第十六話
卓也がまだインポテンツで地球最後の日のような心境を過ごしてる最中。
ルーカスはラバドーラの新たな画策に乗るところだった。
「フルセルフドライビング ケイパビリティ? なんだね。その聞くだけで舌を噛みそうな名前は」
「自動操縦システムよ」
「オートパイロットと言いたまえ」
「オートパイロットなんかにしたら、失敗するでしょうが。完全に権限はこっちにもらう。だからフルセルフドライビング。APとFSDの違いくらい習わないわけ」
「似たりよったりのものに、わざわざ別名をつけるのは通ぶりたい証拠だ。実にせせこましい」
「似たりよったりは、正確には別物っていうのよ。本当に……どうやって宇宙生活をしてきたのかしら……」
ラバドーラの新しい作戦はルーカスの夢を叶え、その振り切ったテンションで騒動を起こさせようということだ。
現在、小型探査船の操縦チームを募集しており、二人いればテストに参加できる。
ルーカスがなにもしなくても、ラバドーラがハッキングすればカンニングは容易であり、実技テストも問題ない。
テストに合格さえすれば、後はルーカスの好きにさせるだけで、勝手に問題を起こして騒動になる。
時空の歪みを確認するにはちょうどいい刺激になるはずだ。
「その昆虫のように360度見渡せる目は飾りかね? この切れ者の活躍を忘れたとは言わさんぞ」
すっかりその気になったルーカスは、もう既に操縦士試験に合格して、一端のパイロットになった気分でいた。
ラバドーラの力で不正にテストを受けるというのに、すっかり自分の実力で認められると思い込んでいるのだ。
そして、まさにその結果となったのは、ラバドーラ以外にとっては悪夢以外なんでもない。
デフォルトが卓也に付きっきりになっていなければ止められたのだが、デフォルトが卓也の面倒を見るのが未来の彼らの行動なので、全員が辛酸を舐めることとなった。
学力テストの結果。ルーカスは満点で合格し、テストに参加した全員がルーカス以下というレッテルを貼られたのだ。
「まずいわね……」
とりあえずルーカスを合格させようと満点にしてしまったせいで、変に目立つこととなってしまった。
ラバドーラはどうにか力加減をしようと考えたのだが、瞬間瞬間で考えと行動が変わるのが地球人なので、得意の演算で行動パターンを予測しテストの結果を操作するのは難しいのだ。
接戦での勝敗や、反復の努力などAIのラバドーラが言葉以外の意味を知るはずもなく、スーパーヒーローか悪のどちらかという極端な道を選ぶしかない。
だが、ことルーカスにおいては、スーパーヒーローでも悪の親玉でも結果は同じことだった。
テストの結果に不満を持った者たちが抗議のデモを始めたのだ。
絶対にルーカスが満点を取るはずないと一人が声に出せば、シュプレヒコールのように広がった。
善意は途中で悪意によって歪められて伝えられるが、悪意は最初から悪意のまま広がる。
ルーカスが不正をしたというのは周知の事実になってしまった。
「全く……嘆かわしい。自分が間違ったと認め、負け犬になるのを恐れ、ただ一人を悪者にする群衆の姿があれだ。奴らは自分の恥をごまかすために、誰かを犯罪者に仕立て上げる」
ルーカスがため息を付くと、周囲に埃がまった。
今はルーカスの逃げ込み先でお馴染みの使われてない倉庫の中で、批判の熱が冷めるのを待っている状態だ。
「実際に不正をしたのよ。でも、これを不正っていうほうがどうかしてると思うわ。実力じゃなくて、決まり事を守る人材がほしいってことね。ルーカスが地球で出世しない理由がわかったわ」
「だから私は銀河系を統一しようとしているのだ。このルーカスの元に集えば、皆思うことは同じ。私への尊敬の念が鳥の鳴き声のように、そこかしこで聞こえるような」
「皆気持ちは同じで、ルーカスをどうにかテストから引きずり降ろそうとしてるわ」
「作戦通りではないか」
ルーカスは小躍りを隠せず上機嫌に言った。
そうこの状況こそがラバドーラが作り出したかものなのだ。
テストを受けた者たちはルーカスの不正を疑うが、テストを監督した者たちは自分たちのミスを悟られないように、どうにか上手いこと切り抜けようとしているのだ。
つまりルーカスの不正に対して、不正で対処しようとしているせいで現場は混乱しているのだった。
この混乱こそラバドーラが待ち望んでいたものなのだが、一夜明けても重力震の気配はなかった。
「困ったわね……」
ラバドーラは子どものようにパイロットの真似事をするルーカスの後ろ姿を見ながら、溜まった熱を排気していた。
今回できた時空の歪みは、レストとアースの時空融合“が”原因で起こったことであり、時空融合“の”原因になったわけではないからだ。
つまりここでなにをしようと、アースが正しい時空に戻る可能性は低いということだ。
困ったことはそれだけではなく、今度は自分たちがいた時空に戻るために重力震を起こさなければならない。
とりあえず実技テストの結果まで待ってみることにした。
学力テストの時のことを考慮し、プロ過ぎる操縦はせずに無事故無違反で実技試験を終えた。
結果は合格。それも誰からも文句の声は出なかった。
なぜなら操縦したのはラバドーラだ。
元々チームの募集なので、誰が操縦してもいい。
アースの時代の価値観では、宇宙に出た時点である程度の優秀な能力は持っていると判断されるので、重要なのは問題を起こさないかだ。
ラバドーラの操縦はハッキングなので問題は起こさない。学力試験ではルーカスがトップで合格。
誰も文句を言えない状況になってしまったのだが、その状況でも文句を言うのがルーカスだ。
「話が違うではないか。私が操縦士になる予定だったハズだ」
「状況が変わったの。いい? 聞いて。レストとアースの時空融合が行われたのは、もっと過去の時空になにかあった可能性が高いわ。だから、ここでちまちま動いててもなにも変わらない。大きな歯車を回すのに、関係のない小さな歯車ってのはよくあるものなのよ」
「状況は変わっていない。いいかね? 聞きたまえ。私は操縦士になりたいといい、君はその夢を叶えると言った。これはレギュレーション違反だ」
「子供が王子様になりたいって言っても、親が王様じゃなかったら無理なのよ。それより元の時空に戻る準備をするわよ。はい」
ラバドーラが手を差し向けてきたので、ルーカスは怪訝な表情を浮かべた。
「なんだね。手でも握れというのか? エスコート狙いとは……。さては浅ましい考えの女に入れ知恵されたな」
「元の時空に戻るからやらかしたことを教えろって言ってるの。そこを修正すればこっちは簡単に戻れるんだから」
「なにを言っている……。私がなにかしようとすれば、制止したのはそっちだろう。なにが騒動を起こせだ。君は最近言動が一致していないぞ。アンドロイドならば、相応に判断したまえ」
「ルーカスに言われるなんてよっぽどね……。とにかく、まずは試験の結果の改変ね」
ルーカスが正史で試験に受かっているはずないと思ったラバドーラは、システムエラー起こして試験の結果が入れ替わっていたことにしようとした。
再試験になればルーカスが受かるわけもないし、周りも納得で場が収まる。
しかし、ルーカスが自分の利益のために鋭い意見を発したことにより、ラバドーラの計画は一旦中止となった。
「私は過去の私とも未来の私とも鉢合わせていない。これがどういう意味かわかるかね? そう私はアースにいなかったことになる。いや、現実にはいたが、アースにはいなかったと言うほうが正しいだろう」
ルーカスが別時空の自分と相対して居ない場合。今いるルーカスは惑星探査に出た可能性を示唆していた。
「本当にコンピューターウイルスみたいな奴ね。利用するんじゃなかったわ……」
「いいや、違う! これこそ正史だったんだ! 私はきっと過去にワームホールに飲み込まれていたに違いない。そして、今正しい時空に戻ってきた。ここからが私の歴史だ」
「学力テストに受かったのも、実技試験を突破したのも私の実力」
「アイ君……君がそう思いたいならばそう思ってくれて構わない。だが、評価と実績は私のものだ。やはり私が最初に言ったとおりだな。良いコンビになりそうだ」
「奴隷と支配者って知ってる? 地球の文化なんだけど」
「知っている。親と子供。上司と部下。政府と国民。名称を変え引き継がれる地球の誇らしい文化だ。そこにこう加わるのだぞ。ルーカスとアイ。なんと素晴らしい響きだ」
「そう思っているのは自分だけ。今地球の辞書に検索をかけたら、猫に小判。犬に論語とかぴったりの言葉が出てきたわよ。他にも豚に真珠。なんと驚くことに豚に真珠はロシア語でも豚に真珠。ブーブー文句ばかりのルーカスにぴったりだと思うけど?」
「私と比べていい動物は猿だけだ」
「ルーカスの腸内環境を改造した猿の話はどうでもいいわ。猿菌とか理解が及ばなくてうんざり」
「私のほうがうんざりしている。このバカのせいで、私は一度身体を失っているんだぞ」
ルーカスは自分のお腹に向かって指さした。
「魂ってしぶといのね……。鉄錆みたい。仕方ない……行くわよ」
テストの結果は自分が面倒見たということでなんとか誤魔化せると伝えると、ルーカスはとたんに不機嫌になった。
「上司と寝たか」
「寝たらバレるわよ……。バレなさそうなのはルーカスの親友だけ」
「おかしいぞ。上司と寝もしないで信頼を獲得するなんて不可能だ」
「そうね……評価と実績があれば誰でも信頼されるんじゃない? それか寝てみれば? 上司と」
ラバドーラは最後に嫌味な笑顔を投影すると、早速極小惑星の調査に出ることにした。
極小惑星に付着している微生物を採取しながら、ラバドーラはなぜ今回のルーカスの試験の結果が話題に上がらなかったのか考えていた。
ルーカスの不正の話題は、ワイドショーで行われる芸能人不倫の弾劾くらい盛り上がるので、今回のことがラバドーラの耳に入らないはずがなかった。
その原因は、小型探査船の操縦チームの募集のテストに落ちた者たちがルーカスに負けたと認めたくないのと、その気持ちを汲んだ試験管が極秘裏の任務に変えたのだが、まだラバドーラは知る由もなかった。
結果として、今回持ち帰った微生物が卓也のインポテンツの治療を早めることとなった。
ルーカスが採取した微生物を入れたシャーレーを割ってしまったことにより、空気感染で広がってしまったのだ。
幸い地球人にとっては有益な菌だったので、適度な発熱により基礎体温が上がり血行障害が解消されたのだ。
それは肩こり腰痛にも効果があり、数日だが確かにアースのクルーの健康状態は良くなった。
そうして、卓也のインポテンツが回復と同時に時空の歪みが現れた。
元のアースの時空へと戻ったルーカスは、驚愕の顔をラバドーラへ向けた。
「私達は卓也のインポテンツを治すために、危険を冒して時空の歪みへ飛び込んだというのかね!?」
「結果としてはそういうことよ……」
無駄骨を折ったと落胆する二人だが、この日は驚かされることがまだあった。
ルーカスが小型探査船の操縦チームに所属したままになっているということだ。
これが正史なのか、時空の融合なのか、まだラバドーラには判断がつかなかった。




