第二十話
「本当に隠し事はありませんか?」
デフォルトの真剣な眼差しに、ラバドーラは苛立ちの視線で返した。
「しつこいぞ。一体何だっていうんだ」
「いえ……その……」
性に目覚めたのならば話しておくことが山ほどあるが、杞憂ならばプライベートなことに土足で踏み込みこととなる。
気遣いタイプのデフォルトは、どうにかラバドーラから不安を口にしてほしかった。
これはデフォルトの良いところでもあるが、スペースワイドという多様性の考えから思い込みが激しさに繋がることも多い。
地球で多い。いらぬ心配というやつだ。
まだ起こってもいないことに心配になるが、起こってもいないから対処もできないという焦燥感。
ラバドーラもアンドロイドの時は、早期予測ということで先のことを計算することはあったが、根本の価値観が違うせいで、ラバドーラがデフォルトの気持ちを察するということはなかった。
気持ちのすれ違いから、二人は冷戦のように静かな喧嘩のような雰囲気になっていた。
「どう思うかね?」
ルーカスの声は卓也の腕からしていた。
些細な意地の張り合いから、どちらも腕時計をしないということになり、仕方なく卓也が装着することとなったのだ。
「おっぱいの形を保つには並々ならぬ苦労が必要だってことはわかった。僕ら男が力任せにこねていいのはうどんだけ」
「卓也君……君は一体なにを言っているのかね……」
「わかったよ。イタリアに限りパスタも認める」
「君は今女だ。いいかげん認めたまえ」
「まだその論争をするわけ? 今の時代女性を愛するのに男も女もないの」
一度は潜めていた卓也の奔放な恋心は、今再び燃え上がり始めていた。
理由は不明だが、オリンピックの採火式のように誰かが勝手に運んで点火したように、聖火が再び燃え上がったのだ。
「節操のなさは性別も超えるか……呆れてものも言えん」
「よく言うよ。散々文句を言ったから、言うことがなくなっただけだろう。愛だよ。愛による奇跡が。女性の体に男の本能を目覚めさせたの。もう少しかもしれない……色んな意味で金字塔を立てるよ。期待に膨らませててよ――胸を」
「胸も股間も膨らませてどうするつもりかね。展示品にでもなるつもりかね?」
「そっちこそ。いつの時代の地球人になるつもりさ。差別蔓延の時代なんて、ひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひい爺さんより前の時代だぞ」
「それだけ遡れば、どんなジジイでも体力不足でひいひい言う」
「考えが古いって言ってるの。今なんておっぱいを三つにする手術が流行ってるんだよ」
得意げになって流行りを話す卓也だが、ルーカスはその姿を滑稽だと言わんばかりに嘲笑った。
「君はいつまで最先端にいるつもりかね。宇宙の最先端は地球の時代遅れ。地球の流行りについていけない愚かな生物をなんと呼ぶか知っているかね? おじんだ」
「ちょっと待って……ちょっと……ちょっと待ってよ! 僕がおじんだって?」卓也は消え入りそうな絶望の淵からなんとか声を振り絞って叫んだ。「僕がおじさんってこと? 宇宙一セクシーな男だぞ? おじさんってどんな生き物か知ってる? おじさんって呼ばれないために男を強調しだす。男の――隠れ家。男の――手料理。それってどういうことかわかる? 自己宣告しないと男じゃなくておじさんって性別に思われるってこと」
「なにを慌てている。私のほうが年上だ。先におじさんになる。だが見たまえ。こんなに堂々としている」
「それってルーカスと同じおじさんってジャンルに括られるってことだろう? 僕は宇宙一セクシーな男だったんだぞ。ただのおじさんになれっていうのか?」
「ただのおじさんではない。セクハラおじさんだ」
「これってもしかして若返りのチャンス? 宇宙一セクシーな男の次は、宇宙一セクシーな女性になれってメッセージかも」
卓也は更衣室で脱ぐ必要のない下着まで脱ぐと、ルーカスに見せつけるように鏡に向かって腕を立てた。
「それをセクシーと言い張るつもりかね? それじゃあまるでポルノだ」
「そう思うならお金を払ってよね。でも、実際問題どう? もしも勝利の女神が具現化したら、今の僕のような姿だと思わない?」
卓也は全裸のまま次々グラビアポーズを取っていった。
「ハニートラップでも仕掛けるつもりかね。今どきアホな政治家でも食いつかんぞ」
「それでも食いつかせるのが宇宙一セクシーな女性ってわけ。待った……これって写真を撮っておいたほうがいいかな?」
「自分の体を自分で使うつもりかね? ナルシストを極めたな……。次のレベルは自分のクソで有機野菜を育て、満面の笑みで生産農家の顔写真を載せることだな」
「真面目な話だよ。宇宙一セクシーな女性部門に応募するには写真テストもあるし、動画テストもあるんだ。逆に考えれば今しかチャンスがない」
「なにを考えている……。同僚のポルノ動画を撮れというのかね。君はアホだ」
「男ならチャンスだと思えよ。さあ撮るんだ!」
卓也は男らしく腰に手を当てると、惜しげもなく裸体をさらした。
しかしルーカスの答えは頑なにノーだった。
「嫌に決まっているだろう」
「前から思ってたんだけど、ルーカスはどこか欠陥があるよ。普通はこの状況興奮するもんだ。怒りにじゃなく性的にね」
「私にだって人並に性欲はある。だが私に見合う女がいないそれだけだ」
「どっちがナルシストなんだか……。そんなんだから、たまに女で大失敗するんだ。ムカンドド星人と良い仲になったかと思えば、侮辱罪で連行寸前になるし」
「日本で言う握手が、ドド星で中指を立てる行為だと同じだと知っていれば、私だってしていない」
「惑星ビガでの出来事はどうだ? あの時もルーカスは急に女性に熱を上げて、勝手に方舟を担保に婚約指輪を買おうとしていた」
「惑星ビガでは婚約指輪という文化がなかった。だから未遂で終わったんだ。君と違って被害は出してない」
「わかったよ。認める。僕が悪かった」
卓也が負けを認めると、ルーカスは腕時計の中で鼻息を粗くした。
「そら見たことか、結局いつも私が正しい」
「本当だよ。写真撮って貰って良い?」
先程までごねていたルーカスはどこへやら、「早く負け犬の表情を晒したまえ」と急かし始めた。
卓也はルーカスの単純な性格を知っているので、一度負けを認めれば上機嫌で良いように使えることもわかっている。
普段使わないのは癪に障るからだ。
苛つく悪口もオマケでついてくるが、背に腹は代えられない。
下手に出てることで、腕時計型の端末のカメラ機能で裸体を撮っていた卓也だったが、次第に過激なポーズになっていた。
調子に乗ってあるポーズを撮った時。
ルーカスが「君の体はおかしい」と呟いたことにより、一気に現実に引き戻されてしまった。
「ちょっと……女性の体におかしいってセリフはないだろう。正解は当たり障りのないもの。素敵だね、キレイだね。時としてはエッチだねも有効だけど、使う場面は限られてる。上級者向けだ」
「頭もおかしいと言わせたいのかね。私がおかしいと言ったらおかしいのだ」
「ちょっと……僕より女体に詳しいつもりでいる? 悪いけど、僕は色んなフェチが集まるディベートで何度も優勝してるんだよ――何度もだ」
卓也の特技は誇れるものではないが、なによりも確かなのも事実だ。
こと女体においては、卓也が白といえば白だし黒といえば黒という、多少の暴挙でも説得力が出るレベル。
そのことはルーカスもわかっている。
だが、今回のことで言えばルーカスのほうが正しかった。
「見たまえ。データにアクセスしたが、どう考えても形がおかしい」
「データで女性を語りだしたら終わりだよ。男のデータの知識なんて、ベッドの上での女性のわがまま一つで消え去る。まさに惑星間交流だよ」
「私が言っているのはどう見ても人工物だという話だ」
ルーカスの言葉を聞いて、卓也は信じられないと言った驚愕の顔で自分の胸を鷲掴みにした。
「これは本物だよ。何百何千と揉んできたおっぱいだ。例え銀河が違っても、それがおっぱいなら僕はおっぱいを当てられる。いや、むしろ僕におっぱいを当ててほしい」
「私はだな――」と続けようとするルーカスだが、ヒートアップした卓也に話を遮られてしまった。
「だいたいルーカスはいつもそうなんだよ。『その鼻は天井から吊り上げているのか?』『そのまっ平らな顔に落書きたくなる気持はよく分かる。君の叶わない未来同様に、思う存分書きなぐりたまえ』『こんな日までトレーニングとは熱心な。なに? 違う? なんだ胸か。ゴムマリかと思ったぞ』他にも色々。ルーカスの差別的言と暴言は辞書に出来るほどある」
卓也が顔を真赤にして言い切るタイミングを見計らい、ルーカスはため息を挟んだ。
「私が言っているのは上でなく下だ。下の話をしている」
「この見事に張りのあるおっぱいじゃなくて、下に興味があるってわけ? 思春期の極みだね。これさっきのナルシストに対する言い返しね」
「いいから見てみたまえ」
「見てみろって自分のを? ちょっと……待った。なんで僕は自分の大事なところを確認してないんだ? 普通男なら一番最初に確認する場所だ。いや……ごめん間違い。上を確認する人もいるよね。だって手は二つ。おっぱいも二つ。指の関節はおっぱいを包むためにあるんだ」
「……いいから見てみたまえ」
ルーカスが余計なツッコミを入れず声色をほとんど変えずに言うと、卓也もおかしいと思い椅子に座り股を開いた。
すると、見たことない光景が広がっていた。
「わお……わおだよ……わお! わおだ! 驚いた。これが地球人のあそこだったら、僕は未だに童貞だったかも知れない。だってこんなの見たことないもん」
「だから言ったではないか……」
「どういうこと? 地球人の体じゃないってこと?」
卓也はどうにか自分の体を隅々まで肉眼で確認しようと、犬のように動き回っていた。
「私が知るか。ただ卓也君。君がおかしいと思うならやはり、その身体はおかしいのだ」
「でも、胸は本物だ。母性が目覚めれば母乳だって出せるはずだ」
「やめたまえ……君のいつもの思い込みは本当になるからな。主に女性関係だけだが」
「僕だって真剣に言ってるの。女性の身体だよ、真剣に考えるに決まってる。でも本当に上は女性のもの。下半身だけ違和感があるんだ」
「まさか本当に汚い金字塔を立てるつもりではないだろうな……。せめて私がスリープモードに入るまで待てないのかね」
「それだ! 立つだ! この感覚男なら誰でも経験するあのざわつきと一緒」
「下半身が男で上半身が女だということか? なんて君に都合の良いキメラ体系だ……」
「今ルーカスが言ってただろう。僕は女性とベッドを共にするためなら、思い込みでスペイン語も覚えられるくらいだ。最初の性欲がわかなかった期間。僕は女性になろうと思い込もうとしてたんだ。そして違和感に気付いた今。僕は再び男に戻ろうとしているのかも知れない」
卓也は更衣室にいる女性たちを見渡した。
「なにをしている……」
「しっ――僕は飢えたライオンだ。百獣の王に戻るための準備をしているんだ」
「それで下腹部の皮膚を突き破って出てくるわけかね。いいかね? さっきも言ったが、それは人工だ。あまりにも簡略化され過ぎている」
「ルーカスが言うと変態っぽいんだけど。細部にこだわるマニアって感じ……」
「君が全く興味を持たなかったのが答えではないのかね」
「確かに! でも……これどこかで見覚えがあるような……」
「まじまじと自分の股間を見るな……。間違ってもラバドーラ君に見せるなよ。言っていただろう一人四面楚歌の宇宙人が、やつは今思春期を迎えようとしていると。厄介だぞ」
「それだ! ラバドーラだ!」
卓也はあることを思い出すと、真実を確かめるためにラバドーラの元へと向かったのだった。




