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惑星迷子  作者: ふん
Season9
219/223

第十九話

「これでいいのでしょうか?」

 デフォルトがため息混じりにこぼしたのは、久しぶりのレスト内でのことだ。

 ルーカスと卓也は「いいに決まってる」と同時に答えた。

 その傍らにはポテトチップスとジュース。それにチーズが上掛けトッピングされたピザが、箱からこぼれるようにして床においてあった。

 デフォルトはピザの箱を拾い上げると、中身が入ったままゴミ箱へと入れた。

「今の姿を親御さんが見たら泣きますよ……」

 デフォルトがチクチク非難するのは理由があった。

 もう三日もこの調子だからだ。

 スナック菓子や高脂質高糖質食品を食べてはごろ寝。

 よくもまあ飽きもしないものだと、努力をやめた姿に呆れているのだ。

「泣くもんか。魔法使いだって褒めてくれる。童貞じゃないのに魔法が使えるようになったんだぞ」

 卓也はパンパンと二回手を叩いた。

 すると、二回目の手を離した瞬間に、新しいピザの入った薄い箱が発生した。

 蓋を開けると、焼き立ての湯気が濃厚なチーズの香りを漂わせた。

 同じようにルーカスも手を叩くと、その手にはハチミツの入った瓶が握られていた。

 それを滴るほど溶けたチーズピザにたっぷりかけると、二人は乱暴に丸めながら口の中へと放り込んだ。

「やはりこれは間違っています!」

 デフォルトは叫ぶように大声を出した。

 なぜこんな状態になっているのかと言うと、クルーの誰かの願いが同時多発的に叶ったせいだ。

 一つは地球の食べ物が食べたい。更にはすべての商品がタダになってほしい。欲しいものはすぐに欲しい。そして、いくら食べても太らない体がほしい。

 結果。今のような状態になっている。

 いくら食べても太らないので、元高カロリー食品を限界まで食べては眠っているのだ。

 今回のことでのメリットは一つ。全員が満腹の状態なので、憎しみ合うような争いが起こっていないということだ。

「ご飯をお腹いっぱい食べられるのは幸せなことだよ。人間お腹が空くと争いが起こる」

「地球の栄養学という学問が好きなのですが……」

 限られた惑星で取れる限られた食材。それを独自の技術で保存する宇宙食。それもほとんどの栄養が賄われている。

 デフォルトにとっては触れてこなかった技術なだけに、今の体たらくが悔しいのだ。

 自分は宇宙船で生まれ、いくつかの惑星を定期的に周って食材を集め、それで栄養を賄っている。

 それらを一つの惑星で済ませられるのは、とても有用な惑星である証拠だった。

「栄養管理って言葉。デフォルト好きそうだもんね。スケジュール管理とか」

「卓也さん……自分は真面目に話しているんです」

「本当に一大事だったらさ、こんなこと出来てないって。緊急の呼び出しが入らないのが証拠だよ」

「それはそうですが……」

「いくら食べても太らないってのは人類の夢なの。それが叶ったんだぞ。願いが消えるまで自堕落でも罰は当たらない」

「いいことを言う。私が作る教科書の126ページ目に載せても構わんぞ。ナウマンゾウのペニスのサイズの次に重要なこととしてな」

「ルーカスは最近お腹出てきたもんね。中年太りまっしぐらで、ゴールテープを切るとこが目に浮かぶよ。その出っ張ったお腹でね」

「なにを言っている。私のお腹はこんなにもスリムだ」

 ルーカスはシャツをめくると、ガリガリのお腹を見せた。

「あれ? 本当だ。お腹が出てきたと思ったんだけど。……まぁ元はガリガリだもんね」

「スリムだと言っているだろう。スレンダーでも構わんぞ」

 ルーカスは出したばかりのウェディングケーキに顔を突っ込むと、犬のように食べ始めた。

「わお……見てよ。メッセージプレートにエマとカイトって書いてある。僕らの時代の芸能人ベストカップルだ。美男美女のカップルだってさ。僕以外に美男を使うなんてどうかしてるよ。それを台無しにしてやったじゃん」

 卓也が「やるー」とハチミツまみれの拳を突き出すと、ルーカスはクリームまみれの拳を合わせた。

 そして二人がフライドチキンを食べ始めたので、デフォルトはここにいても無駄だと医務室へ行くことにした。



「暇なので顔を出してみたのですが……ここにいても暇そうですね」

 一人イスに腰掛けるドクターを見て、デフォルトはやることがないと手持ち無沙汰をアピールした。

 すると、ドクターがあるクルーのカルテを見せてきた。

「わかるか? この異常が」

「体重の現象ですか?」

「そうだ」

「1キロの上下は珍しいものではないです。地球人の体はむくみやすく、水分だけでも増減します……と習いました」

 デフォルトは医療手伝いになってから、地球の医療のことをかなりの時間勉強してきた。ルーカスと卓也のためということもあるが、命に携わる現場ということもあり、比較的真面目な人達が集まるので、デフォルトにとっては居心地がよい空気が流れる場所なのだ。

 なので、体重の増減も珍しくないと自身を持って答えた。

 しかし、ドクターに「あれだけ食べているのにか?」と指摘されると、デフォルトは目を見開いてデータにかぶりついた。

「栄養失調……?」

「そうだ。カロリーだけではない。現在我々が主食としているものに栄養素がないということだ。この思念体をあえて――ウイルスと呼ぼう。このウイルス、物質を変化させるだけで、栄養の概念を理解していない可能性がある。見てくれ」

 ドクターが分析し、出てきた成分は水と空気と光だったことを伝えた。

「合成食物ということですね。それもおそろしくレベルの高い技術です。応用がかなり利きます。薬物依存患者への症状の緩和にも使えるかも知れませんし、精神疾患による摂食障害にも役立ちそうです」

「地球人は食に執着が強い。ただの栄養だけではなく、味覚というものとても大事にしている。だから暴飲暴食に走るのは、同じ地球人としてよくわかる。だが、これは一体どういうことだ?」

 ドクターは次々とカルテを見せた。

 そのどれもに体重の現象が認められた。

 もっと詳しく見ると、全員の血糖値は異常なまでに低下し、筋肉量も減少していた。

 なぜ気付かなかったのかと言うと、栄養失調による思考力の低下だ。

 船のAIが、ウイルスによる願いの実現を最適解と判断し、備蓄食糧を使わず、自動処理でカロリーゼロの食事へと変換していたのだ。

 つまり、ルーカスや卓也のように自ら望んで暴飲暴食に励むクルーだけではなく、自己管理に気を使っているクルーも強制的に栄養不足に陥っていってしまった。

 ドクターもそのうちの一人であり、気付かないうちに頭がボーッとして業務に支障が出ているのだった。

 それはデフォルトも同じであり、タコのように瑞々しい肌は、栄養不足からくる乾燥により亀裂が入っていた。

「そういえば……最近、妙に疲れが取れません……。てっきり、卓也さんに付きっきりだったせいだと思いましたが……」

 デフォルトがボソリとつぶやいた。

「私もだ。少し歩くだけで息が切れる。筋肉痛も引かない……」

 ドクターが腕をさすりながら言う。

「今すぐに食事の停止を指示しましょう! ……ドクター?」

 ドクターは返事をしなかった。

 代わりに、呆然とモニターを見つめたまま動かない。

「ドクター?」

 デフォルトが肩を揺さぶると、彼はハッとして振り返った。

「……すまない。なんだか、思考が……ぼんやりして……」

「まさか……ドクターも……?」

「……そうみたいだ。気付くのが……遅れた」



 その頃ラバドーラは、船内に広がる異常な状況を冷静に観察していた。クルーたちはすでに栄養失調の影響で動きが鈍り、思考力も低下している。

 しかし、ラバドーラにはその影響が一切及んでいない。アンドロイドだからだ。

 人間のように食事を取ることもなく、栄養失調になることはない。

「元気ね……。アイ……」と友人のミラが大きなあくびをした。

「リラックスしすぎよ。いくら快適な空間が願うだけで出てくるからって」

「これこそが人間の生活よ。美味しいものを食べて、よく寝て、食べて、また寝るの。で、週明けに体重計に乗って、数字の変化のなさに喜ぶ。これこそ幸せ」

「まったく理解できないわ……。無駄なエネルギーの補給は故障の原因よ」

「カロリーゼロだもん」

 ミラは満足げに笑うが、笑顔のまま気を失ってしまった。

 何事かと、ミラを抱えて医務室へ向かったラバドーラは、そこでデフォルトからなにが起こっているのかを聞いた。

「なるほど……人間の欲が働くとろくなことにならないわね。卓也が呼び寄せた犬のほうがまだマシよ」

「その犬のせいで、一般クルーの間にまで広まってしまってしまったのですが……」

「そうだったわね……それでどうすればいい? 一番もともに動けるのは私よ」

「まずは、船内の備蓄食料を確認することから始めてください。ウイルスがもたらした『願いの実現』によって食べ物が変質し、栄養がほとんど消失してしまいましたが、備蓄食料にはまだ本来の栄養価を保持しているものがあるはずです」



 ラバドーラは冷蔵庫や食料庫を精密にチェックし、通常の栄養を維持している食料をいくつか見つけ出した。すぐにそれらをクルーたちに配布し、食事を取り始めさせた。しかし、それだけでは根本的な解決にはならない。

 何が原因でこの異常な事態が発生したのか、そしてどうやってそれを解決するかを突き止めなければならなかった。

 そこで、ウイルスが引き起こしたこの現象に関して、少しずつ情報を集め始めた。船のAIに無断でアクセスし、システムログを調べると、ある特異なパターンが浮かび上がってきた。

 ウイルスが形状変化したのは「願い」の瞬間だった。彼らの望みがすべて叶う形で、ウイルスは物質を変化させる能力を持ち、食物の成分をほとんど無害なものに変えてしまったのだ。

「これは、単なる食物の変質ではない…」ラバドーラは冷静な論理でそれを分析した。「ウイルスのエネルギー源は、恐らくクルーたちの『欲望』そのものね」

 ラバドーラの推測では、ウイルスはクルーたちの欲望や願望からエネルギーを引き出し、それを利用して物質を変化させるもだ。このプロセスは、クルーたちの体内にも影響を及ぼしており、栄養が欠如した状態であっても、欲望が満たされ続ける限り、彼らの体はエネルギーを消費し続けているのだ。

 今は、美味しいものを食べてストレスを発散しているが、エネルギーにはならないという惰性のループに入ってしまっているので、願いが途切れることなく続いてしまっているのだ。

「このエネルギー源を断ち切れば、ウイルスの力も弱まるはず……」

 ラバドーラは、クルーたちに彼らの欲望を自制させる方法を考えた。まずは、彼らがどのように願いを叶えるのか、そのメカニズムを調べる必要があった。

 ウイルスの目的はなにか。現段階では寄生よりも共生に近い。

 宿主が死んでしまえばウイルスと呼んでいる思念体も死ぬので、地球人を栄養失調にするメリットはない。

 つまり今は学習状態の可能性がある。

 赤子から子供になる過程で、様々なことを自分の身で試すように、ウイルスも色々試しているということだ。

「地球人より頭が良くて、力もあるのに……こんなのに寄生しないと生きていけないなんて哀れよね」

 ラバドーラは床で寝転がるルーカスと卓也を見ながら呟いた。

 宇宙船を周り、レストまでやってきたのだ。

 こっちの気も知らず、相も変わらず食べ続けているのだから、ラバドーラじゃなくても文句を言いたくなる。

「なんでそれを僕らに言うのさ」

「これより哀れな生物がいるなんて可愛そうだと思ったのよ……。動物園の資料映像に映ってた猿だってもっとまとに生活してたわよ」

「口を慎みたまえ。今度は猿が船内で暴れまることになるぞ」

 ルーカスの脅しともジョークとも取れない言葉は、ラバドーラを疲れさせた。

 自分一人ではどうにもならないので、どうにかしてデフォルトだけでもまともに思考させようと、ラバドーラはういるすよりもまず、当面の食糧危機をどうにかすることにした。

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