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惑星迷子  作者: ふん
Season7
169/223

第十九話

「確かに……これは珍しいわ」

「見たことがないぞ」

 研究者達は強化ガラス向こうの不思議な生命体に好奇の目を向けた。

「ひとつ実験してみましょう」

 その声が合図と決まっていたかのように、すぐさま天井から電子ベルが落ちてきた。

 なんてことはない。タッチパネルを触れば音が鳴る。赤ん坊のおもちゃにも使われるような簡単な仕組みのものだ。

 だが、観察対象はすぐにベルには触らなかった。

「触らないぞ」

「触るわ」

「触覚器官が違うのかもしれない。別の道具を使おう」

「あなたはいつもせっかちなのよ……。いい? 観察っていうのは見るの。観察対象を混乱させる必要はない」

 女性研究員は「さあ続けて」と監視部屋のスピーカーから話しかけると、観察対象は二人を睨みつけた。

「まさかこっちが見えてるのか?」

「そんなはずはない。視覚器官の構造はスキャンしたわ。ただ脳に電気信号で光の情報を教えるだけ。タイムラグを調節する神経も、二重視界構造もないわ。ただ見たものを電気信号で脳に送るだけ。壁を透視する能力はない」

「聴覚器官はどうだ? 周波数テストの結果は?」

「テストをしたのはあなたよ。忘れたの?」

「忘れてはいない。あまりに不可解なことが多かったから、追加で別の研究員にテストさせたんだ」

 男性研究員はイライラした口調で言った。

 歩幅は狭く、強化ガラスの前で右往左往。時折観察対象を睨みつけては、観察対象に睨み返され心臓の鼓動が早くなる。

 その不自然さは、時間が経つごとにイライラを増幅させていた。

「おかしいって。向こうからは絶対にこっちの様子がわからないのに、目が合う以外におかしいことがあるの?」

「周波数や音の強さだけじゃない。イントネーションやアクセント。複雑に電気信号に変えているらしく、同じ言語でも反応するものと反応しないものがある」

「言語の時代を下げてみる? 私達より時間の進み方が違うのかもしれない。下げて反応すれば研究でどうにかなるけど、上げて反応すればお手上げ。私達より遥かに優秀な頭脳を持ってるってこと。それに私達の周波数研究は完璧ではないわ。間違いも起こる」

「そんなわけないだろう。音の振動で言語を判断することにより、未開惑星の言語も分析できる。最先端技術であり、ポピュラーと化した技術だ。今現在も使用者から何兆という惑星の言語が送れられてきて、全て周波数でデータベース化されているんだ。似た言語は応用できるし、惑星内の訛りにも対応している。使用可能言語は増えている。そんなシステムでも解読できない問題だぞ」

「あの……」

「周波数じゃないのかも。電磁波も情報伝達手段よ。それにあの目つき……テレパシーを使うかもしれない」

「あの……そのですね……」

「エコーかもしれん。周波数を高くしてみる。リフレクターの調整は?」

「あの……すみません!!」

 デフォルトが声を張り上げると、男女の研究員は同時に振り返った。

「どうした問題か?」

「あの……問題はないです。お二人が敵意を持たず話しかければなにも問題ありません」

「敵意はない。研究対象だぞ。余計な感情はない」

 男性研究員はバカなことをと表情を険しくしたが、デフォルトは真剣な表情のままゆっくり否定に首を振った。

「それが問題なのです。ゲストとして扱ってください。そうすれば現在の疑問は解決します」

「わかったわ」

「リリリ?」

 男性研究員は驚いて女性研究員の名前を呼んだ。

「彼の方が研究対象に詳しいのは明らかよ。一旦ゲストとして迎え入れてから、話し合いで研究に加わってもらいましょう」

「そんな研究対象なんて聞いたことがないぞ」

「ロロ……」

 女性研究員が子供を叱るような口調でいうと、ロロと呼ばれた男性研究員は観念した。

「わかった。でも、今はダメだ。まずは詳しい話を聞いてからだ」

 ロロはデフォルトについてくるように言った。

「わかりました」デフォルトは覚悟を決めると、ラバドーラに後を頼むと言い残し研究者二人の後を続いた。

 ラバドーラはミントカラーのライトに照らされる部屋を見ると、そこへ手を伸ばすように強化ガラスに触れた。

 ハッキングしてコードを読み取ると、強化ガラスの透過モードをオンにした。

「面白いことになったな」

 ラバドーラは満面の笑みを浮かべて言った。

 ラバドーラが笑みを浮かべるということは、誰かを投影しているということだ。

 モンタージュによって作り出した顔。それは地球人のものだ。

 つまり部屋の中にいる研究対象も地球人ということ。

「これで私を出し抜いたつもりかね……」

 ルーカスは透明なガラス越しに、真っ直ぐラバドーラを睨みつけた。

「出したのはそっちだろう……。なんで黙ってた?」

「私が悪いのか? 私が知ってると思ったか? 『ゲノム編集の被害者』だと!!」

 ルーカスは声を張り上げた。

 ゲノム編集とはDNA配列を狙って変化させる技術だ。

 遺伝子を組み替えるのではなく、遺伝子を書き換える技術。

 地球でも使われている技術だ。――農業や水産業では。

 この技術を使うことにより、病気に強い魚を作れたり特定の栄養素が高い野菜が採れたりするようになる。

「そうだな……。こんな面白い話はない」

 ラバドーラは人間のように、強化ガラスを叩きながらこらえきれずに笑った。



 ルーカスが研究対象として監禁されているのには理由がある。

 それはザリガニと呼んでいる寄生生物のせいだ。

 八日前。レストはある研究施設とコンタクトを取り、ザリガニを売ろうとしていた。

 その研究施設とは今いる宇宙船であり、『ロロ』という男性研究員と『リリリ』という女性研究員が働いている。この二人は夫婦であり、切磋琢磨を重ねて宇宙言語翻訳の権威として扱われている。

 過去にルーカスと卓也が使ったテープ状の翻訳機も、二人の研究結果から作られたものだ。

 そして、二人はまず最初はザリガニに興味を示した。

 寄生生物の新個体というのは、宇宙技術者ならば誰もが欲しがるようなものだからだ。

 宇宙の生物というのは九割寄生生物だ。当然宇宙の生物に地球人も含まれている。つまり地球人はわずか一割に属しているということ。

 それだけ惑星に順応する知的生命体は少ないということだ。ほとんどの生命体はなにかに寄生して住処を変えていく。それには視覚器官でも捉えられないほど小さいほうがいい。

 生物寄生の他にも隕石に紛れたり、寄生してすぐ冬眠するのもある。何世代も潜み、条件が揃うと冬眠から目覚めるのだ。

 そんな様々な寄生生物。それも新個体の研究は、宇宙の歴史を解読すると言ってもいい。

 その新個体が研究に積極的というのは願ったり叶ったりだ。

「本当にいいのか?」

 ロロは妻のリリリと目を見合わせながら、ザリガニを差し出したデフォルトに聞いた。

「ええ。お願いします。自分も研究者の端くれとして研究を重ねたいのはやまやまなのですが……。自分の宇宙船では研究機材が揃っていないので」

「助かるわ。私達は始まりの言語を探してる途中なの。言語が生まれたってことは、知的生命体の誕生でもあるの。新個体はその古い扉を開く鍵」

「わかっています」

 デフォルトは丁寧に言葉を返しながらも、レストに残してきた卓也を気にかけていた。

 卓也が一緒にレストから降りてこなかったのはなぜか気になるが、そんな疑問は見たことのない研究設備により吹き飛んでしまった。

「案内できるのはここまでよ」

「知識や情報は財産です。理解しているつもりです」

「違うわ。私達二人でしか通用しないコードを使ってるから、少しのズレも許されないの。ここから先の研究施設は。だからずっと投影しておいて」

 リリリはラバドーラに向かって言った。

 ラバドーラは既に地球人の姿を投影していたが、呼吸ではなく排熱とひと目で見破られてしまった。

「まるで投影していたら、こっちがデータを盗めないような言い方だな」

 ラバドーラは不機嫌に言った。正体を見破られたので、向こうが優位に立っていると思っているからだ。

「言い方の問題ではなく、はっきり警告したつもりだが?」

 妻に敵意を向けられたので、ロロはラバドーラの前に立ちはだかった。

「やめて……ロロ」

「でも」

「ロロ」

「わかった……」

 ロロは不機嫌な顔のまま一歩引いた。

「今はあなた達の行動は周波数によって管理されてるのよ。私達に通じない言語を喋ってたらすぐにわかるし、どこへ行って何を触ったかの行動もわかる」

「投影をやめたら敵とみなされるわけか……脅しだな」

 ラバドーラが投影している限り、内部のモーターは回り続ける。

 それは人間の鼓動のように個性に溢れる音だ。

「脅しよ。でも敵ではない。あなた達が決められた場所にいる限りは」

「まるでゲージだな。私達も研究材料に見られているようだ」

 ラバドーラが不敵笑うと、ロロが面白くてたまらないと笑った。

「我々が研究しているのは言語だ。アンドロイドには興味がない」

 ロロはラバドーラからルーカスへ視線を移した。

 だがルーカスからの反応がない。

 お腹が痛むので押さえているのからだ。話を聞いている余裕などなかった。

「大丈夫ですか?」

 リリリが手を伸ばすが、ルーカスは乱暴に振り払った。

「私に触るな。エリマキブタトカゲめ」

 ロロとリリリは襞襟と呼ばれる。地球で昔の貴族が着ていたようなアコーディオンのような襟のシャツを着ており、鼻の穴がとても大きい。

 彼らは音という振動に敏感な星人であり、襞襟は音を拾いやすくするため。鼻の穴は嗅覚とともに第二の聴覚器官になっているのだ。

 だがルーカスがそんなことを理解できるはずもなく、見たままの悪口を言ったのだ。

 これにはデフォルトも恥ずかしいと頭を抱えた。

「すいません……。実はルーカス様は体調に問題抱えていて……現在調整中なのです」

 寄生生物がルーカスの腸の中に存在しており、現在は荒れた腸内環境を整えているとデフォルトが説明すると、ロロとリリリは顔を回せた。

「腸内?」

「はい」

 デフォルトは正直に答えたほうがいいと思い、自分の直感に従ったのだが、どうにも空気がおかしかった。

 ロロとリリリは表情を険しくして話し合いをしている。

 耳をそばだてても聞こえないほどの小声。こちらに聞かせたくないのは確かだ。

 しばらく二人だけの会話が続いたかと思うと、おもむろに話題を振られた。

「おかしかったところは?」

 ロロは正直に答えるように念を押した。

「たくさんあります……」

「重要な話だ。命に関わる可能性がある」

「正直に答えています。ルーカス様というのは少々……。いえ――正直に言えばかなり個性的なお方です。おそらく宇宙における普通とは真逆の位置にいるお方かと……」

 デフォルトの答えにロロとリリリは不満をあらわにした。

「そんな情報を聞きたいと思う? 好みの変化は? 食べるものが変わったとか」

「ルーカス様はこだわりが強いお方です。変化にはすぐ気がつきます。自分が食事の用意をしているので間違いありません」

「急に背が伸びたり、体重の増加はどうだ?」

 ロロはほぼ脅迫気味にデフォルトに詰め寄った。

「なにもありませんよ。むしろどうだったら危険なのですか?」

 ロロはデフォルトの言葉を無視して「知能はどうだ?」と畳み掛けた。

「おバカです。救いようのないほど」

「本当に知能が低いのか? そう振る舞ってるだけの可能性は」

「ないです」

「君が理解できないだけで、彼のほうが知能高い可能性は」

「ゼロだ」ラバドーラは言い切ると「答えを言え」と逆に脅すように音声を低くした。

「そういえば……一度ルーカス様が誰も解除できなかったパスワードを解除したことがあります。まだ出会ったばかりの頃のことですか。名前を並び替えるアナグラム暗号を解いていました。今思えば……なぜルーカス様が解読出来たのでしょう」

「知能が高いからだ」

 ロロが真剣に言うとラバドーラが笑い飛ばした。

「ありえない」

「ありえる。一芸に秀でているということだ」

「よくわかっているではないか。あたたた……」

 ルーカスは偉ぶったがお腹が痛むのでしゃがみ込んでしまった。

 ロロが話を進めている間に、ルーカスはリリリにトイレへと連れて行かれた。

「あれの知能が高い可能性は?」

 ラバドーラはありえないだろうと含みを持たせて言った。

「……『ゲノム編集』」

 ロロの言葉にラバドーラはハッとした。

「切断されたDNAの修復を書き換えたのか? 人体ではなく別の次元へ?」

「最も初期の研究だ。体を宇宙空間になじませるには、一部を宇宙にすればいい」

 ゲノム編集というのは、遺伝子情報を停止させるか強化させるかの二通り。

 地球のスーパーヒーローのような超パワーを手に入れることが出来る。

「体の一部が宇宙と繋がった影響がアナグラム暗号の解読だ? ……どれだけ運がないんだ」

「むしろ良かったとも言える。他の超パワー手に入れていたら、手がつけられなかった可能性がある。彼が無知で無力でいたからこそ。安全だったんだ」

「それでどうするつもりだ?」

「監視だ。少なくとも誰が彼にゲノム編集を施したが気になる」

「身に覚えがありすぎる……」

 ラバドーラはルーカスが関わった人物を思い出すが、どれもこれもルーカスには一筋縄ではいかない感情を持っている。誰でも動機はあった。

「ラバドーラさん……ルーカス様がアナグラム暗号を解読したのはラバドーラさんに出会う前です。先程も言った通り自分と出会ってすぐだったので」

「つまり……ルーカスにゲノム編集を施した者はもっと昔からルーカスと関わり合いがある者というとか?」

 デフォルトとラバドーラは見つめ合うと、同時にレストに残った人物の顔を思い浮かべた。






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