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惑星迷子  作者: ふん
Season9
202/223

第二話

 しとしととそぼ降る雨は、窓に打ち付けられて滝を作る。

 柔らかな木目調の壁には暖かな色の間接照明が当てられ、オールディーズのムーディーな音楽が流れる空間。

 現在卓也はそんな一室に居た。

「どう? いい部屋だろう?」

 卓也の言葉の先にいるのはデフォルトだ。

 何も説明されずにつれてこられ、いきなり説明されたのでキョトンとするしかなかった。

「いい……部屋だとは思いますが……」

「歯切れが悪いのはいつものことだけどさ。オウム返しじゃなくて、感想くらい言ったらどうなの? 僕が手に入れた城だぞ」

「トイレの点検係を首になったという情報が耳に入っているのですが」

「そんな情報を耳にいれるから、最新情報が耳に入らなくなるんだぞ」

「では出世ですか?」

「いや、首になった。で、今度は自由業ってわけ」

「自由業とは自由に生きろという意味ではありませんよ」

 デフォルトの軽蔑を含んだ視線を、卓也は鼻で笑い飛ばした。

「僕の城って言っただろ。つまり、この部屋は僕が自由に使って商売していいってこと。ね? 首でも出世でもない。デフォルトの大好きな新たな価値観の第一歩ってやつさ」

「卓也さん……」

 今度は本気で新しいことを始めてみようとする卓也を見て、デフォルトは感激のあまり名前を呼ぶことしか出来なかった。

「だから手伝って欲しいんだよ、デフォルトにさ」

「手伝うと言われましても……」

 デフォルトは周囲を見渡した。

 壁の四方は二面が壁。もう二面がガラスとなっており、壁と天井には間接照明が複数。影が映えるように設置されていた。

「もう既になにをやるか決めてあるように思えますが」

「いーや。僕もついさっきだよ、この部屋を紹介されたのはね。ルーカスは今日も適性試験だろう? ラバドーラは女子会だってさ。秘密裏に頼れるのはデフォルトだけ」

「そうですね……。この薄暗い雰囲気としてはBARでしょうか?」

「僕も最初に思って、紹介された途端に聞いたよ。だってそうだろう? BARに来るのは忘れられない一夜を求める女性だ。誰が相手をするのに適任か。そう僕。Mr.セクシーだ。僕がバーテンダーをするのが一番だ。そう思うだろう。でも、宇宙船内でアルコールを扱うのには地球で習得する免許がいるって却下された」

 デフォルトは「そうですね」と適当に返すと「最初から照明は用意されていたということですか?」と、率直な疑問を投げかけた。

「そうだよ。きっと人事担当は僕のファンだ」

 部屋の壁や床はきれいに掃除されており、汚れ隠しに証明を暗くされているわけではない。

 なぜ空き室だったのかデフォルトは気になっていた。

「そう都合いいことあります?」

「僕と一緒に居て長いだろう。その都合のいいことが何回起こった?」

「そういえばそうでしたね。それならば、カフェはどうでしょうか? それならば、各地で不要なものがないか聞いて入手出来ますよ。最近の仕事は各部署を回ることですから」

 デフォルトが乗り気なのには理由があった。

 あまりにアース内での宇宙技術力が低いので張り合いがないのだ。

 デフォルトの考え方の一つに、扱えない技術は危険なので提供しないというものがある。

 リサイクル集荷をしていたほうが、地球での交渉技術を学べるので有意義なのだ。

「カフェか……。カフェには癒やしを求めに来る。癒やしの最終形態は一つだ。バルでも学んだよ。人間を癒やすのに、最後は人肌だってね。デフォルト。君は天才かもしれないよ。そうなると、集めるものは山ほどある。センスある食器だろう。地球を恋しがるようなアンティークのティーセットも必要だ。ここだけで満足されたら本末転倒だろう? カフェは少しの寂しさも演出しないと」

 デフォルトは「そうですね」と話半分で返事をした。

 なぜ雨が降っているか気になって、ガラスの向こうを覗いているからだ。

 アースは宇宙船なので当然雨が降ることはない。

 だが、ガラスは本物だ。ガラスモニターで雨の映像を流しているわけではない。

 普通に考えれば、大量の水を利用しているのは間違いない。

 その目的が謎なのだ。

 しっかり重力制御されて下へと落ちていっているので、なにか目的があることは確実だった。

「デフォルト! 聞いてる?」

「いえ、聞いてませんでした。すみません……」

「だから、ここにカウンターを置くだろう。で、コーヒーメーカーの後ろには地球の映像を流すんだ。水蒸気に煙る向こうには、懐かしの故郷。そこにコーヒーの香りが加われば、もうおしゃべりの準備は完了だ。僕は気さくなおしゃべり上手なマスター。そういうこと」

 ビシッと卓也に向けられた人差し指を、デフォルトは触手で掴んでゆっくり下ろさせた。

「また女性関係でクビになったと聞きましたが?」

「そうだよ。僕がそれ以外でクビになる理由がないだろう。ちょっと地球の文化から離れたうちに、男女の関係に厳しくなったみたい。こんなのまるで学校だよ。それなら女子寮に侵入しないと」

「厳しいなら厳しいに越したことないと思いますが。揉め事は少ないほうがいいですよ」

「デフォルト……わかってるに決まってるだろう。せっかく手に入れた城だ。そう簡単に手放してたまるか」

 卓也の真剣な眼差しを見て、デフォルトは大丈夫だろうと納得した。

 要は餌場を定めたわけで、その餌場をすぐにふいにするような真似はしないだろうし、なにか合った時の場所が容易に特定できるのはデフォルトにとって願ったりかなったりだからだ。

「そうですね。それに、働くうちに奉仕の精神に目覚めるかもしれませんよ」

「デフォルト……地球ではもうご奉仕は本来の意味で使われてない。発言には気をつけないと、僕らの関係が疑われる可能性も出てくる。間違っても、僕にご奉仕してたなんて言わないように」

「気をつけますよ。卓也さんも気をつけてくださいよ。問題を起こすようなら協力はしません」

「当然だよ。僕らは運命共同体だ。レストでもそうだったろう? 裏切ることはない」卓也は真面目な顔をすると、更に表情を険しくさせた。「でも、ベッドでは別。もし混ぜてなんて言ったら、僕らの友情はどんな接着剤を使っても直らないよ」

「大丈夫ですよ。それに、実のところワクワクしてるんです。ありものから新しいものを作るのは好きなんですよ。子供の頃によくやりました。卓也さんはどうですか?」

「子供を作る行為は好きなんだけど。デフォルトの意見に同意してもいい?」

「やめてください……」



 数日後。デフォルトは笑顔で空きコンテナを抱えていた。

「ハイ、デフォルト。なにしてるの? 惑星条約で保護されてるサルでも運んでるの?」

「どうも、カオリさん。違いますよ。自分は保護された生物を危険に晒すような真似はしませんよ。他惑星の生物の密輸はウイルスや細菌を蔓延させるようなものです」

 ジョークを真顔で返されたカオリはすぐに頭を下げた。

「ごめんなさい。面白いと思ったんだけど、あなたの惑星の価値観では失礼に当たったみたい」

「いいえ! 気にしないでください。自分はいつも真面目に答えすぎると苦言を呈されるんです。これはですね……趣味の工作みたいなものです」

「工作?」

「はい。これをいくつか集めて、カウンターテーブルにするんですよ」

 デフォルトのウキウキした表情を見ると、カオリは「あー」となにか納得した表情を見せた。「男の隠れ家作りね。パパが弟の為に庭の木に秘密基地を作ったときと同じ顔してるもの」

「自分はそんな経験はないのですが、地球では一般的なのですか?」

「地球の一部の地域ではね。それじゃあ、邪魔しちゃ悪いから行くわ」

 手を振り去っていくカオリに、デフォルトは「邪魔だと思っていませんよー」と少し声を大きくした。

 カオリも同じだけ声のボリュームを上げると、去り際に「今は弟と同じ顔してるわ。邪魔だからお姉ちゃんは早く帰ってって」と笑い声を残していった。

 デフォルトはそのまま空きコンテナを部屋に運び込むと、卓也に「秘密基地を作ったことがありますか?」と聞いた。

「当然あるよ。初めての秘密基地はパパと作ったね」

「なるほど」デフォルトは、今しがた聞いたばかりの内容と同じだと頷いた。「初めてということは何度か作ったんですか?」

「そうだよ。最初の秘密基地はパパとママの秘密基地にされちゃったからね。秘密基地の第二弾は、二階の窓にはしごを掛けること。さすがに第三段以以降は部屋を借りたけどね」

「そんな技術があるのならばおしゃってくれれば……」

「僕はずっと背中で男の隠れ家の作り方を教えていたつもりだけど? 急にどうしたんだい? ははーん……さてはあのカオリって子だろう。連れ込むつもりだな」

「違いますよ。どうして秘密基地がそうなるんですか」

「デフォルトってば……。男の隠れ家はそういう意味だよ」

「子どもの秘密基地の話です」

「なーんだ。そんなのいまのと同じだよ。空き箱をテーブルに、お菓子は回復アイテム。そんなもんさ」

 卓也は味気のない部屋を見てため息を落とした。

「文句は聞きませんよ。椅子やテーブルは備品です。それなりの理由が必要になります。なんとなくカフェをやりたいんじゃダメですよ。書類は書いたんですか? 提出しないと今回の準備も無駄になりますよ」

「彼女は異星人フェチで有名なんだよ。知らなかった? 僕は僕に興味のない女性には興味がないの。たまに例外もいるけどね。僕はこの間まで女性だったんだよ。異星人になるのはしばらく遠慮願うよ」

「答えになっていませんよ……。つまり書いてないということですね」

「僕の言葉から真意を見出すとは……成長したねデフォルト」

「保身のために口からでまかせを繰り返すと、そのうち取り返しのつかないことになりますよ」

「全部が全部嘘ってわけじゃない。彼女が異星人フェチなのは本当。これでも心配してるんだよ」

「心配無用です。自分はしっかりしています」

「いいや。デフォルトは地球人の恋愛の価値観をわかっていない。男女共通の価値観。勲章を連れ回したい願望ってやつ。そこに愛はなく、ゲットした魚を生け簀ごと連れ回すんだ」

「そんな……」

「僕の恋愛を見ていたらデフォルトなら信じられないのも無理はないよ。でも、ベッドが愛の最終地点じゃない男女はたくさんいる」

「それは……結婚や子供がそうではないのですか?」

「デフォルト! 話の腰を折るな! 問題は彼女がデフォルト狙ってるってこと」

「要は好意を持ってもらってるということですか?」

「いいや、デフォルトの厚意を利用しようとしているってこと。犬を飼ったらSNSで見せびらかすのと一緒。僕の経験から言えるアドバイスは一つ。一度写真を撮ると、あとは際限がなくなる」

「自分は犬でもペットでもないですよ」

「そういう心理なの。男の女性遍歴に巨乳が入ってるかどうかが、飲みの席でのヒエラルキーになるのと同じ」

「最低ですね……」

「その目。何度も見たよ。でも、真面目な話。その目を引き出すのが逃げ道だったりする。道化を演じるのが誰も傷付つけない」

「それは一理あると思いますが……」

「とにかく、彼女を傷付けないなら自分の名誉を傷付ける。それが丸く収まる。彼女を傷付けまいとずるずるいくとどうなるか――彼女のお腹が丸くなる」

「まだカオリさんが自分に好意を持ってるとは限りませんよ」

「そう思い込んで精神的に逃げるのも大事だけど、現実的に逃げるのも大事ってこと。ほら、そっち押さえてよ。コンテナのスキマが見えたら、カウンターの床を底上げしてるのがバレるだろう。せっかく薄暗いんだから、僕の背が高く見えるマジックを使わない手はないね」

「そういう小細工はどうかと思うのですが」

「値段を高くしてないんだ良心的だろう」

「それはそうかも知れませんが……」デフォルトはため息一つで心に区切りをつけると、どうせ卓也がやらないであろう書類に手を付けた。「ところで」

「なに? カフェを開く目的なら適当に考えて書いておいて。気持ちを正直に書いたら却下されるのは、僕でもわかる」

「それはそのつもりです。このガラスはなんの目的で存在し、このガラスの向こうはなんの施設が知っていますか?」

「知らないよ。でも、娯楽施設だろう。地球人は飽きっぽいからね。最初は楽しんでいたプログラムもだんだん使われなくなる。そうなると空き部屋になり、順に倉庫にされるってわけ」

「部屋に電気を入れたら、復活したというわけですかね?」

「なに? 気になるの?」

「どうせなら、この水を利用できないかと思いまして」

「そういうのはデフォルトに任せるよ。僕は雨のままでも気に入ってるからね。雨模様というのは、心にもぬかるみを作るからね。僕という足跡を残すのには十分だよ」

「心を踏みにじるの間違いではないですか」

「言うね。でも、前にも言った通り、僕は円満に別れるためにはバカになれる。バカを演じると、女性も離れていくものだよ」

「たぶんですが……いいえ。心に留めておきます」

 バカを演じるのではなく、バカが露見されただけではないかという疑問を、デフォルトはぐっと飲み込んだのだった。

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