第八話
驚くことに、ルーカスが作り出したアンチウイルスファイルによって、隔離されていたマニュアルのウイルスは完全に除去された。
更には、他のウイルスにも効果を示していた。
「驚いたな……バカにこんな使い道があるとはな」
ラバドーラは次から次へとウイルスを食べているルーカスを、呆れだけではない複雑な感情で眺めていた。
実際には内部で処理してるだけであり、ウイルスを食べている訳ではない。
突然降って湧いた特技に得意なったルーカスが、わかりやすいように映像化してるだけだ。
まるで大食い番組のフードファイターのように、次から次へと皿に乗ったウイルスを平らげていく。
宇宙に流れる回遊電磁波にはウイルスも紛れ込んでいる。
送風機のフィルターに埃が溜まるかのごとく、ウイルスも溜まっていたのだ。
「その都度削除できればよかったのですが……。どんな情報でも欲しい状況だったので。ですが、これで仕分けできますね。ルーカス様のおかげです」
一度ルーカスを通すことによりデータの浄化は完全に完了するので、型の古いアンチウイルスソフトを挟むよりも早く駆除することが出来る。
回遊電磁波とはデータの断片集まりなので、ウイルス自体が活動停止なっているものある。
ルーカスというフィルターはとても優秀だった。
だが、褒められた当のルーカスは「バカらしい……」と呆れ果てていた。
「冗談やおだてで言っているわけではありませんよ。本当に素晴らしいことだと思っています」
「努力があってこその結果だ。私という個がいかに素晴らしかろうが、私がパイロットにならなければなんの意味もない」
「そういえば……ルーカス様は無駄な努力がお好きでしたね」
「宇宙船のパイロットというのは花形だ。皆が尊敬の視線を向ける」
「その分やっかみも多いと思いますが」
「それこそ私が浴びたい視線だ。無能だろうが有能だろうが、目でしか訴えることが出来ない状況。それこそが服従の証だ。いくら吠えても無力なのは、私の数々の経験が物語っている」
「それは水道システムを故障させてトイレに閉じ込めたり、明らかに有利な状況から断れない命令を出すことですか?」
ルーカスが過去にやってきたことはデフォルトも把握しているので、歪んだ思想は容易に想像付いた。
「相手が頷くしかない状況で攻めるのは常套手段だ」
「常套手段っていうのは工夫がないという意味だぞ。今住んでる機械で調べたらどうだ」
ラバドーラの嫌味な物言いに、ルーカスは鼻で笑って返した。
「言っただろう。吠えても無力だ」
「無力はそっちだろう。牢に閉じ込められてるようなものだぞ。前科百犯くらいか?」
「言っていたまえ。この状況を傍から見たらどうだ? 私は何もせずだ」
「役立たずだからな」
「トップは動かんものだ。いつでも動くのは下っ端。犯罪組織でも、機械惑星でもそうだったろう。つまり、ラバドーラ君。君は自ら進んで無能だと宣言しているようなものだ」
「そっちもウイルス処理をしてるだろう」
「私は食べているだけだ。上司と部下。素晴らしい関係だと思わんかね? 私の食事中、君は汗と泥にまみれるわけだ。想像するだけで実に気分がいいぞ」
「私はアンドロイドだぞ。汗はかかない」
「その程度の反論かね」
ルーカスがタブレット端末の画面で嫌味ったらしく頭を振ると、とうとうラバドーラの堪忍袋の緒が切れた。
「わかった……。私もなにもしない」
ラバドーラは解析中のマニュアルを放り出すと、腕を組んで不動の姿勢を見せた。
困ったデフォルトが仲を取り持とうとするが、意固地になったラバドーラが再びマニュアル解析に意欲を見せることはなかった。
代わりに「貸したまえ」としゃしゃり出てきたのはルーカスだ。
放り投げたラバドーラの代わりに自分がマニュアルを解析することで、今後優位に立とうとしているのだった。
幼稚園児に資格の参考書を見せるようなものなので、ルーカスに頼ったところでなんの意味もないのだが、この場が一旦収まればと、デフォルトはマニュアルのコピーを渡した。
「なるほど」とルーカスがつぶやくと「まだなにもコードを見ていないだろう」とラバドーラが口を挟んだ。
「なにか文句でもあるのかね? 私は君が諦めた事案を解決してやってるのだぞ」
「問題がないから見つからないんだ。こっちは自我が芽生えた時からこっちの世界で生きてるんだ。着眼点が変わったところで、なにか変化が起こるものか」
ラバドーラはルーカスを侮っているが、それは全宇宙の知的生命体の九割が同じことだ。
なので、ルーカスが隠しファイルに気付いたのは全員が予想外のことだった。
ルーカスのアンチウイルス機能が働いたことにより、隠しファイルが発見され、そこにはメッセージが書かれていた。
内容は『人生に飽きた方。人生を諦めた方。第二の人生を楽しみませんか?』という謳い文句の、いわばバイトの募集のような内容だった。
「手の込んだウイルスですね……。害はなさそうなので、暇人が作ったウイルスかと。多いんですよね。宇宙に出たばかりの技術者が、腕試し代わりにウイルスを作るんです。大抵は無意味、無害に終わるのですが、レベルの低いウイルスだと消されずに残る場合があるんですよ」
「つまり私のセンサーが敏感に感じ取ったというわけだな」
ルーカスが誇らしげに言うと、ラバドーラが「いっちょ前に性感帯機能でもつけたつもりか?」と水を差した。
「おや? なにか聞こえたかね?」
ルーカスが嫌味に聞くと、デフォルトは黙って顔を横に振った。
「いや、確かに聞こえたぞ。犬の鳴き声だ。私くらいまでになると犬種まで当てられる。いいかね?……このワンワンとうるさい鳴き声は――負け犬だ」
「なにを言ってる」
「どれだけ偉そうに講釈を垂れ流したところで、君が見逃したウイルスを私が見つけた事実は変わりない」
「いいか? 見つけるのはウイルスじゃない。情報だ」
ラバドーラの言うことは尤もなのだが、二人が言い合っている最中にデフォルトが解析したところ、メッセージを隠した本人だと思われるログが残されていた。
ログを入力し、座標を確かめると、惑星への航路が開けたのだった。
宇宙の犯罪組織が同士を集める時に使う暗号であり、あえて情報を隠すためにローテクニックを使うこともある。
その技術が使われているとデフォルトが指摘すると、渋々ラバドーラもその事実を受け入れた。
「別に犯罪者の技術が使われたからと言って、高い技術の知的生命体と出会えるわけではないぞ……」
「隠蔽するべき情報がある場所なのは確かです。ウイルスが情報手段に使われているのが前提の話になりますが……」
言いながらデフォルトが視線を向けたのはラバドーラだ。
かつて犯罪組織を率いていたラバドーラ。犯罪の手口、特に違法な伝達手段となれば一番詳しい。
誤魔化しの言葉が出てくることなく、確率の一つして肯定した。
「見たかね? 今アンドロイドが負けを認めたぞ。あんなに大きな頷きは、ロックフェスのヘッドバンキングし過ぎて運ばれたバカを見て以来だ」
「一つの可能性としてだ。その可能性は何億通りもある」
「では聞くが、その何億通りの内――ラバドーラ君。君はいくつ可能性を見つけたのかね」
「見つけるのは簡単だ。見つける気がなかっただけだからな」
そうラバドーラが大口を叩いてから数時間が経った。
ルーカスも既に飽きて、タブレット端末に入っていたアプリで遊んでいた。
「そうか! わかったぞ!」
ラバドーラが嬉々として声を上げるが、ルーカスの声色は不機嫌に低いものだった。
「君はなにもわかってはおらん。……なぜ私はキング一つのコンピュータにチェスで負けなければならないのだ……。不正をしたとしか思えん。コンピュータのくせにコードをいじるつもりか?」
「いいから見ろ」
「いいや……ここから動かんぞ。このままアプリを起動しておけば、一生引き分けだからな。充電切れは引き分けがルールだ」
「いいから見ろ。これが私にウイルスを入れた状態だ」ラバドーラは自らにウイルスを侵入させると、すぐに駆除した。「すぐに駆除される。隠しファイルも一緒にな。だが、ルーカスのタブレット端末に入れると情報が残る。つまりバカを食い物にする暗号だ。程度の低い知的生命体が、格下の弱者に使うよくある手だ」
「ほう……AIは目覚めた自我をそうやって制御するのかね。下に下をつくり意味もない安心感を得るとは、まるで地球人じゃないか。そのうち発情でもするつもりかね」
「そうだな……新たな感情に目覚めてみるのも悪くないかもしれない」
そういうとラバドーラはルーカスのタブレット端末の電源を落とした。
「そういうことすると後で大変なことになりますよ……」
これでルーカスの愚痴を数時間聞くことが確定したとデフォルトはため息を落とした。
「今大変なことになる方が問題だ。門前払いは困るからな」
ローテクはハイテクの隠れ蓑になるので、ラバドーラも魂のデータ移動ができる環境に興味が湧いていた。
ルーカスがメインになったレストは、宇宙中の詐欺師のカモだ。
油断したところで、自分達が制圧すれば惑星を――その技術を乗っ取れると考えていた。
ハッキングはラバドーラの得意分野でもある。
成功の確率を出せるほどの情報はないが、失敗の確率を導き出せるほど無能ではない。
少なくとも自分よりも技術面は劣ると判断していた。
「その考えは危険ではないですか? 侵略意識は揉め事の火種になりますよ」
「別に技術を悪用するつもりはない。理解しておきたいだけだ」
「その考えは同じですが……」途中までゴネていたデフォルトだが、電源の切れたタブレット端末に目を向けると「話はする価値はありますね」とログの惑星へと向かうことに決めた。
ルーカスは電源の切れたタブレット端末の中。卓也は無気力。
宇宙の移動を邪魔する二人はいないので、レストは順調に惑星へと向かっていたのだが、途中で異変に気付いた。
やたら宇宙船の数が多いのだ。
最初は一つ二つ増えた程度だったのだが、いつの間にかレストを囲むようにいくつも存在していた。
攻撃の意思もなく、交信の意思もない。目的地が同じらしく同じスピードで宇宙を進んでいる。
もうワープするほどの距離もないというのも理由だが、周辺の銀河帯が宇宙船による混雑でワープ機能が制限されていた。
「観光惑星か?」
ラバドーラは一向に進まないレストの中でイライラしていた。
「不明です……。ですが、自分達の思惑とは外れすぎていましたね」
周囲は高性能宇宙船ばかり。
欲している技術はないかもしれないが、これだけ宇宙船がいるならばデフォルトも安心していた。
そして、デフォルトを更に安心させるように、ラバドーラを更にイラつかせるように、レストに通信が入った。
今向かっている惑星は『癒しの惑星バル』であり、銀河各地から療養にくる場所だ。
「どうしてこうなった……。全員があの隠しファイルを見つけたっていうのか?」
「そうかも知れませんし。情報が古すぎたのかもしれません。いつの時代のデータかわからないのが宇宙ですから」
「全員が療養に来てるとでもいうのか?」
「戦艦が多いですしそうでしょうね。ルーカス様は時間がかかりそうですが、卓也さんの無気力は治りそうですね。ちょうどいい精神療養になりそうです」
デフォルトは惑星から入星審査のデータを受け取ると、必要時効を記入し始めた。
もちろんお金使う類の惑星ではあるが、料金はピンからキリまで。この惑星に辿り着い生命体は、等しく療養を受け、癒やされる権利があるのだ。
デフォルト達は貧乏なので、部屋は四人で一部屋。
だが、ベッドを必要としない二人がいるので、大寝屋を取る必要がない。
少しだけランクの高い二人部屋が、今日からしばらくの居場所になった。
金属ではない床の感触に触れると、デフォルトは倒れるようにベッドに座り込んだ。
「船で生まれ育った自分にとって、この瞬間が一番外に出たなという気がしますよ。宇宙船は基本的になんでも硬さを持ってますからね。どうですか? 卓也さん――卓也さん!?」
デフォルトは先ほど引きずって運んできた卓也を見たのだが、寝かせたはずのベッドに卓也の姿はなかった。




