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惑星迷子  作者: ふん
Season7
170/223

第二十話

「なんで?」

 そう言い放った卓也の瞳は恐ろしいほどに冷たかった。

「ですので……その……あのですね……。万が一でもルーカス様のゲノム編集に携わっていたのならば……。その……真実を教えてほしいのですが……」

 デフォルトは言葉を間違えないように慎重に選んだのだが、卓也は言葉を変えずに「なんで?」と凄んだ。

「いいから言え。白状すれば、こんなバカげた出来事は一瞬で終わる」

 ラバドーラは胸ぐらをつかもうとしたが、卓也は冷静に伸ばされた手を払った。

「本気で僕がルーカスのお尻の穴に興味あると思ってるわけ?」

「肛門ではなく腸だ」

「同じことだよ。お医者さんごっこは僕が患者になる派だ。じゃないとコスプレさせられないだろう」

 大真面目に言う卓也を見て、卓也はルーカスのゲノム編集には関係していないと結論付けた。

 しかし、他に誰がルーカスにゲノム編集を施したかという疑問は残ったままになってしまった。

「心当たりはありませんか?」

「心当たりって……ルーカスに恨みを持ってる人ってこと?」

 卓也は全てを語らなかったが、その表情はなによりも答えになっていた。

「いえ……この際ルーカス様に恨みを持つ人は除外しましょう」

「それがいいね。数が多すぎる。他に心当たりって言っても……僕もルーカスとは方舟からの付き合いだ。それ以前の医療記録は知らないよ。地球人は病院で生まれて病院で死んでいくんだ。それくらい身近なものだから、いつゲノム編集を受けたかなんてわからないよ。そもそもルーカスの腸内が宇宙と繋がってるだなんて話すら眉唾だよ」

 卓也はそんなバカげた出来事があるかと思っていたが、デフォルトの表情が変わることも、ラバドーラの態度が変わることもなかったので、これは事実だと受け止めた。

「少しこの宇宙船に滞在する必要が出来ましたね……。少なくとも……異常がないとわかるまでは」

「異常がないだと? たかだか吸収器官が宇宙と繋がっているんだぞ。異常そのものだ」

「ですが以前も今回も、ルーカス様が故意に起こしたものではありません。なにかしらの偶然が重なり、ルーカス様の体内で異常進化を遂げているのです」

「クソ野郎がなにかしたのか?」

 ラバドーラが呼んだ『クソ野郎』とはルーカスのことではない。

 以前ルーカスの腸内で生まれた自我を持ったAIのことだ。

「そうだとしたらルーカス様の排泄器官からではなく、腸内から直接宇宙へ飛び出したかと」

「それが不可能だから宇宙服へ押し込んだんだ。もしも自由に移動できるとしたらどうする?」

「それは……ルーカス様がワープゲートになっているということですか?」

「可能性はゼロではない。もしかしたら規制生命体ではなく、クソ野郎が姿を変えて再びやってきた可能性もある」

「なにが目的ですか?」

「私が知るか」

 デフォルトとラバドーラが予想を立てて推理している間。

 卓也はレストを後にして、ルーカスがいる宇宙船へと向かっていた。



「わお……本当に幽閉されてるんだ」

 卓也は不機嫌に椅子に座るルーカスに向かって歩いたが、強化ガラスで仕切られているため触れることは出来なかった。

「そのとおりだ。天才が監獄の奥に幽閉されているように私はここにいる」

「というか……動物園のチンパンジーでも見てる気分。煽りじゃなくね」

 ルーカスが閉じ込められている部屋は、今座っている椅子の他にも机とベッド。それに使い道の分からない遊具のようなものが備え付けられていた。

 これは少しでも快適に過ごしてもらおうというロロとリリリの計らいだ。

 だがルーカスが応答に応じずに無視した結果。なにが必要かわからないので、適当に用意されたのだ。

「気分? 気分だと? 私はまんまチンパンジーだぞ!」

「そんな……せめてオラウータンだよ。どっちが宇宙的価値観から見て重要なのかは知らないけど。ただの猿って言われるよりマシだろう」

「君は猿を舐めている。彼らは利口だ」

「知ってるよ。数あるうんこの中から自分のだけを選んで投げるんだろう」

「私達よりはるか先に宇宙へ言っているんだぞ」

「お猿の進化論信者だっけ?」

「私は事実を述べているに過ぎん」

 ルーカスが真面目な顔を強化ガラスにべったりくっつけた時だった。

 様子を見に来たリリリが卓也の姿を見つけて駆け寄ってきた。

「ちょうどよかったわ」

「だろうね。夫はいない。ここにいるのは僕と君。そしてお猿さんだけだ。お猿さんが気になるならこう思えばいい――ここは動物園」

「そう。ここは動物園よ」

 リリリがこっちへ来てと手を引っ張ると、卓也はルーカスに向かってきっかけを作ってくれてありがとうと口パクで伝えた。

 ルーカスから返ってきた言葉は「死ね」の二文字だったが、久しぶりに生身の女性と会話が出来て浮かれている卓也が気にすることはなかった。



「君は動物が好きなの? 実は銀河系で穴場なアニマルプラネットを知ってるんだ。中でも人気なのが進化の過程順に並んだショーケースだよ。なぜなら課外授業の小学生がいなくて平日は空いてるから。僕らは人間に進化しかけた猿の前で、進化前から変わらない行為をする為に見つめ合うんだ」

「そうね……。どの惑星の生命体でも進化の縮図を見るのはとても素敵だと思うわ」

 ヤマカンが当たった卓也は「イエス! ビンゴ!」と、思わず小さくつぶやいた。

「ビンゴって?」

「気にしないで。強いて言うなら……僕らの子供の名前とか?」

「まだ自己紹介もしてないのに? あなた私の姿を見ると、すぐに自分の宇宙船へ戻ったでしょう」

「そう。愛を育むための準備をしてたんだ。いい女性が支度に時間をかけるように、いい男はベッドに誘うのに時間をかけるんだ」

「まだ会って間もないと思うんだけど」

「それは僕が子供心も持ってるから。可愛いと思わない? 男の子はいつでも近道を探す。目的地はもちろん君だ。だけど君のためなら遠回りだってしちゃう。男心はDNAのように複雑なんだ」

「それって……ゲノムの大きさと生物の複雑さに相関があるのかってこと?」

「もちろん……もちろん! もちろんそうだ! 僕達の相性は完璧って証明されたね。どう? 今度は実践で相性を試してみない?」

「旦那がいるのよ」

「他銀河間交流時なら、多感的恋愛衝動で結ばれた場合でも重婚が許されるって知らない? 知らない? 知らない……。なら僕と一緒だ! 僕も知らなかった。こんなところでも意見がぴったりだ」

「ふむ……言葉による翻弄は求愛行動の一種なのかもしれない……。子孫を残す本能が強いとも見える。魅力を感じるのは寄生生物の影響の可能性が」

 リリリはボイスメモを取りながら、適当に相手をしながら歩き続けた。

 てっきり隣の部屋にでも案内されると思っていた卓也だったが、いつまで経ってもあるき続けるので、十分ほど歩いたところで思わず足を止めた。

「ここって大豪邸?」

「ごめんなさい……歩かせすぎたわね。案内する部屋を変えたの。でも、あなたが悪いのよ。興味深い話ばかりするから」

「それは仕方ないね。僕ってばいつもそう。そう、興味の的なんだ。女性は皆僕に弓矢を向けて狙う愛のキューピッド」

「おしゃべりなのは彼と一緒ね。彼もずっと話してたわ。彼はもっと激しい感情を持っていたけど」

 リリリの言う彼とはルーカスのことなのだが、卓也は彼を旦那だと勘違いしてしまった。

「ちょっと待った。僕のほうが激しい感情を持ってるよ。見て、この目。君をさらって宇宙を逃げ回ったっていい。本気の目だろう。僕は絶対に嘘をつかない。そんな僕が言うんだよ。僕は君が好きだし――君は僕を好きになる」

「生殖行為を求めてる? 発情期ってこと?」

「そんな……まずは愛の語らいからでいいよ」

「生殖行為はしたくないの?」

 リリリが淡々と目を真っ直ぐ見て言うと、卓也は「したいです」と即答した。

「特定の周期を持たずに発情。惑星のカーストの頂点に君臨しているようね。いつでも繁殖行為が出来るのは強い生命の証拠よ」

「その証拠……すぐに出てきちゃうんだ。だから僕はいつも逮捕されちゃう。今も……君に……なにこれ?」

 卓也が冗談で差し出した両手には、電磁ロックの手錠がかけられていた。

 一瞬の出来事だが、周囲に人がいないのでリリリが犯人なのは火を見るより明らかだ。

「ごめんなさいね。暴れられると困るから」

「うそ……そんなすごいプレイしちゃうわけ。わお……! それってわおだよ! 君って積極的……」

 卓也はこんな状況でもポジティブに受け止めて、リリリとどんな夜の過ごすのだろうと胸を躍らせていた。

 しかし、卓也は部屋についてすぐに出してくれとドアをノックしていた。

「本当にお願い! 僕は死んじゃうんだ!! アレルギーなの!! 出して!!」

「大丈夫よ。アレルギーがないのは確認済み。これは様子を見るためのテスト。楽にして、いつも通りにしていいのよ」

「本当にダメ! 許してお願い! 君の下着を洗うでも、ベッドで全身を舐めるでもなんでもするから!! ここから出して!!」

 卓也が真っ白なドアに懇願する後ろで、ため息が一つ響いた。

「諦めたまえ……あの女……何一つ聞く耳を持たん。自分を賢いと思ってる大バカ者だ」

「ルーカス!! バカになるのは僕らの方だ! だって……あんな美人なのに人妻っていう付加価値までついてるんだぞ。……男は誰だってバカになる」

「もうすぐ未亡人だ。旦那の方から殺してやるからな」

「美人で未亡人……最高……。条件がどんどん揃っていくよ。後は冷たい雨プラス親族との軋轢だね」

「私の目を見たまえ。本気で言ってるのだ」

 ルーカスは全ての怒りと理不尽をぶつけるように卓也を睨みつけたが、同じような目で返された。

「彼女の瞳も本気だった……。本気で僕とルーカスが子作りすると思ってる」

 卓也がルーカスと同じ部屋へ入れられたのにはいくつか理由がある。

 一つはルーカスと同じく寄生されている可能性を疑われたからだ。

 ルーカスは主に暴言で卓也は口説き文句。どちらも一向に喋るのをやめない。同じ宇宙船に乗っていたデフォルトには見られなかったので、それを規制症状の一つとして捉えられた。

 二つ目は卓也の異常なアドレナリンの上昇を感じたからだ。

 これは卓也がしばらく生身の女性と接していなかったせいだ。要は興奮して自分を抑えられなくなっているので、用心されているということ。

 他にも色々な理由があるのだが、レストに乗っていた四人のうち一人はアンドロイド。残りの三人は男というのが誤解されてしまった。

 レストが着陸船や捜査船ならば誤解はすぐに解けたのだが、寄生生物を売るために、デフォルトが正直に移動船として使っていると告げてしまったせいだ。

 普通宇宙を大移動するとなると、移動中の世代交代を考える。

 男しかいないレストから降りてきたので、誤解されても仕方がなかった。

「保健の教科書でも見せたまえ。小学生用のでも十分だ。あのアホ共にはな」

「それか僕が直接教えるか」

「それが出来ないからここに押し込められたんだろう。君のセクシーは役に立たないな……」

「ちょっと……ちゃんと彼女は僕にときめいてたよ。あと一枚……。あと一枚だ。旦那という衣を剥ぎ取れば、めでたしめでたしの絵本だ。子供に聞かせられる幸せな話。その後の大人の話はわざわざ人に言うことはない」

「その女は私と君が裸で抱き合うのを期待してるんだぞ」

「大丈夫任せて」

「まさか力を抜いて横になれと言っているんじゃないだろうな……」

「違う。日本の女の子と付き合ってたことがあるから大丈夫。切り抜け方は知ってる……ハズ」

「なら言え。どうすればいい」

「彼女達が苦手なものになればいい。絶対に想像されないもの。ほら……なにかあるだろう」

「猿とゴリラは?」

「ダメだ。アニマルなんて一般的すぎる。獣から一部分だけ獣も網羅してる。惑星なんて関係ない。差別のない世界だったね……」

「過去の偉人はどうだ? 肖像画は皆ジジイだ」

「彼女らは若返らせることが出来るし、なんならジジイは大歓迎だったりする。年の差なんて関係ない。差別のない世界だったね……」

「掛け布団と敷布団は? これもダメだと……。消しゴムと鉛筆。……無機物だぞ。正気か? 無機物に命を与えるだなんて日本の女は神様気取りか?」

「先に言っておくけど、男も同じようなもんだよ。僕は一部バニーちゃんでも、全身バニーちゃんでもオッケー。なんならバニーちゃんの皮をかぶったただの人間――つまりバニーガールでもオッケー」

「私にバニーガールの格好をしろと言っているわけではないだろうな……」

 ルーカスが怪訝に眉をひそめると、卓也は今日一番真面目な表情になり「そんなわけないだろう」と刺すように言った。

 顔を突き合わせて睨み合う二人に向かって、ラバドーラの声で「いいぞ、キスしろ」と音声が流れた。

 ガラスの無効ではマイクを持ったラバドーラが、心底楽しそうに二人を観察していたのだ。

 そして一通り醜態を晒せさせ疲れさせると、二人も幽閉されていては身動きが取れないと、卓也の方にかかっている誤解を解いたのだった。

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