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惑星迷子  作者: ふん
Season9
214/223

第十四話

 人間はいつから恥を自覚するのだろうか。

 失敗が恥だとするのならば、赤ん坊の頃はハイハイも失敗を続ける。自分の口に親指を持っていくのさえままならない時がある。

 だとすれば、きっとあなたは正解を選んできた。

 その中に恥があるのだとすれば、それは人と違うことをしたということ。

 皆が静かな時に騒いだり、なにかに失敗したり。

 狭い世界の正解が、人に恥という概念を作る。

 そして、その恥に向き合ってみると、その場合の殆どはあなたは良いことをしていたことに気付くはず。

 騒いだのは空気を変えようとした。

 失敗は挑戦したことの証。

 恥じるべきは、何もせずに誰かを咎めること。

 あなたが今までに恥をかいたと思っていたことは、むしろ誇らしげに語るべきこと。

 あなたが今までにかかされたと思っていた恥は、自分ではなく相手が恥じるべきこと。

 あなたが永続的コミュニティだと思っていた場所は、実はランダムに動く床の上だったこと。

 もしもそれでも恥という感情が消えないのならば、あなたがどう見られたいかを探すべきだ。

 恥というのは理想と真逆にあるもの。

「――そう。つまり男を捨てるのです」

 深くフードを被った男がひざまずく卓也の後頭部に手をかざした。

 しかし、その手が髪に触れる前に、デフォルトの触手が遮った。

「現在、卓也さんに対して宗教の勧誘は禁じています。もしも、あなたが信じている対象物が、弱っている人物にしか救いの手を差し出さないのでは、それこそ恥という概念を生む存在だと思いますが?」

 デフォルトは珍しく有無を言わせぬ態度で人を追っ払った。

「卓也さん……そう見るからに落ち込んでいると、様々な思想を持った人に利用されますよ」

 卓也からの返事がないまま、デフォルトは医療ルームへと向かった。



 しかし、実務が始まってもデフォルトはどこか上の空であり、同僚にどうしたのかと聞かれてしまった。

 内容は卓也に関わるようなものなので、重要な部分は伏せつつ、現状を相談することにした。

「――ですから……簡単に言うと。その……一つのことに没頭していたのを、急に辞めることになったのですが……それから塞ぎ込んでしまいまして」

「研究の話? それなら相談に乗れそう。大学の教授がそうだった。見方を変えるのが一番よ」

「見方ですか」

「そう。視点を変えるってのは基本的なことよね。でも、実際に視点を変えられるかって言われたらそうじゃない。今まで培ってきたプライドに邪魔されるしね。でも、それでも無理やり見方を変えるの。写真一枚と、同じ場所で違う角度から取った写真が一枚加わるのじゃ、情報量が全然違うでしょう。まあ……デフォルトならそんなことわかってるんでしょうけど」

「いいえ。ためになる話でした」

「別に気を使わなくてもいいのよ。これも別の角度から見たからわかった意見。伝え方がわからないなら、その人の得意分野から少しずつ世界観を広げてあげるのよ。野球が好きなら、他の球技に誘うよりも、球場のご飯に目を向けるとか。車が好きなら、ドライブデートの先のごはん屋をチェックするとかね」

「ご飯が好きなんですか?」

「いいえ、ムカつく彼氏にお金を出させる手段に使ってるだけ。相手の趣味に合わせると、食事代を出す時に財布の紐が緩むの」

「参考に……なりますね」

 最初は適当な雑談に逃げられたと思ったデフォルトだったが、今の自分の待遇を考えると卓也を救う方法を一つ閃いたのだった。

 早速翌日。卓也を起こす時に、この話をすることにした。

「――ですので、卓也さんにも悪い話ではないと思います」

「デフォルト……。立ってからが人間の第一歩って言うだろう? 男は勃ってからようやく二歩目を踏むんだ。つまり僕は二回目の人生が終わったところなの。死んだものが生き返ることはない」

「そんな事言わずに。心理カウンセラーなんかどうですか? 宇宙にいる限り絶対に必要な技術ですし、卓也さんなら女性の悩みを上手に解決できるのではないですか?」

「その解決できる万能棒をなくしたのが僕だぞ」

「終着点がいつものそこなのでややこしいことになると思うのですが……。それなら、終着点を変えてみてはどうですか?」

「まさか結婚しろっていうの? アースでの結婚は禁じられてるだろう。余計なことして問題になるのはゴメンだ」

「そういうのは普段から思っていただければ……。今まで身につけた技術を使って新しいことをしてみるんですよ」

「そうだ! VRの世界が残ってた! 僕には仮想現実耐性が出来てる! 僕の息子が再び立ち上がる場所は電脳世界! いざ! 扉を開け!!」

 卓也は急に立ち上がると叫んだ。

 ここが室内で良かったと安堵するのと同時に、このまま一人にしておくのも不安になったデフォルトは、仕方なく自分の仕事へ帯同させることにした。

「卓也さんには補佐をしてもらいます。自分もまだ補佐なので、補佐の補佐になりますが……。なにもしないでルーカス様になるよりマシかと」

「今のは効いたよ……わかったよ。僕は補佐補佐だ。補佐があっても役に立たない僕には、補佐の補佐がお似合い。ほら、もう補佐がゲシュタルト崩壊してきた」

「大丈夫です。自分が言った通りのことをしてもらえれば」

 デフォルトに心配の気持ちがなかった訳ではないが、目に入らないところでなにかされるよりは全然気にならなかった。

 だが蓋を開けてみると、デフォルトの心配とはよそに、文句を言わない卓也は静かで冷静であり、患者の女性に無駄な声をかけることもなく淡々と仕事をこなしていた。

 それはお昼の休憩時間に入るまで続いており、デフォオルトは届いたばかりのランチデリバリーに手を付けずに卓也を褒めていた。

「すごいですよ! ものすごく助かっています。二人三脚でこんなに嬉しいことはありません」

「デフォルト……地球の言葉を勉強するのはいいけど、そのほとんどの言葉がデフォルトの体には当てはまらない」

「……そこは冷静じゃなくてもいいと思いますが。とにかく、宇宙環境に適した医学研究に力を入れてみてはどうでしょうか」

「僕にそんな興味があると思う?」

「これから持てばいいという話ですよ」

「僕はモテたいんであり、何かを持ちたいんじゃない」

 この日一番のため息を落とした卓也は、お昼の休憩が終了の放送が入るまで頭を上げることはなかった。

 午後の診察に入ると、デフォルトの同僚であり、現時点で卓也の恋人のステイシーがやってきた。

 診察室に入るなりキョロキョロとあたりを見渡すので、デフォルトは「どうかしましたか?」と訪ねた。

「私が卓也ならどこに裸の女を隠すか考えてたの」

「僕の状況を知ってるだろう」

「冗談。恋人が患者の裸を見て興奮しないか確かめに来たの」

「それって式が違うだけで、答えは同じじゃない?」

「そうかもね」ステイシーはいたずらに笑うと「ちょっと昨夜から頭痛がとまらないの。痛いよりも、めまいよりの頭痛ね」と、病状を説明した。

「宇宙頭痛の一種ですね。重力制御の問題でしょう。というより、ステイシーさんなら原因を知っているのでは?」

「そうだけど、知ってても治らないのが、今の地球の宇宙医学。デフォルトなら対策を知ってるんじゃないかと思って」

「休日ならいつでも話を聞きますよ」

「プライベートまで仕事の話をされるのは嫌でしょう。だから問診にきたの。実際問題宇宙頭痛に悩まされてる人は多いわ。なにか対策ってないの?」

 ステイシーが頭痛に悩まされているのは本当であり、他星人のデフォルトならなにか解決策を知っていると思ったのだ。

「自分の場合は体の構造がそもそも地球人とは違いますので……。一番は慣れだと思いますが、訓練はどうなっていたのですか?」

「どうもこうも見たらわかるでしょう。役立たずよ。長期的ならともかく超長期的な宇宙生活のことなんて考えてないの。地球で呑気な計画を立てるバカ全員を宇宙放り出さないと変わらない」

 すっかり話し込むデフォルトとステイシーに卓也は僕もいるのにと嫉妬した。

「ちょっと僕には聞かないの? 恋人だろう」

「お医者さんごっこは夜にやるものよ」

「そもそもの重力制御の数値を変えればいい話じゃないの。地球での重力訓練と、長い間宇宙空間で身についた耐性に差ができてるんだ。地球生活での重力に合わせてるからおかしなことになる。もっと柔軟にいかないと」

「その通りね。ちょっと、頭痛のデータを集めて話し合ってみるわ。あなた医療チーム向いてるかも」

 ステイシーは卓也の頬に軽くキスをすると、私服の上から白衣を来て時間外業務を勝手に始めだした。

「地球人の向上心というのは目を見張るものがありますね。宇宙に適していない身体が、どうやって宇宙へ進出したか謎でしたが、この向上心の積み重ねなんでしょう」

「待った! 僕の男性機能の障害も重力のせいかも」

「卓也さんは長期間の宇宙滞在に加え、ワープ中の重力変化も体験しているので、重力の影響による耐性は十分に作られています」

 既に卓也のことはデフォルトが診察しているので、原因が心理的ストレスだということはわかっていた。

 なにか些細なきっかけで治るものだが、その些細なきっかけを探すのが大変なのだ。

「君は医療チームだろう。患者の首を絞めるのが仕事じゃないはずだ」

「話をそらすわけではありませんが、ステイシーさんの言うように医療チームの参加を目指してみてはいかがですか? 自分が口添えしますよ」

「デフォルト……今の僕には拷問だよ。診察してもなんにも楽しくない」

「だからですよ。ちょうどよく女性の気持ちも理解でき、性的接触もない。まさに天職だと思いますよ」

「デフォルト……。女性は気持ちを理解してくれる男が好きなんじゃない。気持ちを理解してくれようとする男が好きなんだ。本当に理解したらそれはそれで怒られる」

「聞こえてるわよMr.サカイアトリストさん。プライベートな思想は、患者に悟られないが基本よ」

 ステイシーがモニターから視線を話さずに忠告した。

「冗談だよ」

「そうかしら。涼しい顔の割には発汗の量が異常。心拍数も上昇気味。視線だけは真っ直ぐ私を見てる」

 ステイシーは一瞬だけ卓也の表情を見ると、彼が嘘をついているのをすぐさま理解した。

「なるほど恋の症状と一緒だ」

「話を逸らそうとするのは、触れられたくないから。問題から逃げようとしている」

「恋人が絞首刑に成りそうな時によくそんなことが言えるね」

「だから気を紛らわそうとしてあげてるのよ。よくあることよ。首を絞めてたと思っていたのが、実は後ろからハグされていたとかね。敵味方の区別がつかなくなるのは、精神的に参ってる証拠」

「精神分析までされたら、余計おかしくなるよ。夢の中にまで観客が出てくるんだぞ。昨日は三万人に見つめられながら味噌汁を飲む夢を見た。知ってるかい? 奴らはネギを箸で持ち上げると歓声を上げる……」

「それなら分析じゃなくて診察してあげる。はい、舌出して」

「……ちょっと待った。様子が変だ」

「やだ……本当に風邪? どうかしら」

 ステイシーは身を乗り出すと、卓也のおでこ手を当てて簡易的に熱を測った。

「熱はなさそうだけど……。でも、確かに目は少し潤んでるはね。さっきの情けない告白とは別に」

「そのことなんだけど……熱はある」

「ないわよ。手でもわからない程度の体温上昇なら大丈夫。一応喉も見るから、舌を出して。ほらべーってして」

 ライトと舌圧子を手にしたステイシーに、卓也は肩をすくめた。

「そうじゃない。下を出さないと」

「だから舌を出してって言ってるのよ」

「ちょっと言い方を丁寧にしてもらっていい」

「舌を出しなさい」

「もうちょっと責めて感じで」

「あのねぇ……待った。息子さん息を吹き返したの!?」

「それは下を出さないと、まだわからないかも」

「なんで頭痛のことを調べて、下が治るのよ……」

「男の回路は複雑なんだ。中学生なんて手を繋いだだけで……」

「そんなことより、デフォルト。隣のベットを借りるわね。確認するだけで、変なことはしないから安心して」

 ステイシーに手を引かれた卓也は、嬉しそうな声でデフォルトに「何度も言っただろ。お医者さんごっこは患者さんになった者勝ちだって」と残すと、カーテンの影へとなった。

 そして、その数秒後、先程よりも嬉しそうな声で「生き返った!!」という言葉が響いた。


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