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惑星迷子  作者: ふん
Season8
178/223

第三話

『ブーーーーッ』という空気を絞り出す長い音は、デフォルトの前方からとても良く響いて届いてきた。

「卓也さん……。自分の好きな地球の言葉に、親しき仲にも礼儀ありという言葉がありましてですね……。良い関係を保つにはですね――」

「僕じゃないよ。僕より前にいる誰かがおならをしたんだ。ほら、また」

 卓也が眉をひそめると、先程よりも濁点が強い音が下劣に響き渡った。

「この音はなんでしょう?」

「なにって、レストでよく聞いてるだろう」

「ルーカス様のトイレに聞き耳を立てる趣味はありません」

「違うってエンジン音のことだよ。まあ……クソなのは変わらないけど。気持ちよくなってるのが本人だけってのも一緒か」

 卓也は黒煙が立ち上る一角を指した。

 そこでは改造した乗り物を持ち寄ったロボット達が、エンジンオイル片手に盛り上がっているところだった。

 一人二人ではない。

 明らかにグループと思われるロボットたちが、わざわざ毒ガスを発生させる燃料を使ってエンジンを動かしているので、周囲は騒音と悪臭に覆われていた。

「わお! このレベルの低さ。いかにも銀河系に近付いてきたって感じ。戻ってきたって実感湧いてきたよ」

「あまり近付き過ぎないでくださいよ。地球人の体には被害は少ないですが、吸い続けると肺炎になります」

「それって危険なんじゃないの?」

 思わず足を止めた卓也だったが、デフォルトはその横を通り過ぎていった。

「通り過ぎるだけなら問題ないです」

「ごめん」

「いえ、謝っていただくことでは」

「違う。誤りを訂正したの。ルーカスのトイレと一緒だ。通り過ぎるだけなら問題ない。変に立ち止まると、また知的生命体を産み出すぞ……」

「そもそもそれが誤解でして――いえ、誤解ではないようですね……」

 デフォルトが黒煙の塊の横を通り過ぎようとしたとき。何度も聞いた高笑いが聞こえてきたからだ。

 その笑い声はルーカスのものであり、キャタピラで砂埃をかき上げながらブブブという断続的なエンジン音を鳴らしていた。

 一見してマヌケな光景だが、周囲は拍手喝采と歓声に溢れていた。

「また訂正。知的生命体じゃなかった。あれは誰から見てもおバカだ」

 騒音が鳴り響く度に盛り上がる光景は、地球の改造バイク周りにたむろする時間浪費強者の集まりに似ていた。

「道を変えましょうか。戻れば分かれ道があったはずです」

 デフォルトが踵を返した途端。「こっちだ!」とラバドーラに声をかけられた。

 てっきり逃げ道から声をかけられたと思ったが、声の方向は騒動の中心だった。

 いつもとは違う雰囲気で手を振るラバドーラ。

 デフォルトには、その動作一つ一つがとてもフレンドリーに思えていた。

 それは卓也も同じであり、思わず二人顔を見合わせて困惑していると、軽い足取りのラバドーラが迎えに来た。

「どうした。遅かったな」

 まるで十年来の友人のように話しかけてくるラバドーラに、デフォルトは不信感を持った。

「ラバドーラさんですか?」

「そうだ。他にこんなスタイリッシュなボディーの持ち主がいるか?」

 ラバドーラは周りを見渡してみろと両手を広げた。

 無骨なロボットが多い中で、ラバドーラは一際細く見えていた。

「それはそうなんですが……。性格が変わっていませんか?」

「少し熱を持ったかもしれん。なにせ久しぶりの実りがある会話だったからな」

 ラバドーラのテンションがいつもと違うのは、この機械惑星がラバドーラの価値観と合っているからだ。

 周りは自分と同じような機械の体ばかり、話題は技術的なことで盛り上がる。知的生命体の時では感じられなかった一体感が、この惑星で芽生えたのだ。

「それは良いのですが……ここで一体なにを?」

 デフォルトの疑問。それはラバドーラが無駄な行動をしているように見えることだ。

 普段のラバドーラなら無駄なことはしない。

 それが今では率先して無駄な行動を取っている。

 なにかバグが起きたのか、改造されたのか。デフォルトは様々なことを疑い、質問を投げかけた。

 そうして導き出された答えは、ただテンションが上っているだけだった。

「なにって大会だ。少ない燃料でいかに大きい音を出せるか。それを競い合っている」

「なにって……こっちは見世物小屋かと思った」

 卓也は集まっているロボット達を見回しながら言った。

 ここで二足歩行は珍しく、ローラー、タイヤ、キャタピラ、ホバリングと移動方法は様座であり、そのフォルムも生物とはかけ離れたものばかりなので、地球人の卓也には見慣れない形状ばかりだった。

 文化も技術も違う場所で生まれたロボットたち。普通ならば惑星という個性に染まり、ある程度決まった形になるものだが、ここでは個性を大事にするというのが根底にあるので、皆自分の個性を伸ばしているのだった。

「丁度いい。審査員をしてもらおう」と一台のロボが提案した。

 すると軽い話し合いが行われ、生命体に優劣の判断をつけさせるのは、ロボットたちにとってある意味公平だということになった。

 ロボットは失敗しないが、生命体は失敗をする。

 つまり、いつもと違う評価が下されるということだ。

 今までここのロボットたちは、勝負がつかない勝負を延々と繰り返していた。

 今回ようやく決着がつけられると、周囲は異様な熱気に包まれた。

「聞いた? トーナメントだって」

 卓也が呆れて言うと、それ以上に呆れたデフォルトがため息を落とした。

「そうらしいですね……」

「どうしたのさ。いつもなら、ワールドワイドに考えて云々言うだろう」

「ここは機械惑星ですよ。AIはコミュニケーションツールには進化しません。しているのならば、入惑星の際の審査に使われているからです」

 デフォルトが指摘しているのは、ほとんどのロボットがサーバーからの命令で動いているということだ。

 まるで自由度を売りにしているゲームのように、ある程度の選択肢は用意されているもののゴールは同じだ。

「マルチエンディングシステムね……。VRでよく使われる手法じゃん。その中にルーカスとかラバドーラの名前って入ってるの?」

「普通だったら、ゲスト枠に割り振られていると思うのですが……」

 ラバドーラがもう一つの疑問を口に出そうとした瞬間。

 まるで花火のような火柱が上がり、勝手にトーナメントが始まってしまった。

「ほら、これが審査員用のスピーカーだ」

 ロボットから渡されたのはイヤホンだ。

 生命体に有害な音波は、正反対の音波が打ち消してくれるので、極上の環境で最低の音を聞かされるということだ。

「いっそ鼓膜が破れる仕様だったらよかったのに……」

「体に影響はないはずです。性能はレストに備え付けのものよりも、何百倍もいいですよ」

「こんなのがね……」

 卓也はこんな小さなイヤホンにレストの性能は負けるのかと、いつもは湧いてこない地球人のプライドが少しだけ揺れた。

 それを敏感に察知したデフォルトは「着陸船と機械惑星の構造はそもそも違いますから」とフォローを入れた。

「確かに地球の技術を憂いたけどさ。僕が思ったのは、これがあればレストのエンジン音は気にならなくなるのになってこと」

「これでも初期と比べて消音構造に改造したのですが……」

「わかってるよ。でも、これがあればさ。もう一つのバカエンジンも静かになる」

 もう一つのエンジンとは、最近増えたエンジンことだ。

 そのエンジンは様々なロボットたちの中でも、一番偉そうにしていた。

「わかるかね。百やれば百勝つ相手との勝負なぞいらん。私はシードだ」

 ルーカスのわがままに反対するものはいない。

 やはりある程度のプログラミングの上で動いているということになる。

 意味のない勝負だと確定したのだが、ラバドーラまでやる気になっているので、トーナメントの決着がつくまでは、まともに話ができなさそうだった。

 そして、いよいよ初戦が行われたのだが、その音の酷さと言ったらなかった。

 不快に空気を細かく振動させる音が、直接鼓膜に響いているようだった。

 全身を掻きむしりたくなるような衝動に襲われ、思わず卓也はイヤホンを取った。

 その瞬間乱暴なエンジン音に切り替わったが、その音が心地良く思えるほど、先程の音は最低最悪の部類だった。

「……害はないんじゃなかった?」

「後遺症は残りません。不快さは人それぞれなので……」

 デフォルトは珍しく言い訳を残すと、自身も聴覚器官からイヤホンを遠ざけた。

「どうする?」

「どうしましょうか……」

 二人がイヤホンを外しても指摘するものはいない。勝手にトーナメントが進んでいる。

 審査員の必要はないが、ゲストが参加したということでコメントは求められる。

 下手をしたら、場にそぐわないゲストということで惑星退去もありうることだ。

 せめてもう少しここで情報を集めたいので、粘りたいところなのだが、デフォルトの心配をよそに卓也はタブレット端末をいじっていた。

「卓也さん……」

「ここなら回遊電磁波を拾えると思ったんだけどなぁ……」

「卓也さん!?」

「僕がなにも考えてないと思った?」

「ええ」

「ありがと……はっきりと。僕はバカじゃない。銀河系に近付けば近付くほど、Dドライブからの回遊電磁波は拾いやすくなる」

「卓也さん……」

 デフォルトはやはりそこにたどり着くのかと落胆した。

「でも、裸の王様の新刊が届くかどうかで、地球に近付いているかどうかもわかる。そこで、僕が新たに写真を投稿。次で記事が変わってたら、確実に回遊電磁波を近づける銀河帯に入ったってことだろう?」

「そうですね。そうなのですが……」

「デフォルト。綺麗事を気にしてたら地球で生きていけないよ。たとえ目的が宇宙一セクシーな男奪還でも、全クルーの命を背負った帰還でも――結果は同じこと。だから、デフォルトは僕に全力のサポートを」

「サポート……サポート……。まあ……あの……そうですね」

 デフォルトは盛り上がっているルーカスとラバドーラを見ながら、煮えきらない返事で返した。

 今の状況を考えると、デフォルトと卓也。ラバドーラとルーカスと分かれている方がなにかと好都合だ。

 ルーカスの体が機械化しているので、いざという時は機械に詳しいラバドーラの対処が適切になる。

「わかったら写真の一枚でも撮ったらどう? 宣材写真は背景も大事。泥にまみれて鉄骨を渡る男に惹かれる。そういう女性用に――ほら、ちょうどよく服も汚れてていいだろう?」

 卓也がポーズを取ったまま動かないので、デフォルトは言われるがまま写真を取り続けた。

 こっちで別なことをしていても、トーナメントへの影響はゼロだった。

 コメントを求められるが、適当に言えば適当に解釈してくれるので、ほぼ無意味な行為だった。

 しかし、それはトーナメント参加者は別であり、コメントにより何度も歓声が上がっていた。

 そして、いよいよ決勝。

 おそらくゲスト用のイベントかなにかなので、ここまでくればルーカスが優勝するのは目に見えていた。

 ラバドーラは技術者として参加しているので、二人で勝ち取った優勝ということになる。

 そして、今まさに優勝の瞬間というところで、写真を撮っているタブレット端末から音が漏れたのだ。

 突然のことにびっくりしたデフォルトは、誤ってタブレット端末の音量を上げてしまった。

 そこから流れるのは、いつか卓也が録画していたルーカスの映像だった。

 映し出されているのは説明するのもおぞましい光景。

 なぜこんな映像が残っているのかと言うと、過去に数度起こったルーカスが知的生命体を生み出す騒動の時、地球に帰ったらバカにしようと録画していたのだ。

 本人もすっかり忘れて保存したままの状態になっていたのだが、卓也の写真で容量がいっぱいになったので、データを消してくださいという表示と共にフォルダが出てきたので、感情ゼロで写真を撮っていたデフォルトが誤って再生してしまったのだった。

 当然音まで録音されているので、コメント求められたマイクに乗り、ルーカスの屁の音は惑星中に響き渡ったのだ。

「優勝は飛入り参加のデフォルトだ!! こんなに汚い音は初めてだ! みんな拍手を!!」

 ロボットが名調子で喋ると、金属がぶつかり合う硬い拍手音が響き渡った。

 横から優勝をかっさらわれてたと、睨みをきかせるルーカスとラバドーラ。

 他は全員拍手をしているのかと思えば、一人だけ違った。

 卓也とデフォルトが探していた、女性と男性が一つの体に混在するアンドロイドだけ笑い転げていたのだ。

「良かった! 探していたんですよ!」

 デフォルトはこれで改造者に会えると胸をなでおろした。

「探してた? なんで?」

 アンドロイドはまだ笑いを引きずりながら、話を聞いてくれた。

「実は――」

 デフォルトが事情を話すと、アンドロイドはなるほどと頷いた。

「目的の場所かわからないが、自分をこの身体にした惑星は教えられる」アンドロイドは座標をデフォルトに教えると、「久々に生身の部分を使った」とお腹を押さえながら離れていった。

「まあ……信じても良さそうだね」

 卓也はアンドロイドの背中を見送りながら言った。

「また適当なことを……」

「女性の部分がそう言ってる。男の部分は、たぶん最初のルーカスのおならの音で笑いっぱなし状態。僕は両方の気持ちがわかる」

 卓也は自信満々の笑みを浮かべた。

「適当に言ってくれたほうが救われました……」

 デフォルトはため息を落とすと、睨みをきかせる二人の元へ駆け寄った。

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