第二話
ウイーン、ガシャン。というおもちゃのようなマヌケな機械音は、日夜レストを徘徊していた。
「あーもう! うるさい!」
卓也が声を張り上げると、ルーカスはタブレット端末の画面の中で頭を振った。
卓也の言うことは毎回同じなので芸がないと煽ったのだが、毎回同じことで怒鳴られているのも事実だった。
なんでも燃やして進むレストのエンジン音も相当うるさいのだが、騒音が向こうから近づいてくることを考えると、ルーカスの行動の方がストレスが溜まった。
しかし、不満を漏らしているのは卓也だけだった。
宇宙船生まれのデフォルトは機械音に慣れているし、声が物音に変わったところで大差はない。むしろルーカスの現在位置が音でわかるので重宝しているくらいだった。珍しく物事の捉え方の切り替えに成功していた。
ラバドーラはというと。
「さすが私の設計だ……低いモーター音。芸術という感情が理解できるというのならば、今まさにこれがそうだ」
ラバドーラは自作のボディの音に満足していた。限られた部品で、ここまでの音を出せるものは他にいない。
だが、熱弁は卓也に全く届いていなかった。
「こんなの夏の風物詩だ。蚊と花火と改造バイク。全部騒音だ」
「わかっていないのはそっちだ。わかるか? トルクがかかった時の――」
「わからないから文句を言ってるの。こんなので惑星に降りたってみなよ。田舎のヤンキーが東京で恥をかくようなもんだよ。わかる? 時代遅れってこと」
卓也はいかにルーカスのフォルムがダサいか、時代に反しているかは丸一日続いた。
なぜなら美的センスという部分で譲れないことがあったからだ。
しかし、卓也は現在自信を失っていた。
「こんなのってある?」
「まあ、こういうこともありますよ」
落胆する卓也とは違い、デフォルトは今の現状を冷静に受け止めていた。
今いるのは『機械惑星』だ。
違法に機械化された惑星ではなく、銀河環境を考慮した上で機械化し消滅を免れた惑星だ。
この惑星で働く者の八割は無機物。
ラバドーラのような完全なアンドロイドもいれば、医療のためサイボーグ化した者。純粋なロボットなど、皆体のどこかを機械で補っていた。
理由は機械惑星の過酷な環境だ。
ここは自然というものがなく、全てが硬い素材で作られている。
生身の生命体が長時間歩くだけでも、関節や筋といった部分に不調が出てしまうので、生活できる生命体がいないのだ。
だが、卓也の不満というのは上記に関係がなかった。
理由はただ一つ。ここにいる機械体に女性という概念がない。
あるのはただカッコイイかカッコワルイかだ。
そして生命体である卓也は、この惑星に限ってカッコワルイというレッテルを貼られることになってしまった。
初めは女性という概念がないがほぼない惑星なので気にしていない卓也だったが、どこを歩いてもラバドーラやルーカスと比べられて蔑まれるので、いい加減苛立ちを隠せなくなっていた。
「自分は外見という他者からの評価は気にしませんが……卓也さんにとっては地獄かもしれませんね」
「地獄? 地獄なんてもんじゃない。異次元だよ。見てよ、ここじゃお腹を下した時に肛門が奏でるシンフォニーが芸術らしい」
卓也は黒煙を吐き、やかましいエンジン音を立てる乗り物を見た。
ここでは、陸空の移動を自由に出来る。なぜならあちこちに乗り物があり、機械体はドッキングするだけで使用できるのだ。
そのどれもが改造バイクのような音を立てている。
まるで惑星全体がエンジンになったかのようなやかましさだった。
その中でも一風変わったフォルム。
キャタピラにタブレット端末と二本指のロボットアームだけのルーカスは、エンジン音が認められて大きな顔しているのだ。
それを設計したラバドーラも同様に態度を大きくしているので、自分と比べられていると卓也は腹を立てているのだった。
「ですが……卓也さんは男性に興味がないのでは? ここは男性も女性もありませんが」
「ないけど、ルーカスが褒められて僕が褒められないのは納得いかない。わかるでしょう? この気持ちが」
「それはもう」と頷いたデフォルトだが、実際に卓也の気持ちを自分の身に置き換えて理解しているわけではない。
幾度となく経験した意地の張り合いが今回も出てきたと思っただけだ。
「どうにかしなくちゃ」
「どうします? 腕の一本くらいなら、この惑星ですぐに取り付けられますよ」
「それって腕を切り落とせってことだろう。待った……それってすごく女性を喜ばせる結果になったりする?」
「一般的にはそういう道具で事足りるのでは?」
「確かに。仕方ない。今回の僕は真面目。早く終わらせてルーカスの全盛期を終わらせよう。今すぐにでも……」
卓也の真剣な瞳は、見れば見るほど奥に色々な濁りを見せていた。
だが、卓也が大人しいならそれに越したことはなかった。
「自分達はルーカス様が元に戻る方法を探しましょう。改造を含めたエンジン周りは、ラバドーラさんに任せておいた方が間違い無いですし」
「賛成。とりあえずもっと空気が良いところへ行こう。音も酷いけど、臭いもひどい。まるでロボットの公衆トイレって感じ」
卓也は燃料や溶解の煙に咳き込みながら、とりあえず高いところを目指した。
「わお! わおだよ!」
惑星中央はシンボルタワーであり、中腹はガラス張りの休憩所になっていた。
休憩所といっても機械体用なので、あるのはメンテナンス用品ばかり。
卓也とデフォルトはメンテナンス用の椅子に座り、この惑星の全容を眺めていた。
簡単に説明すれば、この惑星の構造は蜘蛛の糸だ。
その中心に卓也達はいる。
このシンボルタワーから通路がいくつも伸びており、半分機械体の者は乗り物ではなく通路を利用する。
「どうやら機械体と生身の体で瞬間的な反応の違いが大きく、事故が多発したせいで分けられたらしいです」
デフォルトは備え付けのパンフレットデータを眺めながら、この惑星について調べていたのだが、卓也は幻想的な光景に目を奪われていた。
「このわおは、女の子と一緒の時に出したかったよ。こんな場所銀河を探してもなかなか見つからないよ」
「そうですね。正式な機械惑星というのはとても珍しいですよ。以前自分達が捕まっていた機械化惑星も元は犯罪組織ですし、おそらく機械体がデータを瞬時に共有することにより、様々な不具合を事前に修繕しているのでしょう」
「違う。この夜景を見せれば、ベッドまでバラを撒かないで済むって意味。知ってる? どんなにキザでも、初めてベッドに誘うまでは許されるって」
「知っていて得はあるのでしょうか……」
「得しかないだろう。宇宙一セクシーな男の助言だぞ」
「でも、今は四位でしょう?」
ふいの言葉に卓也は素早く反応した。
「今はね。え? てか四位? 全然巻き返せるじゃん!! でも、その前に僕のセンサーが反応した。君は女性だ」
「元ね。それにしてもよくわかったな。この格好で」
卓也が話しているロボットは黒のボディに関節は蛍光緑のゴムようなもので覆われているシンプルな姿だった。
ルーカスがいればサッカーボールだと、ボディーのカラーリングを揶揄していたことだろう。
だが、幸いいるのは卓也とデフォルトの二人。
彼女の機嫌を損なうことなく会話ができるチャンスだった。
「僕の生態センサーは超一流なんだ」
「ああ。生殖器ね。こっちはだいぶ前に失ったよ」
「それは悲しいですね……」
生殖行為とは繁殖行為。デフォルトの考えでは、彼女という個は絶滅したということになる。
だが、卓也は違った。
「VRの世界だとどんなことでも出来るって知ってた?」
「卓也さん……」
「わかってるって。ただの口説きのノックだ。ドアをトントン叩くのと一緒」
「知ってるよ。VR世界は生産性がなくて嫌いだけどね。それより、記憶を交換しないか?」
「記憶?」
「データの一部を合成させるんだ。それで共通の記憶を作るのがこっちの楽しみかた」
「それって、想像上でやるってこと?」
「違う。既に済ましたんだ。記憶は過去のものしか記録できない」
「わお! ……わお? それって記憶を交換したら、いきなり次の日の朝ってこと?」
「気分的にはそうだ」
「ごめん。他を当たって」
卓也は急に人が変わったように断ったが、アンドロイドは気にせず次の相手を探しに行った。
「卓也さん……卓也さん!! 素晴らしいですよ!」
デフォルトは感無量だった。まさか女性からの誘いを断るだなんて思ってもいなかったらだ。
「僕はセンサーに従ったまで」
「ですからそれが素晴らしいというのです。いつもの卓也さんなら、絶対に下半身の言うことを聞いていました」
「だから、下半身と作戦会議した結果だよ。彼女半分男だ」
「はい?」
「だから半分だけ男。僕にはわかるんだ。あの体には二つの魂が入ってる。だから、あんなに手当たり次第声をかけてるってわけ」
卓也が指を向けた方向では、先ほどの女性がさまざまなロボットに声をかけているところだった。
「どういうことですか?」
「だから、二つの体を一つにしたんだろう? 事故車をくっつけるのと一緒。騙されるところまで一緒だったよ」
卓也は自分が認める性別じゃないことにがっかりすると、再び窓から見える景色に目を向けた。
「よくわかりますね……」
「言っただろう。僕のセンサーは超一流なんだ」
「センサーもいいですけど、ここではルーカス様の方がおモテになることをお忘れずに」
「棘のある言い方……。まるで僕が何もしてないみたいに」
「現実問題そうだと思いますが」
デフォルトはまだパンフレットのデータを見ていた。
少なからず使える情報があると思ったからだ。
しかし、先に情報を見つけていたのは卓也だった。
「いいかい? さっきの人は半分男で半分女なわけ」
「それは理解しています。卓也さんの見立てはですけど……」
「簡単だよ。一つの体に二つの心か魂かデータかはわからないけど、とにかくデータのコピーが行われたわけだ。それってルーカスに流用できるかもしれないだろう」
「そんな都合のいいことが……」
「でも、生身を機械化するには記憶の一部を移植することもあるだろう? どのみちルーカスの体をどうにかしないといけないんだ。細胞から肉体を簡単に復活できる方法があるかもしれない」
「それはそうですが……。なぜ先ほど言わなかったのですか?」
もう既に先ほどのアンドロイドは相手を見つけてどこかへ消えてしまった。
本人達に違えはあれど、卓也やデフォルトから見たらどれも似たようなフォルムだ。
探すには時間がかかるのがは容易に予測できた。
「だって、騙されてたから。僕が相手を女性だと思ってる時に、冷静な判断が出来ると思う?」
「そうでしたね……。ですが、卓也さんの考え方はいいかもしれません。まだ繁殖行為の欲望が残っているのなら、肉体改造の権威がいるのかもしれません。コミュニティーを探すのが近道だと思います」
「こうしていられない! さあ! 行こう!!」
卓也は繁殖行為という言葉の響きだけで、いつもは重い腰を軽々と上げたのだった。




