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惑星迷子  作者: ふん
Season9
211/223

第十一話

「見たまえ。この制服。この後光を」

 ルーカスは与えられた仕事の制服の襟を正すと、自慢する子供用な顔でデフォルトに見せつけた。

 デフォルトもまた子どもの成長を見守るような母親の顔で「とても似合っていますよ」と、ルーカスが新たな役職についたことを素直に喜んでいた。

「似合ってるわよ。光るバカはこの上なく見つけやすいから」

 いつものラバドーラの茶化しも、新しい制服に身を包んでいるルーカスには全く効かなかった。

「子供は一番星を見つけるのが得意だからな。この私という一番星をとくと見ておけ」

「なんなのよ……」

「地球から見える。夕方に最初に輝き始める星のことらしいですよ。一般的には金星のことを指すらしいです。地球の文献を色々と拝見させてもらいましたが、地球は惑星生活の歴史が長いですが、それと同じくらい空を見上げている星人です。なので、惑星に関する言葉や思想が多いんですよ」

「妄想の時間が長すぎて、事実に気付くのが遅れただけじゃない」

「自分は生まれ惑星を持たない星人なので、例える文化というのはなかなか新鮮なのですよ。放電現象の雷は、神が鳴らすもので神鳴りというらしいですし、他にも神の裁きも雷だったり、光るものというのは神という存在に置き換えられてきたらしいです」

「ありがとう。Mr.ライブラリー。今度から調べてすぐ出てくることは、自分で検索するわ」

「ラバドーラさんも一度データベースにアクセスするべきですよ。地球の遠回りの歴史が、これでもかというほど赤裸々に書かれています。歴史が進むに連れ、消されていく文献になると思いますよ」

 元々地球の文化や歴史に興味が出てきていたデフォルトは、知の発達や、認識機能の向上など、これから地球が長い歴史をかけて改善されていく一部の時間に触れて、この上なく興奮していた。

 生まれた時から宇宙船で過ごす、誕生惑星を持たないデフォルトにとって、今いる過去の地球船は宇宙の誕生の一端を見ているようなものだった。

「余計なデータを使いたくないのよ」

「惑星バルで、データの保存容量を大きくしたと聞きましたが?」

「したわよ。全然無意味。地球人っていうのはウイルスと一緒よ。勝手に動いてたと思ったら、急に一箇所に固まったり、別な感情に作用したり、演算処理が間に合わないわよ。視界の端々に映る地球人が全部そんなのだもん。地球人がふとした時に固まる理由がわかったわ……。全員処理能力不足ね」

「生物はラバドーラさんのように、パーツを交換というわけにはいきませんから」

「そうだった。脳を鍛えるよりも、データ化してラクに過ごそうっていのが、地球の未来の考えだものね」

 ラバドーラの視線はちょっと前までデータ化していたルーカスに向いていた。

「何を見ているのかね」

「バカを見てるのよ」

「馬鹿を見るのは君の方だ。見ていろ」

 勇んで部屋を飛び出したルーカスは、不機嫌に足音を鳴らしながら通路歩いていると、正反対に上機嫌な足音を鳴らす卓也と出くわした。

「相変わらず脳天気な男だ」

「ルーカスも相変わらず……じゃない様子だね」

「私はGODだ。見よ、この後光を」

 ルーカスが自慢気に肩を揺らすと、ベストの形で反射した。

「それって、警備員用の反射板だろう?」

「如何にも」

「なにがイカにもだよ。そういうのはタコ野郎っていうの」

「私をタコランパと一緒にするな。わかっていないな。私は警備員を皮切りに、情報セキュリティのトップまで上り詰めるぞ」

「本当にその無駄な上昇志向だけは尊敬に値するよ。でも、この現実わかってる?」

 卓也はよく見ろと両手を広げた。

 宇宙船のエリアごとに数台の警備ロボが交代で巡回しているが、これは単なる抑止力の目的が高い。実際の警備は監視カメラによる記録だ。

 その映像を元に後から裁判が行われる。

 まだ『方舟』のようなセキュリティシステムは備わっておらず、警備ロボも凶悪犯罪時に殺傷能力のある武器で鎮圧出来るくらいだ。

 つまりルーカスの仕事はあってもなくてもいいものであり、新たな厄介払いの最中ということだ。

「あんなポンコツ警備ロボなど、コレものですぐに追い越してやる」

 ルーカスはコロンと舌を鳴らすと、警備ロボへ向かって侮辱の視線を向けた。

「単純命令の警備ロボといい勝負だよ。それより、僕を見てよ。この格好決まってるだろう? 僕はこれから惑星探査戦に乗って、石ころサイズの超小型の小天体からサンプルを取りに行くところ」

「待ちたまえ! なぜ君がそれほど高度な仕事を振られているのだ」

「高度だって? ボクらの時代じゃ小学生の社会科見学でもやるだろう。僕らの目的を忘れた? 最先端の知識で過去の地球船を掌握するって」

 卓也が惑星探査船のクルーに選ばれたのは、レストでの探査の実績が認められたからだ。

 本来ならばレストに乗っていた四人とも認められて然るべきなのだが、ルーカスだけが過去の事例を上手く説明できないので、厄介払いで仕事を回されているのだ。

 デフォルトとラバドーラはそもそも問題なし。

 卓也の場合は相手が女性の場合、嘘八百でも乗り切れる稀有な能力があるおかげで、遅れながら実力を認めさせることが出来たのだ。

 これは卓也が再びモテるようになり、周囲が持て囃してくれる女性ばかりになったのも関係していた。

「君は俗物だ……軽蔑の視線を送ってやろう」

「これから仕事のお見送りってのには、随分な視線だと思うけど。ルーカスも頑張んなよ。そのキラキラ反射する服でなにするのかわからないけどさ……宇宙暦以前のロックスターのステージ衣装でしか見たことないよ。そんなの。しっかり胸元まで反射してるから、弱点丸出し。暗闇でも心臓を狙えるじゃん。ああ! だからルーカスが着せられてるんだ」

 卓也は最後に指鉄砲のジェスチャーでからかうと、待ち合わせをしてた女性と探査船の整備ルームへと向かった。

「なるほど……」ルーカスは口の端を吊り上げると、卓也と先ほどの女性を不純異性交遊で報告した。

 方舟では普通に行われていた、恋愛、結婚、出産も、アースでは普通ではない。

 まだ宇宙で安全に出産できる医療技術を確立出来ていないからだ。

 なので、適度な息抜きは許可されるが、過度な煩悩は罪として裁かれてしまう。

 卓也の行動も目に余るという意見も増えてきたので、あっさりと卓也は懲罰房行きへなってしまった。



 翌日。透明な強化ガラスの部屋に閉じ込められた卓也の元へ面会に行ったルーカスは、不機嫌にあぐらをかく卓也を見てため息を落とした。

「まったく信じられん……。たった三日の懲罰房とは、君はまた上司と寝たのかね?」

「ちょっと……普通に話しかけてこないでよね。言っとくけど恨んでるんだよ。これが方舟だったら、また冷凍されるところだったんだから」

「なにが恨んでるか。恨むというのはこれだ」

 ルーカスはSNSにびっちりと書かれている悪口を卓也に見せた。

 卓也が懲罰を受けたのはルーカスの仕業だと知れ渡り、過激派のファンが攻撃しているのだ。

「うわ……すごいね。バカと死ねも、これだけ延々と同じ文字が続けば、だんだん模様に見えてきたよ。今すぐロゴを商標登録しておいたほうがいいよ。ルーカスのブランドになるよ。バカと死ねは」

「言っていられるのも今のうちだ。何を隠そう、私は君に別れを告げに来たのだ。私はデフォルト君と手を組み。この世界の神となると決めたのだ」

「それでゲームのキャラクターの鳴き声みたいにGODGOD言ってたの? 名前を鳴き声にするって……キャラクターを増やしすぎて管理できなくなっただけだと思われるよ」

「言っていたまえ。君がその懲罰房から出てくる頃には世界が変わっている」

 ルーカスは高笑いを響かせると、残響を残し、ご機嫌でデフォルトの元へ向かった。

「さあ! 天下を取る準備は出来たぞ!」

 勇ましくドアを開けて部屋へと入ってきたルーカスに、デフォルトは呆れていた。

「集合時間は過ぎていますが」

「バカを見てきたから遅くなったのだ」

「それに、天下を取るつもりはないです。あのシミュレーションゲームの結果に納得がいかないので、少ないコミュニティーで試してみたいだけです。例えば限定的なシチュエーションに置ける役割の変化などは、未開惑星ではなくとも十分データを取ることが出来ます。災害時の役割と連携のあり方を参考にしたのですが……聞いてますか?」

「しっかり聞いて――呆れている。聞いて呆れるとは正にこのことだ。ゲームを現実に持ち出すのは、小学生男子のやることだ。間違っても傘を振り回して剣などの言うな。行き着く先は傘ゴルフの中年だ」

「あくまで一つのプロトタイプとして。ルーカス様の立場の変化を追おうと思っているのです。今まではルーカス様限定だと思っていましたが、地球人は随分と立場を気にする人が多いので、役割の変化は他の星人よりスムーズに行われると思っているのですが……どうでしょうか」

「どうでしょうかだと? 君がやることはスームズに私を神にすることだ」

「神は職業ではないですよ。言うなればただの概念です。皆様が寝る前にする想像と変わりません」

「つまり皆が寝てる最中に神にすることも可能。朝飯前――そう言いたいわけだな」

「いいえ。全員が神になるか、全員が神にならないかです。そもそも神という存在自体。地球外で産まれた自分には意味のない存在です。神という物質があり、それがなにかに作用してるなら別ですが」

「テキーラを五、六杯引っ掛けてきたまえ。そこらで神を名乗る地球人に出会える」

「そういうことですよ。神は地球人が名乗っただけです。さあ、仕事に行きますよ。今日はルーカス様のサポートです。神にはなれなくても、崇められる上司にはなれますよ」

 デフォルトの満面の笑みは、数時間後には消えることとなった。


 そして数日後。

 懲罰房から出た卓也は、ガラス張りの部屋から出るなり、思い切り体を伸ばした。

「動物園の猿にでもなった気分だったよ。それならせめてお客を入れてよね」

 卓也は房に入る前に預けた荷物を受け取りながら文句を言った。

「君じゃあお金は取れない」

 担当の男は興味なさそうに、懲罰終了の書類にサインするようタブレットを渡した。

「ちょっと……宇宙一セクシーな男にそれはないんじゃない?」

「なにを言ってる」

「そうだった……この時代はDドライブがないんだ。ってことは、僕の過去の栄光はないってこと? それでこれだけモテるって最強じゃん、やっぱり宇宙一セクシーな男ってこと」

「アホらしい……。ほら、早く行ってくれ。こんな反省を促すだけの部屋を監視する仕事なんてうんざりだ」

「そのうち見なくて済むようになる。電子レンジでチン。まるでコンビニの弁当の気分だったよ」

「わけのわからないことを……いいから早く行ってくれ。暇なら、金になる見世物はあっちだ」

 男は一度手をまっすぐ伸ばすと、もうそれっきりアクションは起こさず、まるっきり卓也のシカトを始めた。

「まったく……ひどい男だよ。それで、なんだって金になる見世物? 僕よりセクシーな男がいるなんて思えないけどね。わーお……GODが捕まってるよ」

 卓也は自分と数日ずれで懲罰房へ入れられたルーカスを見つけた。

 デフォルトに面倒を見られ調子に乗ったルーカスが、何も問題を起こさないわけもなく、様々な罪状を一つにまとめて『神を名乗った罰』と無茶苦茶な謹慎を受けているのだ。

「なにを見ている……」

「痛い目を見たのはそっちだろう。僕はこれからいい目を見るんだ。懲罰を受けた孤独をリゼに慰めてもらっちゃおう。今日一日は彼女のシャツとお腹の間に住むって決めた。彼女の体温と匂いに包まれて癒やされるんだ」

 卓也が先にお勤めが終わったとからかっていると、逆上したルーカスが強化ガラスを叩いて抗議した。

 しかし、緊急時のシステムが働き、ガラスから離れるように強制的に床が動いて、ルーカスは顔面を打ち付けるようにして転んでしまった。

「GODが転んだ――ってことはDOGだ。つまりお似合いの負け犬。これで気が済んだから、告げ口の件は許してあげる」

 卓也は負け犬と指でLの字を作ってからかうと、白い歯を見せて去っていった。

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