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惑星迷子  作者: ふん
Season8
199/223

第二十四話

 明くる日の朝。

 いつものように朝の健康診断をしていると急にバチコムは声を震わせた。

「凄い……成功だ! 成功した!」

「聞いた? 性交したい。だって。やっぱり僕が考える女性の魅力ってのは、全宇宙から見ても魅力的ってことが証明されたね」

 卓也が腰をくねらせて慣れないポーズを取っていると、腕時計の中から「君の母と父が出会ったのが最大の失敗だ。性交などしなければ宇宙の平和は保たれていた」

「否定はしない。知ってる? 僕に会いたいが為に、特殊次元船の免許を取って、遥か遠くの銀河からお忍びてくる星人もいたくらいだ」

「向こうが高度文明過ぎて、侵略されると勘違いされたあの騒動のことを言ってるかね?」

「勝手に勘違いした防衛省が悪い。男女の高度な心理戦という名の恋愛ゲームを、ただのつまらない宇宙の陣取りゲームと勘違いされたんだぞ。言えることはただ一つ。関係者は絶対に恋愛結婚をしてないね」

「彼らは頭に脳みそがあり、そこで考えた。君は下半身の玉に頭があり、そこで考えた。どっちが正しいかは一目瞭然だ」

「僕の下半身が正しいってことだっただろう?」

「たまたまだ」

「そのとおり! たまたまで考えるのが正しい時もある。例えばクリスマス。たった一夜を過ごすのに愛を深く考える必要があるか? そんな時は頭じゃなくて、代わりにたまたまが考えてくれる」

 謙虚さも向上心もなくし、ここ数日でいつもの卓也にすっかり戻ってしまった。

 人の話も聞かずに勝手に盛り上がるルーカスと卓也二人の代わりに、デフォルトが「すみません……」と謝った。

「なにを謝っている。これこそが成功の証だ」

 バチコムは卓也を見て、とても満足げな声で言った。

「健康体を目的としたプログラムではなかったのですか?」

 ここ最近の卓也は夜遊びが増え、昼近くまで寝ることが多くなり、すっきりしない日が続いていた。

 プログラムの管理はバチコムがしているので、あまり口うるさく諭すこともできず、このままでいいのかと心配になっていたところ。

 今日という朝を迎えたのだった。

「どう見たって健康だろう」

「そうですが……」

「健康というのは寿命を伸ばすことか? 自分らしく生きることじゃないのか? それに健康に過ごさせたのは、その方が経過観察に都合がいいからだ。そして、自我は身体ではなく脳に宿ることが実証された」

 卓也の身体は女性のままだ。

 しかし、すでに性格は以前のものに戻っている。

 地球人的な女性らしさはかけらも残っておらず、男の下卑た性欲が全面に出てきていて、すでに何件か女性から苦情も入っている。

 それでもバチコムが卓也を自由にさせていたのは、自分を取り戻す兆候が出ていたからだ。

 それが自我の芽生えだ。

 人工知能に自我が生まれるように、知的生命にもなにか進化のアクションがあるのではないかと考えたバチコムは、自我のリセットに目をつけた。

 死でも、仮死状態でもない。新たな状態は医療にとても役立つ技術だ。

 患者の意識を別の体で目覚めさせることが出来れば、新たな体で生活が出来るので人生を無駄にすることがない。

 元の身体は高負荷の手術にも耐えることができ、他人の体を文字通り内側からメンテナンスをする専用の職業が出来れば、リハビリすら必要なくなるかも知れない。

 つまり、自分の体に誰かが入り、代わりにリハビリをしてくれるということだ。

 体を持たない知的生命体は数多く存在し、常に寄生を繰り返す星人も多い。

 そういった知的生命体を雇えばリハビリは可能だ。彼らは他人の体を動かすプロだからだ。

 そのためには自我のリセットが必要となる。

 そして、自我のリセットとは、記憶の整理が重要となるのだった。

 記憶の中には自分の行動パターンや、関節の可動域などがある。

 腰痛持ちとそうでない人の歩き方は違うし、身長や体重で何もかもが変わってくる。

 これは体の成長とともに記憶されている行動パターンであり、体が変わるとどうしても不具合が出てしまう。

 卓也の場合は女性的思考と男性的思考が混在し、性の違和感や迷いへと繋がった。

 最悪の場合は自我の崩壊が起きるのだが、それは適切な医療処置をしなかった場合だ。

 惑星バルの医療従事者達は様々な星人を受け入れ、様々な医療法を学んだ。

 医療というのは怪我を治すだけではない。心の治療も含まれている。

 自我の崩壊を制御し、自我をリセットさせることも出来る。

 それが卓也によって証明されたのだ。

 パソコンでトラブルが発生した際に再起動すると解決することが多いように、知的生命体も自らをクリーンアップするという治癒能力が備わっている。

 バックアップとも違うので、仮想空間におけるデータ体になるのとも少し違うが、ラバドーラのように自我を持った人工知能も、意識を血の通った肉体に留めておくことが出来る。

 こちらは医療でも邪法のものになるが、戦争、性行為など欲しがる技術なのは間違いない。

 更に自我のリセットには、余計な不安や思考を削ぎ落とすという最高のデトックス効果までもあった。

 あるものをありのまま受け入れるという。ある種の瞑想状態に入っている。

 惑星バルで瞑想が推奨されているのも、この考えがあってのことだった。

「なぜ卓也さんの意識を性別の違う身体へ?」

「ライフバグシステムが最終目的だからだ。今は知的生命体に限定してるが、後々は知的生命体ではないものへの意識転送も視野に入れている。その体は性別は自分で選べる。選択肢を増やしたつもりだ。そうして彼は男という性別を選んだ。自我のリセットが済み、今の自分が自分だと受け入れている」

「ええ……全く以て真実だと思います」

 デフォルトの視線は、せっかくだからこの機会を利用して、女性同士の愛の深め方を勉強しようと、見境なく女性へ声を掛ける卓也へ向かっていた。

「問題は自我の強さだ。彼が特別自我が強い人物という可能性も考えられる」

「ええ……全く以て真実だと思います。強すぎるくらいです」

「それなら自我を育てるプログラムを充実させよう。メタ認知能力を高めれば自我のリセットもしやすくなるはずだ」

「あの……その……自分はどうなのでしょう」

 デフォルトは四つの顔を順番に変えながら、自分の体に変化はないか訪ねた。

「魂の変換としては失敗だな……。生命元素が違いすぎると、影響されにくいのかも知れない。地球人の身体と君との身体では酸素の比重が違う。今一番明確に出せる答えは、君は地球人には向いていない」

「そうですか……」

 デフォルトのつぶやきには、安堵と若干の悔しさが混ざっていた。

「もっと喜べ。実験は終了だ。数日で元の身体に意識を戻すし、地球へのログも渡す」

「元の身体へ戻るのにも数日かかるのですか?」

「そのことなんだがな……。三人の体は今すぐにでも戻してやれる。別の身体ではない、元の身体へ戻すのだから、自我のリセットも必要はない。数日のあいだ多少ボーっとするだけだ。問題はルーカスだ」

「やはり……」

 ルーカスの身体は、爆発により四散して飛び散ったはずだった。

 それをタイムパラドックスを利用して傷一つない体に戻したのだが、そのことが原因で身体と意識が分かれてしまったのが今回の発端だった。

 つまり正しい時間軸のルーカスの肉体ではない。だから統合性がとれないのだと思っていた。

 だが、違った。

 ルーカスの体は現在治療に使われているため貸出中になっている。

 身体が爆発した原因は、ルーカスの腸内に住んでいる猿菌という菌とのいざこざのせいだったが、正しく使えば有能な腸内細菌として活躍できる。

「ルーカス様の身体を他の誰かに貸したのですか?」

「難病の治療に使えると思ったんだが……」

「予測不可能な事態に陥ったんですね……」

 デフォルトは今起こっていることが手に取るようにわかると同情の姿勢を見せた。

「本体を使う研究は諦めたとだけ言っておこう……。猿菌の研究に勤しんでいるのだが、培養に成功するまでもう少しかかる」

「自分は構いませんが……ルーカス様には内緒にしたほうがいいです。絶対に……」

 自分だけ元の身体へ戻れないと知ったら、暴れるに決まっているからだ。

 そして、それは予想通りだった。

 デフォルトとバチコムの会話がたまたま聞こえたルーカスは「私の身体を無断で貸し出しただと!?」と怒り狂った。

「少しの期間だけだ」

「車検の代車じゃないんだぞ! 傷でもついていたらどうするつもりだ!」

「元の状態に戻してやれる。ここは癒やしの惑星バルだぞ」

「なにが癒やしだ。卑しい奴め。だいたい最初から怪しいと思っていたんだ」

 ルーカスが不平不満を言い出すと、卓也が「ちょっと」と割って入った。

「元はと言えば、僕らを売ったのはルーカスだろう? 被害者ヅラはないんじゃない」

「元はと言えば、君らが私を殺したから、この惑星に来る羽目になったんだ」

「元はと言えば、ルーカスがメタンタンクを適当なところに置いたから、方舟からレストで脱出する羽目になったんだ。元はと言えば、ルーカスが試験に落ちてレストへ逃げてきたから」

「ちょっとまった! 今度は私の――元はと言えば私の番だ。よって今の指摘は無効だ」

 ルーカスが声を張り上げると、それより大きな音量でバチコムの声がスピーカーから鳴り響いた。

「凄い!! ……ストレスが溜まると環境になると、速やかにそれに対処するホルモンが活性化する」

「つまりどういうこと?」

 卓也は意味がわからないと首を傾げた。

「免疫細胞の活性化だ。セロトニンが全身に運ばれたり、腸のセロトニンは脳まで運ばれないが、幸せホルモンの元となるトリプトファンが生成される」

「……つまりどういうこと?」

 卓也は全く同じ動作で首を傾げた。

「ルーカスは自分の中にアメとムチははない。アメだけだということだ」

「だから学習しないのか! 自分を甘やかしすぎてるから!」

「なにを言っている……。私ほど繊細な男はいない。トイレでも一つのマナーにこだわる男だぞ」

「トイレットペーパーはマナーじゃない」

 再び言い合いが始まりそうになったが、デフォルトも信じられないと言った表情をしていた。

「精神疾患の特効薬になるかも知れないということですか? ルーカス様の腸内細菌は」

「そういうことだ。うつ病ならば予防や症状の緩和が見込める」

 バチコムは他にも使える用途は様々あると、ざっとリストにして公開した。

「この病気が全部治るなら、ルーカスの身体を売っぱらえば、僕はレアメタル長者よりお金持ちになれる。お金持ちには美女が集まってくる。ワオ……ワオだ。これってワオだよ!」

 サクセスまでの甘い理想像に酔いしれる卓也だったが、ルーカスの心情はもっと違うものが湧いていた。

「私は嫌な予感しかしないぞ……」

「ちゃんといいところに売ってあげるから」

「そうではない。利用方法の話だ。君は遥か昔に地球でやっていた研究を知らんのかね。便の移植だ」

「まさか……宇宙暦のこの時代だぞ」

「腸内フローラ移植か腸内細菌叢移植と呼んだ方が抵抗がないと思うが、想像している通りのものだ」

「ルーカス……僕らはうんちを残して、この惑星を去ろう」

 卓也はこれ以上ルーカスの腸内環境に振り回されてたまるかと、この情報を悪用するのをやめた。ルーカスの腸内環境を移植することにより、徐々に思考が乗っ取られ、クローンが誕生したなんてバカ話も、ありえないとは言い切れない恐怖があるからだ。

「名言風に言うな。この体でどうトイレに行くというのだ」

「ルーカスのうんちが目的なら、元の身体へ戻してもらえばいい。菌があれば問題ないんだろう?」

 バチコムに確認を取ると、その通りだと返ってきた。

「どのみち数日ここに残ってもらうのには変わりない。元の身体へ戻った瞬間に催すことはない。食べて寝てと繰り返し、まあ同じことをするわけだ。元の身体で」

 卓也が「やったね」と片手を出すと、すかさずラバドーラがハイタッチした。

 卓也は元の身体へ戻ることで男として女性を口説く時間出来るし、ラバドーラも元の機械のボディに戻ることで、ここで完全に修理することが出来る。

 もう誰も他人の体でいる必要はなくなったのだった。

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