第十話
いつもアース。いつもと同じ昼間だが、いつもとは違う声がレストの中からこぼれていた。
「だから農地は横に広げるんだって」
卓也がわかっていないと首を横に振ると、負けじとルーカスも首を振った。
「いつの時代の話をしているのかね。垂直農場じゃないと効率が悪いだろう」
「この惑星の植物は虫を媒介しないと受粉しないの。この虫の飛行高度には限界があるから、縦に広げても意味がないって言ってるんだよ」
ルーカスと卓也が言い合う横では、デフォルトはいつものように騙されないと気合を入れるように眉間にシワを寄せていた。
「いいですか? 仕事に対するやる気をアピールするのならば、実際に仕事に向ける姿勢をですね」
「くどくど言うつもりなら仕事中にして。僕らはゲームをやってるんだ」
卓也がピンチでゲーム画面を拡大して、街作りシミュレーターの説明すると、デフォルトはがくりと全身から力が抜けるのを感じた。
口ではなんだかんだ言っても、少しは真面目に仕事をする二人のことを期待していたからだ。
「今は仕事の時間のはずですが?」
「それを言うならデフォルトはどうだって言うのさ」
「自分は午後から明日も含めて、これから一日半の休暇です。好き勝手やっているとまた怒られますよ」
デフォルトはなるべくため息をつかないように、器用に呆れて見せた。
アースに拾われてからは、普段レストに寄り付かなくなったデフォルトが、なぜここにいるのかというと、あまりにも埃がひどいので休暇を利用して掃除をしに来たのだった。
「それが怒られない」ルーカスは自慢げに口の端を吊り上げた。「これこそが仕事だからだ」
「たった今……。卓也さんが遊んでいると宣言したばかりですよ……」
「それは僕。ルーカスは仕事」
大きな頭をかしげるデフォルトに、卓也は更に説明を続けた。
現在ルーカスがプレイしているのは街作りシミュレーターなのだが、特定条件の惑星の街を発展させるという。未発展惑星の上陸任務の練習に使われているゲームだ。
「安心な食料の確保、安全な寝床の作り方など、その惑星にあるものを使って任務を遂行するってわけ」
卓也が得意げに説明していると、音もなくやってきたラバドーラが「地球レベルの技術で、他の惑星に教えられることはないと思うけど」と二人がやっていることは無意味だと告げた。
卓也は「だから遊びなの」と気にすることなく反応した。「ルーカスにとっては仕事だけどね」
アースは過去の地球の宇宙船であり、このシミュレーターも過去のものだ。
卓也達が生まれた時代の宇宙暦ならば、既に子供のおもちゃレベルの教材なのだが、ルーカスにはちょうどいいレベルだ。
アースの責任者も、ルーカスにこのシミュレーターをやらせたところで有益になるとは思っていないが、被害もシミュレーターの中で収まるのならば、彼にやらせない選択肢はないと今に至る。
「そうですか。あまりハマらないようにしてくださいよ」
デフォルトはゲームの影響は二人に問題ないと判断して、掃除の準備を始めた。
舞う埃を逃がす為に、開けられる窓を全て開けて空気の通り道を作っていると、ラバドーラが口を挟むのが聞こえてきた。
「そんなに食料確保はしなくていいでしょう」
「君はバカかね。生き物は食べるのだ。なにはともあれ食料の潤沢を選択するのがベストだ」
「食料の保存はそれだけ、外敵との戦いになるんだぞ。ほら、見ろ。保存食を狙った害獣が大量発生だ。これで、この穀物はしばらく無理だな。これでふりだしだ」
卓也が指すルーカスのゲーム画面には、食糧難による内乱の勃発でゲームオーバーと表示されていた。
「その点僕は大丈夫。農地は横に広げてるから過剰にはならない。突然変異も大量発生の心配もなしだ」
卓也は自慢げにゲーム画面を見せるが、栄養失調による人口の現象と表示された。
そこからあっという間に疫病が流行りゲームオーバー。
惑星は未開拓のまま終わってしまった。
「愚の骨頂ね」
「誰かこのお喋り人形のボイスボックスを取り外してくれ。今すぐにだ」
「貸しなさいよ。こういうのは共通認識を深めることから始まるの。そのためには都度フィードバックを行う必要があるの。ほら、会議ってコマンドがあるじゃない。惑星開拓っていうのも、プロジェクトの一つなわけよ。プロジェクトを成功させるには――って聞いてる?」
今にもボケーっと鼻くそでもほじり出しそうな表情をさらしているルーカスは、顔を歪めるだけで返事をしなかった。
「ルーカスの代わりに言うけどさ。アイさん……それはもう誰もが通った道。この街作りシミュレーターっていうのは」
講釈を垂れようとする卓也だったが、ラバドーラの「うるさい」の一言で黙ってしまった。
そして、ラバドーラのゲームの結果は見事失敗。
クルーが反乱を起こし、一人だけ惑星に置き去りにされゲームオーバーになってしまった。
悔しがるラバドーラの声が聞こえてきたデフォルトは、思わず「ラバドーラさんは人の心がわかりませんから」とこぼした。
運悪くラバドーラのマイクがそれを拾い「じゃあ、やってみればいいじゃない」とゲームを押し付けられた。
「自分は結構です。惑星開拓は惑星侵略に近しい言葉ですので」
「たかだがゲームだぞ」
尻込みするデフォルトを煽るようにして、ルーカスはキレイになったばかりの床に寝転びながら言った。
「関係ありません。ルーカス様も過去の経験から惑星開拓は危険だとわかっているでしょう」
「だからゲームで練習するというわけだ。だいたいタコランパごときが……。待った!! やってみたまえ」
ルーカスは有無言わさずにデフォルトにゲーム機を押し付けた。
「あの……」
「文句を言うならば、それ相応の理解をしなければ意味がない。違うかね?」
「それは……その……そうですけど……」
「相変わらず歯切れの悪い男だ。やりたまえ。やってこそ人は話を聞く。地球人も同じだ」
ルーカスが固執してデフォルトにやらせようとしているのは、この街作りシミュレーターをクリアする必要があるからだ。
クリアして初めて仕事を終わらせたということになるので、是が非でも誰かにクリアさせようと思いついたのだ。
ラバドーラがダメでもデフォルトなら簡単にクリアできる――そう思っていた。
だが、現実は失敗。
プロジェクトを乗っ取られ、ラバドーラと同じく自分だけ惑星に置き去りにされてしまった。
「これがゲームでよかったわね」
ラバドーラが煽ったこの一言によって、デフォルトのなにかに火がついた。
「先程は勝手がわからなかっただけです。もう一度やれば同じ結果にはならないはずです」
「ダメよ」
「一回だけだと取り決めしたわけではありません」
「次は私の順番だからよ。見てなさい」
それから二人は交互にシミュレーターをプレイするが、一向にクリアする気配はなかった。
「なにがアンドロイドだ! なにがタコランパだ! 結局、地球人御用達のゲームのクリアすら出来ないではないか!」
鼻息荒くまくし立てるルーカスに、二人は何も言い返せなかったが、卓也だけが「僕らもクリア出来てないんだけどね」と口を挟んだ。
「私らは地球人だ。先駆者がクリアしている。更に言えば、私らはこのシミュレーションゲームが作られてから未来に生きる地球人だ。原始人が火をつけたからこそ、私達は火を使ったのではないのかね?」
「じゃあ、ルーカスは原始人ってことで。僕は未来から来た謎めいた男」
「そういうことではない」
「じゃあどういうことよ!! どうしたらこの馬鹿げた行動しかしないクルーを率いて、未開惑星を開拓できるってわけ?」
何度やってもお粗末な結果にしかならないので、ラバドーラはオーバーヒート寸前で煙を出していた。
「それがおかしいんだよ。普通はクリアできるはずだ。だって、未開惑星って言っても、地球人が降りられる環境だよ。普通はどうにでもなるよ」
卓也の楽観的な言葉に不安を覚えたデフォルトだったが、卓也もルーカスも未開惑星で生活したことがあるし、様々な異星人との交流もしてきた。
そんな彼らも含め、自分達もクリアできないのはおかしいと思い始めた。
そこで、一度四人の力を合わせ、意見を出し合い、長考してみたのだが……結果は同じ。
「どうなっている! 食糧難だっていうのに、娯楽に食を求めるとかバカか?」
「そんな選択肢はないと思うんだけどね。僕らの時代と違って、宇宙に出る地球人は厳選されてる。むしろ僕らの時代のほうが、そういう選択肢が生まれてくるもんだよ」
「待ってください……」とデフォルトはゲーム画面から目を離した。「地球人の考えで、独自に発展していった形が方舟なら……このゲームオーバーの説明はつきます」
「どういう状況なのよ」
ラバドーラは画面から目を離さずに聞いた。
「こういうことになるという予想の状態だということです。パターン化されたプログラムではなく、地球人の願望がリアルタイムで反映されているということ」
「そういうことね……これはルーカスに与えられた仕事。そして、仕事を終わられたら困るということ……誰かが裏で操作してるのね」
それではクリアできないと、ラバドーラはゲーム機を放り投げた。
「どういうことかね」
「あなたに自由を与えたくないから、操作してクリアできないようにしてるの」
「そんなのズルではないか!」
「正当防衛じゃないかしら」
興味をなくしたラバドーラだったが、卓也がなんの気なしに呟いた「ラバドーラでも、地球人の作ったものに勝てないことがあるんだ」という言葉に再び火がついた。
「貸して」
「今電源を落としたばかりですが……」
「いいから」
ラバドーラは触手からゲーム機をひったくると、床にどかっと腰掛けてゲームを始めた。
その後姿は牢名主のような凄みがあった。
「向こうが操作してるのなら、二手三手先を読めばいいだけよ」
「そんなことしても、結果が決まってるなら無駄ですよ」というデフォルトの言葉も、オーバーヒート寸前で煙を吹いていたラバドーラには聞こえていなかった。
あまりにラバドーラが熱中するので、デフォルトは母親のように横から口を出した。
あーでもないこーでもないと思案を巡らせるうちに、すっかり結果が決まってるということを忘れてしまった。
気付けばあっという間に時間が過ぎ、ラバドーラの端末に友人から『仕事に来ないけどサボり? 卓也の姿も見えないんだけど……もしかして?』とからかいのメッセージが入ると、ようやく丸一日が過ぎていたことに気付いた。
アンドロイドの身体なので、食べず寝ずでもフル稼働で出来るせいで時間の感覚がおかしくなっていたのだ。
それはデフォルトも同じであり、気付いてから鳴り響く空腹の合図が気になったが、丸一日経ったことにより休暇が終わったことを理解し、血糖値の下がった頭で仕事の準備をするために自室へと慌てて戻った。
その時触手がもつれ転んでしまい。そのまま転がって廊下を進んでいった。
「まるでボーリングの玉だな」
二人とは違い、ルーカスは睡眠も食事もしっかりとっていた。
なぜなら二人がシミュレーションゲームをしてる最中は、彼らが代わりに仕事をやってくれているようなものなので、思う存分にサボっていたのだ。
卓也も同じであり、とっくに飽きてレストを出ていた。
残されたルーカスはひとつあくびを挟むと、電源が点きっぱなしのまま止まっているゲーム機を手に取り続きを始めた。
するとなんの障害もなく、画面にはゲームクリアの表示がされた。
丸一日ラバドーラがプレイしたこともあり、操作する側の人間が疲れて寝てしまったのだ。
結果が決まっていたとしても、あまりに的はずれなことでゲームオーバーには出来ない。
相手がルーカスならば簡単に終わるのだが、ラバドーラということもあり相手の脳みそも休まる暇がなかった。
そうして、ラバドーラがゲーム機を放り投げ、プレイが止まった状態がしばらく続いたことにより、相手は油断して寝てしまったのだ。
ゲームをクリア。イコール仕事が終わったルーカスは、これでようやく仕事に就けると鼻歌交じりにレストを出ていった。
後日。ラバドーラの悔しさが滲んだ止まらない煙を、ルーカスはこの上なく嬉しそうに眺めることとなった。




