第十三話
「見てよ、ルーカス。これ」
卓也はこの上なくご機嫌でタブレット端末を開くと、画面をホログラムで映し出した。
「卓也が卓也を語る? この問題しかないタイトルは、これで正解なのかね?」
「他人を語ってるわけじゃないから、別に犯罪じゃない。肝心なのは中身。読んでよ。五時間のインタビューがグッとそこに凝縮されてるんだから」
卓也が受けたインタビューの内容は、殆どがアイドル雑誌みたい内容だ。それも下世話なタイプの。
宇宙船アースはまだ通信技術が発達していない時代のものなので、宇宙に漂う回遊電磁波はあってないようなものだ。存在を知り、活用はされているが、卓也達の時代よりも更に運試し要素が強い。
地球からの回遊電磁波をピンポイントで引くのは、宝くじを買うようなものだ。
つまり、情報は溜まる一方であり、発散することはない。新たな娯楽に飢えているのだ。
卓也がモテてて、何故か多少のおいたが許されているのも、突然吹いてきたトレンドの風というアイコンになっているからだ。
適度に男から妬まれるのもまたいいネタであり、ついには正式に特集を組まれたのだった。
インタビュー内容はレストでの生活のことだ。
デフォルトがキレイに掃除したレストを舞台に、わざわざ写真まで新調して臨んだインタビューは。レストにいた卓也以外の三人ならすぐに嘘だと見破られる答えばかりだった。
「このインタビューによると、君はイタリア語も堪能となっている」
「チャオ」
「君はチャオの一つでベッドに入るつもりかね」
「ストーンヘンジでも壁に投影すればばっちり。案外これくらい大げさのほうがいいんだ」
卓也がタブレット端末をいじると、壁には平原にポツリと石の建造物が佇む夕景が映し出された。
まるでキャンプでもしているかのような美しい光景だが、ルーカスのため息はSEの鳥の声よりも大きかった。
「ストーンヘンジはイギリスだ」
「ベッドに入ってる時にそんなこと考えないからいいの。景色の良いホテルを予約しても、結局一晩中窓を閉め切るのと一緒。ははーんさては妬いてるな。僕ばかりインタビューを受けてるから。Dドライブがなくてもこれだもん」
先ほどまでストーン・ヘンジがあった場所には、次回は地球一セクシーな男の魅力に迫るという見出しが映し出された。
「たかが数千の人数の統計で地球一を名乗るとはな……」
「だってアースだよ。アースで一番セクシーってことは、地球で一番セクシーと同義。ちなみに今週のルーカスのあだ名も一番だ。一番クズ。編集部の評価はシンプルでいてわかりやすい。これほどまでに彼を現した言葉はないだろう――だって。ちなみに来週分も募集してるよ」
「なにが来週分もだ。毎週毎週私に不名誉なニックネームをつけおって……」
「知ってる? 相手を自由に動かすことを手のひらで転がすって言うじゃん。ルーカスに振り回されることをフンコロガシって呼ばれてるの」
「実に不愉快だ。数千人にバカにされているのだぞ」
「僕は愉快。でも数千人って少ないよね。方舟なんて、その何十倍の人間を運んでてったのに」
「こんな閉鎖的な空間で数千人だぞ。少ないなんてものじゃない。いつまで経っても私達の話題が尽きないのが良い証拠だ。田舎者クルー達め」
ルーカスが言っていることは間違っていない。
方舟は大きな探査船であり、小さな国が丸ごと移動してるようなものだった。
それだけ大規模ならば話題は目まぐるしく変わる。ルーカスや卓也の問題ももちろん話題になっていたが、それ以上にスポーツチームの勝敗や、アーティストの新作の発表など、娯楽に飢えることはなかったので、すぐに新しい話題で塗り替えられたのだ。
その話題の積み重ねで、徐々に有名になったルーカスと卓也も、これだけ小規模の宇宙船ならば一気に有名になる。
なにかとレスト四人組が話題になるのも仕方のないことだった。
「こういうのは話題を独り占めっていうの。試しに地球でやってみなよ。どれだけの芸能事務所と週刊誌と政治家が羨ましがると思う? 皆トレンド操作をしようと必死なのに、素の僕でいるだけでいい。これぞ宇宙一セクシーな男だよ。久しく忘れてたよ。注目を浴びるって環境って奴をね」
卓也はこれから二回目のインタビューだと意気込むと、一度髪にしっかり櫛を通してから、さほど髪は気にしてないとアピールするように手ぐしで毛束を散らした。
そして鏡の前の自分に最高の笑顔を向けると、部屋を出ていった。
「まったく……本当に騒がしい男だ。これでゆっくりできる」
ルーカスは部屋中のクッションを集めると、それを背中と足元に置いて寛いだ。
そんな姿を黙って見つめていたデフォルトだったが、手にしたスナック菓子が床に落ちるのを見るとたまらず声をかけた。
「あの……ルーカス様……」
「なにかね」
「ここは自分の自室なのですが」
「知っている」
「ご自身の部屋へは戻らないのですか?」
「私の部屋で寛いだら、私の部屋が汚れるだろう。ここにいれば私の部屋は汚れない。違うかね?」
「そうですね……」
デフォルトはどうせ部屋が汚れるならと、この間の撮影で汚れたレストの掃除の続きをしに部屋を出ていった。
「ありがとう。参考になったわ、良い記事になりそう」
女性記者はボイスレコーダーを切ると、卓也に笑いかけた。
「こっちこそありがとう。君の顔を見つめる口実が出来たよ」
卓也はインタビュー中ずっと女性記者の瞳から目を離さずにいた。
「ステイシーって知ってる?」
「待った……その質問仕方をするってことは……」
「そう緑の髪のステイシーは私の友達。彼女の友達を口説くのはルール違反」
「言わせてもらえば、今のは監督が審判に抗議するのと一緒。わかる? 監督が抗議するのもゲームメイクの一つ」
「そういうことにしとく」
女性記者は相変わらずニコニコしているが、それは弱みを握ったという嫌味な笑顔ではなく、仕事が楽しくてたまらないという笑顔だった。
「ねえ、聞いていいかい? そんなに楽しい? インタビューって」
「インタビューだけじゃなく雑誌の編集よ。楽しいに決まってるわ。採取したウイルスの観測なんて楽しいと思う? 銀河系内ならほとんど変わらないっていうのに。砂漠で砂金を探すような変異を探せって言うのよ。皆が見てくれてる雑誌に携わるほうが断然有意義」
アースで副業をする人は多い。これも娯楽の一つだ。同じ仕事を延々と続けていると気が滅入るので、人によっては別の仕事でストレス解消をすることもあるのだ。
「それに――地球じゃ広告に広告を打って、ステルスマーケティングまでしてやっと知られるようなことを、ここじゃ何千人が一斉に見るのよ。やりがいしか感じないわ」
「なるほど……そういう考え方もあるわけね」
「人ごとみたいだけど。あなたも何千人にこのインタビューを見られるのよ」
「僕は大歓迎。むしろ慣れてる」
「本当セクシーな男って伊達じゃないのね。やっぱり自信があると違うのね……。私は無理。何千人の前で、男女のベッドの講座をしてるようなものだもの。次のインタビューは雑誌の反響で内容を変えるから、追って連絡するわね」
女性記者が去っていた喫茶室で、卓也は「やったね。これで完全にセクシーな男に返り咲き」と笑みを浮かべた。
ところが今回のインタビューが掲載された翌日から事態は急変した。
卓也と通りすがる人々は皆記事の内容の感想を口にした。
「はぁい。見たわよ。わたしもあんな体験してみたい憧れちゃう」
「よう、色男。今日は何色だ? って緑か」
こういった手合には慣れているはずの卓也だったが今回は違った。
作り笑顔で適当にやり過ごしながら、足早にレストへと向かった。
「デフォルト! 大変だ」
「水を張ったバケツを蹴飛ばしたこと以外にですか?」
せっかく床をキレイにしたばかりというのに、埃で黒くなった水が床を汚していた。
だが卓也はそんなことお構いなしに、水たまりを踏んでデフォルトの触手を両手で強く握った。
「僕の夜の常時を皆が覗いてる……。二十四時間いつもだ」
「監視カメラは部屋にないはずですよ。ラバドーラさんが確認しています」
自分達のことをあまり正直に見せるのは危険なので、初日にラバドーラに盗聴監視の類はチェック済みだった。
「想像の中で僕を裸にしてるんだ!」
「考えすぎですよ。どうしたんですか」
「いいかい? デフォルト。僕は何千人の前で女の子を抱いたことなんてないんだ。この意味わかるね?」
「いえ……まったくわかりません」
「人気者がよく陥る職業病だよ。プライベートの切り売りをしたツケが回ってきたんだ」
「もう一度言います。考えすぎですよ」
「いいかい? 僕はこの記事が昨夜投稿されてから一睡もできなかったんだ。なぜかわかる? 僕は何千人の前で性教育の教材になってるからだよ!」
「いいですか。卓也さん。問題はないです。人の噂も七十五日です。一生のうちの短い時間です。気にしても無駄ですよ。地球にはいい言葉がいっぱいありますね」
「じゃあ、僕はなんで今日一度も立ち上がってないんだい」
「なにをおっしゃっています。今も自分の足で……――」デフォルトは卓也が自分からレストに来たのを見ているので、最初はなにを言っているのかと思ったが、意味がわかると一大事だと気付いた。「すぐにお二人を呼びます」
「これは傑作だ。女好きが不能になるとはな。それも今回ばかりは本物の女相手にだ」
ルーカスがバカにして笑うと、全く同じ嫌味な笑い声をコピーしたラバドーラが笑った。
「本当におもしろいわね。これでも無理なの?」
ラバドーラが自身に裸体を投影するが、卓也は生気のない瞳で一瞥するだけだった。
「女としての魅力が皆無らしい」
ルーカスのバカにした笑いが自分に向くと、ラバドーラはわかりやすいくらい不機嫌になった。
「ちょっと! これならどう!」
ラバドーラは様々な裸体をボディに投影していった。
それは地球人だけではなく、様々な星人をアレンジしたものも混ぜた。
しかし、卓也の反応はすべて同じ。絶望の表情のままだった。
「お二人共。こういうのはデリケートな問題です。インポテンツというのは心因性――」
デフォルトがはっきりインポテンツと口に出した瞬間。
ルーカスとラバドーラは同時に「あっ」と声を出した。
卓也は無言ですっと立ち上がると「恋人に話してくるよ。死刑宣告をされたってね」とレストを出ていった。
だが、正直に打ち明ける勇気は出ず、結局恋人であるステイシーの部屋へ訪れても自分から口にすることは出来なかった。
普段ならすぐにイチャついてくる卓也だったが、今日は二人ベッドに並んで入ったままおとなしい。
クッションを抱きかかえる卓也に、ステイシーは「ねぇ……どうしたの?」と聞いた。
「実はそう聞かれるのを待ってたんだ。とても自分からは切り出しづらくて……。ホースが凍った経験ってある?」
「あるわ。根本を強く握ったり、ぶるぶる振ってみた。でも、根本的な解決にならなかった。だから新しいのを買った。なにか関係ある?」
「ごめん……言い方を変えよう。死んでたおじいちゃんが生き返った経験ある?」
「本当にそれで言い換えあってる? そんな経験あるわけ無いでしょう」
「じゃあ逆は?」
「あるに決まってる。しばらく泣いて立ち直れな――あっ……ああ……」
ステイシーは卓也の肩に手を置くと大丈夫だと慰めた。
「人間が慰める時って、どうしようもない時だって知ってた?」
「悲観的になりすぎよ。ほら、あなたの好きなストーンヘンジよ」
ステイシーは壁に映像を移した。
「本当だ。ストーンヘンジ。雄々しく反り立つかつての僕だ……」
神にでも出くわしたかのように、ふらふらした足取りで壁のストーン・ヘンジに向かう卓也を見て、ステイシーは「これはしばらくダメね……」と背中から優しく抱きしめたのだった。




