第十二話
太いパイプがたくましいベースラインを奏で、細いパイプがきらびやかな高い音を響かせ、無色透明に輝く空気に振動という彩りをつける。
現在施設内では、まるでコンサートホールでオーケストラのリハーサルが行われているかのように、実に様々な音が鳴り響いていた。
音楽療法は特段珍しいものではないが、ここはロボットが療養に来る施設。音波を使うことはあっても、音色を奏でる必要はない。
不思議な演奏会が始まっている原因は卓也だ。
理想の女性形ロボットを作り上げた卓也は、反応の薄い周囲のロボットを煽り倒して、パーティー会場さながら盛り上げていた。
卓也以外はロボットなので、性的興奮を覚えたからではない。これは大変素晴らしい技術だと、誰もがパイプに空気を吹き込んで褒め称えているのだ。
ロボット工学の知識など一つも持ち合わせていない卓也が注目を浴びているのは、組み上げたロボットがありえない形態をしていたからだ。
頼りない関節は重いものを持ったら折れてしまいそうで、胸につけられた二つのクッションは重心のバランスを複雑にさせている。スラっと伸びた長い脚は使い道がわからず、どんな機能が備わっているかは謎だ。
ロボット達はそう思って卓也の行動を見守っていたのだ。
どう動くのかは全く未知数。ロボット工学の観点から見て、理解不能な構造をしているので、これが動けば宇宙の常識が変わるニュースになることだろう。
「いいかい? みんな……これが――容姿の大切さだ。むんむんまっは常識を超える。わかるね?」
卓也は街頭演説のように熱く語った。
ロボット達は卓也の言葉の真意を理解しようとして、賢明にデータ処理を重ねるが、恋愛や性といった情報は殆ど入力されていないので理解不能だった。データにないのだから当然だ。
卓也は「理解は後でするもの。そこまでこじつけるのが愛だ」と、理解に乏しいロボットに向かって理解できるまで演説を繰り返そうとするので、何事かと次々とロボットが集まってきては、データにないこの難問を解こうとした。
愛とはなにか、その愛を理解する意味とは。
今まで使うことのなかった感情を理解するという行為は、次々とデータ容量を圧迫していった。
人間のように喜怒哀楽の感情や感覚など、ロボットへ学習させるには感性情報処理が必要になるが、数値化されないものを理解するのはほぼ不可能に近い。
人間がよく言葉にする『好き・嫌い』という感情は、人それぞれの物差しにより作られた感情であり、理解するのは同じ人間であっても難しい。
心という不安定な振り子のようなものに左右されるのも感情なので、人一人を理解しようとすれば惑星サイズのコンピューターが必要になる。
知的生命体の感情を理解するというシステムを作るには、コスト、時間、成果。どの角度から考えてみても割り合わないものだ。
元から機能自体が備わっていないのだが、卓也があまりにも懇切丁寧に説明を続けるせいで、反復学習によりある一つの答えが出来てしまった。
それはとても汎用性のあるものだ。『思い込み』という答え。
実際は答えにならないものだが、自分の中では答えになってしまっているという状況。
これがどれだけ厄介な状況になってしまっているのかは、現実世界で考えたほうが早い。
一度思い込んだことは、なかなか違うと判断できない。一種の自己洗脳のような状況だ。
そして思い込みというものは、とても不安定なもの。
AIが自我に目覚めるのも時間の問題だった。
ロボット達は愛という感情を理解したつもりになり、それぞれパートナーを作り始めた。
このままでは自我に目覚めたAIがなにかしら問題を起こすのは確実だった。
しかし、それは杞憂に終わる。
ロボット達が誰も側へ寄ってこないことから、卓也がストップを掛けたのだ。
「ちょっと……みんな……どうしたのさ。宇宙一セクシーな男はここにいるんだよ。シンデレラしらないの? この側に合う女性形ロボットが一人くらい……」
卓也は周囲を確認すると、人型のロボットはほぼゼロだということに気がついた。
「そうだ……だからラバドーラを探してたんだ。こんなことやってる場合じゃない」
卓也はアホらしいとその場を後にしたのだが、すぐに戻ってくると、自分が組み立てたパーツだけのプラモデルロボットに向かって「自我を持ったら、宇宙一セクシーな男をよろしく」と囁いて消えていった。
そんな卓也のご満悦な表情を、ラバドーラは遠くから眺めていた。
ロボット達が騒ぎ出したのでなにかと思い、ラバドーラも騒動の流れに乗ってこの場所に来ていたのだ。
姿は合金の防護服に覆われているが、声で卓也だと気付いた。
恥ずべきことを恥だと思わずに、いつも通り大々的にアホなことをやっていると思い、他人のフリをしていたのだが、ふいに目的は卓也に会うことだと思い出し、のんきに揺れる背中を追いかけた。
ロボット達の隙間を抜けて卓也は歩いていく。
たまに足を止めては、ロボット達の不可思議なメンテナンス光景に目を奪われるが、女性ではないので長時間立ち止まることはない。
絶妙な距離から、一向に卓也とラバドーラの距離が近づくことはなかった。
ラバドーラは他のロボットに肩をぶつけながら歩いているが、卓也は自動移動用の床に乗っているのかと思うほどスイスイ進んでいく。
その様子は監視カメラの映像を取り組んだルーカスに見られていた。
「だから何度も言ってるではないか……。私の魂をだ……こんな餌をまいた鶏のごとく歩き回る男の体に入れようというのかね? 鶏ならまだ卵を生むが、奴が生むのは煩悩くらいだ」
「だから何度も言っているだろう。そうだと……。今まで何を聞いていたんだ」
バチコムは何度も、魂の移植には同じ惑星の体が理想だと説明していた。
魂の移植を成功させるには、同じ記憶を持った同じ惑星の体がいい。密室空間で過ごしてきた卓也の体とルーカスの魂は、特に相性が良いものだった。
なぜ断言できるのかというと、卓也が今までこなしてきたプログラムの結果から導き出したのだ。
デフォルトとラバドーラも同じようにプログラムの結果から判断されていた。
デフォルトは触手の数から考えると、魂を無事移植し終えたとしても、覚醒したときに混乱する可能性がある。
ラバドーラは機械の体なので、魂を移植したところでタブレット端末にいるのと変わりがない。
なにより、今まで散々マネキンとバカにしてきたボディに魂を寄せるつもりはなかった。
「そうだ! 他の惑星へ遠征しよう! 私に合った体が見つかるはずだ!!」
「この研究は秘密裏に行われているとわかっているのか?」
「秘密過ぎて誰も知らんではないか。いっそ大々的に知らしめたまえ。この私の魂の受け皿となるのだ。忙しくなるぞ」
「……本当に暗号を解いたのか?」
バチコムはあまりにも頭が悪いルーカスの言動に、連れてくる人材を間違えたかと思い始めていた。
ローテクとハイテク。両方の技術に精通していなければ、隠しファイルに書かれたこの惑星へたどり着いても、信号が送られることはない。
ルーカスの存在はバチコムにとって選ばれし者になる予定だった。
「そうだと言っているだろう。優秀で頭脳明晰な私だからこそ。三バカの行動を予測し、鉢合わせないよう計画を立てているのだ。私でなければ、こううまくはいかん」
「確かに……行動心理学には詳しいようだ。だが、器にしない人物を調べ上げても意味がない」
「ならば器になる人物をあぶり出せばいいのだ」
ルーカスがバチコムと悪巧みをしている頃。
ラバドーラはまだ卓也と合流出来ずにいた。
大声を出しても機械の駆動音にかき消され、目の前にいるロボットを押し倒してドミノ倒しのようにして行動を奪おうとしても、踊るように雪崩をすり抜けていく。
まるで最初からこうなることが決まっていたかのよう。一つしかない答えへと向かっているようだった。
いったいどうすればパターンから外れることが出来るのか。ラバドーラはいくつも予測し、いくつかの答えを出した。
しかしその答えは、次に思い浮かんだシンプルでバカげた――それでいて効果的な考えに吹き飛ばされることとなった。
女性の姿を投影すればいい。答えは実に簡単なものだった。
いつもは卓也が女性とお近づきになろうとすると、そこから騒動が生まれる。それは新しい惑星で出会った別の星の女性でも、ラバドーラが自身の真っ白なボディに女性の姿を投影するのも同じだ。
早速ラバドーラは保存されているデータから、適当に組み合わせて女性の姿を投影すると、池に餌を投げ入れられた空腹の鯉の如く、卓也がパッとくっついた。
二人がくっつくことにより、パターンから外れたことが証明された。
卓也が女性限定に発揮する予測不可能な行動を逆に利用したのだった。
「まさか油と金属の世界に、君のような柔らかさを持った女性と出会えるだなんて……」
声を大きくする卓也に、ラバドーラは静かにするようジェスチャーした。
「バカ……私だ」
「知ってる。前に会ってるハズだ。じゃなければ、心臓が運命だよってノックをして教えてこない。ほら」
卓也はラバドーラの腕を掴むと、自分の胸に当てて高鳴る鼓動を聞かせた。
「だから私だ……」
ラバドーラは顔の一部の投影をやめると、真っ白なマネキンの顔を近づけた。
「ちょっと……その変身の解き方はホラーだよ。顔が硫酸で溶けてるみたいだった……」
女性の姿にすっかり油断していた卓也は、目の前で高解像度の映像が崩れていくのを見て、恐怖に身震いしていた。
「そんなことよりデフォルトを見たか?」
「見てないよ。知ってる? ここって宇宙一セクシーな男をてんで無視。もしかしたら銀河系によく似た銀河かも。パラレルワールドとか」
卓也が大真面目で言うと、ラバドーラは一瞬その可能性を考えたが、ここが銀河系でも銀河系によく似た惑星でも、目下の目的に関係はなかった。
「仕方がない……とりあえず二人分の情報を合わせるぞ」
ラバドーラは卓也を施設のすみへ引っ張っていくと、これまで感じた違和感を話すように言った。
しかし、卓也から返ってきたのは「いや」という子供みたいな短い否定の言葉だった。
「あのなぁ……この惑星が少しおかしいことは気付いているだろう? 二人の意見を合わせて答えを出していくんだ」
「いや」
頑なに首を横に振る卓也をラバドーラは「何を考えている……」と睨みつけた。
「それはこっちのセリフだよ。太眉、巻き髪、豊満な肉体。絶対口調はですわじゃないと」
卓也は投影されているラバドーラの姿を見ながら言った。
「なにを言ってる……」
ラバドーラは声を低くした。
「またそれだ! 女の子はドスの利いた声なんかで脅さない。女の子は笑顔とよそ行きの高い声で脅してくるんだ。ほら、ママが電話してる時みたいな声があるだろう。あの声だ」
卓也は他にも女性がどんなに素晴らしく、刺激的で美しいかを雄弁に述べたが、ラバドーラがまともに取り合うはずもなかった。
「生きてここから脱出したからここにいろ。まだ別の女を抱くつもりならばついてこい」
ラバドーラはわかったなと念を押すと、背を向けて歩き出した。
施設の出入り口まで歩くが、卓也がついてきてないことに気付くと、苛立ちを隠すことなく不機嫌な足音を立てながら戻った。
「ついてこいって言っただろう……」
「でも、僕は返事してない」
「わかった……」とラバドーラは観念した。「ついてきて……あっちへ行くわよ」
「ほら、遅いよ! こっちだ! 僕についてきて」
ラバドーラが音声を女性らしいものに変更して喋ると、卓也は待ってましたと言わんばかりに、張り切って先頭を歩き出したのだった。
「……そうね」とラバドーラは処理できないものを諦めると「今行くわ」と卓也の後を続いた。
「ところで名前は?」
「次ふざけたこと言うと、溶接してそのパワースーツから一生出れなくしてやるわよ」
ラバドーラは女性の声色のまま脅しを入れると、とても美しい笑みを浮かべて施設を出ていった。
「わお……美人の脅しってどうして、こう……くるんだろう。たまんないね」
卓也はラバドーラの肩を馴れ馴れしく組むと、どうにかデートの約束を取り付けようと矢継ぎ早に話題を提供したのだった。




