第六話
「デフォルト……。僕は愛の虚しさを知ったよ……。きっと儚いからこそ……人は何度も愛を求めるんだろうね」
どんどん小さくなっていく惑星ムル。卓也は憂いの表情で窓から眺めていたが、ため息を吐き切る頃にはムルは完全に見えなくなってしまった。
「卓也さん……宇宙ネズミと同じことをしてますよ。好き勝手に種を増やす行為は、やがて駆逐される運命にあります」
「僕のせいじゃない……。誘ってきたのは向こうだ。僕だって騙されたの」
デフォルトは「いいですか……」といつもの調子で切り出すと「監禁され、ずっと利用されることもあるんですよ」と忠告した。
卓也に惑星での出来事を説明されたデフォルトは、もう少しでまた大騒動になるところだったと、終わったことに対して冷や汗をかいていた。
「それってある意味男の夢じゃない?」
「家畜を育てる工場で一生を終えるのが夢なら……それでいいと思います。地球で家畜がどういう扱いを受けていたかはわかりませんが、知的生命体としては扱われてはいないでしょう。夢が悪夢かどうかは考えなくてもわかると思いますが……」
ムルでの性行為はなんの意味もないものだとデフォルトは説明した。
卓也の口から聞いた話なので信頼度は低いが、死にゆく惑星なのは間違いない。
それがすぐなのか、百年後なのかはわからないが、この世代の知的生命体は絶滅するだろう。
一人無気力から目覚めた女性が歴史を動かす可能性は否定できないが、無限の宇宙に比べればゴマ粒より小さい惑星の出来事。
それが語られ、卓也の耳に届くことはない。
「とにかく……一度宇宙ヨガを試してみたらどうですか? 心が落ち着きますよ」
「僕はヨガを見る専門なの。あとは手伝い。でも、出来ないわけじゃないよ。気合で鶴のポーズを成功させたんだから。まあ……それで手首を負傷して性交は出来なかったんだけ……」
卓也はあの時に柔軟をしてからやればと、過去の失敗を悔いた。
「今回はたまたま上手くいきましたが、自分がまだ無気力状態だったらどうするおつもりだったんですか?」
前回電気を取られたせいで、電力はレストを動かすだけで精一杯。
今のレストは磁力エネルギーを利用しているので、完全に止まることはないが、まだルーカスもラバドーラを動かす分の電力は足りていなかった。
デフォルトが無気力のままだったら、卓也は惑星から出ることもできなかった。
「でも……宇宙ヨガってあれだろう? 内なる欲望をエネルギーとして放出するってやつ」
「正しくは宇宙エネルギーを体にスキャンさせ、様々な電磁波を流し込む行為です。地球でいう光合成みたいなのものです。電磁波の影響により、様々な恩恵を受けられるのです」
「それって有害な電磁波も受けるってことだろう」
「宇宙空間でやるわけではありません。宇宙船により微弱な電磁波を受け入れる準備をする。それが宇宙ヨガです」
宇宙ヨガというのは地球のヨガとあまり変わらないものだが、様々なフォルムの知的生命体でも出来る特殊な動きが必要になる。
体の内側。つまり瞑想に近いのが宇宙ヨガだ。
「それいつも引っかかるんだ……。誘われて宇宙ヨガクラブに参加したら宗教に誘われたり、宇宙からの光線を浴びようって団体に誘われたり……。いつも大変な目に遭うんだ」
「……ベッドまで行って話をするからではないですか?」
「違うよ。ベッドでいってから話をする。大きな違いがある。こっちの方が大変な目に遭うだろう?」
「自慢げに言われましても……。とりあえずやってみましょう。さあ楽な姿勢になってください」
デフォルトは触手をゆらゆら振ってリラックスすると、猫のように丸まって体を小さくした。
「デフォルトって結構頑固だよね……」
この分だと夕食も作ってくれなさそうだと、卓也は観念して床に座って胡座をかいた。
お尻を沈めて背筋を伸ばす。
あとは首振り機能の扇風機の風に当たった時のように、電磁波を感じるだけだ。
熱い、冷たい、痒い、痺れるなど。判断は個人によるものだが、それを感じるには心を落ち着けなくてはならない。
何も考えないのではなく、心を落ち着けるだけなのだが、卓也が何分も我慢できるはずもなかった。
「ねえ……妄想中に。女の子が腰をくねらせて砂時計ダンスを踊ってる……これってなんの電磁波?」
「妄想ではなく瞑想をしてください。ほら、まるで小動物の毛に撫でられてるようにゾワゾワしてきましたよ」
デフォルトは触手の先から付け根まで何かが這い上がってくるのを感じていた。
闇を深めるように目をぎゅっとつぶると、その感覚を研ぎ澄ます。
毛はやがて形を変えて、冷たい棒に変わった。
金属に体温を奪われる感覚に襲われると、今度は別の触手に圧迫感を感じた。
今まで体験したことないものに、デフォルトは落ち着きつつも興奮していた。
一段階上の次元に来たのかもしれないと錯覚したからだ。
しかし、触手の圧迫感が人肌を持っているのに気づくと、デフォルトは目を開けた。
「卓也さん……何をしているんですか?」
「見てわからない? 気取り屋をからかってるんだ」
デフォルトが感じていた電磁波は、卓也が横からちょっかいをかけたものだった。
「大事なことですよ。卓也さんにとって女性と良い仲になるのは重要なことかもしれませんが――」
「最重要項目だ」
卓也は食い気味に答えた。
「やはり抑える術を身に付けるべきです……」
「言っとくけど、僕だって考えてる。誰だっていいと思って手を出してると思うかい? 宇宙一セクシーな男に選ばれた女性だぞ。人生がフィルムなら、一際カラフルに輝く黄金期だ。彼女をムービースターにするのが僕の役目」
「その価値観は宇宙では少数派ですよ」
「その少数派が住んでる地球に向かってるんだぞ。僕らの方がマジョリティーだ。でも、実際問題抑えてるだろう? 抑えられ過ぎるから爆発してるんだ」
卓也が言っているのは今の状況だ。
レストの中には卓也が女性とカウントできるものはいない。
ギリギリで、ラバドーラが女性を体に投影した時くらいだ。
地球で暮らしていた時や方舟に乗船していた時は自由にしていた卓也。レストは確かに禁欲生活と呼べるものだった。
「時折、ものすごく発散してると思いますが……」
デフォルトは過去の様々な出来事を爆発と共に思い出していた。
考えれば、爆発を起こさずに惑星を出られたのは、卓也の生長の証なのかもしれない。
そうなればやることは一つ。宇宙ヨガで、もう一つ上の卓也へと成長することだ。
「頑張りましょう。宇宙ヨガは本来皆やっているものですよ。銀河が変わると電磁波も変わります。受け入れるためには……」デフォルトは説明をしながら、今までいくつか銀河を超えてきたが、卓也とルーカスが宇宙ヨガをやっている姿を見たことがなかった。
宇宙ヨガは宇宙健康法の一つであり、その銀河の電磁波を体に慣れさせる目的もある。
全員が一斉にやるわけではなく、体に不調をきたした者がやるものだ。
個人の部屋で行うことが多いので、誰かに見られることは少ないのだが、明らかに慣れていない動作を見ると、今までサボっていたのが丸わかりだった。
「ルーカス様の腸内がおかしかったのは……宇宙ヨガをしなかったからでは? その劣悪な環境がサル菌の進化を劇的に早めた可能性が……」
「それを分析して良いことある? ルーカスの体はもうないんだぞ」
「それですが……方舟の時と同様に、ルーカス様の体が消えるのは見ていないのです」
「結果がどうあれ。どうしようもないのは本当だろう。さあご飯にしようか」
卓也は上手いこと話を誤魔化したと思ったが、すぐにデフォルトに宇宙ヨガの話題に戻されたので、渋々続きを始めた。
「不貞腐れないでください。電磁波を女性だと思ったらどうですか? ここは宇宙船ではなく、ビーチの傍らにあるホテルの一室」
「……続けて」
「終わりですが……」
「嘘だろう!? 女の子の裸どころかビキニもなし!? それはビーチに失礼だ」
「リゾート惑星での宇宙ヨガは人気なのですが……」
「それは建前。水着禁止のビーチなんか作ってみろ。客は半減だ。水着目当ての男が消えれば、男目当ての女の子も消える。するとどうだい? 健全なビーチの誕生だ。誰も得しない」
「家族連れは喜ばれるのでは?」
「その子供も数年後には文句を言ってるさ。子供が男ならその確率は七割を超える。わかったよ……とにかくやるよ。無駄だと思うけどね……」
全く気分が乗らずに宇宙ヨガを再び始めた卓也は、やはり最初と同じで余計な邪念が湧いてきてしまった。
ルーカスの魂を自分より背の低い体に移植しようと考えたり、次の惑星ではどんな女の子がいるかなど考えていた。
しかし、いつの間にかデフォルトは宇宙ヨガに集中して静かになってしまい、レストのエンジン音が重く響いていた。
集中力の欠けた卓也の耳には、そのノイズはちょうどいい刺激になった。
ホワイトノイズのように遠くでその音聞くと、急に先ほどのデフォルトの言葉が頭の中を回った。
『ここは宇宙船ではなく、ビーチの傍らにあるホテルの一室』
外は照りつける太陽。広大な海。そして、それを楽しむ開放的な女性。
卓也は体に電磁波を感じると同時に、それらを自分に都合の良いものへと次々変換していった。
結果。卓也は深く深く瞑想を重ねていった。
その時間は一時間にも及び、先に宇宙ヨガをやめたデフォルトはその集中力に驚いていた。
見たところ。宇宙ヨガによる瞑想は成功しているので、デフォルトは卓也に声をかけるではなく、食事の用意でもしようと考えた。
だが、更に一時間経っても卓也が食事に現れることはなかった。
流石におかしいと思い、様子を見にいったデフォルトだが、卓也の瞑想は大したものであり、覚醒させるのは忍びなかった。
しかし、やり過ぎも体に毒なので、声をかけることにした。
「卓也さん? 大丈夫ですか?」
デフォルトに手を握られた卓也は、虚な目をゆっくりと開けた。
「大丈夫。この世の真理を学んだよ」
「そんな大袈裟な……。ですが、見事な宇宙ヨガでしたよ。体がスッキリしたのではないですか?」
デフォルトは銀河の電磁波に体が合うと、様々な機能が回復するので体が軽くなると説明したのだが、卓也が反応することはなかった。
ずっと独り言をぶつぶつ呟いているのだ。
「卓也さん?」
「宇宙はカンガルーのポケット? そこでザリガニ僕を見つめてる……。ジャンケンだ。ジャンケンで宇宙の王を決めようとしている。ならなぜ! カエルは空を飛んだんだ!! カエルに羽は必要ないじゃないか! それが宇宙の真理なのか!?」
卓也の口調が強くなるにつれて、レストの異変が起こった。
電気系統が壊れたかのように電気がチカチカし、普段使っていないレーダーまで動き出した。
何より、電力不足で行動不能だった二人が起きたのだ。
「何が起きている!?」
ラバドーラは身体中に電力が流れ込んでいるのを感じていた。
不思議な感覚だ。充電ではない、体全体を毛布で掛けられたかのようなものが身体中を満たしている。
それはルーカスも同じだが、あまりに知識がなさすぎて騒ぐことすら出来なかった。
唯一事情を知っているデフォルトが叫んだ。
「エネルギー変換器です!!」
エネルギー変換器とは、レストは過去の方舟と繋がった時に、こちらへ運び込んだものだ。
宇宙生物から逃げる時にも使ったものが勝手に起動されていた。
なにに反応して変換されているのかというと、卓也の煩悩という生きるエネルギーが電気エネルギーに変換されたのだ。
そして、それに呼応するように、今レスト中の機械が動き出したということ。
そして、膨大なエネルギーを放出た卓也が、今度は無気力状態へと陥ってしまったのだった。




