第二十一話
「さあ! 脱ぐんだ!」
卓也がラバドーラをベッドへ押し倒すと、慌てたデフォルトは倒れ込みながら二人の間に割って入った。
思春期を迎えたラバドーラを、卓也が誘惑しているような構図だったので、理由など聞いてる暇はなかった。
ただラバドーラが性欲に流されて間違いを犯さないように、奇声を上げて雰囲気を壊そうとしたのだが、そんなつもりがない二人は睨むような怪訝の視線をデフォルトへ向けていた。
「……どうやら早とちりのようですね」
まるで人間のように照れ隠しの咳払いをしたデフォルトは、紅潮する頬を隠すように手で押さえた。
「なにと早とちりしたんだ。地球人の身体に慣れ親しみすぎて、俗物に成り下がったか?」
「すみません……」
「本当だよ。宇宙一セクシーな女性(仮)がベッドで、男を押し倒したくらいなんだ。……なんて羨ましいんだ。今すぐ立場を交換したい。切実に……。一体どれだけ前世で徳を積んだら、こんなご褒美がもらえるわけ?」
「前世はアンドロイドだ」
「アンドロイドか……」
卓也のつぶやきは今からでも本気でアンドロイドになろうという口ぶりだった。
ここは癒やしの惑星バル。生命体だけではなく、アンドロイドにも癒やしというコンセプトのもと発展した商業惑星であり、アンドロイドの用のパーツが揃っていれば改造技術もある。
当然知的生命体用の緊急手術の場もあるので、本気で願えば知的生命体がアンドロイドがになることも可能だ。
デフォルトはまさかと思ったが、一応「卓也さんがアンドロイドになるのならば、そのセクシーな女性は消えることになりますよ」と伝えた。
「そうだった……忘れてたよ。この宇宙一セクシーな女性は僕だ。それとありがとう。褒めてくれて」
「どういたしまして」
「なにを呑気に脳みそが抜けた会話をしている……。まず馬乗りになってる卓也をどかせ」
ラバドーラが状態を起こすと、卓也は用事を思い出したとラバドーラからどいたのだが、現在のラバドーラの姿を見て驚愕していた。
「なんで人間の姿になってるわけ!?」
「いつものことだが……。相手が女以外だと、すぐに忘れる都合の良い脳みそをしている男だ」
ルーカスの呆れ声が卓也の手首からしていたので、ラバドーラは奪い取った。
「一体何があったんだ。説明しろ」
「それが人に物を尋ねる態度かね。だいたい私が知るか」
「わかった……」とラバドーラは数回深呼吸して覚悟を決めた。「頼む。なにがあったか教えてくれないか?」
「人に物を尋ねるどころか、話の聞き方も知らんとはな。知らんと言っているだろう」
ルーカスは嫌味なため息を落としすとともに、ラバドーラに無言で壁に投げつけられた。
「同じ目に会いたくなかったら言え。今すぐだ」
「言うより見たほうが早い。ぼくのあそこを見てくれ」
卓也が自分の下着に手をかけるより早く、ルーカスが「頭を殴ったほうが早い」という声が遠くから聞こえたので、ラバドーラはすぐさま実行した。
痛みにうずくまる卓也だが、顔を上げたときには冷静さを取り戻していた。
「そうだった……今はみんなヘンテコな体になってるんだった。でも、どうしよう……どうしてもラバドーラの元の身体が必要なんだ」
「Dr.バチコムに頼んでみますか? 知的生命体とは違い、アンドロイドの機械用ボディなら、いちいち解凍する必要もないでしょうし。連絡がつくまでの間、他のアンドロイドの話を聞いてみてはどうでしょうか? ここにいる方は皆さん優しいですから、質問に答えてくれると思いますよ。やはりストレスがないというのは、心にとても良い作用があるようですね。特に自然豊かな――卓也さん?」
デフォルトが目を閉じて惑星バルの素晴らしさを語っている僅かの間に、卓也はアンドロイドが集まる施設へと向かっていた。
「違う! これでもない! もう! どれだよ!」
卓也が汗を垂れ流しながらヒステリー気味に、陳列棚を散らかしていると、何事かと心配になったアンドロイドが助けを申し出てくれた。
「大丈夫ですか? この脚は十メートルまで伸びます。上に必要なものがある場合は、私を利用してください」
「一番エッチなボディを頼む!!!」
「パターン不明……。そのご要望にはお応えできません」
「わかるだろ? エッチだ! エッチなんだ! エッヂなんだよぉ!!!」
卓也が涙混じりに叫ぶと、アンドロイドはようやく事態を理解し、蛇腹状の脚を伸ばしてボディを一つ取った。
「これのことですか? とてもエッジが効いたボディです」
アンドロイドが持っている戦闘用のようなボディを見て、役に立たないアンドロイドを追い返した。
だが、デフォルトの言う通り、ここのアンドロイド達は親切なので、次から次へと困った卓也を助けようと手を貸すのが、そのどれも卓也が歓喜の声を上げるものではなかった。
地球人の身体に似たボディを探しているはずが、あれも違うこれも違うと言っている間に、理想の体型への追求へと変わってしまった。
胸の形は細部にまでこだわり、絶対に硬い素材のボディは認めない。関節の数は気にしないが、条件としてしなやかに動いてボディラインが強調されなければならない。
可動域が少ないと、胸を張ったりしなを作るということが出来ないので却下だ。
腰からお尻にかけての膨らみや、足の長さや細さ。指先に至るまでこだわっていると、一人の介護用アンドロイドが卓也の不満の中身を突き止めた。
「わかった。自分と同じ身体を探しているんだな。自分との違いや、同じ場所がどうなっているか不安になったんだろう」
「それだ! 君は天才だよ。ボディを見つけてくれたらもっと天才だけどね」
「簡単だ。体の特徴を入力すれば、勝手にドローンが運んでくれる」
「もっと早く教えてくれればよかったのに……」
「どんな身体を欲しがってるかわからなかったんだ。入力のしようがないだろう」
「君はアンドロイドで正解だよ。女性の瞳からなにをしてほしいか読み取る力がないと、宇宙一セクシーな男とは認められないよ」
卓也が勝ち気な笑みと強気な言葉を残したことにより、アンドロイド達は考える必要のないことを考えすぎてしまい。ショートを起こしてしまった。
そんなことはお構いなしと、お目当てのボディを手に入れた卓也は自分の部屋へと戻っていった。
「ほら見て、これが正しい女性の身体だよ」
卓也がボディをテーブルに置くと、ラバドーラは「これは機械の身体だ」とバカにした。
デフォルトは「どっちも正しいですね。機械で作られた女性の身体ですから」と助け舟を出したのだが、大事なのはここからなので卓也が乗っかることはなかった。
「見て」と服を脱ぎ捨てると、テーブルの上のボディと並んで立った。
「同じだと思いますが」
デフォルトは失礼のないように女性の顔に変えて、まじまじと卓也の身体を眺めた。
一見して同じように見える地球人のボディだ。手足は備え付けられていないが、両方とも付ける場所は肩口と足の付根だ。地球人と違ったとしても、近しい星人であることには間違いなかった。
「もっとよく見てよ」
「そう言われましても……内蔵はアンドロイドなので関係ないですし、機械の体は機械の体では?」
「君は童貞かい? 宇宙一セクシーな女性が目の前で裸になっているんだぞ? もっと隅々まで見るべきだ。なんなら論文にしたっていい」
卓也は八百屋のおやじのように景気よく手を叩くと、自分の体を見るように催促した。
「もしかして……高等霊長類のメスにおける生理的出血のことですか?」
「違う……いくら宇宙一セクシーな男だったとしても、元男だったとしても、その話題に触れる勇気はない。いいから見てよ。見れば一発だ」
卓也があまりにしつこいので、デフォルトは別室で卓也の身体を確認することにした。
「女になっても男でいても騒がしいやつだ……」
急に巻き込まれたラバドーラは、わずかに埃立つ部屋で咳払いをすると、手持ち無沙汰にルーカスに話しかけた。
「地球の女の騒がしさはアレの比にならん。女三人集まれば姦しいというが四人集まれば国を作り出す。独自の言語に独自の価値観。外交という名の文化の押しつけをしてくるぞ」
「なぜ同じ地球に住んでいて、性的対象の価値観がそこまで違うんだ」
「簡単だ。私はお利口さんであり、卓也くんはどうしようもないアホだからだ」
「利口というのは日本語で、アホは英語か?」
「どっちも日本語だ……。もっと勉強したまえ」
「じゃあ類語だな。私から見れば等しくアホだ。図鑑を作るのならまとめてアホの項目に入れる」
「図鑑を作れるほど地球人を知らんだろう」
「図鑑に載せられるほどのアホは知っている」
二人の不毛な会話が続くと思われたが、隣の部屋からデフォルトが出てきたことにより会話が途絶えた。
「大変なことがわかりました……卓也さんの身体は地球人のものではありませんでした」
深刻な表情のデフォルトだが、それにつられて他の三人の表情が暗くなることはなかった。
むしろ卓也は誇らしげに胸を張っていた。
「だから言っただろう。僕は女性の身体を間違えないの」
「わかりましたから、服を着てください。見せびらかしていると風邪を引きますよ」
「風邪は肌荒れの原因だからね」と卓也が服を着ている間に、ラバドーラは詳しい話をデフォルトから聞いた。
地球人とよく似た身体ではあるが、人工物だというのはデフォルトにもわかった。
つまり地球人に似せて作った身体だというのが正しい。
「なぜわざわざ地球人を作る? 生殖機能が備わってる星人だろう」
「なんとも……自分も地球人ではないので」
デフォルトはもっと詳しい説明を聞くために視線を向けたのだが、卓也は肩をすくめただけだった。
「性的に使われるアンドロイドも地球にはあったけどね。人はよりリアルを求めるようになっていった。銀河外生命体フェチも多いから、似せて作ることはないよ。むしろ地球人のフォルムから離れれば離れれほど人気なんだから」
「ということは……」
デフォルトはバチコムがなにか企んでいると思った。
しかし、その考えはすぐに本人によって訂正された。
「違う。その身体は正真正銘地球人の身体だ」
バチコムが音声で会話に参入すると、デフォルトは更に怪訝に眉をひそめた。
「聞いていたのですか……」
「元から監視してると伝えただろう。好転反応か拒否反応か、どちらにせよなにか起こるかもしれないからな。それより重要なのは、その身体は地球人のものだ。間違いない」
「どうしてそういい切れるのですか?」
「地球人がそう言ってるんだ。嘘だと思うか?」
バチコムが言う地球人とはルーカス達のことではない。自分のことだった。
惑星バルは銀河系の外れにある惑星。危険な小惑星群の中にあり、地球の宇宙船の技術では近寄ることは出来ない。
ではなぜ地球人のバチコムが惑星バルに到達できたか。
答えは到達ではなく漂着だったからだ。
宇宙暦が始まる以前の地球では、自意識のパニックが起こっていた。地球人以外の知的生命体とのアクションがあまりなかったので、価値観の崩壊が起こっていたのだ。
特に外見の差別はひどくなり、対の手脚を持つ直立二足歩 で頭が一つというのが、惑星外知的生命体への地求人の特徴としてしまった。
その結果起こったのが、島流しならぬ星流しだ。
地球人をわかりやすく外へ宣伝するために選別を行った。
地球人として弾かれた障害を持つ者たちがここへ漂着したのだ。
障害を持っていても、元は普通に働いていた者たちだ。銀河系ということもあり、地球と似た植物が生える惑星で知識を活かしてなんとか生き延びていた
しばらくすると他の惑星の宇宙船がやってきた。
彼らは様々なフォルムの異星人であり、誰も星流しにあった者たちを笑わなかった。
自分とは姿形が違うものを迫害するというのは、知的生命体の中ではかなり頭の悪い部類に入るからだ。
ここで星流しにあった者たちは、宇宙の自由さに気付いた。
宇宙に出れば自分達がスタンダードであり、地球に残った人間こそ古臭い考え方で宇宙暦についていけない者たちだと。
それが事実だと裏付けるように、様々な技術と知識を他惑星の星人達から教わり実践していった。
地球では出来ない実験も、学校の授業のように習うことができ、自分に合ったバリアフリー生活が出来るようになった。
その集合体が惑星バルと呼ばれるようになったのだった。
様々なバリアフリーは様々な星人に受け入れられた。
噂が噂を呼び、いつしかここには癒やしを求めて宇宙各地から知的生命体が集まるようになったのだと。
「――つまりそれらの身体は地球人のものだ。宇宙暦以前のだがな」
バチコムの話に嘘なかった。デフォルトの身体も卓也の身体も説明がつくからだ。
「悲しいお話ですね」
「そのことを踏まえて……言っておきたいことがある。聞く覚悟はあるか?」




