第十一話
「コレより先は有害な電磁波が発生しているため。生命体の侵入を禁止しています」
アンドロイド専用施設の入り口で、卓也は警備ロボットにより侵入を止められていた。
「実は僕……ロボットなんだ。ここだけの話だよ。宇宙一セクシーな男がロボットだなんて……ショックを受ける子も多いと思うからね。これは僕のトップシークレットだ。意味はわかるね? それじゃあ」
卓也が片手を上げてドアに近づこうとすると、パチパチと空気が焦げる音が聞こえてきた。
風に舞った葉が一枚。自動ドアに吸い込まれるように流れていったが、電磁波により葉の水分が蒸発し、焦げる音が鳴ったのだ。
人間の体ほどの水分が同じようになったらと考えると冷や汗ものだ。
だが、それで怯むような卓也ではなかった。どうにか中にはいれないかと食い下がった。
「電磁波って機械にも有害だろう? どうなってるのさ」
「ほとんどは合金のボディで無効化しているはずです。一部の有機生命体はエネルギーのバリアを貼ることもありますが、わざわざこの施設で使用する人はいません」
「わざわざする変わり者もいるだろう? 鍵がついてるのに興奮する悪い子とか」
卓也はだらしなく口元をにやけさせて聞くが、警備ロボットは淡々とした音声で返すだけだった。
「キーロックは安全のため、全てこちらで管理させていただいております」
「わかったよ……。クレーマー対応モードに入ったってことね。何度も体験したからすぐわかる」
応答だけの会話になった警備ロボット。これ以上話しかけ続けると、拘束能力を持ったロボットが応援に駆けつけるのは決まり事だ。
そう自信を持って言えるほど、卓也は過去に何度も警備ロボットのお世話になっていた。
このまま警備ロボに当たり散らかしていると危険なので、渋々退散することにした。
一方その頃。卓也に探されていたラバドーラはデフォルトのことを探していた。
高低温や砂嵐、急な電磁波変化など、様々な環境における合金ボディのテストを受けていたところ、他の船では必要のない不測の事態におけることを思い出したのだ。
普通の宇宙船ならば問題のない合金ボディでも、ルーカスと卓也が存在している特殊な環境となれば話は別だった。
ボディのテストは身近な環境に近ければ近いほど良い。
ここでやっと三人のことを思い出し、話し合おうという結論に至ったのだが、卓也とデフォルト同様に、会おうと思っても二人の姿を見つけることはできなかった。
右往左往する二人と違うところ。それはラバドーラが犯罪に手を染めるのに躊躇がないことだ。
殺人や誘拐などは目をつけられるので、さすがにもう手を染めることはないが、ハッキングやジャミング行為などは日常的に行っている。
今回も入星時に渡された端末にハッキングし、二人居場所を割り出そうとした。
まず卓也を発見したラバドーラは、薄着で外気浴をするというプログラムに参加しているのを見て、相変わらず何を考えているのかと呆れながらも会いに行ったが、そこに卓也の姿はなかった。
すぐにおかしいと思ったのだが、同時にIDの隠し番号が必要なことに気付いた。
再びハッキングし直し、今度はデフォルトの居場所を突き止めようとしたのだが、結果は同じだった。
いるはずの場所にいない。これはなにかしら情報操作されている可能性があった。
健康状態は弱みにもなるので、惑星管理者が情報保護に慎重なのは納得がいくが、元々のクルーと顔を合わさないための配慮がされているのに納得がいかなかった。
クルーとの顔合わせは禁止。そんな規約にサインした覚えもなければ、規約を読んだ覚えもない。
別の力が働いていることは確かだ。
だが、目的はなにかはわからない。おそらく自分達だけではなく、この惑星に入星した知的生命体、ロボット、アンドロイド。その全てに同じ処置がされていると思われるが、目的は不明だった。
かつての犯罪組織のように、惑星ぐるみで誘拐をしている可能性もあるが、惑星バルはそういった問題を起こしていない。
銀河系の連合警察も疲れを癒やしに来る惑星なので、些細な犯罪でも見逃すことはないのだ。
だからこそラバドーラには『なぜ』という疑問が泉のように湧いてくるのだった。
なぜ単体行動を仕向けるようなプログラムなのか、なぜクルー以外との顔合わせは禁止になっていないのか、なぜ今まで連絡を取ろうとしなかったのか。
考えれば考えるほど疑問が積み上がっていく。そして、それを解決するには誰かに会って話す必要があった。
ラバドーラはデフォルトも今回のことに気付いてると当たりをつけて、デフォルトが自ら考え行動パターンを変更したと仮定した。
自分はその行動パターンを先読み移動する。
普段ならばデフォルトと合流できるパターンだったのだが、今回は都合良くいかなかった。
顔を合わせるどころか、誰かがいた痕跡すら見つからなかった。
惑星バルのセキュリティに完全敗北した。という考えが思い浮かんだラバドーラは、焦燥感からいても経ってもいられなくなり、部屋にこもってセキュリティを突破する方法を思案しはじめた。
ラバドーラが部屋にこもることで、本来ならば卓也とデフォルトのどちらかと顔を合わせるはずなのだが、今回はそれぞれがそれぞれを探すのに施設内を右往左往しているので、部屋に戻ってくることはなかった。
三人の行動が思い通りにいかないのは一つの原因があった。
「見たかね。私にかかればバカの行動パターンなど、鼻くそをほじりながらでもわかる。なんなら鼻くそこねくり回して城だって作って見せる」
ルーカスはモニターに映し出された三人姿をそれぞれ指すと、如何にバカで単細胞でワンパターンで自分より劣るのかの説明を始めた。
「手伝いの申し出はありがたいが……。こっちの好きにさせてくれ……」
タブレット端末に入ったルーカスの隣りにいるのは、背中から大きな腕が一本生えた星人で、指の数は長短合わせて三十本ある。それを器用に使って、視覚で確認することなく真後ろのコンピュータをいじっていた。
「当然。この私……船長の言うことはなんでも聞く所存であります!!」
ルーカスはタブレット端末の中でご満悦の笑みを口元に浮かべ、大げさな動作で敬礼した。
「まったく……変なのを拾ってしまった……」
ルーカスの隣でうなだれている男は『Dr.バチコム』という名前の者であり、この施設の研究者兼技術者だ。
バチコムがルーカスと知り合った経緯は、ルーカスが暗号を解読したからだ。
そもそも惑星バルに来ることとなった理由は、隠しファイルを見つけ、そこに惑星バルへのログがあったことによる。
つまり卓也が見つけた装置の設計者ということだ。
隠しファイルを見つけたことにより、ルーカスはずっと微弱な信号を送り続けるようになっており、惑星バルでその信号をキャッチしたバチコムがこっそり別室へと運び込んだのだった。
その別室がバチコムの研究室であり、そこからルーカスが指示をしていたことにより、三人の行動が一致しなかったのだ。
「次に卓也は、もう一度アンドロイド向けの施設に向かうはず。そこで! そこで!! 水音が聞こえるようなプログラムを指示すれば、花に吸い寄せられる蝶のよう。それもうチューチューってなもんのだ。赤子のおもちゃのほうが、まだパターンが多い」
ルーカスがごますりモードに入っているのには理由があった。
「そんなに新しい体が欲しいのか?」
「それはもう当然であります!! しかしながらあの三人を見てたまえ……。チビと触手とアンドロイド。私の魂の器に相応しくない」
「同じ時間を過ごしてきた体が一番合致する。自分の体をなくしたのならば、仲間の体が次の候補に上がる。だがな……。まぁ……被検体は山ほどいる。これはどうだ? 同じ二足歩行の知的生命体だ」
限りなく人間に近い毛むくじゃらの星人を見たルーカスは不機嫌に眉をひそめた。
「私をゴリラもどきにするつもりかね……」
「そうだな……。バッツ星人は知能が高い。そんな器に魂を入れるのは酷かもしれないな」
バチコムが入星者の中からルーカスの知能に合った別のターゲットを探そうとするが、ルーカスが腕を掴んでコンピュータの操作をやめさせた。
「あのゴリラにするぞ……」
「彼はもうプログラムに参加した。もう無理だ。反応が遅い」
「遅いだと……一言でも私に意見を求めかね?」
「求めたぞ。余計な雑談が一つ入ったじゃないか。繊細なシステムなんだ。一秒以下の判断が必要になるほどのな」
「役に立たんな……。その『ライフバグ』システムとやらは……」
「これから役に立つシステムがライフバグだ」
ライフバグとは命を入れ替えることにより、寿命の概念を変える考えだ。
ゾウやネズミの寿命は違う。
そんな二つの魂を入れ替えたらどうなるかというと、寿命の矛盾が生まれる。
魂というものをデータ化することにより、使われなかった分の寿命をつかい、新たな生命を生み出す、または命を増やす可能性を探っているのがバチコムの研究だった。
そんな考えをルーカスが理解できるはずもなく、ただ新しい体を貰えるというだけで尻尾を振ったのだった。
「命を増やすだと? まるでアクションゲームの自機数ではないか……」
「嫌ならいい。それを悩むのも自由だ。ここは癒やしの惑星バル。ストレスがなくなった者が、生き方を変えるのも珍しくない。一人忽然と消えるのも、宇宙ではよくある話だ」
バチコムはライフバグの研究のために、療養に訪れた星人を使って実験しているのだった。
癒やしの惑星バルで行われている究極のリラックスとは、魂の剥離を目的としたものなのだ。
VR世界のように多がりな装置を使わなくとも意識を遠のかせ、クリーンな魂のデータを保存しようとしている。
幸いまだライフバグのシステムが完成していないので、犠牲者はゼロのままだ。
ちょうどよく体を欲しがるルーカスが現れたことにより、最初の犠牲者はデフォルトの予定だった。
その次は卓也。そして、ラバドーラ。
しかし、ルーカスが口を挟んでわがままを通したことにより、三人は観察対象になってしまったので、今まで鉢合わせることがなかった。
屈辱だが、三人ともルーカスに行動パターンを完全に読まれてしまっていたのだ。
これも普段ならこうはいかない。たまたまタブレット端末にいたので、いつもより情報処理が早くなっていたからだ。
「とにかく、あの三人はなしだ」
「クルーに情が湧くのは当たり前のことだ」
「チビとタコとロボだぞ。私に合う器ではない」
大真面目に言ってのけるルーカスを、バチコムはなんとも言えない目で見ていた。
大言壮語とも思えるが、根拠のない自信とは思えない気概を感じる。
まるで賭けのカードを配られたかのような、妙な緊張感に襲われた。
そんなルーカスのただのわがままにバチコムが翻弄されている頃。
卓也はアンドロイドとロボット専用の施設に侵入成功していた。
「ワタシ ノ ナマエ ハ Aノ129353番。……なんちって」
卓也はロボットのパーツを防護服のように着ることで、電磁波の問題をクリアしたのだ。
もちろん卓也にそんな技術も知識もないので、誰かが作っていた途中のものを勝手に失敬したのだ。
これは軟体の星人が着るパワースーツなのだが、ちょうど地球人の両手両足の形と一致したのだ。卓也の背が低いこともあって、小さなスーツを難なく着ることができた。
これで施設の中にいるラバドーラを探せるのだが、すっかり卓也の目的はすり替わっていた。
「わお……大人のおもちゃデパートって感じ」
卓也が手に持っているのはアンドロイド用の胸のカバーだ。真っ平らなものから哺乳類のように湾曲に膨らんだもの。
ゴム毬のような硬さから、マシュマロのような柔らかさまで、様々なパーツが自由に使えた。
「これって……」と言いながら手に取ったは脚のパーツ。これも長さから太さ感触まで何百という種類があった。
「わかったよ……わかった。そういうことなんだろう?」卓也は天井を見上げると、そこに監視者がいるのがわかっているかのような態度でため息をついた。「僕に女神を作れっていうんだな。この神の横に立つのにピッタリの女神を」
卓也は自分の胸に手を当てると、子供がクリスマス前にデパートのおもちゃ売り場にいるかのように、うっとりとした顔で息を吐いた。
そして理想の女性形ロボットを作るために奔走するのだった。




