第十二話
「銀河強盗団?」
あまりに突飛な言葉を聞いて、ラバドーラの音声に一瞬の乱れが出たが、それは見事に人間が驚いた時に出す声に似ていた。
「そう。昨日違法電磁波をキャッチしたって。近くにいるらしいわよ」
カオリは自分の腕を抱くと、演技ぶってぶるぶる震えた。
「なら、さっさと撃ち倒しに行きましょう」
ラバドーラが攻撃船があるドックの方向へ背中を向けると、カオリは慌てて止めた。
「ちょっとちょっと! どういうつもり?」
「言ったでしょう。それともぶち殺すって言ったほうが良かった?」
「危ないのよ。言語を奪う星人だから危険なの。ほっとけばいいだけ。そしたら燃料をこそこそっと奪っていくの。腕力がない代わりに、そういう能力があるのよ。厄介者」
「そんなのただこそ泥じゃない……まったくXXね」
突如を音声が乱れてラバドーラは慌てて口を覆った。
音声システムが故障したと思ったが、実際には違った。
この時にはもうここだけではなく、ところどころで言語に乱れが出始めていたのだ。
「アイ? 大丈夫?」
「大……丈夫みたいね。ええ……ああ……うん。大丈夫」
ラバドーラは声の変化でバレないように、何度かうめき声のようなもので確認した。
「本当に大丈夫? 顔色は大丈夫みたいだけど」
「大丈夫よ。それよりこの間の実験はどうだったの?」
「実験っていっても、マウスのXXから寄生虫を……ちょっと待った! なに今の」
「どうやら私だけじゃないみたいね……」
「XXって言ったのにXXって聞こえないわ……」
「XXってXX?」
「そうだけど。アイのXXが私のXXなのかどうかわからない。まさか!?」
カオリが目を見開くと、ラバドーラも釣られて同じように目を見開いた。
「それってさっきカオリが言ってた」
「そう言語を奪う星人。喋ると言語を奪われるから交渉は禁止のはずよ……」
「ちょっと待って。XXねXXがダメなのね。わかったわ……」
「どういうこと?」
カオリが首を傾げるの同時に、過去最大の怒号が放送された。
『ルーカス!! このXX野郎!! 今すぐ作戦司令室に来い! 今すぐにだ!!』
「一体どういうつもりだ」
今回の作戦の総指揮を取るはずだった司令官がルーカスを睨んだ。
「コバエが一匹うろついていたので、軽く」ルーカスはねこだましのように手を叩いた。「捻り潰したであります」
「アホ……このXXったれ! いいか? あいつらは言語を奪っていくんだ。なにを話したか言え、会話をしない限り言語は奪われない。なにか話したんだろう。この船について」
なにか重要な言語が奪われていた場合。宇宙船事態が崩壊するおそれがある。
例えばプログラム言語の一部が奪われてしまっていたら、内部のシステムは破壊されたも同然だ。誰も直すことが出来ず、屍になるまで宇宙を漂うこととなる。
「それはもう、いかにこの私が優秀であり、この船の全権を委ねられたと。当然相手を錯乱するための作戦であります」
作戦司令室に呼ばれたルーカスはテンションが上りきってしまい、自分が怒られていることなど全く気付いていなかった。
その頃、デフォルトがいる場所でも言語を奪われたことにより、影響が出始めていた。
「え? 今なんとおっしゃいましたか?」
「だからXXXXだ! 早く取れ!」
「そう言われましても……なにを取ればいいのか」
おろおろするデフォルトに向かって、電気メスを持つ男が血まみれの紙を投げつけた。
「これだ!」
「XXですか?」
「XXXXタオルだ! 見ればわかるだろう!!」
「はい!」
理不尽な怒声にデフォルトが耐えているのは、持ち前の性格もあるが、今回の事件とは全く違うところで別の事故が起きていて、医療班に回されているからだ。
見た目通りデフォルトは触手を好きなように動かせる。
地球人で例えるなら、腕が増えたといって間違いない。
触手分だけタスクをこなせるので、医療現場で能力を発揮していたのだが、今はこんな状況なのでオタオタすることしか出来なかった。
だが、オタオタしているのはデフォルトだけではない。
ほとんどの医療班は、目の前の患者がいることによって、命の重さの前でギリギリの冷静さを保っていた。
デフォルトは一度深呼吸をすると、わかっている情報をまとめ皆に伝えるのが自分の役目だと、分析を始めた。
まず「かみ」と「ぺーぱー」という言語が使えなくなっている。
つまり先程の会話はデフォルトが、『紙ですか?』と聞き、『ペーパータオルだ! 見ればわかるだろう!!』と返された。ということになる。
今のところこの言語だけなのだが、ややこしいことに赤みがあるなど『あ”かみ”』が入るので、『あXX』になってしまうのだ。
辞典で探しても『かみ』が付く言葉は山ほどある。それが言語になると宇宙ほどの広がりを見せる。
だから知的生命体は言語を使い、言語の中で収まる進化をしてきたのだ。
しかし困ったことに、その膨大な言語の中からかみとぺーぱーという文字を上手いこと避けてコミュニケーションを取るのは難しい。
ここが医療の場でなければ、多少の齟齬は気にならないのだが、一刻を争う状況があるので途中で聞き返すようなやり取りは控えたい。
そこで、とりあえずよく使うペーパータオルを用意して貰う時は、その場で使用済みのペーパータオルを高く投げることとなった。
そんなてんやわんやな医療現場に現れたのは卓也だった。
「見て、痣ができちゃったよ。痣っていっても、男の勲章じゃないほうだよ。それは今夜君が……って――わお! なにこれ。大学の卒業式に見えなさそうだし……わかった競馬だ。だからこんな阿鼻叫喚なわけだ。さては皆負けたな」
ペーパータオルが舞う中を、コンサートの中央に歩いていくよう、卓也は優雅に歩いていた。
「卓也さん! ちょうどいいところにXXをお願いします」
「しょうがない。任せて。これでいい?」
卓也は近くに居た女性に身を寄せると、片手でグッと身体を引き寄せた。
「違います! XXです!! XXXXです!」
「そんなことまでここでしろっていうの? デフォルトは随分スケベになったみたいだね」
「卓也さん……」
デフォルトが呆れではなく哀れみの目を向けるので、卓也は女性から手を離した。
「だって、放送禁止用語の規制音みたいなんだもん。忙しそうだからまた誘うよ」
卓也が引き寄せた女性は、今夜ディナーの約束をしていたのだ。本当は甘えに来たのだが、この状況で長居することもないと卓也は身を翻した。
しかし、デフォルトに肩を掴まれ今の状況を説明されると、さすがに足を止めるしかなかった。
「なんでそんなややこしいことになってるのさ」
「恐らくルーカス様のせいです。詳しいことは説明できませんが……」
「なら手伝うよ。XXを取るくらいなら僕もできる。というより僕が中心になって動くよ。XXが僕担当なら、皆は治療に集中できるだろう」
「卓也さん……」
デフォルトの目には、カッコいいことをいって女性からキスのご褒美をもらっている卓也が映っていたが、そんなことはどうでも良かった。
ナルシストの部分が働いてるうちは頼もしいからだ。
理由はどうあれ、卓也が間に入って動くことにより、医療室の混乱はひとまず落ち着いた。
数時間後。娯楽施設のメインホールで卓也と真緑の女性が肩を寄せ合ってベンチに座っていた。
ベンチと言っても、ビルで言うなら五階フロア程度の高さがあり、下の窓から宇宙の星々を見下ろせる良い雰囲気が味わえる場所だ。
だが、普段なら唇を寄せ合うムードな場所でも、今日の自由時感は「本当大変だったわ……」と愚痴から始まった。
「まだ直ってないんだもんね。XXとXXXXだろう。他にも使えなくなった言葉とかあるのかな」
「どうかしら……とにかく医療システムは大丈夫そう。今アイがプログラムを確認してくれてるわ。彼女って本当に優秀ね」
「君より優秀な女性は居ないよ。XXに誓って本当さ」
卓也はプロポーズでもするように、その場で跪いてかしずくと、彼女の手の甲にキスをした。
「嬉しいわ。アイより私を選んでくれて。それよりなにに誓ったの?」
「XXだよ。GODだ。違う……これじゃあルーカスだよ」
卓也は自分の額の前で指でLマークを作ると自虐めいて笑った。
これは彼女から「よしよし」というイチャつきを誘う合図なのだが、医療現場の疲れが残っていたせいで愛を伝えられるよりも、感謝されてしまった。
「本当……今日はあなたがXX様に見えたわ。皆苛立ちに任せてXXXXタオルを投げるから、こっちにも伝染してくるの。もう少しで鬱憤の爆発で友達の整形をバラすところだった。XXな女になるところだったわ」
「それなら僕も満足」卓也は彼女の隣に座り直すと、重力が彼女にあるかのように軽く寄りかかった。「涙を拭くためのXXは医療室に置いてきちゃったから」
「ちょっとキザ過ぎじゃない?」
「過ぎじゃない。君の前じゃキザの塊にだってなれる。誰に笑われたって、君の笑顔一つで帳消しだもん。だから、もっと近くで笑顔を見せて。他には何も映らないくらい――」
卓也は言葉の途中でキスされ、口説き文句を邪魔されたが、その結果は十分すぎるほど満足であり、まだ彼女の体温が残る唇をおもむろに開けた。
「XXで、XXなことをXXでXXしない?」
「もう……なにを言ってるかわからないんだけど」
「意味はないよ。エッチなこと言ってるみたいで面白い。これなら誘いやすい。XXXXドライバーでも。十分ドライブに誘える」
「なるほど……。それなら、これは? XXでXXならXXしてXXしましょう」
「今のセリフ。そそられちゃうな」
「本当に? XXをXXXXでXXをするほうじゃなくていいの?」
「ちょっと待って。この遊びは危険だよ。物凄いこと想像しちゃってるもん」
「それじゃあ答え合わせをしに行きましょう
そう言って彼女につれてこられては、一回にある大型モニターの前だ。
そうして大盛り上がりしていると、疲れ果てたデフォルトがなんの騒ぎかとやってきた。
「なにをしているのですか……」
「なにって遊んでるんだよ。この状況XX面白い」
「本当。XX最高よ」
三人が眺めているモニターでは、ルーカスが「XX! XX!」と憤慨してる様子が映し出されていた。
「XX慨していますね……」
この映像はラバドーラがハッキングして映し出しているものであり、短い動画が何度もループ再生されていた。
「じゃあなんだ。ルーカス。君は……XXXXXXXXXのために、アースを危険に晒したのかね?」
「XXXXXXXXXだけではありません! 万が一のために備え、XXになりそうなものは一通り交渉を済ませましたでありまーす!」
「あほか! XX野郎! オマエのせいでXXやXXXXやXXな言葉が使えない。なにを話した!」
「私は地球人取ってXXXXXXXXXがいかに大切であり、XXXやXXXXをするときに必要なものだと教え、交渉をしていただけであります。仕事の在庫管理をしていたところ。備品が足りないことに気付き、自ら進んで汚れ仕事をした次第であります。ところがミラとかいう女のやっXXのせいで、交渉は中止。戦闘となったでありまーす!!」
ルーカスは全てがミラのせいだと伝えられて、大満足で報告していた。
「奴らは銀河強盗団だ。君が下手な交渉をしたせいで言語を奪われたのだ」
「はあ……」とルーカスは気のない返事をした。
確かに医療現場は混乱に陥ったが、本来ならばそんなに混乱することはない。
ルーカスが原因と聞いたせいで、勝手に悪い方向に考え始め、ネガティブが伝染したことが原因だ。
実際のところ。ルーカスのせいで奪われた言語は、トイレに関する用語ばかりなのでなんの問題もない。
普通の生活をしていたら使わなくても済む言葉ばかりだ。
なので今回ばかりはルーカスが燃料を取られることなく、ただただ銀河強盗団を追っ払ったという結果になってしまった。
本来ルーカスを褒めなければならないのを、どうにかして怒ることで済まそうとしている上司。
その構図は、一段落した人々にとっては最高の娯楽だった。
今回のことでわかったのは、言語を取られても数日で戻るということ。
今までは脅しのまま被害を少なくしようと、思うがままにさせていたので気付かなかったのだ。
そして、今回のルーカスのことで、この星人がいる時は適当な地球外言語で話しかけてから対処することとなったのだった。




