんなのゴキブリ退治にしか使えないぞ。初めて見たよ……ゴキブリが臭いでぶっ倒れるところを」

「君の体液に汚れた服よりマシだ」

「あれは男の勲章っていうの」

「緑や黄色や発光する汚れがか? なんど未知なるキノコが生えてくるのを見たか……この異星性愛者が……」

「全星性愛者と呼んでほしいね。僕は偏見から入らないだけ。それより、デフォルトがいないと、ゴキブリも死滅する未知なるキノコだけが生える世界で暮らすことになるんだぞ」

「わかっている。だから文句は言っても、手は動かしているだろう。まったく……世話の焼ける部下だ」

 ルーカスは軽い石屑だけスコップですくうと、乱暴に台車に投げ入れた。

 砂埃はまるでルーカスの苛立ちをあらわすように、もくもくと舞い上がった。

「僕だってやりたくはないよ。でも、サボる口実なんてないんだからしょうがないだろ。それにさ、よく考えたらここの暮らしもそう悪いもんじゃないと思わない?」

「どこがね。どこの銀河ともわからん場所で、知りもしない惑星法律によって、強制労働を強いられているのだぞ。不愉快以外なんでもない」

「ご飯も出れば、屋根も壁もある部屋。それもベッドで寝られる。それに皆囚人服だから、服に気を使う必要もない。地球なんてどこに行ってもドレスコードばっかり。宇宙時代にいつまで古い風習にこだわってるんだか……。だいたい脱がすための前座に、高いお金を払ってそういう店に行ってるのに、服を脱がすのに手間取るような服を着せるのって、本末転倒だと思わない?」

 卓也の本音とも冗談とも取れないような声色の問いに、ルーカスは大真面目に「思わん」と答えた。

「ドレスコードこそ人間が作り上げた素晴らしい文化だ」

「ジャケットを着てれば、ウェイターがペコペコするからって理由だろう? ルーカスが操縦士を目指す理由とまったく同じ。操縦士の制服を着てれば皆がペコペコするから」

「まさしくそのとおりだ。朝早くデパートにも並ぶし、新装開店にも必ず顔を出す。それもこれも、下賤の苦労が滲んだ後頭部を見下ろすためだ。ここにいるか? そんな愚かな生物が。私ばかりが頭を下げている。媚を売りに売って買取までしたのにだ。私はまだ一介の囚人のままだ。事実に由々しき事態だ。銀河系の損失だ。そんな私の価値もわからない惑星に、いつまでもいたいと思っているのか?」

 ルーカスは不満顔を見せつけるように卓也に近付いた。

「そうは言うけどさ。ここにても、地球と大差ないじゃん。仕事は底辺、周りからは嫌われ、向上心は空回り。方舟の時と変わったことと言えば、下げる頭の数が一つ増えたくらいのもんだよ」

「だからこそ変わるチャンスだ。方舟の時も言っただろう。新しい道を目指しても良い頃だと。……クーデターしかない。私がこの惑星のトップに成り代わり、数字の羅列のわかりにくい惑星の名をルーカスに変えてやる」

「それじゃあ結局監獄惑星のままか」

「どうしてそう思う。未開惑星の神にまで上り詰めたこの私が、こんなアホ囚人どもばかりの惑星でトップに立てないとでも言うのか?」

「だってどこの出身って聞かれたら、ルーカスって答えないと行けないんだろう? その時はお願い……僕を流刑にして」

「安心したまえ。重要な地球人サンプルとして手厚い保護をしてやろう。女装した自分に恋をした変態としてな」

「しょうがないだろう。本当に可愛かったんだから。天はイチモツを与えるだけじゃ満足しなかったってことだよ。だから僕に二物を与えたんだ。男の顔も、女の顔もイケてるって」

 無駄話はしているが、今日はまだ問題を一つも起こしていない。それどころか仕事を着々とこなしている二人の元へ、笑顔のデフォルトが軽い足取りでやってきた。

「……なにしてるの?」

 卓也は作業の手を止めてデフォルトを見た。

「初めての休暇記念なので、せっかくならお二人と一緒に祝おうと思いまして」

「これを見てわからんのならば、眼科に行って脳みそを見てもらえ。きっとアホを見る目で見られる。誰の分の仕事をしていると思っているのかね」

 ルーカスはこれみよがしにスコップを地面に突き刺した。

「それなら手伝います。三人でやると早く終わりますから、さっさと終わらせましょう」

 デフォルトは右から二番目の触手でツルハシを手に取ると。他の空いてる触手にも道具を持たせて作業に入ろうとしたが、卓也が目の前にスコップをかざして止めた。

「ちょっとちょっと。休暇の意味わかってるの?」

 そう心配する卓也の肩をルーカスが掴んだ。

 ルーカスは「実に憐れな男だ……」とため息をついてかぶりを振る。「暇の潰し方を知らないと見える」

 ルーカスが演技ぶった声で言うと、卓也も同じような声で「つまり……どういうこと?」と聞いた。

「彼はワーカーホリックだと言っているのだ」

 更に演技ぶったルーカスに、卓也も更に演技ぶって返す。

「うそ!? ワーカーホリックって空想上の生物だと思ってた」

「……少し様子が気になって見に来ただけです」とデフォルトは否定する。

 卓也がデフォルトの触手を指して「じゃあ、そのツルハシは?」と聞くと、すっと触手から道具を離した。

「これはついでです。言ったでしょう、お祝いをしましょうと。自分が休暇を取った記念に」

「それはいいわけだよ。頭の良いデフォルトが、本気でそんなことを思うわけないのはわかってる。僕とルーカスだけじゃ仕事が滞ってると思って、あわよくばと思ったんだろう?」

「すいません……」と、デフォルトはあっさりと白状した。「一人でいても、なにをして過ごしてよいのかがわからなくて……」

「しょうがない……僕達が休み方って言うのを教えてあげるよ」

 卓也はスコップを放り投げると、肩を組むようにデフォルトの後頭部に手を回した。

「お仕事の途中ですよ」

「休むのも仕事の内って教えただろう」

「そのとおりだ」とルーカスも反対側からデフォルトの後頭部に手を回した。「実に効果的な休みのとり方を教えてやろう」

 サボる口実ができた二人は、デフォルトから手を離すことなく施設の中へと入っていった。






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