第二十二話
小高い山の上には、遥か昔――地球人がまだ月にしか到達していなかった時代に妄想された光線銃のような構造物が建っていた。
そのてっぺんからコバエが飛んできたかと思うと、すぐにデフォルトの眼の前に二人乗りの小型探査船が現れた。
「どう? あの場所でいい?」
小型探査船から降りてきたのは卓也であり、隣には誰も乗っていない。
「ええ、大丈夫です。あの大きさのパラボラアンテナならば、電磁波を拾いやすくなります」
「どうだろうね。地球からの電磁波を拾えればいいけど、僕の時代でさえ、地球はまだ銀河系を掌握してないからね」
「ほとんどの知的生命体がそうですよ。銀河にしても惑星にしても、決められた場所に行くのがほとんどです。過去に対峙したフュリグライドのような悪の組織なら、銀河ごと掌握する必要があるかもしれませんが、宇宙は決められた航路を進むのが一番です」
デフォルトは方舟が探査船だったことが不幸の始まりだと説明した。
未開の銀河へ行き、そこの惑星を探査するのが方舟の目的なので、未知の航路を開くために宇宙を移動している。
それも方舟に乗っていた時の話だ。
今となっては、方舟が星流しという厄介払いをされている可能性が示唆された。
それが正しければ、不幸の始まりは予定されていたこととなる。
未知の銀河より危険なものはないからだ。
『地球はまだ銀河系さえ掌握していない』という卓也の言葉を聞いて、銀河系を超えて他の銀河に向かう指示をされていたのはおかしいとデフォルトは考えていた。
だが、何をどう考えても、レストであってもアースであっても結局は遭難中だ。
不穏な考えは一度捨てて、今を生きることを考えなければならない。
このことを卓也には伝えず、デフォルトは建てられたばかりの簡易施設へと向かった。
「どうですか? 受信しました? パラボラアンテナからの信号は」
「ダメね……。ケーブルの付け間違いよ。おそらくね」
ラバドーラはコンソールをいじると、パラボラアンテナからの信号が来ていない証拠を見せた。
モニターにはディスコネクトの文字が表示されていた。
「卓也さんに頼んだのですが……」
「頼む相手が間違ってるのよ。小型探査船を運転できるだけ儲けものな男よ」
二人は文句を言いにいったのだが、卓也は正しく接続したの一点張り。
話が平行線を辿っては時間の無駄なので、デフォルトとラバドーラは山の上まで行くことにした。
小型探査船といってもその性能はなかなかのもであり、わずか数分でパラボラアンテナの設置場所まで到着した。
二人が到着した数秒後。卓也も小型探査船で到着した。
そして、降りるなり「ほら、見ろ。僕のせいじゃなかった。僕が挿れる穴を間違えると思うわけ?」と、原因であるルーカスを指した。
「なにをしているのですか……」
デフォルトの刺すような視線など全く気にせず、ルーカスは大仰なため息を付いた。
「見てわからないのかね?」
「もしかしてですが……邪魔をしているとか?」
「邪魔をしているのは君達だ。本当にここへパラボラアンテナを設置するつもりかね?」
「ええ、そうです。現にパラボラアンテナの設置は終わり、研究者用の施設を建設中ですから」
デフォルトはもう仮組みまで出来ていると、周囲の状況を指差し点検のように確認した。
「こんな場所にパラボラアンテナを建ててみろ。我々はエイリアンから原始人だと思われるぞ。こんな動物一匹もいない、植物だらけの惑星でな!」
「植物の種類が多いから、我々の栄養になる食材も集められたんですよ」
「せめて周囲をビルで囲むべきだ。こんなもの田舎のランドマークだ」
「遮蔽物があっては電磁波の受信の邪魔になります。それにこのあとには、パラボラアンテナへ電磁波を集めるための小型人工衛星の打ち上げも待ってます。衛星からパラボラアンテナへ、パラボラアンテナからはケーブルを通り、仮説本部へとデータを送ります」
「ケーブルなんぞ。技術の恥だ」
「今でも使われてますよ。接続の安全面からしたら一番です。一応ここも未開の惑星です。予期せぬ妨害電磁波になるようなものが蔓延していてもおかしくありません。仮説本部へ送られたデータはアースにも送るので、余計な電磁波の影響を受けさせたくないのです」
「まったく……せっかく宇宙船の船長になったというのに……こんな時代遅れの指揮をとることになるとはな。仕方ない。私が建てさせた建築物には変わりない」
ルーカスは仕方なしとため息を落とすと、一転して笑顔を浮かべてポーズを取った。
「なにをしているんですか?」
「地球に帰った時に証拠がなければ誰も信じないだろう。私が宇宙船の船長になり、未開惑星を開拓するための基地を建設させたとな」
「見せても合成って疑われるだけよ」
ラバドーラはすべての配線を正しく接続し直すと、更に最適化するためにプログラムを打ち始めた。
「知っている。地球人の嫉妬はこの一身に受けてきたからな。天才とは疎まれるものだ。なぜなら天才の言葉は凡人に理解できないからだ。理解できない者は、皆等しく批判をする。批判とは無知からくる恐怖だ」
「アースが過去の宇宙船だからよ。建築材料を見てみなさいよ。アースの倉庫にあるものを使ってるから全部古いのよ。そんな写真を撮っても恥を晒すだけよ。私達が過去にいた証拠は、ここにいるクルーを全員連れて行くこと。でも、そうしたら私達は元の時空に戻れない」
「ならば合成すればいいだろう。アホかね」
「ちょっと前に自分で言ったこと忘れたわけ?」
「はなから合成を見せる気であれば気にしない。むしろ、未来都市を建設したと言い張ってやる」
「それで静かになるなら……」
ラバドーラは内蔵のカメラを使ってルーカスの写真を撮ると、あとは好きにしろと画像のデータを送った。
「完璧だ……。殺風景な場所こそ、今の私にふさわしい」
「さっきまで文句言ってたのは誰よ」
「さっきまでというのは現在進行系ではないということだ。今の私は合成写真をする。殺風景であればあるほど合成はしやすい」
ルーカスは「バカめ」と言い残すと、部下に連絡した。
すぐに送迎用に改造された小型探査船が来ると、ルーカスはそれに乗ってアースへと戻っていった。
「本当に二度手間……」
ラバドーラは、小型探査船が急発進した際に引き抜いていったケーブルを接続し直した。
「これ毎回設置するわけ?」
騒動の一通りを眺めていた卓也は、未開の惑星に降り立つ度に、ルーカスに建設の邪魔をされたらたまらないと思っていた。
「本当はここに本格的に基地を構えるのが理想なのですけど、変に構造物を残すわけにもいきませんから」
「立つ鳥跡を濁さずって奴だね。僕の得意なやつだ」
「それは最近ステイシーさんと別れたことと関係してますか?」
「してるわけないだろう。跡を濁してないんだから」
「地球の男女のことはよくわからないのですが、誠実な方が良いと思いますけどね」
「僕はよくわかってる。特に女の子のことはね。口出し無用」
卓也は鼻歌を奏でながら乗ってきた小型探査船で戻っていった。
その数日後。
卓也は小型探査船の限界スピードを出して、山の基地へと走らせていた。
そして、デフォルトを見つけるなり、一本の触手を両手でしっかり掴んで縄跳びのように振り回し始めた。
「デフォルト! 大変だ! 大変!」
「聞きましたよ。新しい恋人が出来たんですよね? すでに昨夜のうちに広がってました。独房で孤独を紛らわすために置かれている九官鳥のロボットまで、卓也さんに恋人ができたと話してましたよ。ラバドーラさんが整備しながら怒ってました」
「僕は薬を盛られてたんだ!」
「それは一大事です! 大丈夫ですか!」
デフォルトは素早く駆け寄ると、卓也のバイタルチェックをしようと持ち運び用の簡易医療キットを開いた。
「大丈夫なもんか! 早く根絶やしにしないと! 僕の立場が危うくなる!!」
「はい?」
「だって、昨日盛られて今日の朝だよ。僕の目に最初に映ったのは、ステイシーと付き合う前に、ちょっとベッドを一緒にした子だ。これはおかしい」
「そうですね……おかしいですね……」
卓也の性格を知っているデフォルトは、一度関係を終わらせた相手と再び関係を持つことはありえないと知っていた。
ベッドに誘うまでの面倒くさいコミュニケーションは大好きだが、関係を終わらせたあとの泥沼的なコミュニケーションは大嫌いなのだ。
女性との関係を終わらせる時は、わざとダメな男のふりをして振られるように仕向けるほどもあるくらいだ。
後腐れない関係を構築する卓也が、後腐れあることするなんてありえない。
「だろう? 混乱して彼女のパンツを履こうとする僕に、彼女は泣きながら白状したんだ。ある植物が催淫効果を持ってるって」
「おそらく医療関係者でしょうね。食料に出来ない植物もサンプルとして研究してますから。というよりも……同僚の友達と生殖行為をしたんですか? なぜそんなややこしいことを」
「ややこしいのは、正しくは同僚の友達がステイシーだ。昨日の夜を一緒にしたのが同僚の友達。あれ? ってことはデフォルトが言ってることが正しい?」
「そんな話はどうでもいいです。問題は別にあります」
「女の人もそう言ってくれると助かるんだけどね。なぜか彼女らは細かいことにこだわる。」
呑気な卓也だったが、バイタルチェックを終えた結果。さしたる問題はなかった。
「少し血圧の低下が見られますね。だるさが出てくるかもしれません。喉が渇いたり、鼻が乾いたりしていませんか?」
「言われてみれば……喉が少しひっつく感じがするかな」
「自律神経のバランスが少し崩れている可能性があります。半日も安静にしていれば問題ないかと」
「ってことは、実質なんの問題もないってことだね」
「まあそうですね。気になるなら安静にしているのを推奨します」
「なら、問題はない。行くよ! デフォルト!」
卓也はデフォルトの触手を引っ張ると、無理やり小型探査船へと乗せた。
「どうしたんですか?」
「言ったろ? 根絶やしにしないと! 僕以外にセクシーな男が誕生しちゃう!!」
「安心しました……。悪用するわけではないんですね」
「僕がモテるのに、薬物の力がいると思う? 問題なのは、ドーピング検査機関が存在してないこと。偽物が本物になっちゃうよ」
卓也の戯言はともかく、精神的に作用があるものを未開惑星で使用するのは危険だと判断したので、デフォルトは連れて行かれるがままだった。
「ここだよ!」と、卓也は不時着ギリギリの危なさで小型探査船を着陸させると、運動不足でもつれる足で走ったが、すでに遅かった。
辺りに目当ての植物は一本も生えていなかった。
土がひっくり返され、すべてが引き抜かれていたのだ。
「明らかに悪意的な採取方法ですね。二度と生えないように、根ごと持っていかれています」
「きっとMr.クボタだ。あのナルシストならありえる。僕が来るまでアースで一番のセクシーな男だったから妬いてるんだ。知ってる? あいつ一日に十回は鏡を見て頭髪を直すんだ」
「とにかく戻って調べましょう!」
二人が慌ててアースへ戻ると、ちょうどルーカスがいたので植物の説明をしたのだが、返ってきたのは、まずため息だった。
そして、おもむろに口を開いた。
「あの雑草からは、違法成分が検出された。高温で焼いてそこらに撒いて肥料にしてやった。いいかね。卓也くん。危険な植物はむやみに持ち込むな」
「ルーカスさ……。いえ、ルーカス船長の言う通りです」
デフォルトは強制されることなく、自分の意志で船長と呼んだ。
それほどルーカスの行動が正しかったのだ。
「持ち込んだのは、別に僕じゃないんだけど……」
「言い訳するな。君のような色狂いが、いつも宇宙船を終わらせるんだ」
「さては……使おうと思ったけど、人に聞くのは恥ずかしくて精製に失敗したな。水分が全部飛んで灰になったんだろう」
卓也が黒いふさふさの塊を軽く蹴ると、綿毛のように舞って散っていった。
「君のように染色体に興奮する変態とは違うのだよ私は」
「本当かな?」
疑う卓也に、ラバドーラは隠すことなく答えを教えた。
「自分に対してだけ効果がなかったら嫌だから燃やしたのよ」
「また腸内の猿菌が悪さするかもしれないからか。ルーカスってとことんついてないよね」
「植物だろうが、エイリアンだろうが、私の邪魔をするものは根絶やしだ!」
「それには賛成。残りがあったら困る。燃やしにいこう」
ルーカスと卓也はこれまでにない以上力を合わせて、催淫効果のある植物の駆除をしたのだが、この時に起きていた微弱な振動を、まだ誰も感じ取れずにいた。




