第一話
パトランプが部屋を赤色に染めると、緊張感のある警報音とともに、淡々とした声が響いた。
『侵入者発見。侵入者発見。直ちに迎撃せよ』
警告ではない発泡が複数響いたかと思うと、突如部屋が真っ暗になった。
「……迎撃じゃない。言ったでしょう。警告射撃。それに放送じゃなくて、録音を流すの。侵入者発見の警告は、勝手に機械がやってくれるわ」
「機械音声よりも、私の声のほうが威圧感がある」
「そうね。声を張り上げなかったところは及第点ね。でも不合格。シミュレーターを解除して!」
女性が声を大きくすると、真っ暗だった部屋に照明が灯り、ドーム状の会議室程度の広さの部屋があらわになった。
その部屋の中心にいるのがルーカスだ。
ホログラムシミュレーターを使って、テストを受けている真っ只中だった。
現在レストは銀河系探索型宇宙船アースの中にあり、四人はその宇宙船で生活していた。
アースの意味は地球。
名前から意味を察する通り。銀河系のハズレで、地球の探索船に拾われたのだ。
レストが地球へのログを持っていたため、事故にあい難破した地球の宇宙船だと思われ保護された。
そして、アースで暮らすための役割を持つためにテストを受けているということだ。
既に他の三人は仕事を振り分けられており、それぞれの生活をしているが、ルーカスだけは何度も何度もテストを受けていた。
結果は今日も不合格であり、生活に必要最低限のフードチケットをもらい戻っていた。
戻った先は自室でもなく、卓也の部屋でもなく、レストの中だ。
「信じられるかね……この私がまた不合格だ」
「信じられるよ。ルーカスが司令官補佐のテストに受かったって言うなら、ぼくは迷わず船長に立候補する。絶対に当たる宝くじを買わないバカっている?」
「私は優秀が故に丁重に扱われているのだ。君みたいに何度も転属をされていない」
ルーカスの指摘通り、卓也は既に五回も転属されている。
アースに保護されてから一ヶ月。卓也は配属先の女性と問題を起こしては、当事者の女性と離れるように転属されていた。
最初に乗っていた方舟と同じような環境なので、地球人のルーカスと卓也はすっかり慣れ親しんだ様子で、迷惑をかけていたのだ。
心配性のデフォルトがいつものように「大丈夫なのでしょうか……」とこぼすと、ラバドーラは鼻で笑った。
「逆に聞くけど、大丈夫だと思う? 機械と生身の生体反応の違いもわからないのよ」
現在ラバドーラは地球の姿。つまり『アイ』の姿を投影していた。
宇宙船アースに拾われたのは急なことだったので、背景をリアルタイムに投影して姿を消すよりも、人間の姿を投影したほうが早かったのだ。
これで構図は地球人三人と異星人が一人。地球にとっては安心する材料となった。
意図したわけではないが、ラバドーラは久しぶりに投影したままでいるしかなくなっていた。
癒やしの惑星バルで壊れたパーツはすべて新品にし、エネルギー効率も高めた。
以前のタイムワープした過去の方舟の時のように、エネルギー不足を心配することはない。自由に動ける分。それだけ地球人として馴染まなければならなかった。
「スキャンも、電気信号でも確認したはずなのですが……」
デフォルトは保護時に身体調査を受けたときのことを思い出した。
その検査があったからこそ、デフォルトは『交流できる異星人』として受け入れられたのだ。
「そうだ! そのことで言いたいことあったんだ!」
卓也は床に広げたお菓子を揺らすほどの地団駄を踏んだ。
「地球の技術の低さに今更驚くことでもあるの?」
「アイさんに言ってるんじゃない。デフォルトにだ!」
「自分ですか?」
「そうだ。デフォルト……君はモテてると勘違いしてるんじゃないだろうね」
卓也が指摘したのは、アースでのデフォルトの扱いだ。
本来デフォルトは、地球と異星の技術交流のゲストとして扱われる予定だった。
しかし本人がこれを拒否し、アースで生活する人々と同じような待遇を求めた。
地球では謙虚な異星人は受け入れられやすい。
ネットで人気を博したように、デフォルトは時の人となっていた。
「どちらかというと珍獣に見られている気分です」
「チン獣だって!? 僕の立場をわかってるのかい? 宇宙一セクシーな男なんだぞ! その役目は僕が引き受けるべきだ」
卓也が子どものような文句を言うと、ラバドーラは意地悪な笑みを口元に浮かべた。
「とっくに忘れられたみたいだけどね」
ラバドーラの言葉は周囲を凍らせた。
ルーカスまでもが余計なことをといった表情をしていた。
宇宙船アース内でも卓也が女性から人気であることには変わりなかった。
しかし、宇宙一セクシーな男の名前は別の人物であり、誰も卓也の名前を口に出すことはなかったのだ。
「笑い事じゃない! 地球の文化の損失と言ってもいいくらいだよ。早急に地球へ帰って悲劇のヒーローになるか、Dドライブに戻って講義しないと」
「抗議だろう」
「講義であってる。僕がどれだけセクシーか論文を書かせる。必修科目だよ。いいかい? 君らは『宇宙一セクシーな男』の称号をバカにしてるけど、僕のおかげで地球の経済は潤ったんだぞ」
「また適当なことを……」
ラバドーラが呆れると、ルーカスが「本当だ」と口を挟んだ。
「地球でもよくあることだ。田舎や発展途上国のぽっと出の人物を上から目線でもて囃す。それが銀河規模になっただけのことだ。要するに銀河規模でからかわれてるようなものだ」
現在同じような体験をしてる最中のデフォルトは「なんとなくわかります」と理解を示した。
単純に技術のことを聞いてくる地球人もいるが、得てして多いのは下世話な話だ。
ルーカスや卓也の直接的な欲望の自己主張にはなれているが、遠回しでテストされているような会話のされ方は気になっていた。
「地球人とは群れによるコミニュティーを築く。要は数の多さが勝ちらしいわ。諦めたほうがいいわよ」
「まさしく地球の女と一緒だな。彼女らから学んだのかね? 奴らは群れる」
ルーカスが女性の姿を投影するラバドーラに嫌味を言うが、そんなことで怯むラバドーラではない。
「いいえ、男の群れから学んだのよ。一人でナンパしてきても、後からぞろぞろ増えてくるって。一人見かけたら三人四人に増える、ゴキブリと一緒だって。そういえば、ここでのあなたのニックネームだったわね」
ルーカスは一ヶ月の間に様々な問題を起こし、既に厄介者のレッテルを貼られていた。
「思ったんだけど、それっておかしいよね」
「いいぞ! 卓也君。発言を許す」
「こんな男の肩を持つつもり? 私よりも」
アイの姿を投影してるラバドーラは、作った艶めかしい表情を卓也に向けた。
「わかったよ。ルーカス肩を持つより、アイさんの胸を持とう。ちょうど両手が空いた。おっぱいもふたつ。これって運命だと思わない?」
「思わない。それで。なにがおかしいのよ」
「だって方舟の時は、一ヶ月もあればルーカスの無能っぷりは知れ渡ったよ。なのにまだ役割があると思って適性テストを受けてる。とっととトイレ掃除に回すのが普通だよ」
「君がこのアースでもトイレの点検係に任命されたからと言って、私まで引きずり落とそうとしないでくれたまえ。私は成長する男だ」
「一ヶ月無職で、僕たちのお菓子で空腹を満たしてるくせによく言うよ」
「あんなぐちゃぐちゃ保存食があるかね! 食べられたものではない。囚人用だ」
「その文句は直接言えばいいのに……。また媚びへつらってるんだろう。そしてストレスが限界を迎え、大騒動が起こる。行き着く先はトイレの点検係。今のうちに来ておいた方が楽だよ。ここだけの話。トイレの点検係ってのは名前だけ、本当は不満を聞いて回る係なんだ。これってどういうことかわかる? トイレの点検係は淫語。僕だけに許されたフリーパスってこと」
「男の部屋だけだろう」
「だからどうにかして役割を変えないと……そのためにはルーカスの力が必要なんだ」
「ダメです」
デフォルトがきっぱり否定すると、卓也は眉間にシワを寄せて不満をあらわにした。
「まだ詳細を話してないだろう」
「ルーカス様の騒動癖を利用し、騒動の最中にハッキングして都合の良い地位を確立しようとしているのでしょう。ここにいるメンバーで過去にやったことがあることですから」
「そうだ! あの思い出を皆でなぞろう! 僕らの歴史を改めてここで印として残すんだ!」
「騙されませんよ」
「デフォルトぉ……せっかく男の体に戻ったんだぞ。しかも魂移植でデトックス済み。こんな健康体を、ただただ男の悩みを聞くために使えっていうのか?」
「せっかくなので運動をしたらどうですか? 筋肉や関節の炎症も消え、何かを始めるなら今ですよ」
「夜の運動をするために、提案してるんだ」
「ダメです。いいですか? 我々は厚意で保護されているのですよ。このアースも万全な状態ではないのですから」
宇宙船アースは地球への帰還の真っ最中だった。
ただ、途中で事故に遭遇して機体は損傷。外観はなんとかな修理できたが、中のシステムは以前多くが故障中。
通信システムもその一つであり、途切れ途切れの回遊電磁波を拾うよりも、地球へのログを使うのが定石だ。
だが、それも損傷してしまったのだ。そんなところへ都合よく地球へのログを持ったレストが現れたので、快く迎え入れられたのだった。
地球の宇宙船であるレストだが、既にデフォルトとラバドーラによる改造が施されている。
そして、ログとともにその技術の一部を教えるのがデフォルトの役割だ。
責任感のある立場を与えられたことにより、卓也のわがままや甘えに簡単に頷くことはなかった。
「おかしいと思わない? 僕ら地球人二人が地球の宇宙船で役立たず。デフォルトとラバドーラの二人は技術者だぞ」
「この船で姿を隠しながら立場を確立するのは実に容易よ。この船の平均技術力よりも、少しだけ高い技術力を見せるだけでいいの。低度過ぎても笑われるけど、高度過ぎても笑われる。想像力以上のことは起きないと思っている節があるわ。だから常に後手でいいの。こんな楽な潜伏は初めてよ」
「それより……気になっていることがあったのですが」デフォルトは汚れたままのレストを見渡した。「なぜここに集まっているのですか?」
保護されていることと、地球への帰還と目的が一致しているので、いつものようにレストで密やかなに脱出の準備をする必要がない。
デフォルトが掃除をしていないのも、アースに自室があり、レストへ戻ることがないと思っていたからだ。
だが、現実は定期的にレストに集まるようルーカスか卓也から連絡があるのだ。
「だって、ここが僕らの居場所だろう?」
「部屋をもらっているはずですが」
大きな頭を丸ごとかしげるデフォルト。
そんな姿を滑稽だとルーカスが笑った。
「なにもわかっていないようだ」
「本当にね」
「この二人にバカにされるとはな」
ラバドーラはバカにバカにされる気分はどうだと聞いてからかったが、そんなラバドーラにもルーカスは滑稽だと笑った。
「こっちも気付いていないとは……いやはやAIというのは、広告を弾く程度しか活躍しないらしい」
「それは地球では高性能だよ。まあ、どうせそのうちわかるよ。なぜ僕らがレストで過ごすようになったのかね」
卓也とルーカスは目配せをすると、今日はもうおしまいだと部屋へ戻っていった。
意味深なことを言われたからか、デフォルトはすぐに変えることはなく、この日は数週間ぶりのレストの掃除を終えてから自室へと戻った。




