第四話
ある日の朝、仕事の時間前。三人は看守部長に呼び出されていた。
ルーカスは不自然なまでの良い視線で敬礼をし、卓也は眠さを隠さずにあくびをし、デフォルトは普通に良い姿勢で立っている。
看守部長は座ったまま、トカゲのように凸凹した指を二本開いて向けると、気だるそうに指の関節を曲げた。
するとルーカスと卓也の足元の床だけ強制的に動き、看守部長がいる机の前へと寄せられた。
最初にため息をひとつ入れてから、看守部長は「……なにか言っておくことは?」と聞いた。
ルーカスは自信満々の笑みを浮かべて「ありません!」と大きな声で答えた。卓也はなにも答えず、早く時間が過ぎないかと遠くを見ていた。
看守部長は言い方をかえて「……なにか言い訳は」と低い声で聞くが、二人の答え方はまったく同じものだった。
デフォルトだけ、よりすまなさそうに目を伏せていた。
看守部長は目の前の机に拳を叩きつけると、その勢いで立ち上がって二人を睨みつけた。
「では、なぜ運搬用の小型宇宙船が編隊を組んで航空ショーを始めたのかね? 先頭にいたのは君達が乗っている宇宙船との報告が入ってきているが……どうなんだ」
「ずばり人柄と言えましょう」とルーカスがでしゃばった。「いつの世も生命というのは、優秀なひとつの個に群がるもの。群れをなし、集団を作る。今回はたまたま私という強烈な個に当てられた、能無し宇宙人共が私に付いてきただけのこと。つまり、私にはまとめる力がある。少なくとも、どこぞのタコランパよりは」
ルーカスはキスでもしそうな勢いで看守部長の顔に顔を近づけると、自信に満ちた揺るぎない瞳をまっすぐにぶつけ、不敵な笑みを浮かべてみせた。
看守部長は床を動かし、壁までルーカスを後退させると、卓也に向かって「それで、どうなんだ?」と聞いた。
「勝手に動き出したんです。それとも、トイレ掃除から運搬雑用に回されたくらいで、僕が上機嫌にアクロバット飛行をするように見えます? そんな技術があるならともかく」
壁からルーカスが「そやつではありません! 華麗に操作したのは自分です!」と自己主張を始めるが、看守部長は聞く耳を持たなかった。
「責任逃れの嘘ではないのかね? L型ポシタムが侵入したと嘘をついた時のように」
看守部長の疑いの視線を受けた卓也は、ぐっと顔を近づけて「そんな嘘が思いついたなら、こんな男臭い部屋に来ないような嘘を付きます。診断書を見てないんですか? パパ以外の加齢臭にはアレルギーが出るって」
卓也は鳥肌が浮き出た腕を見せつけた。
看守部長は卓也も壁に後退させると、デフォルトを呼びつけた。
床が動くのではなく、デフォルトは自らの触手で一歩前出た。
そして、会話ができる距離になると「今の話に嘘偽りはないな」と念を押して聞かれた。
「お二人に宇宙船を操作する技術は一切ありません。憶測ですが、誰かのいたずらでしょう。恨みだけは毎日買っているようですので……」
看守部長はすんなりと納得すると「細かい処遇はあとで伝える」と、ルーカスと卓也を部屋から追い出し、デフォルトだけは部屋に残るように言った。
「なにか飲むかね」と聞かれ、デフォルトは「結構です」と答える。
「とりあえずかけたまえ」とソファーを指すと、まず自分が座ってみせた。それ見て、デフォルトも一度頭を下げてから腰掛けた。
「それでお話は?」とデフォルトが聞くと、「最近変わった様子は?」とまるで世間話をするように切り出された。
一瞬間が空き、その瞬間にルーカスと卓也のことを聞かれているのだと理解したデフォルトは、「なにも変わらずです」と申し訳無さそうに答えた。
問題がないということではなく、変わらず問題を起こしまくっているということだ。
「それはわかっている。看守から囚人からも苦情がきているからな。最近の騒動を口に出して見ろ」
「航空ショーは燃料に有害物質が使われたので、浄化のために仕事が一時中断。複数のトイレで、清掃中の表示を故意にそのままにしたことによる、恥辱的被害の増加。掘削重機で作られたプロパガンダ彫刻によって、宇宙宗教間での暴動に発展。あと――」
「もういい」と打ち切った看守部長は「問題ばかりのバカ二人のことはひとまず置いておく。それよりも問題なのが、二人のキャパ以上の被害が出ているということだ。二人の能力以上の力が、どこからか働いている可能性がある」
「まさか自分を疑っているのですか?」
「それこそまさかだ。いつも君が割りを食っているのに、入れ知恵や手を貸す理由がない。まぁ、バカが感染った可能性は否定できんが……。とにかく、二人の様子をしっかり見ていてくれ。話はこれで終わりだ」
デフォルトは返事をして立ち上がる。そして、部屋を出ていこうとすると、「そういえば」と声をかけられた。
「刑期を短くする代わりに、私の元で働くというのは考えてくれたかね。元から優秀な君だ。あの二人から自由になれば、更に力を発揮できると思うが」
ルーカスと卓也が問題を起こしても、不デフォルトはしっかりと事後処理をする。二人が必要以上に批判されないように、改善も努めている。浄化作業には率先して参加し早期解決に努め、宇宙宗教の間を取り持ち騒動を収めた上に、相互理解を深めさせた。その結果デフォルトは看守からも囚人からも一目置かれるようになった。
問題児の二人はデフォルトがいなければ、とっくに食料も水もなしに宇宙へと追放されていた。
当然のように申し入れを断るデフォルトに、「そうか」と残念そうにこぼした看守部長は「二人に変わった様子があったら、報告をしに来るように」と念を押した。
デフォルトは短く了承の返事をすると部屋から出ていった。
廊下にはルーカスが一人だけ立っていた。
「ルーカス様、どうかなさいましたか?」
「そうだ、私はルーカス様だ」
「……知っていますが? こんなところをウロウロしていると、また皆さんから何か言われますよ」
「そのことで聞きたい。私は皆からなんと呼ばれているか知っているか?」
「えぇ、もちろんです。王様、惑星一の人、生みの親、自由人、色々あって言い切れないくらいです」
前中後のどれかには必ず『バカ』とつくのだが、言うと機嫌が悪くなるのはわかっているので、デフォルトはそこに触れなかった。
「言葉から察するに、私は一目置かれているということだな?」
「どちらかといえば……目を付けられているという言い方のほうが正しいかと」
ルーカスは「ふむ」と意味ありげに頷くと、ガラスに写った淡い自分の姿を眺めて、また「ふむ」と頷いた。
「とにかく部屋に戻るぞ」というルーカスに、「そのほうがいいですね」とデフォルトは頷いた。
しかし、ルーカスは動かない。首を傾げながらデフォルトが歩き始めると、ルーカスはその後に続いた。
部屋に戻ると、先に戻っていた卓也が急に起き上がり、ルーカスに詰め寄って「おい!」と怒鳴った。
「招待を出せよ!」
「わ、私の正体だと?」と挙動不審になったルーカスに、卓也は手を差し出して「そうだよ。早く返して」と言った。
「返す?」
「そうだよ。クォッオッカプランから貰った招待状。一緒に入ってたお菓子はあげるから。あれがなきゃ、囚人部屋の暗証番号がわからないだろう。もし捨てたって言ったら、今この場でおしっこをひっかけてドライヤーで乾かす。酷い悪臭で鼻も曲がるだろうよ」
デフォルトは「同じ部屋の自分たちも被害を受けるのですが……」と卓也をルーカスから引っ剥がした。
「そうだ、待て待て! そんなことをしたら壊れてしまう!」とルーカスは視線を彷徨わせると、部屋のカード差込口に手を当てて考え始めた。「あの部屋は……どの部屋だったか」
「サウスサイドの女囚人部屋」
「そうだった……あの部屋の暗証番号は……」と目をつぶると、少し長めの間を開けてから「5425で長押しと、6145で長押し」と一旦不自然に言葉を止めてから「000の連打だ」と言った。
「まったく……今度からお菓子だけを持っていってよね」と卓也は言われた番号をメモした。
「よく三桁以上の数字を覚えられてましたね」と感心するデフォルトに、卓也は「三桁どころか、言われた悪口のことなら日にちどころか秒単位で覚えてるよ。最後にアホって言われたのはいつだっけ?」と聞いた。
突然のフリにルーカスは驚いたが「九時間……三十二分四十五秒前?」と答えた。
「ほらね。恨みには敏感なんだ」
「そもそもあっているかわからないのですが」
「たしかに。いつもアホって言われてるからね」
「そういう意味ではなくてですね。自分達が覚えていないのでわからないってことです」
卓也とデフォルトが話をしているすきに、ルーカスは気付かれないように部屋から抜け出した。
扉を潜り抜けた瞬間何者かにぶつかると、ぶつかってきた相手が「何様のつもりかね」と声を荒らげた。
その人物はルーカスの顔をまじまじと見ると、「なんだ……鏡か……」と呟いた。「だが私はもう少し鼻が高いはずだ。粗悪品なミラーモニターを使っているな」
ルーカスは目をそらすと、部屋へと入っていった。
そしてルーカスだった者は、看守に姿を変えて廊下を悠々と歩いていった。
部屋の中では卓也がギャーギャーと騒いでいた。
ルーカスは「なにを騒いでいるのかね」と口の端についたお菓子くずを手で拭いながら言った。
「君が最後にバカだって言われたかについてだよ」
「そんなの簡単だ。今朝の八時二一分ジャストだ。肩をぶつけて歩いてきた、ジジイの歯茎のような顔をしたマンダルモン星人が、舌打ちと共にバカがと怒鳴ってきた。まぁ、二度とそんな口がきけないようにしてやったがな」
「どうせそういう妄想だろう。あんな強面な星人に、君がそんなこと言えるはずない」
「誰がなにを言ったと言った。私は超強力接着剤を奴の飲むスープに入れてやったのだ。今頃歯と歯がくっついてヨダレさえも出なくなっている」
満足げな笑みを浮かべるルーカスを見て、デフォルトはまた事後処理をするはめになると頭を抱えた。
「そんなことよりだ」とルーカスは汚れた紙を卓也に見せた。「異物が混入していたぞ」
紙には『5386』で長押しで決定キー』と書かれていたが卓也は詳しく見ることはなかった。ルーカスのヨダレとお菓子クズで汚れていたからだ。
「今更出しても遅いよ。もうメモしたから」と一応は軽く見比べてみたが、ほとんど読めないほどに汚れていたので、紙を丸めてゴミ箱へと投げ捨てた。
その夜、卓也は女看守から聞いている自分の部屋の警報装置の解除コードを入力して、部屋からこっそり抜け出すと、これまた聞いていた監視カメラの死角に入って用心深く歩いた。もう既に何度も夜に抜け出して、逢瀬を楽しむことはしてきたが、今日に限っては様子がおかしかった。巡回ロボットの気配がまったくない。しかし、卓也はそのことをツイている程度にしか考えていなかった。
お目当ての部屋がある廊下の扉の前まで行くと、卓也はさっと髪を直し、軽く服のシワを伸ばしてから、軽く咳払いをした。
何度か咳払いを繰り返していると、すぐ近くの壁が透明になるのが見えた。
一つ目の解除コードである「5425」という数字を押し、最後の5の数字をしばらく押したままにしていると、廊下の扉のロックが解除された。
すかさず扉を開けて、透明になった壁の部屋の前まで行った卓也は「やあ」と声をかけた。
部屋の中にいる女囚人は「本当に来たの?」と驚いた顔を見せた。
「もちろん」と卓也が笑みを浮かべると、彼女は少し困惑を見せた。
「メモの数字を見て、寝る前に私を思い出してくれればと思って渡しただけなのに。アナタの気を引くためで、数字はデタラメだったのよ」
「じゃあ、きっと愛の力で僕の才能が開花したんだ。今なら君の心の扉も開けられる」
卓也が壁に顔を近づけると、彼女は悪戯な目つきで微笑んだ。
「それは難しいわよ。扉の解除コードはたまたま開けられたようだけど、この部屋の解除コードは当然囚人の私には教えられてないんだから」
そう言うと、彼女は服を少しはだけさせて挑発的なポーズを取った。
「つまり、この部屋のロックの解除コードが君の心の合鍵ってわけだ」
メモに書いてあった解除コードは二つ。「5425」と「6145」ルーカスは確かにそう言っていた。
彼女が言っていることは、ベッドに入るまでの言葉遊びなのだろうと考えた卓也は、少し焦らしてから6145と数字を押し、最後の5の数字をしばらく押したままにした。
すると部屋の第一ロックが外れる音が小さく響いた。
これには彼女も驚いて「嘘……」と口元を手で覆った。
気を良くした卓也は「最後に000の連打」と口に出し、その言葉通りリズミカルに三回0の数字を押した。
第二ロックも外れ、壁にはドア型の穴が空いた。
「チャイムは鳴らしたほうがいい?」と卓也が部屋に入ると、彼女は「アナタって何者?」と驚きと魅了の二つが混ざった視線を送り、卓也の頬に手を添えた。
「ただの火遊びが好きな男だよ。ほら、僕の炎で君の顔も赤く……? 赤過ぎはしないかい?」
卓也は彼女の顔が不自然に赤く染まっているのを見てから、周囲に目を向けた。どこもかしこも赤いランプで照らされ「火災による緊急コードが手動入力されました。全部屋のロックを解除」と放送が入った。
そして、その時間。別の場所。押収した宇宙船が保管されている扉の前で、「あのバカどもは利用できるな……」と呟き、ロックが解除されたばかりの部屋に入っていく者がいた。




