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惑星迷子  作者: ふん
Season9
204/223

第四話

「見たまえ。完璧なミートボールだ。さあ食べろ」

 ルーカスは宇宙を凝縮したような真っ黒な塊を、雑にフォークで刺して卓也へ見せつけた。

「なにこれ……数分前までは大豆の塊を肉と食品偽装していたものを、ただのゴミに変えたってこと? つまりマジックだ」

「聞いていなかったのか? 私は食べろと言ったのだ」

「聞いてたよ。でも、最初に見ろって言われたから、じっくり見てるの。で、見た結果。ミートボールではないことがわかった。前も言ったけど、ルーカスのやることはラバドーラをタクシー代わりにして、女の子をここに呼びやすくすること。料理はデフォルトに任せればいいだろう」

「卓也くん……私は日々成長しているのだ。だが、パイロットの座を奪われるのが嫌で、奴らは故意に私の試験を落第させている。ならば発想の転換だ。まずは胃袋掴むのだ。宇宙生活での楽しみの一つは食だ。食を牛耳れば、出世の道は自ずと開ける」

「開くのは門。それもお食事中には程遠いところにある門だ」

 ルーカスと卓也が焦げ臭い部屋で、なんの身にもならない談笑をしていると、デフォルトが息を切らしながら走ってきた。

「大変ですよ!」

「大変なのはこれからだよ。そろそろ煙を感知して、警報がなる頃だ」

 卓也がいつものことだと思っていると、デフォルトがいつもはしない行動をした。

 ハッキングして警報システムを切ったのだ。

「早く来てください!! 地球からの荷物ですよ!!」



 デフォルトの言葉に驚いて部屋を飛び出た二人は、倉庫で解体されている小型宇宙船を見て肩を落とした。

「物資じゃなくて、ただの思い出レターじゃん」

 卓也はがっかりしていた。てっきり、地球と連絡が取れて帰還のための物資が揃えられていると思っていたからだ。

 宇宙暦以前。『探査機ボイジャー』が地球の情報を宇宙に発信したように、定期的に地球での出来事を記録した無人探査機が打ち上げられている。

 これは宇宙暦という新たな時代に移り変わってからも続いており、いつの時代の無人探査機かは解体して中身を確認するまでわからないのだ。

 結果は宇宙暦以前のものであり、現代の技術では再生できない記録媒体のものばかり。唯一確認できそうなのは紙で作られた書類や雑誌だった。

「見て、ルーカス。これは税務署からの通知だ。4000ドルの支払い命令」

「おバカなやつだ。タイムワープしても根こそぎ徴収するのが税務署だ。やつらは合法的な追い剥ぎだぞ」

「捕まったってさ」卓也は一緒に入っていた新聞を取り出して、見出しの部分を指した。「本当バカだねぇ。紙を宇宙に捨てても意味ないのに」

「地球人とは総じておバカで愚かなものだ」

「なんとかって計画が、地球からルーカスを追い出すものだとしたら、相当頭が良いと思うけど。わお……見て。グラビアの広告だよ。宇宙暦以前の女性って不思議な魅力があると思わない? 現代にはない知的さと余裕があるよ」

「なにが知的だ。火を扱った原始人を知的というかね? 年代相応のアホには違わない」

「わかってないね、ルーカスは。この時代のグラビアは、小物や風景から時代背景を感じ取るものなんだ。絵画鑑賞と同じで、立派な趣味の一つとして認められてる。僕が唯一入ってた男のクラブだ。目を閉じれば思い出すよ、あの日々を」

「そのクラブはオンライン専門の変態クラブだっただろう。顔を合わすことはなかったはずだ」

「だからこそ続けられたんだ。見て、火を使わないレシピの特集だって。この新聞が出た頃はエネルギー危機に直面してたみたい。そりゃこんな古い媒体を使ってたら、エネルギーも枯渇するよね」

「実にアホだ」ルーカスは滑稽だと笑ってから、急に表情を険しくした。「ちょっと待った。これは使えるぞ」

「ちょっと……言葉に気をつけてよね。クラブの男だって、そんな直接的な表現はしなかったよ」

「実にアホだ……。私が言っているのはレシピの話であり、変態クラブの暗号会話のことではない」

「レシピ? まさかこの火を使わないレシピのこと言ってる?」

「そうだ。食材が私の技術についてこられないのならば、火を使わなければいい」

「ルーカスにしては頭を使ったね。でも、ルーカス以上――つまり小学生低学年以上は電子調理器具を使う」

「言っていたまえ。私は火を使わないレシピで天下を取るぞ」

 勝手に雑誌のレシピのページを破ったルーカスは、鼻息荒く客のいない喫茶店へ戻っていた。

「だから、ルーカスの役目は違うのに……」

 卓也はため息を落とすと、ルーカスの代わりにラバドーラと話をつけるため、配属先へ向かうことにした。



「また来てるわよ。彼」

 カオリがからかって、ラバドーラの脇腹を肘でつついた。

「そんなに来てない……」

「三日に一回は迎えに来てるわよ」

「ねー」

 悪ノリで同調するミラに、ラバドーラは「定期連絡よ」とうんざりした様子で言った。

 実際に卓也が三日に一回ラバドーラの配属先へ来ているのは間違いない。

 レストでの集まりがあるという知らせと、女性の視察に来ているのだった。

「言い訳はいいから言ってきなさいよ」とカオリに背中を押されたラバドーラは、イライラを隠すことなくわざわざ憤怒の表情を投影して卓也のもとへ向かった。

「どういうつもり?」

「どうって、相談があるから待ってたんだよ」

「わざわざ見せつけるように待ってる必要がある?」

「ちょっと。まだ僕がアイさんに惚れてると思ってるの? 確かに顔は好みだけど、もうそういう感情はないの」

 ラバドーラの過去を知っている卓也は、雰囲気に流されてデレデレすることはあっても、アイの姿に恋愛感情がないのは確かだった。

「なら、メッセージを送ればいいでしょう」

「僕とルーカスのメッセージを拒否設定にしてるのによく言うよ」

 卓也とラバドーラがしばらく言い合っていると、ラバドーラの連れの二人組が「仲いいわね」とからかいながら離れていった。

「今のは僕のせいじゃない」

「もういいわ……。で、なに?」

 ラバドーラの声色には、くだらないことだったら承知しないという怒気が込められていた。

「愛のタクシーを走らせてほしい」

「地獄まで?」

「行き先は地獄じゃなくて天国。なぜなら、女の子は皆ベッドで神様を呼ぶから」

「わかった」

 ラバドーラの目から感情がなくるように光が消えた。

 それが、武器になりそうなものを探しているのだと気付いた卓也は、慌てて「テーマだ! そう! 研究テーマだ!」と、口からでまかせで話題を変えた。

「研究テーマ?」

「僕ら地球人はなぜ歩くよりも乗り物に頼るかだ」

 我ながらバカな誤魔化し方をしたと思った卓也だったが、以外なことに、あることが引っかかっていたラバドーラに有効だった。

「確かに……地球人は構造上筋力が必要なのに、筋肉が衰える発明ばかりしてるわね。それって、時間が有限なのに無駄にするのと同じ行動原理かしら?」

 ラバドーラは地球人がいちいち起こす無駄なアクションについて気になっていた。

 今までは身近なサンプルが二人しかいなかったが、今はさらにカオリとミラというサンプルが二人増えた。

 二人のことを知れば知るほど、意味不明な行動を取るのは、ルーカスや卓也が特別ではないことがわかってきた。

 無駄な行動をあえて行うことにより、理解を深めるのは間違っていない。

 だが、人間の本質を理解したいわけではない。あくまで己の行動の妨げになるパターンを把握しておきたいだけだった。

 ラバドーラが悩む素振りを見せると、卓也は付け入る隙はここしかないと畳み掛けた。恋愛感情がないのは確かだが、ラバドーラが女性の姿を投影している時に、卓也が能力以上の力を発揮するのも確かだ。

 口八丁手八丁で適当なことを言い、自分まで自分の言葉に翻弄されたところで、機会を見て喫茶店へと誘導してもらえることになった。



 その数日後。卓也は驚愕の光景を見てショックを受けていた。

 先に協力をすると約束していた。ルーカスとデフォルトの二人が、サンドイッチを売り歩いていたのだ。

「どういうことさ!」

 卓也はデフォルトが引っ張るカート蓋を叩いた。

「卓也さん! 危ないですよ!」

「そうだ。僕は危険な男だ。そんな僕を怒らせたんだ。どうなるかわかってるよね」

「早く手を離してください! パンを温められるようになっているので、熱くなってるんですよ!」

「そう熱く……なに!?」卓也は手のひらの熱に気付くと大慌てで手をどけた。

 中の電子調理器具の熱を利用して温めるだけなので、火傷することはないが、小さなパニックを引き起こすには十分だった。

「まったく……騒々しい男だ。全身で音を鳴らす猿のおもちゃかね」

 ルーカスは卓也に倒されたカートを元の位置へ戻すだけで、怒ることはなかった。

 最後の一つを残して、在庫は残っていなかったからだ。

「そんなことより手を見せてください。赤くなってますが……大丈夫そうですね。多少のかゆみは出るかもしれませんが、強く腫れたり痛むことはないと思います」

「痛んでるのは僕の心だよ。まさかデフォルトに裏切られるだなんて……」

 卓也の大げさな口ぶりは、心配性のデフォルトによく刺さった。致命傷ではなく、ささくれのようにチクチクと痛めつけてくるので。手が痛くて自分で歩けないと駄々をこねる卓也の治療のために、喫茶店へと向かった。

 喫茶店ではラバドーラが約束通り客を連れてきており、戦場で助けられた兵士のように担がれて入ってきた卓也を見ると「間が悪かったみたいね……」と、連れてきたことを早速後悔した。

「大丈夫なの? お客もいないし変なところじゃない?」

 連れの女性がそわそわし始めると、仕方がないとルーカスが腕をまくった。

 サンドイッチがなくなったことが自信に繋がったからだ。

 禁止されたガスの代わりに電子調理器具の電源を入れ、フライパンを温めていると「僕が炒める」と卓也が割って入った。

「座っていたまえ。これはコックの仕事だ」

「ここのコックは僕だぞ」

「私は実績がある。完売だ。君も見ての通りだ」

 ルーカスは空になったカートを見せつけるように指した。

「あれは無料でしたから。タダなら貰うという人は結構多いみたいです。なかなか面白いですね。地球人は必要のないものでも貯蔵する習性があるようです」

 デフォルトの言葉に、卓也はほら見ろと目を吊り上げた。

「無料なら皆持ってくよ。それが地球人ってもんさ。それはコックじゃなくて、店頭販売の仕事。ほら変わって」

「君は心を痛めていたまえ。食材を炒めるのは私の仕事だ」

 鼻息荒くする二人だったが、ある言葉により鼻息の方向は同じ人物へ向いた。

「傷んでるのは、このお肉よ。生肉じゃないこれ」

 もう一人の連れの女性が、カートの中から最後のサンドイッチを取り出した。もう既に臭い始めており、簡易包装の上からでもほんのり臭っていた。

「待った……。新聞に書いてあった火を使わないレシピって、生で肉を食べるってことなの?」

「ルーカス様の持っていた文献にはそう書かれていましたよ。生魚を食べる文化があるので、哺乳類も一緒かと思ってました……」

 料理を手伝ったデフォルトは、当然自分でも調べてから手伝ったのだが、地球の文化と生肉食は実に近い関係にあり、宇宙観点から考えるデフォルトにとって、その文化はまだ続いているものだと思っていた。

 ユッケやレバ刺しや刺し身などの生食文化が、地球の代表料理として紹介されているからだ。

「忘れてたよ。デフォルトが異星人だってこと……。地球で生肉を食べる時は、人類が火を発見する以前の話だ。僕らが生肉を食べるとどうなるか」

 卓也が説明しようとすると、急に雨音が強くなった。

 同時に緊急放送が入り、食品衛生管理施設に不具合が出ている可能性があるという説明が流れた。

 ラバドーラが連れてきた女性は緊急放送が入ったことにより、持ち場へと急いだ。

 残された四人が何事かと顔を見合わせていると、公共施設のトイレが混雑で使えないという放送が入り、外出禁止令が出された。

 要は集団がお腹を壊し、公共施設のトイレが足りなくなったので、部屋のトイレに籠もっていてくれということだ。

 そして、急に水の量が増えた強化ガラスの向こう。

 卓也はすぐに答えを見つけた。

「人が来ないはずだよ……。汚水処理システムの監視ルームなんだもん。本当にルーカスといるとトイレから離れられないんだから……」

 卓也が落胆し、ルーカスが反論している横で、デフォルトは汚水処理システムが働く、明かりのない窓の外を見ていた。

 これだけ大量の汚水処理することは現代の宇宙船ではありえない。

 現代というのは、デフォルトの時間軸での現代ではない。家庭のトイレのように水を使って流していては、処理システムは間に合わない。

 なので水で流すのではなく、吸い込むバキューム型が多い。

 少なくとも、『方舟』では、どちらか選べるほどの技術力はあった。

 だからルーカスがトイレットペーパーの有り無しで暴れていたのだ。

 デフォルトの疑問は、緊急呼び出しにより一旦頭から離れてしまった。

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