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惑星迷子  作者: ふん
Season2
26/223

第一話

「見てください、卓也さん」デフォルトはうわずった声で言うと、満面の笑みを浮かべて汚れた床を触手の先で指した。「重曹とクエン酸。この二つがあれば、大抵の汚れは綺麗になります」

卓也は「楽しそうでいいね……」と呆れ声で言うと、気だるくゆったりとした動きで壁によりかかり、ある一点を見つめて「僕らはなにをしているんだか……」とつぶやいた。

「なにって……トイレ掃除ですよ。黒ずみには重曹。水垢、尿石にはクエン酸。使い分ければしっかり綺麗になりますよ」

デフォルトは自分で試して効果を確認するようにと、掃除道具を卓也に渡そうとするが、卓也は壁に背中をつけたまま受け取ることはなかった。

卓也は「違う……」と不機嫌な顔でかぶりを振った。「なんでトイレ掃除をする羽目になったかって聞いてるんだよ。これじゃあ、方舟にいた時とまるっきり同じじゃないか」

三人が強制労働のために収容されている惑星『P-M1026』。冷たく鈍い青を色した岩層が隆起し、地表に露出した惑星であり、今は牢獄兼強制労働施設になっている。

労働内容は主に掘削だ。大穴を開け、惑星のコアを破壊し、機械コアを設置し、機械化惑星にするためだ。

機械化惑星というとなんとなく聞こえはいいが、要は移動型ゴミ処理施設だ。

惑星開発時に出た危険廃棄物を影響のない銀河まで移動させ、人為的に超新星爆発を起こして惑星ごと処理する。

 三人も最初は掘削作業にあたっていた。

「そう言われましても……。そもそも――」

 デフォルトはまだ言葉を続けようとしたが、トイレの中から響くルーカスの声にその先は遮られてしまった。

「君が失態を犯したからに決まってるだろう。巻き込まれた私達はいい迷惑だ。くっ……くっ……くっ……」

「いいかい、ルーカス。君がパイロット経験があるって嘘をついて、適当な運転で小型運搬宇宙船を墜落させてパニックを起こしたことよりも、モルグ語に堪能だって嘘をついて適当に喋った結果、モルグナイト星人に『男性器をぶら下げたようなみっともない顔だ』って言って怒らせて、僕とデフォルトも一緒に連帯責任を取らされたことよりも、僕が言いたいのは――なんで今笑ってるかだ」

 卓也は話してる最中も「くっくっ」と声を漏らすルーカスに苛立ち、トイレのドアを三回拳で叩いた。

「笑っているのではない……イキんでいるのだ……くっ……ふぅ……。叩いても出んぞ、急かせば急かすほど引っ込んでいく」

「まったく……ルーカスのせいで便所掃除に回されたのに、当事者はおサボり中ときたもんだ」

「文句を言うのなら、うんこも出ないような食事をさせる責任者に言いたまえ。地球人の好みというものを全く理解していない。まるでセメントにかじりついてるような保存食ばかりだ」

「文句ばっかり言うなよ。ただでさえ君には皆迷惑してるんだ。なぁ、デフォルト」

 卓也は同意を求めて視線送ると、デフォルトはしっかりと視線を合わせた。

「どちらかの責任ということではありませんよ。お二人の責任です。なんとか手っ取り早く出世しようと、出来もなしないことを請け負って失敗するルーカス様。そのせいであちこちに配置換えされ、その先々で看守から囚人まで女性を口説き、規律と交友関係にヒビを入れて混乱させた卓也さん。お二人のせいで、トイレ掃除という現状に立たされているわけです」

「こそこそ恋愛をしてるから、僕もこそこそ口説いて混ざっただけなのに、僕だけ罰を受けるっておかしな話だと思わない?」

「自分達は罪人という立場なのですよ。惑星内を自由に過ごせるといっても、秩序を乱していいというわけではありません」

 注意を促すデフォルトの眼前に向かって、卓也は勢いよく人差し指を突きつけた。

「それが、そもそもおかしいんだよ。なんで良くも知らない惑星団体に、僕らが裁かれなきゃいけないのさ」

「その惑星団体の管轄銀河で色々したからですよ。『流れもの』を刺激して追い出したせいで、別の惑星に影響を及ぼしてしまった。漂流宇宙船の無許可爆破。未発達知的生命体への関与。立派に宇宙犯罪です。催眠尋問でルーカス様と卓也さんの知能レベルが高いと判断されれば、死刑は免れなかったのですよ。何度も言いますが、まずしっかり考えるということをですね――」

 ルーカスの言葉は勢いよくドアが開く音と、排気音にかき消されてしまった。

「私より偉くなったつもりかね? デフォルト君。言っておくが、君は我々のまとめ役に選ばれただけであり、私が偉いことには変わりない。言うなればただのメッセンジャーだ。私の意見を正しく、時には都合よく解釈し、上に伝えるだけの役。そこを間違えるなよ」

 ルーカスは嫌味な言い方とはまったく合わない、とてもすっきりとした顔でトイレから出てきた。

 デフォルトは「わかっています……」とため息を落とした。「ルーカス様に余計なことをさせないという条件付きで、トイレに紙を設置する了承をもらいました」

「大変良い仕事ぶりだ」と、ルーカスは富と名声を得たかのような満足げな笑みを浮かべた。「私のお尻は健康に保たれている。尻だけに清潔だ」

「そんな呑気なことを言ってる場合ですか……」

 デフォルトが今日何度目かわからないため息をついている間に、ルーカスは慌てて囚人服を正し、直立姿勢でトイレの出入り口の方を向いた。

 まだ足音が遠いのを確かめるとデフォルトから掃除道具をひったくり、いかにも真面目という顔を作って足音の主を待った。

 そして、トイレに入ってくる影が見えた瞬間「掃除完了であります! 上官殿!」と大きな声で叫んだ。

 溶けたロウソクのようにダルダルの皮膚をした星人は、大声が飛んでくるのがわかっていたので、耳を抑えながらトイレに入ってきた。

 シワの奥の鋭い目をルーカスに向けて「何度言ったらわかる……上官ではない。看守と囚人の関係だ」と言うと、三人の顔を順に見て「トイレ掃除はもういい。すぐについてこい」とトイレを後にした。



 三人が連れてこられたのは無駄に広いなにもない一室だった。この部屋の真下には惑星に使う機器の殆どの電力を賄う為の発電システムがある。そのせいで部屋は高温になっていた。

 看守はルーカスと卓也に向かって「この部屋の温度管理をしていろ。いいか、温度計から目を離すな」と支持を出すと、デフォルトには別の仕事があるからついてこいと部屋を出た。

 部屋にカギをかけると、看守は「急げ」と走り出したので、デフォルトも続いた。

 デフォルトは一度振り返り、二人が残る部屋のドアを見ると「まさか……死刑の類ではないですよね」と顔を不安に染めた。

「あの二人にかまっている事態ではない。囚人も看守も全員に集合がかかっている。このP-M1026 が危機的状況に陥る可能性がある。他の者には既に説明されていることだが、『L型ポシタム』が攻撃を仕掛けてくるとの情報が入った。それによって緊急権を認められた。三人を除いて、一時的に全員で厳戒態勢を取ることになった」

「それなら――」

 デフォルトは二人も一緒にと言おうとしたが、先に看守が「暑い部屋に閉じ込めておけば、考える力も失せて大人しくしているだろう。いいか、緊急事態だ。二人のことは忘れろ。あの二人が出しゃばらないのが、なによりの仕事だ。だから、誰も来ないあの部屋に押し込めた。わかるだろう?」と言ったので、頷くしかなかった。

「それにしても、なぜ悪名高いL型ポシタムが」

「三人を除いてと言っただろう。ポンコツ二人と、もう一人はL型ポシタムのボスだ……。ここに幽閉されているんだ」

 『L型ポシタム』とはアンドロイドのみで構成された宇宙犯罪組織だ。

 元々は記憶を記録するチップに不具合が生じたため、廃品処理されるはずだったアンドロイドが、処理工場から逃げ出すために自らを改造した時に、制御チップが外れてしまい、暴走したのが始まりだと言われている。

 熱暴走によりデータが飛び、修復システムが作動したのだが、記憶の記録が不自然につなぎ合わされてしまい、独自の思想とも言えるものが生まれた。

 それこそが廃棄される理由だったのだが、その結果、完全な自律型の知能と呼べる情報処理システムが完成された。

 そのシステムをコピーして修理されたアンドロイド集団がL型ポシタムだ。

 当初はボスの『ラバドーラ』が自らの手で直したアンドロイドだけで構成されていたのだが、ある日突然銀河中のアンドロイドが同じ思想を掲げて暴走を始めた。

 その銀河ではポシタムという共有サーバを使ってアンドロイドを制御していたのだが、そのサーバから次々とアンドロイドのデータコードが書き換えられてしまった。

 すぐに対抗セキュリティが作られて、システムを停止しされ、事態は沈静化したのだが、一部のアンドロイドはプログラムを自ら書き換えセキュリティから逃れた。

 その時の上書き型ウイルスをL型ポシタムと呼び、それがそのまま犯罪組織の名前となった。

 一時期の宇宙船の漂流原因の七割が、L型ポシタムによる感染コードの上書きによるものだった。

 そして現在、電磁牢に幽閉されている。

 死刑になっていないのは、ボスを餌にしてP-M1026 ごと組織を超新星爆発で一網打尽にするためだった。

 しかし、ラバドーラが幽閉されているという情報が漏洩し、L型ポシタムの戦艦がこちらに向かっているということだ。

 L型ポシタムはアンドロイド以外に慈悲は与えない。そしてP-M1026の囚人にアンドロイドはいない。つまり脱獄するために寝返ることは不可能。だからこそ、全員が召集されたのだった。

 惑星内はいつ戦争が始まってもおかしくない緊張感に包まれていた。



 そんなことを知らされていないルーカスと卓也は、緊張感のかけらもなく暑い部屋でだらけきっていた。

 ダラダラと過ごす意味のない時間。ふいにルーカスが真面目な顔をした。

「おかしい……絶対におかしい。そうは思わないかね?」

「急にどうしたの? 鏡でも見たの?」

 卓也は汗だくのシャツを絞りながら言った。

「デフォルトが優遇されているのがおかしいと言っているのだ。なぜ、連れ出されたのが私じゃない」

「まだ諦めてないんだ……囚人から操縦士になるの」

「当然だ。だから媚を売って売って売りまくっているのだ。なのに、私にはお声がかからん」

「売って売って売りまくって、時にはお釣りを誤魔化すからじゃないの? もう……熱くてイライラするから、余計なこと言わないで黙っててよ」

 卓也は熱っぽい息を吐いた。看守の思惑通り、考える力がなくなってきている。

「たしかに暑いな……まるでサウナだ……。どうせ汗を掻くなら、私は風呂がいい」

 ルーカスは汗臭い自分の体に顔をしかめていると、卓也が急に大声を出した。

「それだ! ルーカス、君は天才だよ!!」

「当然だ。……で、私のどこが天才だと言うのかね? 私にはたくさんありすぎて、自分では選べん」

「お風呂だよ。ここをお風呂に改造するんだよ。囚人は皆掘削作業。汗を掻いて、泥まみれ。それがどういうことかわかるだろう?」

「なるほど……。誰も来ない部屋。広い部屋。少しくらい手を加えてもばれんな。金を稼ぐのにはちょうどいい。その金で看守を買収し、操縦士試験を受けろということだな?」

「違う……男の夢。番台に座れるってことだよ。ここには女囚人もいっぱい。合法的に裸が見放題。これはチャンスだよ。垂らされた蜘蛛の糸でバスタオルを編めってこと」

「動物園や水族館を経営するわけじゃないんだぞ。アホ異星人どもの裸を見てなにが楽しい」

「僕は裸を見られて嬉しい。ルーカスは小銭を稼げて嬉しい。それでいいじゃん。問題は水をどうするかだ」

 卓也はぐるっと辺りを見回した。部屋にあるのはコードばかりだ。この部屋は下の発電機と繋がっているので、冷却システムは水冷式ではない。そもそも過度な水は持ち込みも不可の部屋だ。

 長時間いるような場所でもないので、飲水の持ち込みさえも禁止されている。

 緊急事態でこの部屋に押し込められ、なんの説明もされていないことを、ルーカスと卓也の二人が知っているわけもない。

「簡単なことだ。サウナにすればいい。そこらの熱くなった鉄パイプに水をぶっかければ、すぐさまここは熱帯雨林だ」

「ルーカス……どうしたんだ。今日は冴えまくり」

「なにを言っているのだ、卓也君……。私はいつも冴えている」

 二人は部屋から出るなと言われていないのをいいことに、部屋を出て近場から水を確保すると、ついでに手頃な椅子と布もかっぱらって戻ってきた。

 汗で体に張り付いた服を脱ぎ、腰にタオルを巻くと椅子に座った。

 そして、この部屋がサウナ代わりになるか自ら体感しようと、壁と床を這う熱を持った鉄パイプに水をかけた。

 水はすぐさま白い蒸気を漂わせ、乾いた熱気は湿度を含み、ねっとりと肌にまとわりついてきた。

「うむ……悪くない」とルーカスがつぶやくと、「問題なし」と卓也が返した。

 だが、事態は悪い方へと向かい、すぐに問題が出た。

 白い蒸気に混ざって白い煙が漂うと、火花と共に黒い煙が出た。ショートが起こり、停電となったのだ。






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