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惑星迷子  作者: ふん
Season8
180/223

第五話

「猫耳? これはガブレっていうこの星にいる三足動物の耳よ」

「ガブレでも、マンマンサルパでもなんでもいいよ。君は神をも殺せるフォルムを持った美術品ってこと」

 卓也は女性の肩を抱いて部屋に入ろうとしたのだが、その異臭と、異臭の元がわからないほどの暗い部屋を見て、思わず足を止めた。

 怪しい雰囲気が漂っているのは間違いない。

 だが、女好きの性格が一歩目の勇気をくれたことにより、二歩目を踏み出すのに力はいらなかった。

 卓也は半ば無理やり玄関に入り込むと「もしかして戦争中?」と聞いた。

 異臭の原因は主に埃の臭いだった。

 埃が電気系統により焦げた臭い。湿った埃の臭い。カビと混ざった埃の臭い。

 そのどれもが自分勝手に主張してくるせいで、複雑かつ不快な臭いになっていた。

 いつもならば、それもイケナイ情事のスパイスだと興奮気味に受け入れる卓也だったが、今回は違った。

 自ら部屋に足を踏み入れたことに後悔していた。

 なぜなら、女性は玄関に棒立ちのまま。卓也が部屋に入るのも気にしなければ、出ていこうとしても気にしない。まるでインテリアのようにそこにあった。

「まさか……幽霊ってことはないよね」

「なにそれ」

「地球じゃ、死んだ後になれると思われてるもの。よかった……手を握れる……。なにこれ……」

 卓也は女性の手を握ったのだが、その手は恐ろしほど冷たかった。

「なにって。そろそろ充電切れってこと」

 女性は興味なさそうに言うと、立っているのに疲れたのか、足元を確認することなくその場に座り込んだ。

「まさか君はアンドロイドってこと?」

「違うわ。生命体よ。元の体じゃないけど」

「それって――」

 卓也がどういうことかと質問しようとしたが、女性はそれっきり黙ってしまった。

 周囲の状況が全くわからない中で、卓也が取った行動は家の観察だった。

 電気をつけようと壁に手を這わせるが、パネルもスイッチもなかった。音声認識の可能性も考えて声を出してみるが反応はない。

 思い切って玄関から部屋に踏み入れても結果は同じだった。

 卓也が一体どういうことかと聞こうと戻ってくるタイミングで、座っているのにも疲れた女性は酔い潰れたように腕を放り出して横になった。

 すると、ホテルのホールのようなきらびやかな照明がパッと部屋中を照らし始めた。

 よく見ると、女性の手が玄関から飛び出ており、全ての家電が生体認証で稼働するという防犯仕様だった。

「まさか……この惑星って凶悪犯罪者の集まりだったりする?」卓也の質問に返答はなしだった。「それじゃあ……おじゃましまー……すっ……」

 卓也が恐る恐る女性の家の奥へと侵入したのは興味本位からだけではない。

 あまりに無気力な女性に事件性を感じ、部屋に脅威があるのならば取り除こうと勇んでいるのだ。

 しかし、部屋はきれいなものだった。だからこそ余計に異臭の元がなにか気になってしまった。

 探偵のように、慎重に部屋を見回るが異変はなにもなし。

 おかしいと思いながら女性の元へ戻ろうとした時。風の流れが、異臭を強くして卓也の鼻へ届けた。

 風は青白い光の漏れる部屋から吹いていた。

 なにかに導かれるようにその部屋のドアを開けた卓也は、その光景に絶句した。

 小規模だが、しっかりした作りのサーバールーム。だが管理状況は最悪だった。

 空調管理が働いていないので、埃の充満は当然のこと。

 冷却装置もまともに稼働していないせいで、焦げたサーバーも放置状態だった。

「僕の天才コンピューターが導き出した答えは……このサーバーは使い物にならないってこと」

 火事を起こしては大事になると思い、気を利かせて焦げたサーバーからケーブルを引き抜こうとしたが、不思議な溶接がされており人間の力ではいくら踏ん張ってもケーブルを引き抜くどころか、ちぎれることもなかった。

「それね。いつの記憶だがわすれちゃったわ」

「記憶?」

「そこにマニュアルがあるわ」

 女性が指したそこにはなかったが、サーバールームの一角にコピー用の端末があった。

 卓也は自分の端末にマニュアルをコピーすると、一体ここでなにが行われていたのかと調べ始めた。

 まずこのサーバーは個人のためのものであると書かれていた。

 家族ではなく個人。つまり家や仕事で使うためのサーバーではないということだ。

 なんのために利用されているのかと言うと、記憶の保存場所だ。

 この惑星の知的生命体は、寿命を入れ替えるという特異な方法で生き抜く術を手に入れた。

 ガブレという猫の耳をしているのも移植したからだ。

 ガブレの耳の血管には一種の濾過機能があり、流行り病を治すのに一時的な移植が一番効果的だった。

 この惑星で移植という医療行為は、地球で風邪薬を飲むくらいお手軽で当たり前の行為なのだ。

 この惑星もまた、機械技術が発展した惑星であり、医療技術が進んだ結果。治すよりも入れ替えるほうが早いという結論に達した。

 寿命を入れ替えるというのは、寿命を移植しているということだ。

 個人のためのサーバーというのは、長寿の記憶を保存する場所ということになる。

 生身の脳では記憶容量に限界があるというのが理由の一つ。

 もう一つの理由は寿命の移植の際に、不都合な記憶を摘出するためだ。

 あくまで医療行為の一環なので、過去のトラウマや忘れたい過去などもサーバーに保存しておく。たまに思い出して楽しむ人もいるが、殆どは文字通り記憶に鍵をかけてしまっておく。

 デリートしてしまっては、記憶の辻褄が合わず結合できずパニックになり、脳が処理できずにフリーズしてしまう。

 それを避けるためにも、過去の記憶は思い出さなくても必要なのだ。

 そして、今この惑星は死に向かっていた。

 よくある話だ。機械技術が発展したせいで、働かなくなり意欲が衰退していく。

 だが、この惑星ではもう一つ別の理由も存在していた。

 寿命を移植したせいで、数百年もの時を生きている。そのせいで刺激がなくなり、無気力になっていったのだ。

 無気力になるということは性行為もしなくなる。

 新たな移植の体が生まれてこないということだ。

 卓也はマニュアルを読みつつ、彼女の個人日誌を眺めていた。

 話題の取っ掛かりができればと軽い気持ちでアクセスしたのだが、まるで遺書のような内容に暗くなってきたので、精一杯明るく振る舞った。

「君達って、自分の体のために子供を産んで育てるの? 進んでるー」

「元々自分のクローンが生まれてくるようなものなの。私達の体はね」

「それって子育ての必要なし。ベッドでゴングなしのプロレス大会開催ってこと!? わーお……性に飢えた惑星じゃん」

「なにを言ってるかわからないけど、あまり長いしないことを勧めるわ」

 女性はまだ玄関で横になったままだ。

「これはベッドまで運ぶ必要がありそうだ……。言っとくけどエッチな意味じゃないよ」

 卓也が抱えた女性は、まるで枯れ木でも抱えているかのように軽く、力を入れたら粉々に崩れてしまいそうだった。

「別にエッチな意味でもいいわよ」

「僕を見くびるな。ろくに身動きできない女性をどうこうすると思うかい? ……逆の立場なら是非してほしい。イタズラ大歓迎」

 卓也は女性を吊り下げられた寝具に寝かせると、血が通ってないような冷たい手を握った。

「とりあえずなにか食べたほうがいいよ。任せて。こう見えても……僕はプロの料理人なんだ。ちょっと待っててね」

 寝具のヒーターのスイッチを入れると、卓也はキッチンへは向かわず、玄関へと向かった。



「デフォルト! デフォルト! デフォルト!」

 卓也は焦りに足をもつれさせながらも、なんとか転ぶことなくレストへ戻ることができた。

 そこでは無気力だったデフォルトが、少しだけ気力を取り戻し、なにか作業をしているところだった。

「デフォルト!!」

 何度名前を呼んでも無反応だったので、卓也はひときわ大きな声を出し、両手で体をゆすぶった。

「……どうかしましたか?」

 デフォルトは焦点の合っていない視線で卓也の影らしきものを見つけると、徐々に目に力を入れて卓也の顔を捉えた。

「どうしたもなにも……こっちのセリフ。どうしたのさ」

「この惑星の空気に鎮静作用のある物質が混ざっているのです。急にこんな眠気はおかしいので……。それで自分達も……このように……なるということが……」

 デフォルトは空気のサンプルを分析しているところだった。

 卓也とデフォルトの二人は生身の体に、強い鎮静作用のある物質が作用し無気力に近い状態になっていた。

 ルーカスとラバドーラの機械の体を持つ二人は、この惑星の電気事情によりバッテリーから電気を抜かれてしまい、強制的に省電力モードに入ったのだ。

「とにかく! デフォルト! 重要な話なんだ……」

「わかっています。なんとか気合を入れ、体を動かします。幸いエンジンは無事なので、燃やせるものがあれば、電気を抜かれた状態でもレストを飛ばせると思います」

 デフォルトの話など全く聞いていない卓也は「デフォルト……料理だ」と真面目な顔で言った。

 これにより、デフォルトは混乱した。

 こんな状況で料理を優先するということは、空腹に襲われていることだ。

 無気力状態のまま知らない間に数日経ったのではないか、バクテリアが体内に侵入し胃の中のものを食べられてしまったのではないか。色々考えてるうちに、すっかり興奮状態になってしまった。

 しかし、それが良い方に転がった。

 興奮することにより、無気力の状態が緩和されたのだ。

 すると、適度な鎮静は集中力を増加させることとなり、デフォルトのサンプル分析はあっという間に終わった。

「中枢神経抑制作用を持つ物質が混ざっているのは間違いなさそうです。口元を押さえれば、吸い込むことはないです。鼻まで抑えると尚良いですよ」

 すっかりいつもの調子に戻ったデフォルトだが、この惑星の事情は飲み込めずにいた。

 なぜなら、デフォルトが治ったことなどお構いなしに、卓也が病人食を作れと連呼するからだ。

 病気かと聞けば違うと答えられ、どんな状態かと言われるとわからないと答える。

 デフォルトじゃなくても混乱は確実だった。

「とにかく消化に良くて、栄養がつくやつ」

「そう言われてもですね……。卓也さんなら地球の治療。この惑星の住人なら、この惑星の治療が適してると思われますが……」

「じゃあスープだ。スープなら具材もクタクタで体も温まる。さあ! 頼んだよ!!」

 卓也が詳しい事情を説明せず、デフォルトに料理を作らせているのは、あわよくば助けた女性と良いことをしようと考えているからだ。

 デフォルトがついてきては邪魔になるので、なんとか料理だけ運ぼうという魂胆だ。

 そして、作戦は成功。

 デフォルトに作ってもらったスープを持って意気揚々と、女性が待つ部屋へと戻ると、さも自分がスープを作ったかのように振る舞った。

 すると、まるで朝に水をやった観葉植物のように女性の肌に張りが戻った。

「ありがとう」という抑揚のない女性の声は、卓也には感情豊かなポップスのように感じていた。

 そして、女性は「さあどうぞ」と体を差し出したのだ。

「待った。そういう意味で助けたんじゃない。いや……そうだけど。そう投げやりにされると……ねえ」

 女性は食事の代わりにと体を差し出してきたので、卓也はそれは自分のルールに反すると踏みとどまった。あくまで対等な立場で口説くというのが卓也が大事にしていることだ。

「私がしたいのよ。エネルギーに満たされてるうちに、大事なことを済ませるべきじゃない?」

 その言葉っきり。卓也の記憶は一度途絶えた。

 再び脳みそが目に世界を映し出した時は、まるで別人のよう。それこそ本物の猫のように甘える女性がいた。

 性行為という興奮により、デフォルト同じように、女性の無気力が緩和されたのだ。

 なにごともなく、卓也の役目は終わり。そう思ったときだ。

 女性はもう一度、もう一度と求めてきたのだ。

 すっかり疲れた卓也は「少し休ませてよ……」とぐったりするが、女性は無理やり卓也を押し倒した。

「エネルギーがあるうちに大事なことを済ませるって言ったでしょう。あと五百年分は子供を作ってもらうわ」

「ちょっと待った。これって愛の確認作業じゃないの?」

「名前はなんでもいいわ。私にとって大事なことは、次の寿命移植のための新しい体よ」

 卓也は背中に冷や汗が滴り落ちるのを感じた。

 生命を作るはずの行為は、命を殺すための行為に変わっているのだ。

 彼女の寿命になるので、この星では当たり前のことだが、地球で生まれ、地球で育った卓也には噛み砕けないものだった。

 しかし、女性もこのチャンスを逃すわけにはいかない。

 この惑星の他の住人も無気力状態であり、性行為など夢のまた夢。

 使えるものがあるのなら使うのが普通のことだ。

「ストックしておかないと」

「そんな震災時に備えるトイレットペーパーみたいな言い方……」

 卓也は後ずさりでドアに向かうが、女性も同じスピードでついてくる。

 さながら恐怖心を煽るホラー映画のワンシーンのようだった。

 卓也はドアに手をかけると、初めて女性から本気で逃げ出した。

 幸いスープ程度のエネルギー補給と、数度の性行為により疲れていたので女性が追いつくことはなかったが、結局この惑星でもなにもしないまま出発することになってしまった。

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