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惑星迷子  作者: ふん
Season2
28/223

第三話

 L型ポシタムの襲撃騒動から早数日が経ち、惑星が落ち着きを取り戻し始めた頃。ルーカスはクッションもない質素な固い椅子に座り、これまた質素な机に向かっていた。

 そして壊れたおしゃべり人形のように、ひたすら同じ言葉を繰り返していた。

「おかしい……絶対におかしい……」

「そろそろ寝ないと明日に響きますよ」というデフォルトの声など聞こえていない。ルーカスの耳には、物音も声も右から左へと素通りしていた。

 同じやり取りが数回繰り返され、周囲の雑音も消え、ルーカスの声が一番の雑音になると、我慢の限界だと卓也がまくらを後頭部めがけて投げつけた。

 ルーカスはようやく振り返り、卓也を睨みつけて「ただでさえ狭い部屋なんだ。子供のように枕投げに興じるのではなく、大人しくできないのかね?」と言った。

「こっちのセリフ。ただでさえ狭い部屋に、三人押し込まれてるんだから静かにできないわけ?」

 当初は三人に個別の部屋があてがわれていたのだが、あまりにもルーカスと卓也が問題を起こすせいで、二人一緒の部屋にまとめられた。それで問題が収まるどころか、さらに大騒ぎを起こすようになり、監視役を兼ねてデフォルトも実験的に同じ部屋にまとめられてしまった。

 特別なことをするわけではなく、レストといた時と変わらず、二人の世話と話し相手をしていたところ、効果が出てしまって監房に静かな夜が戻った。

 そのせいで六畳一間の一人部屋に、三人という環境になってしまった。それも中に仕切り一枚だけで隔てられたトイレもあるせいで、狭いことこの上ない。

 囚人なので仕方がないことだ。しかし、この惑星の囚人はとても自由が与えられている。強制労働だが無賃労働ではない。惑星内で使える電子通貨が、囚人のIDカードに振り込まれる。そのお金で、食事も良いものにできるし、部屋の改善もできる。囚人間での取引も可能なので、普通に仕事をこなせば、ほぼ普通の暮らしができるのだが、ルーカスと卓也の二人が普通に過ごして普通に仕事をするわけもない。

 その結果、給与があまり振り込まれず、ルーカスが「おかしい……」と不満を口にしていたのだ。

「なにもおかしいことはないと思いますが……。自分達もルーカス様と同じ給与ですよ」

 デフォルトはIDカードを壁の差込口に挿れた。すると壁は遮光スクリーンから切り替わり、デフォルトのデータを映し出した。

 デフォルトの個人的能力は高いのだが、連帯責任という言葉が付きまとっているため、振り込まれている金額はルーカスとまったく同じだった。

 だが、ルーカスは納得いかない顔で立ち上がると、壁のスクリーンに触れて一部を拡大して、そこを指差した。

「では、なぜここの金額は一緒ではないのかね?」

 ルーカスの指が向けられたのは残金の項目だ。ルーカスの残金は明らかにデフォルトより少なかった。

「そう言われましても……」

「なら、質問を変えてやろう。なぜ奴はお菓子を食べているのだ」

 ルーカスはボリボリと小気味の良い音を立てる卓也を指差した。

「なぜって……小腹が空いたし、うるさくて眠れないからだよ」

 卓也は食べ勧めるようにチョコチップクッキーをルーカスに差し出した。

「貸せ!」とルーカスがひったくるようにして取ったのは、チョコチップクッキーではなく、卓也のIDカードだった。

 それと自分のカードを差込口に挿れると、三人分のデータを並べてスクリーンに映した。

「いいか……よく見たまえ。給与は三人等しく同じ。そうだろう?」

 卓也は「まぁね」と頷いた。「こう見ると酷いもんだ。地球の最低賃金って言葉を教えてあげたいくらいだね。もしこれが地球だったとしたら、とてもじゃないけど暮らしていけないよ」

「そこだ!」とルーカスは、クッキーを一口かじった卓也に人差し指を突きつけた。

「どこさ」

「なぜ暮らしていけている」

「なぜって……地球じゃないから?」

「違う……。なぜ私がセメントのようなブロック状の保存食を食べ、硬い便に苦労している時に、君はチョコチップクッキーなどという麻薬に手を染めているのか聞いているのだ」

「そんな……たいして変わんないじゃない。最低限の栄養だけ詰め込んだパサパサの保存食も、無駄な栄養を加えて甘く作られたパサパサのクッキーも」

「大いに異なるか教えてやろう。私の糞不味いパサパサの保存食はしっかり金額分引かれているのに、君の不機嫌になれば誰かがかまってくれると思っている思春期の考えより甘い、甘々クッキーはまったく、一銭も引かれていないということだ」

 ルーカスは卓也のデータの出費の項目をスクロールして見せた。時折消耗品を買っているくらいで、支出はほとんどなかった。それなのに、卓也個人の物は増える一方だった。

 ベッドの隙間に置いてある三段ボックス。一番上がルーカスで、次にデフォルト、一番下が卓也用と分けて使っているのだが、ルーカスの段には歯ブラシと石鹸の二つしかなく、デフォルトの段には少しの食べ物と飲料が寂しく収まっており、卓也の段だけはお菓子に粉末飲料、整髪料から娯楽の手遊びおもちゃまでコンビニのように揃っていた。

 だが卓也は「だって僕は買ってないもん」と、ルーカスに反論した。

「そこだ。一人だけ美味しい思いをするのは実に重罪だとは思わんかね? 苦楽を共にした仲間、抜け道があるのならば共有して然るべきだと」

「教えてもいいけど……」と卓也はルーカスを見て顔を歪めた。「ルーカスには無理だと思うよ」

 卓也が言い終えるのと同時に、壁のスクリーンの映ったデータは消え、代わりに透明な強化スクリーンになった。壁向こうに立っているのは女性看守で、てっきり怒られると思ったルーカスは、素早く敬礼のポーズで媚びを売った。

 いるのは間違いなく看守だったが、様子が違っていた。

「これ、今日の集まりの残りだけど。私ダイエット中で食べないから、わざわざ持ってきてあげたわよ」

 女性看守は蜘蛛の足のような鉤爪を使って、透明な壁にハートマークを描いた。すると、その通りに穴があき、その穴からパックされたお菓子を入れた。

 卓也は笑顔でお礼を言うと「また残業だったの?」と話しかけた。

「そう。停電のせいで、データの復旧とか、施設の修理とか、上司の悪口とか、あと他にも……」と、女性看守は視線をそらして言い淀むと、何事もなかったかのようにまた視線を合わせた。「まぁ、色々やることがありすぎて眠る暇もないの。せっかく枕を替えて寝やすくなったのに」

 女性看守はハートの穴から卓也の胸をつついた。

「僕も早く囚人と看守ごっこがしたい」

「あら、ごっこじゃなくてあなたは本物の囚人で、私は本物の看守よ」

「そうだった……きっと美人看守は僕に手錠をかけて、鍵をどっかに隠すつもりだ。きっとあそこだ。次に来る囚人のために用意してある、まだ使われてない空き部屋とか……」

 卓也がハートの穴に顔を近づけると、鍵爪の先で制すようにおでこを押された。

「それがダメなの。空き部屋の電子ロックが壊れて、専門家が来るまで鍵がかからないの。お預けね」

 女性看守はそのまま強く卓也のおでこにかぎ爪を押し付けて、赤い痕をつけると、ハートの穴を消し、透明なスクリーンをただの壁に戻して去っていった。

「……なんだ今のは?」

 ルーカスは化け物でも見たかのような呆気に取れられた顔で、去っていく囚人の後ろ姿を見ていた。

「ルルガスタ・モラリ=78・オーネ。オルボルボブルボルボ星一のナイスなクビレを持った女性だよ。ボールペンの芯くらいしかなんだから驚きだよね」

「違う……」とルーカスがクビを横に振ると、卓也は自分のおでこを指して「あぁ……これね」と納得した。

「今のキスの代わりだよ。オルボルボブルボルボ星では、こうやって愛情表現するだって」

「君はアホなのか? なぜ看守から賄賂をもらっているのかを聞いているのだ」

「それならそう言ってよ。答えは簡単。僕がもらったのは賄賂じゃなくて愛だ」

「なにを言っている……」ルーカスは心底呆れたとため息をついた。「私が聞いているのは、あの舌を三回は噛みそうな星人看守から、なぜお菓子を支給されているのか聞いているのだ」

「だから答えたじゃん愛だって。僕だって、おっぱいを吸ってるだけで生きていけるならそうしてるよ。でも、神は愚か、男をそうには作らなかった。だからお菓子を食べるわけ」

 卓也はもらったばかりのクッキーを一つルーカスに渡した。

「こんなもの……こうしてくれる!」

 ルーカスはクッキーを握りつぶして粉々にすると、乱暴に口に放り込んだ。

「素直になればいいのに……」

「そのうち札束で、菓子クズだらけの頬を引っ叩いてやる。首を洗って待っていたまえ」

 ルーカスはつばを吐くように言い捨てると、自分のIDカードを差し込み直し、部屋のロックを解除した。

「おい、ルーカス。どこに行くんだ」

「セメントの味がする朝ごはんを取りに行ってくるんだ」

 ルーカスは不機嫌に足音を鳴らして歩いていった。

 外はもう既に朝になっており、移動が自由な時間になっていた。

「嘘だろう……また寝不足だよ……」

 卓也は大きくあくびをした。

 デフォルトも控えめなあくびをすると、ルーカスが出ていった方角を見て「あんなにお怒りになって……なにも問題を起こさなければいいのですが……」と呟いた。

「三歩歩いたら、忘れて戻ってくるって」卓也は言いながら布団をかぶると、デフォルトにギリギリになったら起こしてと二度寝を始めた。



 不味い保存食を買い、ルーカスがふてくされて歩いていると、目の前をふわふわと浮くシャボン玉が横切った。

 ルーカスは「邪魔だぞ、シャブネズミ」と苛立ちをぶつけて乱暴に言い放つが、シャボンシェルターの中にいるナゲットからの返事はない。自分の名前を呼ばれたことに気付いていないようだった。

「聞いているのか、シャブネズミ。私の前を横切るなと言っているのだ。またチーズの匂いでも嗅いでハイになっているのか?」

 ルーカスがシャボンシェルターを殴るように叩くと、ようやくナゲットはルーカスのことを見た。

「シャブネズミ?」

「初めて食べるチーズの菌でハイになったから、そう名付けてやったんだろう。後ろに名前まで書いたのに消しおって」

 ナゲットのシャボンシェルターに書かれていた『シャブネズミ』という文字は、すっかり跡形もなく消えていた。

「そうだった。オレはシャブネズミと呼ばれていたんだ。ありがとう思い出させてくれて」

 いつもと違う態度のナゲットに、ルーカスは疑問に眉を寄せたが、なにか思いついた顔で「今ありがとうと言ったのかね?」と聞いた。

「あぁ、言った。ありがとうって」

 ルーカスは「ふむふむ」と頷きながら、嫌らしい笑みを浮かべて「私のことを今までなんと呼んでいた?」と聞いた。

 すると、ナゲットはフリーズしたように固まった。

 それ見てルーカスは「やはりな……」と呟いた。そして「私を騙せると思ったら大間違いだ」とナゲットに顔を近づけた。

「……なにがだ?」

「さては、貴様――記憶喪失になっているな。大方ベッドから落ちて頭をぶつけたんだろう。だが、心配いらない私がここのルールを一から十まで教えてやる」

 ナゲットはほっと一息ついてから「実はそうなんだ……。よろしく頼むよ」と言った。

「困った時はお互い様だ。まずは朝の挨拶からだ。両手の小指をそれぞれ鼻の穴に突っ込んで、左右に引っ張る」

「こ、こうか?」ナゲットは言われたとおりにした。

「そうだ。さらに白目をむきながら『アババババブー!』と、元気良く言うのだ」

「アババババブー! こうか?」ナゲットはまたも言われたとおりにした。

「そうだ完璧だ。忘れるな。相手に会ったらまず最初に挨拶だからな」

「わ、わかった」

 ナゲットはそそくさと逃げようとするが、ルーカスに「おい!」と引き止められた。「貴様、私の足を踏んだな」

「ごめん、気を付けるよ」と、ナゲットはスピードを上げて角を曲がった。

 ルーカスが「まったく……ネズミがちょこまかと……」と言ってから首を傾げた。

 浮いているナゲットが足を踏むのは不可能だからだ。だが、そんな疑問はすぐに頭の中から転げ落ちて、機嫌の良い足取りで部屋へと戻った。

 そして二度寝を起こされたばかりの卓也に向かって「アババババブー!」と満面の笑みで言った。

「……ほら、もう忘れてるだろう」と卓也はデフォルトの顔を見た。

 デフォルトは「大丈夫ですか? ルーカス様」と心配そうに顔を覗き込んだ。

「問題ない。上機嫌だ。アホなネズミをからかってやったからな。あのマヌケは記憶喪失などと面白いことになっていたから、嘘八百を教え込んでやった」

 卓也は「ルーカス……」とため息をついた。「ちゃんと僕も呼んでくれないと、そういう時は。じゃないと、会った時のマヌケさが半減するだろ」

 ここにいない者をさらにからかう二人を見て、デフォルトは「そういうことをするから、孤立していくんですよ……」と注意した。



 そんな風にバカにされているとは知らず、ナゲットはホッとしていた。ルーカスに見破られたかと思ったからだ。

 とりあえずの危機を乗り切ったと、再び歩き出すと曲がり角からふわふわと浮くシャボン玉が横切りぶつかってしまった。

「なんだよ……誰だ?」とナゲットは睨みを効かせたが、相手が看守だと気が付くと慌てて頭を下げた。「これは気付かず」と何度もペコペコ頭を下げて横を通り抜けた。

 看守は「気を付けて歩くように」と言うと、思い出したようにはっと目を開いて、両手の小指を鼻の穴に突っ込んで広げると、白目をむいて「アババババブー!」と叫んだ。

 ナゲットは怪訝な視線を隠すように会釈をすると、素早くその場から離れていった。

「なるほど……挨拶は正しいようだ」と看守はつぶやくと、ナゲットが来た角を曲がった。すると再び誰かとぶつかってしまった。

 ぶつかった男は「おい、気をつけろよ……ナゲット」と、ぶつかって赤くなった頬を抑えた。

「ナゲット? このシャブネズミのことを言っているのか?」

 ナゲットは自分の顔を指して言った。

「シャブネズミ? その地球人に付けられた呼び方は嫌だって言ってなかったか?」

「ん? そうだったか? とにかくだ」と、ナゲットは「アババババブー!」と挨拶をした。

 その滑稽な姿に大笑いをした男は「どうした、ナゲット。一億年前のポンコツロボットだって、もっとましなギャグを持ってるぜ」とバカにして去っていった。

 その場には残されたナゲットの姿もなく、代わりにその場に立っていたのは、マネキンのように真っ白で凹凸のない顔をした自立型アンドロイドだ。

 怒りにモーターを唸らせ「私がポンコツだと!」と、その感情のまま強く壁を蹴った。

 そして、次の瞬間には、またナゲットの姿へと戻っていた。






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