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惑星迷子  作者: ふん
Season9
203/223

第三話

「知ってる? カラス星人との外交の事件」

 『ミラ』という名の女性がラバドーラに、今朝届いたばかりのニュースの話題を振った。

「カラス星人?」

「カラスみたいに真っ黒で、言語が『カー』から始まる言葉が多いの。だから地球での交渉中にカラスが鳴き始めたら、そっちと会話を始めちゃって、危うくカラスが地球人だって紹介されるところだったって話」

「地球人のネーミングセンスってよくわからないわ……タコだったカラスだったり。なにかに例えないと理解できないのかしら」

 ラバドーラが真剣にネーミングの法則を見つけようとしていると、その横顔を見てもう一人の女性『カオリ』が少し心配そうに眉をひそめた。

「それ先星思考病ってやつでしょう。早めにカウンセリングを受けないと。地球に戻ったら恥をかくわよ。宇宙に出ただけで、自分のスキルが上がったわけじゃないのよ」

「カオリもかかってたわよね。というより、今もそうでしょう」

「大丈夫なの?」

 ラバドーラはただ口だけの心配をした。

「大丈夫よ。ただ、地球人より異星人に惹かれるってだけ」

「だからダメなんでしょう」

 ミラはこりゃだめだと大げさに肩をすくめた。

 最初は二人のやり取りの意味に気づかなかったラバドーラだったが、二人の話を聞いているうちによく知った顔が頭の中で精巧にデータ化された。

「もしかしてデフォルトのこと言ってる?」

「ほら……バレちゃったじゃない。ねえ……実際のところどうなの?」

 カオリは唇が触れそうなほどラバドーラに顔を近づけた。

「どうって。彼はただのクルーよ。調査先の銀河で保護しただけ」

「本当に?」

「本当よ。なんで疑うの?」

「だって、アイってばキレイなんだもん。産毛一つない頬。それに明るく艶のある肌。本当に羨ましい」

「それ思ってた」

 ミラもラバドーラの顔をまじまじと見るが、ふたりともラバドーラの投影技術には全く気付く様子がなかった。

 惑星バルでレンズのメンテナンスも済ませて、ラバドーラの機能は現在完全体といったところ。

 生命体の肌を完璧に再現できた満足感から、ラバドーラは「でしょう」と得意げな笑みを浮かべた。

「どんなケアしてるわけ? もしかして調査先でいいもの見つけてきたとか? シミだけ食べちゃうナノボットとか」

「そんな都合の良いものを作るのは地球人だけよ」

「私もそれ使おう」

「なに? 急に」

「地球人ってやつよ。人間って言うより地球人って言ったほうがぽいでしょう?」

「カオリ……あなた私の知り合いに少し似てるわ……。ところで――なんで並んでるの?」

 ラバドーラは眼の前に広がる人々の後頭部を見て不思議に思っていた。

 廊下には長蛇の列。これだけ立ち話をしているというのに、全く進まないのだ。

「なんでってランチだからよ」

「なにかを食べてるようには見えないけど」

 ラバドーラが見ているのは、自分と同じようにお喋りをする年代様々な女性グループか、疲れ顔を隠そうとしてるカップルばかり。

 その誰もが列に並んでいるだけに見えていた。

「列に並んでるからよ」

「そのまんまじゃない」

「そうよ。私達の目は同じ位置。今どき神様崇拝をしてない限りは同じものが見えてるわよ。羽が生えて天使の輪がついてるように見える?」

「いいえ」

「なら大丈夫。ただの空腹による一時的な錯乱ね。うそ、からかってるのくらいわかってるわよ。そうでもしなきゃ、暇つぶしにならないものね」

「私はそこを言ってるの。アプリで待ち時間無しで店に入れるのに、なんで並んでるわけ?」

「答えは予約を受け付けてなくて、人数制限があるから」

「それは答えじゃないわ……」

「それが答えよ。これは勝負なの。誰が並んだ時間を有効に活用できるか、人生の大勝負よ」

「普通は並ばないわよ」

「雨の日でもない限りは並ぶものよ」

「皆と同じものを選ぶのは自信がないからって知ってる?」

「アイ……。よく聞いて、皆は同じものを選べないから価値があるの。だから先着ってわけ。先着っていうのは勝ち馬に乗れって啓示よ。写真一つで自慢できる。で、写真一つで自慢されるってわけ。複雑な女の友情の一端ね」

「バカらしいわ……」ラバドーラが地球人はややこしいと排熱のため息をすると、冷えた”頭”に二人の悔しそうな顔が浮かんだ。「待った。写真で自慢できるの?」

「そうよ。今じゃ画像データは銃よりも効果的な武器よ。風穴開けるには胸より、その奥の心のほうが効果的だから。まあ、でも無理そうね。別の店行きましょ。待たないで入れるところ」

 カオリがアプリで別の店の混雑状況を調べようとしたが、ラバドーラは携帯端末をしまうように言った。

「雨が降れば並ばないって言った?」

「言ったけど、地球でのことよ。宇宙船じゃ雨なんか降らないわもの」

「それはどうかしら」

 ラバドーラは口元に笑みを浮かべると、船内に流れる電磁波をジャックしてセキュリティへ侵入した。

 少し操作してデータ暴走させれば、水道システムを停止させて周囲を水浸しにできるからだ。

 水没による故障なら直すことができる。なんの問題もないはずだった。

 さっさとランチの写真を収めて、ルーカスか卓也の悔しがる顔を拝もうと思っていた。

 しかし、結果は失敗。

 セキュリティに侵入し、異常電圧により水道管を爆発させたが、起きたのは爆発だけ。肝心の水は一滴も流れてこなかった。

 不審に思うのと同時に、船内へ水循環システムの故障の放送が入った。

「あーあ……これじゃあランチは無理ね。美味しいもの食べても、午後からずっと口臭がしたら最悪だもん」

 カオリが残念そうにする横では、ミラが絶望の表情を浮かべていた。

「トイレにでも行き忘れたの? それなら本当に最悪。ポータブルトイレ持ってる?」

「それより最悪な状況が起こったのよ。絶対に殺す。今日こそ本当に殺す……」

 ミラは物騒な言葉をつぶやきながら、不機嫌を隠すことなく乱暴な足取りで去っていった。

「どういうこと?」

「うちの問題児が、トイレで粗相をしたのよ」

 ラバドーラはミラの背中を見送りながら、以前までだったら自分の仕事だったとほんの少しばかりの昔を懐かしんだ。

「ああ……あの男ね。『ノストラダムスの大予言』って知ってる? 宇宙暦以前に流行ったオカルト。西暦の1988の7月に恐怖の大王が来るって話。あれ――ルーカスだって皆言ってる」

「知能が西暦のままだからよ。宇宙暦に生きる私達がやることは一つ。並び直す」

 ラバドーラはミラが向かったのなら大丈夫だろうと、空いた列を詰めてランチの写真を収めることにした。



「ルーカス!! 何度言ったらわかるの! 宇宙船でウォシュレットは不可能なの!」

 ミラの怒声は制御室の扉が開かれるのと同時に響いた。

「なんでもすぐに私だと決めつけるのはやめたまえ」

「なら、その手に持ってる工具はなに?」

「君達は未だに箸やフォークを使っているようだが、これが最先端の食器だ」

「その電動工具が? どのドリルドライバーでどうやって食事をとるのか見ものね」

「……これは巨人用の歯間ブラシだ」ルーカスはドリルドライバーを床へと放り投げると、腰に手を当てて睨んだ。「だいたい私がドリルドライバーを持っていようが、なんら不思議ではない。ミラ、君が命じたのだからな」

「私はあなたに反省を促すために、自分で自分用の謝罪看板を作れって言ったの。水道管を勝手につなぎ直せなんて誰が言ったのよ」

「つなぎ直すためにシステムを止めようとしただけだ。つなぎ直してはいない」

「だから緊急停止で水が流れなくなったのよ。半日は水が使えないんだから。まったく……」

 ミラは文句を言いながら水道システムの修理へと向かった。

 張本人のルーカスと言えば、ミラがいなくなったことにより今日やることがなくなったので、暇つぶしにブラブラと船内を歩くことにした。

 暇つぶしと言っても、水道システムの故障であちこちに弊害が出ているので、暇そうにしているのはルーカス――。そして――もうひとりの役立たずくらいなものだった。

「来てやったぞ」

 偉そうな態度でルーカスが向かった先は、卓也が管理するカフェだ。

 デフォルトの協力があり、ギリギリカフェとしての体裁を整えることができた。

 しかし、場所は宇宙船の中でも外れにあるので、来るのは未だに配属先が決まらないルーカスくらいだった。

「偉そうに。ここでしか支払いできないからって」

「君だって、私でしか稼げないだろう」

「正しくはデフォルトのお金だけどね。今日こそは来ると思ったのに。やっぱり場所が最悪。辺境の地のリゾートなんていくかい? 皆ストレス発散は小型宇宙船で銀河探索だよ」

「ここよりも何倍も美味いコーヒーが飲めて、ここよりも何倍も居心地の良いカフェが、アクセスしやすい中心部にあるんだ。くるわけがないだろう。いい加減認めたまえ。君は体よく厄介払いをされたのだと」

「ここには宇宙にはない雨が降るんだよ、絶対に女の子が集まるスポットになるはずだった。それも、今はないけどね」

 水道システムが止まったことにより、窓から見えていた水がすっかり消えてしまっていた。

「まるで寂れたサイバーシティの路地だな。汚れた合金の壁に、あれは藻か? とても宇宙船の中とは思えん」

 ルーカスは目を凝らして真っ暗な窓の外をどうにか覗こうとしていた。

「いいんだよ。雨が降れば見えないんだから。まさかこの現代で雨乞いをするとは思わなかったよ。雨よ来い! そしたらデフォルトも来る!」

 実際のところ。卓也が一人で店を回すことは出来ない。

 用意された食器も調理器具もデフォルトが用意したものであり、卓也が出来ることと言えば接客と誰でも淹れられるインスタントコーヒーを出すくらいだ。

 そして、そのデフォルトは今回の騒動のせいで駆り出されてしまった。

「雨乞いにタコ踊りはつきものだ。だから順番が逆だ。タコランパのデフォルト君が来て、そのあとに雨乞い。次はどうする? 青銅器文化でも目指すつもりかね?」

「一度想像したことがあるよ。弥生時代にタイムスリップするね」

「それでどうした」

「ベッドがないから背中が痛い。やっぱり宇宙暦以前の人類は猿と一緒。いい道具があっても、正しい道具の使い方を知らない。知ってる? 電動マサージ器ってエッチな道具じゃなかったんだよ。人類って罪深いよね。泣けてくるよ」

「いくら泣いても雨は降らん」

「雨を止めたんだから降らすくらい出来ないの?」

「雨乞いは神様に頼めばよかろう」

「だからかみさまに頼んでる」

「私かね? ふむ……神様……良い響きだ。ようやく君も宇宙暦に相応しい崇拝対象を見つけたわけだ」

「トイレットペーパーの紙と何様を様かけたルーカスのあだ名だよ。合わせて紙様。手を合わせるのは一緒だと思うよ」

 卓也は手を洗う仕草をしてルーカスをからかったが、ルーカスが口の端を嫌味に吊り上げると、またあの言葉が飛んでくると顔を歪めた。

「手を合わせて頼み込んだのは君だろう。断られたようだがな。女ひでり。なるほどだから”あま”ごいしていたわけだ」

「はいはい。うまいうまい。言っておくけど、僕はまだモテてる。問題なのは風紀を乱すなって新しい規律が出来たってこと。おかしいよ。上の意見が簡単に反映されるなんてさ」

「それには同意だ。私を配属させずに、このままカフェイン中毒にさせるに違いない。その証拠にもうイライラしてきている」

 ルーカスは卓也の淹れた苦いインスタントコーヒーを一気に飲み干した。

「カフェインレスだけどね。カフェインは治療に使われるため抜かれたの。だからただ同然でデフォルトが引き取ったってわけ。じゃないと、客がルーカスだけのカフェがやっていけるわけないだろう。五日経ったけど、正規の客はゼロだ」

「カフェインレスの偽物など売るからだ」

「接触禁止命令が出されたって噂が出たの。自由行動が出来なくなるから、女の子が遠ざかってる。良い思いをしたのは最初だけ。すっかり人気はデフォルトに取られた。僕悔しいよ!」

「私もそうだ。この私が適性検査の結果にあぐねいている間に、これみよがしに操縦士の免許を取ったのだ! それも屋内用のだぞ。私に自慢するつもりにし思えん!」

「待った! それだよ! 屋内用の小型宇宙船。ラバドーラタクシーだ!! 名付けてアイが愛を運ぶタクシー」

「あの傲慢で独りよがりのポンコツアドロイドが言うことをきくものか」

「ルーカス……。言うことは聞く聞かないんじゃないだよ。愛は聞くんじゃなくて、流されることも大事」

 卓也は詳細を離さないまま手を組もうと手を差し出した。

「私もカフェインレスのコーヒーにイライラしていたとこだ。早く本物のカフェインでイライラしたい」

 やってやろうではないかと、ルーカスは卓也の手を強く握ったのだった。

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