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惑星迷子  作者: ふん
Season1
21/223

第二十一話

「地球へのログですか?」

 デフォルトは卓也から渡されたデータカードを、眉間にシワを寄せてまじまじと見ながら言った。

 小指の爪程度の小さなカードには膨大な量のデータが記録されている。それでもすべてを記録できるほどの容量はなく、宇宙ではいらない情報を消去していくのが常だ。

 特に優先順位が高いのは星の情報だが、低いものもまた星の情報だ。

 宇宙人は皆適応環境が違う。それは様々だが、どの環境にでも耐えられ、どの環境でも生活できるという宇宙人はまずいない。

 那由多の星々が溢れんばかりに宇宙に広がっていたとして、生きていくうちに必要になるのはほんの数個の星だ。

 ほとんどのデータは、子供が拾って集めたBB弾のようなものだ。眺めるのは拾ってからの僅かな期間だけで、あとは行方知れず。いつ捨てたのか、自分で捨てたのか、親が捨てたのかもわからない。

 つまり、取っておいてもしょうがないものだ。

 地球という情報は、全宇宙から見ればそんなBB弾のような存在だ。そんな地球へのログをわざわざ保存している物好きがいるというのが、デフォルトには不思議でならなかった。

 卓也の話を聞く限りでは、マッコァ星人の宇宙技術は地球よりも遥かに上にある。

 デフォルトが難しい顔のままでいると、卓也が不服そうに「僕が嘘をついてるって言うのか?」と言った。

「いいえ」とデフォルトとはしっかり否定すると「卓也さんではなく、相手の方が嘘をついているのではないかと懸念しているのです」

「なにを言ってるんだ。デフォルト……」と卓也は至極真面目な顔になった。「嘘をついているに決まってるだろう。ベッドの中でバカ正直に正論ばかり言い合う男女がどこにいる? 『違う違う、そこじゃない。もうなにやってるの……』とか『もう終わったから寝てもいいよね』とか、皆ベッドの中じゃ、そういう本当の気持ちを隠してるの。それが礼儀ってものだよ。だから、女の子は最中にフリをするし、男は終わった後に女の子をベッドから追い出さないだろう? つまり嘘こそ本当の愛情表現ってわけ」

「このデータカードを渡してきた男のことですよ……」

 デフォルトがため息をつくと、卓也も同じくため息をついた。

「デフォルト……僕が男のことを考えると思うかい?」

「考えてください……。卓也さんは、その男にとって快く思われてないんですよ。考えてもみてください。伴侶と考える相手にちょっかいを掛けられたんですよ。卓也さんはおじゃま虫というわけです」

「そっちこそ考えてもみろ。彼女……ほら、えっと……」卓也はベッドを共にしたマッコァ星人の名前を思い出そうとしたが、頭文字さえ出てこなかった。「――マッコァ星人が僕の伴侶だったかもしれないんだぞ。そしたら、彼のほうがおじゃま虫だ」

「名前もわからない相手じゃないですか……。まぁ、それでもいいです。そんなおじゃま虫の彼に、彼が欲しがってるものをやすやすと渡しますか? 卓也さんは」

「渡すわけないだろう。むしろ困らせるに決まってる」

「つまり、そういうことですよ」

 デフォルトは卓也によく見えるように、触手をうねらせて眼前にデータカードを持っていった。

「じゃあどうする? 見ないで、ルーカスの鼻の穴にでもつめとく? バカでかい鼻くそと勘違いして、ほじってその辺に捨ててくれると思うけど」

「ウイルスの類ではないので確認はします。例えウイルスだとしても、技術に差がありすぎると意味を成さないので安心ですし。コンピュータの処理能力が低すぎて、ウイルスが起動されないんですよ」

「わざわざ地球人を見下す、そんな遠回りの話題を振ってきたのかい? ……少しルーカスに似てきたんじゃないか?」

「少しは考えることを学んでほしいと思いまして。考えれば、人の伴侶に手を出してなにも起こらないとは思わないでしょう」

 デフォルトは一歩分だけ卓也に近寄った。その僅かな距離は、卓也を威圧するには充分すぎるものだった。

「もしかして……怒ってる?」

「怒っています。私怨から大事になることもあるのですよ。考えなしの行動の結果どうなってしまうか、この機会に考えて欲しいものです」

「まぁまぁ、まず中身を確認しようよ。ウイルスに感染しないなら、どっちにしろ損はしないんだから」



 二人は操縦室へと行き、立体モニターを起動すると、位置情報記録ソフトを開き、ログの入ったデータカードを入れて中身を確認した。

 立体投影された銀河モデルには、現在地の星に到着するまでに、いくつかの星を経由したことを示す、オレンジ色のラインが伸びていた。

 しかし、思いつく限りの宇宙言語で『地球』と検索にかけたが出てこず、範囲を広げ『銀河系』という言葉を同じく様々な言語で検索にかけたが出てこなかった。

「ほら、やっぱり騙されたんですよ」

 デフォルトは見るだけ無駄だと諭すが、卓也はモデルを動かすと次の銀河群へと移動させた。

「一応ラインを辿ってみようよ。名前が登録されてないだけで、地球を経由してるかもしれないんだからさ」

 星と星を繋ぐオレンジのラインは、いくつかの小規模の銀河群を経由するという長旅に出ていた。

 コーヒーとミルクを混ぜ合わせる途中のような巨大ガス惑星。青い大地と茶色の水が広がる惑星。大きな惑星と、その影に隠れ一生夜が続いている小さな惑星からなる二重惑星。恒星の光を反射し、それ以上に強く光っているように見える炭素惑星。

 どれも地球人には降り立つことは愚か、近づくこともできない星ばかりだ。

 それからもいくつかの銀河群を流し見していると、青いキャンパスに緑と茶色の大地で色付けされ白い雲が渦巻く星を見つけた。

 卓也はその星に見覚えがあった。ありすぎるほどだ。

「ほら、見ろ! 地球だ! 見ろ! やったね! 見ろ! 僕の成果だ! 見ろ、間違いないだろう?」

「地球なら大変喜ばしいことなのですが……自分は地球という星を実際に見たことがないので判断ができません」

「地球人は僕ひとりじゃないんだぞ。あんなアホでも同じ地球人だ。ルーカス!」

 卓也の声は虚しくレスト内に響き渡った。もう一度「ルーカス!!」と先程より大きな声で叫んではみるが、大きな声の分だけ虚しさも大きくなって帰ってきた。

「あの……」と遠慮がちに声を掛けてくるデフォルトに、卓也は「もしかして……」と肩を落とした。

「そうです……ルーカス様はトイレです」

「トイレットペーパーは?」

「ないです……」

「またうんこマンじゃん……。もう一生トイレから出てこないぞ……」

 卓也のうなだれる頭をルーカスがわしづかみにした。

「誰がうんこマンだ。低俗な呼び名を私につけるな」

 大根でも引き抜くように頭を持ち上げられ、卓也の目に映ったのは怒りの瞳の奥に、どこかすっきりとした色を見せるルーカスの顔だ。

「ちょっと……ちゃんと手を洗ったよね? というかまさかまた……手で……」

 卓也は頭を勢いよくがむしゃらに振ってルーカスの手から逃れると、デフォルトの背中に隠れた。

「卓也君……。その愚かな考えはすぐさま捨てたまえ。人間というのは全宇宙で、考えるということに優れた最たる生命体だ。そうだろう? デフォルト君」

 デフォルトは「えぇ……まぁ……」と言葉を濁した。本当に物事に真剣に向き合って考えてくれるのならば願ったり叶ったりなのだが、ルーカスにとってはそれはありえないことはわかっていた。

「どう考えたら、トイレットペーパーがないのにトイレから出てこれるんだよ」と卓也は疑り深く聞いたが、すぐに首を横に振って自分の言葉を否定した。「いいや! 聞きたくない!」

「簡単な話だ。少なくとも七日間で世界を作るよりもな」

 ルーカスは説明するのもめんどくさいと言った演技をしながら、気だるくかぶりを振って卓也に一歩近づいた。

「僕が聞きたくないっていうのも、聞いてないのか」

「いいか? ふわふわウサちゃんのしっぽのような感触は、トイレットペーパーでなくてもよいわけだ。わかるか? たとえそれが……時間を掛けて漂白をして真っ白にしたハンドタオルでも……ここぞという時にしか着ないブランド品のシャツでもだ」

 ルーカスはまるで今しがた排泄行為を終えたばかりのように、とてもとても満足げな息を吐いた。

 その瞬間、短距離走のピストルの音が二人の頭の中に鳴り響いた。卓也とデフォルトは同時に駆け出し、部屋を後にした。

「僕のシャツがない!」

「洗濯物からタオルも消えています……」

 そう言いながら戻ってきた二人を、ルーカスは鼻で笑い飛ばした。

「感謝したまえ。ちゃんと流しておいたぞ。それとも。元の場所に戻しておいたほうがよかったか?」

「……自分のものを使うって考えはなかったのか?」

「考えたから自分のは使わなかったのだ。弱肉強食。食物連鎖だ。弱いものは強いものに食われ、食われたら糞となる。そして、糞とはトイレに流すものだ」

「僕のシャツは糞になったんじゃない。糞を拭かれたんだ。どうするんだよ! これから地球に帰るっていうのに、醤油とカレーのシミがついたシャツで帰れっていうのか? よく考えてみろ! 全国テレビ中継。全世界ネット中継。ご近所さんにあいさつ回り。奇跡の生還なのに、そんな庶民的なシミだらけの服が映像に残ったらどうなるかわかるか? ……女の子が引く。僕は死んだも同然だよ……。いいや、君に殺されたんだ。この人殺し!」

 卓也はルーカスの胸ぐらを掴むと、激しく揺さぶって被害を訴えた。

「なにをテンパっている……簡単な話だ。宇宙服を来て脱がなければいい」

「地球で宇宙服を着てるマヌケなんかいるか!」

「なら、地球で着替えればいい。地球で一生宇宙服で過ごすマヌケなんていないだろう。勝手に焦って混乱して、私に当たり散らすの間違だと思うが?」

 ルーカスの諭すような言い方に、卓也は思わず頭を下げた。

「ごめん……大発見があったせいでテンパってたみたいだ。デフォルト……説明を頼むよ」

「……いいんですか?」と、デフォルトは信じられないものを見たような顔を卓也に向けた。

「今の状態じゃ、僕の口よりも君からのほうが上手く説明できそうだからね」

「あの……そのことではなくてですね……。まぁ……卓也さんが気にしてなければいいんですけど……」

 デフォルトはルーカスに尻を拭かれたことは一旦置いておいて、地球とよく似た星を見つけたことと、その星へ行くための道のりのログがあること。そして、地球に似て見える星の真偽をルーカスに確かめたいということを説明した。

「そんなもの、月と太陽があれば地球に決まってるだろう。常識も常識、本当に地球の生まれかね?」

「あの……」

「口答えするな」

「自分は地球の生まれでは……」

 ルーカスは「しっ」と、人差し指を自分の唇に当てて言葉を遮った。

「私の見解を聞きたいのに口を挟むとは……おしゃべりな奴だ。だいたい地球を見間違う地球人がいるか」

「では、質問の仕方を替えます。この恒星は本当に地球で『太陽』と呼ばれているものですか?」

「焼いてる最中のせんべいのような見た目。そして、とにかくでかい。それに、焼き終えたあとのせんべいに見える月のようなものもある。挟まれているものは地球だ」

「そういった曖昧な特徴だけではなくてですね。恒星はその惑星系の質量の何パーセントを占めているとか、惑星順列の正しさとか、構成している天体の特徴とか、その惑星系の重力や公転構造を決めるのに大事なものですよ」

 その他にも宇宙における星の結びつけ方の説明をデフォルトは畳み掛けるように言うが、ルーカスの耳には右から左へと言葉が流れていた。脳に残すこともなく素通りだ。

 だが、あまりにデフォルトの口が止まらないので、ルーカスは我慢の限界を迎えた。

「燃えていれば太陽に決まっているだろう。よってこれは地球で間違いない! 船長命令により、これから帰還の準備に入る。一切の口答はせず、各々準備をするように」

 ルーカスは乱暴に言い放つと、早足で部屋を出ていった。

 残されたデフォルトはぶつぶつと独り言を発している卓也の肩を掴んで揺さぶった。

「卓也さん……大丈夫ですか」

「大丈夫じゃないよ! デフォルトも聞いてただろう?」

「そうですね。自分も地球と決定づけるのは早計だと思います。近しい天体構造というのはよくあるものですから……特に惑星系全体における恒星の質量は、ほんのわずかに違うだけで生命が誕生しなくなりますからね」

「違う! なんで僕がルーカスに謝る必要があったかだよ。どう考えても僕が被害者だ。そうだろう? デート用のブランドもののシャツで、うんこを拭かれたんだぞ。あのシャツで何度女の子の涙を拭いたと思ってるんだ。彼女達にも失礼だね。デフォルトもそう思うだろう?」

 デフォルトは一度ため息をついてから「その彼女達のお名前は?」と聞いた。

 卓也は長く考えてから、おもむろに口を開いた。

「……とにかく! 僕は服と一緒に思い出を汚されたんだ! それなのに僕が謝った。そんなのおかしいだろう?」

「よく考える癖がないから流されるんですよ。いい教訓になったじゃないですか」

 その言葉に、卓也は大きく頷いた。

「まったく……デフォルトの言うとおりだ。明日からはよく考えて行動するよ」

「できれば今日からお願いしたいのですが……」






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