第六話
アースが過去に使われた宇宙船だというのは、実は大きな問題ではない。
レストにとってアースは時空の異物だが、アースにとってもレストは時空の異物だからだ。
今現在の宇宙空間の時空は、どっちつかずに傾いているだけ。
強大なエネルギーによる時空のねじれを直すため。様々な時空が入り乱れるのは宇宙ではよくあることだ。
よくありえないことは、それが同じ惑星出身の、違う時代の宇宙船が鉢合わせることだ。
無限に広がる宇宙で無限に進化を続ける生命。他の惑星の知的生命体と出会うほうが確立が高い。
遠くの銀河の知的生命体同士は、元々違う時間を過ごしているようなものなので、時空の歪は小さいのだが、今回の場合は『銀河系』で『地球が作った宇宙船』のレストとアースが鉢合わせてしまったことにより、現在の地球の時間がどちらに傾いているのか、はたまた二つとも違う時間を刻んでいるのか、確かめるすべはなかった。
レストは度重なる改良により、アースは故障により、両船とも地球への通信手段がない状況なのだ。
「これは厄介ですね……」
デフォルトが呟くと、それに被せるようにルーカスがため息をついた。
「またそれかね。なにかと言えば厄介だの理解不能だのと……」
「簡単に言えば、この船の行き先は間違いなく地球です。ですが、まだどの年代の時空のほつれの穴に向かっているのかはわかりません」
「なるほど……あみだくじのようなものか」
「それ習いました!」地球の文化を教えられ、それを披露する場が出来たことにより、デフォルトは嬉しそうに申告した。「掃除当番を決めるのに有用なものだと。全員がランダムに線を引くことにより、不公平さをなくしていて、とてもシンプルでわかりやすいものでした」
そんなデフォルトの純粋な笑顔とは違い、話を聞いていたルーカスが浮かべたのはカトゥーンアニメのような悪どい笑顔だった。
「つまり……地球のどの時代にでも行けるということかね?」
「聞いてませんでしたか? どの時代に行くかはランダムということですよ」
「デフォルト君……」とルーカスは野暮ったく首を横に振った。「あみだくじというのは線一つを使って、自分を勝利へと導く頭脳戦だぞ。線を引いてみたまえ」
ルーカスはタブレット端末を開くと適当にあみだくじの線を引いた。
「はい」とデフォルトが線を引いたので、ルーカスも線を引いた。
「わかったかね? 後攻が圧倒的に有利なわけだ。なぜなら、この一番右端の線こそが、当たりへの唯一のものだからだ」
「外れてます……。当たりはそのお隣です。それに、相手がどこに線を置くのか記憶していたら不公平ですよ。なのでアプリを使って初期の線もランダムに変えるんです」
「それは過去のあみだくじだ。現代のあみだくじは紙とペンを使って不正を出来なくしているのだ!」
「逆行していますが……ある意味一番の最先端技術なのかもしれませんね」
「ええい! うるさい! 今はあみだくじについて口論している暇はない!」
「広げたのはルーカス様なのですが……」
「口答えをするな! 私が言っているのは、過去の地球へと戻れば何でも出来るということだ。現代の地球に戻ってヒーローなどとはくだらん。神になれるのだ!」
ルーカスの言っていることはそう大げさなことでもなかった。
ルーカスには知識も技術もないが、時代の正解を知っている。
そして、地球に帰れば嫌でも報告書を書くこととなる。
時代の違うルーカスの報告書は、アースの時代では大抵のものが理解不能。
だが、宇宙を探査した貴重な体験なのは間違いないので、なんとか機関はそれを理解しようとする。
原理がわからなくても、こういうものがあると説明されれば、科学者や技術者がこじつけしてくれる。
つまり過去の天才達によって、ルーカスのとんでも理論が証明されることとなるのだ。
こと地球では未知の技術や思考など理解できないものを、あえて蔑むことで嘘の情報だと信じこませ、衰えた脳がオーバーヒートしないよう維持するが、一度理解できたものはとことん信じる習性がある。
一度でもルーカスの見知っただけの理論が証明されれば、ルーカスの地位は誰にも取って代われないものになるのだ。
「まだなにも決まっていないのですが……。そもそも時間のズレがあるというのも、今は個人の見解でしかありません」
「私の個人的に見解によると、地球人の価値観などというのは五十年もあれば一新される。神を信じ、人を信じ、また神を信じ、今度は宇宙人を信じる。そんなことを何千年も繰り返してきたのだ」
「丸め込もうとしても無駄ですよ」
「いいのかね? 何十年もあれば、差別なんてものは対象が変わる。今は愛され宇宙人の君もだ。現代の地球では石を投げられる対象かもしれんぞ」
「そんな……」
デフォルトははっきりと否定できなかった。地球の歴史を調べるうちに何度も出てきた事実だからだ。
「いいかね? 私達は未来を変えようとはしていない。自殺志願者の目の前にロープを落とすのと一緒だ」
「頭を縦に振らせたいのならば、もう少し例えに気を使っていただきたいのですが……」
「どのみちなにかアクションを起こせねばならない。ならば木の葉一枚こちらに引き寄せてもいいだろう――ということだ。私達の行動全てが正しいと断言できるのものは、過去にも、現代にも、未来にもいない」
「まだなにかアクションを起こすとは決まっていませんよ」
「いざその時!! 君は今のようにまごつくのかね?」
「正解不正解がわからない世界で何でも否定するのはナンセンスだと知っていますが……。自分が有利に働くように動くのはちょっと……」
「デフォルト君……君は少々外面を気にしすぎる傾向がある」
「とにかく、二人だけで話していても限界があります。卓也さんは……まだ無理そうですが、ラバドーラさんとも話し合いましょう」
「だと思ったわ!」
デフォルトに事情を説明されたラバドーラは、卓也の頭が良いなどという噂はやはり虚偽だったと安心した。
「いえ、この時間軸では頭が良いということになります。扱いとしては、式に頼らずいきなり答えを出せる部類ですね」
「危険だわ……」
「まだ時間軸の混合だと決まったわけではないです」
「いい? 地球の娯楽書を調べた結果。男は結果を褒めてほしいことがわかったわ。つまりいきなり突飛な能力を与えられても、深く考えずに利用するってこと。卓也が利用したらどうなるかわかる?」
「それは――もう……」
大言壮語が正解になる世界で、男が欲望を丸出しにしたらどうなるか。
それこそ式を出さずに答えを出せるほど簡単なものだ。
「まぁ……嘘が本当に変わる世界ではないから、全部が全部信じられるわけじゃないけど……。曲解して真実にすり替えられる可能性があるわ。今すぐにでも、時間軸を進めるための指針に変えましょう」
過去の地球へ帰還すると、ルーカスと卓也の評価は上がりっぱなしになる。そんなことが起こってはいけないと、ラバドーラはすぐに現代の地球へ戻る作戦を立てようと提案した。
「あの……そのことなのですが……」
デフォルトは時間を軸を過去と現在と未来の三つに分けるとするなら、過去に帰る選択肢もあると告げたが、ラバドーラは鼻で笑い飛ばすだけだった。
「過去に戻ってどうするわけ。この身体をダウングレードしろとでもいうの?」
「過去の価値観を慮ると、自分達は地球にとって”未知のもの”ですが、地球人の二人が加わることにより、マイナスよりプラスに働く可能性が大きいです。その場合ラバドーラさんは最新の技術を駆使したパーツや構造にこだわらなくてよくなります。自分のこの軟体生物に近い身体も、随分と過去の地球人の方には慣れ親しんだフォルムのようです」
「ルーカスごときに丸め込まれたの? 過去に戻る必要なんてない」
ラバドーラの不躾な物言いに、珍しくデフォルトはムッとなった。
「正解は過去か現在かわからない今。現在へ戻ると決めつけるのもおかしいと思いますが?」
「低学年相手にイキってる高学年みたいなものよ。そんなに知識をひけらかしたいの?」
「自分が言っているのは価値観の話です」
デフォルトとラバドーラが静かなにらみ合いを始めようとした時だ。女性から開放されたにもかかわらず、有頂天なままの卓也が割って入ってきた。
「僕が言っているのは、ここは最高ってこと。最高じゃなくて最っっっ高! 久しぶりに動物園のパンダの気分だったよ。信じられる? お腹のこちょこちょ付きだよ」
いつもなら邪魔が入ったことにより冷静になるデフォルトだが、今回ばかりは違った。この調子でテンションが上っている卓也ならば、過去に帰りたいと言い出すに決まっているからだ。
そして、今回起こった異常の説明をしたのだが、返ってきたのは逆の言葉だった。
「ちょっとぉ……過去に帰るなんて困るよ。ママもパパも生まれてないんだぞ。ママとパパがいての僕だ」
「そういえばそうでした……」
デフォルトは卓也がマザコンかつファザコンだということを思い出した。
女性が好きというのはもちろんだが、卓也にとって女性は時代も人種も星人も関係ない。選ぶのに、両親がいない時間軸を取る理由がなかった。
「そういうことよ」
ラバドーラが肩を組むと、卓也はわけもわからず勝ち誇った笑みを浮かべた。
「欲を言えば。肩を抱いた時は、ついでに引き寄せて胸を当ててほしい」
「却下」
「冗談だよ。そんなことしたら、君は明日から背中を刺される。今の僕はそれほどモテてる。これは冗談じゃない」
「とにかく、これで二対二よ。こんなんでも一はいちよ。そっちも同じようものだし、文句は言えないはず」
「いえ……文句はあります。文句というよりも、意見なのですが。この話をしても堂々巡りならば、話し合う必要はないかと。なるように身を任せる。それが一番だと思います」
「そうね……私も冷静になるわ。一度、ここを過去の船だと思って探索してみる。とりあえずは異変を探し報告し合いましょう」
「そうですね」
デフォルトが触手を一本差し出すと、ラバドーラは強く握って誓いの握手をした。
「さぁ、そうと決まったら行くわよ」
ラバドーラは卓也の腕を掴んで引っ張った。
「ちょっと……さっきの話聞いてた? 本当に妬まれて刺されるよ。知ってる? 怒りはナイフを鋭く研ぐけど、妬みはナイフに毒を塗るんだ」
「この身体なんだから刃も毒も意味ないわよ。でも、面倒事は嫌だから部屋に行くの」
「そのほうが面倒事になるよ」と文句を言った卓也だったが、ラバドーラのパワーに勝てるはずもなく、ずるずるとラバドーラの自室へと連れ込まれた。
そしてドアを閉めるなり「さあ、過去ではなく現代へ戻る方法を探すわよ」と気合を入れたのだた。
「それってさっきの話の続き? どっちでもいいんじゃなかったの?」
「いいわけない。でも、あのまま話が停滞するのも事実。だから、味方を引き入れて別行動にしたの。異変を探すのは間違いないんだから、怪しまれないわ」
自分がアイの姿をしているうちは、卓也がこっちに肩入れするのはわかっているので、ラバドーラはあえてデフォルトの提案に乗ったふりをしたのだった。
一方その頃。
デフォルトもデフォルトで、上手くラバドーラを巻いてやったと思っていた。
「さあ、これでアドバンテージはこちらにありますよ。過去へ戻る理由を探しましょう」
「まったくわけがわからん……。どういうことだね」
「意見が分かれた結果。ラバドーラさんは卓也さんと行動することが多くなるでしょう。あの女性の人だかりから見て、まともな捜査は難しいはずです」
「なるほど……ようやく悪知恵を働かせ始めたか……。それでこそ地球人の考え方だ」
ルーカスが手を差し出すと、デフォルトはそれを力強く握った。
しかし、手を離してすぐに『ルーカス!!! 今すぐに司令室に来い!! 今すぐにだ!!』と、最早ただの怒号と化した放送が響き渡ると、頭に血が上ったまま物事を決定した自分に激しく後悔したのだった。




