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惑星迷子  作者: ふん
Season9
217/223

第十七話

「気を付けてください。風邪が流行っているので」

 というデフォルトの言葉を皮切りに、次々と宇宙船アースの中で熱に倒れるものが増えてきた。

 原因はルーカスとラバドーラが採取した微生物のせいだ。

 基本的に人体に害はなく、卓也のインポテンツが直ったのと同様に、適度な発熱によって基礎体温が上がった。その結果、寝汗で冷えた身体が熱を発したのだ。

 ほとんど場合は基礎体温が上がったことがプラスに働いているが、日頃不摂生な人たちは相次いで風邪の症状に見舞われていた。

「僕はもうダメだ……。喉はイガイガで、身体は寒さに震え、関節が痛む……。これは異常事態だ」

 卓也はベッドの上で苦しそうに唸っていた。

「汗を拭いてから寝ないせいですよ」

「僕が言ってるのは、誰もお見舞いに来ないってこと。恋人さえ来てないんだぞ。これが異常事態じゃなくてなんだって言うのさ」

「命令が出ているんですよ。卓也さんの風邪を治すようにと」

「デフォルトじゃなくてもいいことだろう」

「自分以外の場合、卓也さんの風邪を悪化させる場合がありますので……」

「僕のせいじゃない。一足先に治った僕の息子のせい。子供を持つ親の気持ちがわかる。こっちが疲れていても遊ぶのをやめない」

「宇宙船内では、基本病人は隔離です。諦めてください」

 デフォルトは加湿器の設定を微調整しながら言った。

「じゃあ、もうひとりの遊んでる人を注意してよ。目障りで眠れやしない……」

 卓也は手のひらサイズの小型ドローンを睨みつけた。

 静音仕様なので音はないが、飛び回る姿は煩わしい他なかった。

 その動きといえば、急旋回は当然のこと、ホバリングをせずに動き回っているで、まだコバエが飛んでいる方がましだった。

「やめるようには言ったのですが……」

 デフォルトはドアの向こうへ視線をやった。

 ルーカスが小型探査船の操縦チームに所属したままになっているので、今はドローン操縦の練習中というわけだ。

 最初は卓也も例に漏れず隔離されるはずだったのだが、ルーカスのドローンに邪魔され、仕方なくデフォルトが看病に回っている。

 地球人に影響があっても、デフォルトには影響がないウイルスというのが幸いした。

 だが、デフォルトはルーカスが仕事に必要なものを学習している事実に感動し、深く否定するような言葉はかけなかった。

 そのせいで卓也は二十四時間ライブ配信をしてるかのように、常に監視される羽目になった。

「ルーカスの場合はやめるように言うんじゃダメだ。仕向けないと」

「聞かなくてもわかるぞ。その表情でなにを言っているのかおおよそ理解できる。私の悪口を言っているな」

 ルーカスはロボットアームを、指でちっちとやるように振った。

「誰かがルーカスの話題を出してたら八割は悪口なんだから、誰でも推測できる。だいたいおかしいよ。なんでルーカスが小型探査機の操縦チームに加入してるのさ」

「自分も不思議です……。」

 デフォルトがドローンのカメラに向かって疑いの視線を向けるが、ラバドーラがすぐ隣で口止めしているのでルーカスが本当のこと言えるはずもなかった。

 だが、事実を話せるか話せまいかはどうであれ。

 ルーカスの口から出る言葉は同じだった。

「実力だ。私の実力がようやく正当に認められたのだ。遅咲きと言われればそれまでだが、かのゴッホも三十近くになってから初めて筆を執ったと聞く。だが、まごうとなき偉人だ」

「ゴッホが宇宙船を操縦すると思う? しないから画家になったの。デフォルト! もう、このドローンどっかやってよ」

「自分は今からファームでなにか植物をもらってきます。加湿は部屋のシステムで十分コントロール出来ていますが、やはり緑があると気分が変わりますからね」

 そう言ってデフォルトが持ってきたものはトマトだった。

 それもまだ赤い実はなっておらず、黄色い小さな花が咲いているのをプランターに入れてある。

「デフォルト……鉢に植えてあれば観葉植物ってわけじゃないだよ」

「宇宙船の中ですよ。食用の植物は一番ポピュラーな観葉植物です」

「せめてトマトが食べられるなら楽しみもあるけど、ただ部屋が土臭くなっただけ」

「水耕です。ハイドロカルチャーなので土の匂いはしませんよ。気のせいです」

「とにかく出ていってよ。熱でボーっとしてきたよ……」

「絶対安静ですよ。卓也さんの風邪は他の方より、少々症状が重いんですから。間違っても、女性のところなど行かないように」

「デフォルト……僕は三回目の正直を信じる男だよ。この意味わかる? 四回目はないってこと。大人しくしてるよ」

「最初から大人しくしていれば、一人でベッドにいる時間も短くなったと思うのですが……」

 卓也がわざと強い寝息を繰り返すと、デフォルトは大人しく寝ていてくれるならと部屋を出ていった。

 静寂を迎えた部屋では、ルーカスが操縦するドローンが静かに騒ぎ立てていた。

 卓也はドローンに背を向けると、壁際にあるトマトのプランターを眺めながら、今すぐトマトが実れば、あのドローンに向かって投げつけてやるのにと、心の目でドローンの向こうにいるルーカスを睨んだ。

 だが、一度目を閉じると、ルーカスという雑念は消え、代わりに女性という煩悩が沸いてきた。

 煩悩は姿を変え、花から実へとなると、最終的にトマトは女性の姿に落ち着いた。

 真っ赤な肌はライトに照らされ艶やかに光沢を帯び、瑞々しい緑の髪は野性的な魅力を引き出し、卓也好みの異星人が頭の中に誕生した。

 そんな彼女がなにも言わずに来てくれたらいいのに――という妄想にふけながら、卓也は寝てしまった。



 翌日。

 卓也は快調な目覚めを迎えた。

 瞼の裏を眺めるまどろみの時間はなく、すぐに天井のライトが目に飛び込んだ。

「わお。わおだよ! デフォルトって地球の医療が肌に合ってるんじゃない? デフォルト?」

 卓也は目覚めて一番デフォルトの姿を探したが、部屋のどこにいなかった。

 デフォルトの性格上。卓也が回復したかどうかを確認するので、朝にいないことはありえない。

 最悪でも連絡をしてあるはずなのだが、メッセージをチェックしてもデフォルトの存在はなかった。

 その頃。デフォルトはアースに侵入したエイリアンの対処にあたっていた。

「逃げたぞ! 監視カメラの映像で追え!!」

 上官が叫び終わりと、デフォルトの返事はほぼ同時だった。

「はい! 現在エリアB地区を疾走中。目的は不明。しかし船内で迷っている様子もありません」

「通路の封鎖はどうした」

「間に合いません。レーダーが点滅。電気信号を見失いました」

「なぜだ! なぜ見失う! あんなに目立つんだぞ」

「擬態の可能性あり。エネルギーの変化による熱探知に切り替えます」

 デフォルトがコンソールをいじっていると、上官はコンソールがつながっているモニターを苛立たしく叩いた。

「目視で確認しろ。目視だ! あんなに目立つんだぞ! 隠れられるはずもない」

「すでに手配済みです」

「発砲許可を出せ」

「まだ正体は不明です。銀河系内の秩序を乱すことになる可能性が高いです」

「いいから撃て! 全責任はこの私が取る。ここにいる全員が証人だ。裁判になったら全員で私を訴えろ。全会話を録音しても構わない。あの忌々しいエイリアンを即刻始末しろ」

「了解しました」

 デフォルトは放送を使い、発砲許可が出たことを知らせるのと同時に、流れ弾が当たらないように付近の閉鎖を始めた。

 まるでゲーム画面のように。モニターには無数の光る点が映し出されている。

 そのすべてが通路にいる人間であり、点の移動を終えると、通路の閉鎖が始まった。

 結果は討伐成功。

 デフォルトは上官とともに、赤い液体が飛び散る通路を歩いていた。

「凄い臭いだ……」

 上官は防護服のまま床を睨みつけるが、デフォルトは防護服を着ることなく後をついていた。

「そうでしょうか?」

「これは洗っても取れないぞ……」

「漂白剤で簡単に取れます。いい加減現実を見ませんか? これはどう見てもトマトですよ」

 デフォルトの言葉に、床に飛び散るサンプルを採取していた研究員も頷いた。

「トマトが人間の形をして歩き回るというのか? 悪夢だ……」

「それは……トマトが苦手だからではないでしょうか? 先日のランチの時も残していたようですし。宇宙船で栄養を摂るのは大事ですよ」

「サプリメントがある。あれがもったないおばけだとしたら、私はもう船を降りる……」

 上官の顔は真剣そのものであり、ルーカスや卓也を相手するように適当にいなすことは出来得なかった。

「地球人は極端にトマトが苦手な人が多いですね」

「トマトはエイリアンの卵だ。だから先駆者のエイリアンである昆虫が好んで食べる。私が食べない理由はエイリアンではないからだ」

「そんなルーカス様みたいなことを……」と、思わずこぼしたのが聞いたのか、それっきり上司は口を開かなくってしまったので、デフォルトは飛び散った液体からは生命反応が出ないのを確認すると、この先にある卓也の部屋へと様子を見に行くことにした。

「こちらの問題は解決しました」

 デフォルトは非常事態解除の放送はもう少し時間が掛かると付け足した。

 しかし、先に卓也の部屋にいたラバドーラに睨まれてしまった。

「問題が解決したって言った?」

「はい。詳細はまだわからないのですが、トマトが地球人の形を持って徘徊していたんですよ」

「じゃあ、まだ問題は解決していないわ。見て、これ」

 ラバドーラは昨夜のドローンの映像を見せた。

 そこでは『愛してるよー』と枕に抱きつき、胸の谷間に埋めるようにして顔を擦り付けている卓也の姿が映し出されていた。

「大問題だな。奴はとうとう枕までに腰を振るようになった」

 ルーカスは呆れたと、ため息まじりに言った。

「あれはシルクの枕カバーがついてるの。シルクってゴヌゴ星人の肌とそっくりだって知らないの? それに過去の地球では枕カバーを愛でる文化があった。つまり僕の行動も歴史に則った行動ってわけ」

「聞いたかね? デフォルト君。やつはそのうち、枕カバーを交換するのにも興奮しだすぞ」

「異常行動ですが、ここでは正常です。なにか問題がありますか?」

 デフォルトが聞くと、ラバドーラは無言で動画スピードを上げた。

 そこでは卓也の口からエクトプラズムのようなモヤが出て、部屋の外へ出ていく様子が映し出されていた。

「口臭の具現化だ。歯を磨いて寝なかったのかね?」

「ジョークを聞いてる暇も、怖い話を聞いてる暇もない。女の子がいないのに怖がらせてどうするのさ。なんで怖い話をするか知ってる? 女の子サインを見逃さないためだよ。いい? 腕に抱きついてくるのはサインじゃない。ブラ紐を調節して谷間を深く見せる。それが口説いてもいいよのサインだ。わかる? ベッドに誘ってもいいよじゃない。あなたは今私のフィールドに入りましたってこと」

「随分暇そうですが……」

「こんなこと言ってないとやってらんない。ラバドーラだって認めてるんだぞ。この心霊映像を」

「そうなんですか?」

 デフォルトが珍しく非科学的なことを認めたラバドーラに驚いていると、映像は更に先へと進んだ。

 ルーカスが眠りこけたので、ラバドーラがそのモヤを追ったのだ。

 モヤは天井付近に張り付くようにして移動すると、真っ直ぐファームへと向かったのだ。

 そして、そこから出てきたのが、地球人の姿をした真っ赤なエイリアンだった。

「これがどういうことかわかる?」

「原因は卓也さんです……」

 デフォルトは結局またこっちの陣営が悪さをしたのだと落胆した。

「それはそう。でも、もっと大事なのは思念体の存在よ。恐らくウイルスが生き残る手段でしょうね。その証拠に、卓也はもうピンピンしてるわ」

「ビンビンもしてる」と卓也は自信満々に付け足した。

「ビンビンってことは、ビンタ二回でいいってこと? 欲張りね」

 言葉通りラバドーラがビンタすると、卓也は痛みにベッドでのたうち回った。

「ちょっと! 痛いよもう……。これ絶対腫れるよ。こんな顔じゃ女の子に会えない」

「それがいいわ。この思念体は、生き残るために宿主の望みを叶えるの。咳でウイルスがばらまかれるようなものよ。もっと確実に生き延びるためね。ウイルスと宿主の相互関係よ。そんなのが知れ渡ったらどうなると思う?」

 デフォルトは暴徒と化すクルーを想像して息を呑んだ。

「それは……確実なのでしょうか」

「分析の結果も知りたいけど。まぁ……これを見て」

 今度は動画の巻き戻して見てみると、卓也が寝言で真っ赤な肌のトマトエイリアンとイチャイチャする寝言が録音されていた。

「わーお……つまり僕に会いに来た女の子を射殺したってこと!? だから地球人の歴史に戦争がつきものなんだよ。いつだって地球人は中身を理解していない」

 卓也は折角のチャンスだったのにと肩を落とした。

 そして、この会話はお見舞いに来た卓也の恋人ステイシーによって盗み聞きされていた。

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