第十八話
「うんこに殺されるって……いつの話をしてるんだよ」
卓也は言い訳をしなくていいから出てこいとドアをノックするが、ルーカスが出てくることはなかった。
「仕方ありません……突入しましょう」
デフォルトは外側からパネルを操作してロックを外そうとしたが、その触手を卓也がしっかり掴んで止めた。
「待った」
「どうしましたか?」
「もし本当だったらどうする?」
「本当――と言うのは?」
「ルーカスがうんこに殺されそうだったら」
「助けなければ」
「だからこその待っただ。中に入るつもり?」
「命には変えられません……」
デフォルトは卓也の静止を振り切ってドアを開けた。
するとそこには下半身丸出しのルーカスが便器に向かって指を刺していた。
「そこだ! そこにいるぞ! 私のうんちが!!」
「これですか?」
デフォルトは便器を覗き込むが、そこに排泄物と思われるものはなかった。
代わりに小さい体に大きなハサミが二つ。胴が長い不思議な生物がいた。
もっともそれはデフォルトにとっての話で、地球人にとっては見慣れたものだった。
「卓也さん……地球人は特殊な形の排泄をしますか?」
「する人もいる。でもそれをプレイと呼ぶか、本能と呼ぶかは人による」
「それはハサミを持って威嚇してきますか?」
「威嚇?」
卓也はおかしいと思いトイレへ入っていった。
腰を抜かすルーカスを通りすぎ、デフォルトの横でしゃがむ。
そして卓也の目に入ったのはザリガニだった。
「ザリガニ? なんでこんなところに?」
「私はM-2星人です。正しくは今そう自分で名前をつけました」
「これは……ルーカス様に取り付いてた寄生生命体の可能性が高いですね……何かの拍子に分離したのでしょう」
「なんでザリガニ?」
「ザリガニは知りませんが、おそらく同じではないと思います。似た生物。なぜこの形になったかは不明ですが」
デフォルとはとりあえず話を聞こうとザリガニ(仮)に話しかけた。
前の惑星でルーカスに寄生したことは間違いなく、ようやく周囲に怪しまれたことにより外へ出てきたということだ。
なぜM-2という名前をつけたのか。それはM-1に進化するはずなのにしなかったからだ。
この寄生生物は本来姿形が変わることはない。
原因はルーカスかと言われれば一概にそうとは言えない。
地球人の腸内環境というのは宇宙に近い。
地球でも腸は第二の脳と呼ばれているくらいだ。
宇宙空間での超進化が腸内でもおこなわれていたということだ。
敵意はないので、このままどこかの惑星に降ろしてほしいと要求をされたが、それは難しいことだ。
寄生生物というのは基本的にどこの惑星でも持ち込みは不可だ。ザリガニがいる限り、レストはどこの惑星にも着陸出来なくなってしまった。
デフォルトが一人でどうしようか考えていると、ザリガニはある交渉をしてきた。
「私をペットとして連れて歩くのはどうでしょうか? 幸いM-2というのはまだ確認されていない新たな個体です。誤魔化すことができるかも知れません」
「新たな個体だと!?」突然ラバドーラが興味を示して会話に加わってきた。「それは確かなことか」
「はい。でなければ、私はM-1と名乗っています」
「よし。わかった。惑星まで乗せてやろう」
勝手に同行を許可するラバドーラにデフォルトは焦った。
まさか簡単に首を縦に振るとは思っても見なかったからだ。
「ラバドーラさん!?」
「脱出用のカプセルもないだろう。殺すなら止めはしないが……」ラバドーラがデフォルトの聴覚期間に向かって小声で囁いた。「利用価値はあるぞ」
ラバドーラはこの寄生生物を売り払おうと考えていた。
新個体というのは、とても優れた研究材料だ。惑星間の条例など誰もが無視するほどの存在。
はっきりと利用しようと告げた。
「非人道的だと思いますが……」
デフォルトは人売りのようだと良い顔をしなかった。
だが、ラバドーラに具体的な金額を出されると、目の色が変わった。資源豊富な惑星を一つ買えるほどの金額だからだ。
「これは本当ですか?」
これだけの金額あれば、レストにワープ機能をつけることができる。
幾年もかかるほどの年数をショートカットして地球へ向かうことも可能だ。
「本当だ。覚悟を決めろ」
ラバドーラは犯罪だろうが、良心の呵責だろうが関係ないとデフォルトに押し寄った。
しかし、それに肯定的な言葉を発したのはデフォルトではなくザリガニ本人だった。
「研究所に連れて行ってくれるなら大助かりです。自分も自分の体がどうなっているのかわかりません。研究はお互いの役に立つはずです」
ザリガニはハサミをカチカチ鳴らしながら言った。
「ルーカスのウンコの割にはまともなこと言うね」
卓也はいい加減ズボンを履いたらとルーカスを立たせた。
「私のうんちだからこそお利口さんなのだ」
「前のウンコのことを覚えてないの? 宇宙船を破壊したんだぞ。あのアホAIウンコが」
「結果的には私のうんちが悪の犯罪組織を壊滅させたのだ。卓也君……君のうんちはどうかね? 誰かを救ったことは?」
ルーカスは勝ち誇った顔で笑った。
「デフォルト! なんか悔しいよ! 僕のウンコも改造できない?」
「卓也さん……これ以上話をややこしくさせないでください……。とにかく話は自分とラバドーラさんで聞きますから……二人は汚したトイレを片付けておいてくださいね」
デフォルトはザリガニをトレイに乗せると、ラバドーラと一緒に別室に移動した。
「なんで僕がルーカスの汚したトイレを掃除しなければいけないわけ?」
「それは私が上司で、君が部下だからだ」
「あのねぇ……トイレの世話するのは老人とその子供だよ……。まったく……恐怖で漏らしていないだけマシか……」
卓也は古き良き掃除道具。すなわちモップを取り出すとルーカスに投げ渡した。
「嘆かわしい……この小学生でも一人で宇宙に飛び立つ時代にモップとはな……」
「仕方ないだろう。レストは元々展示品。過去のどうぐが詰め込まれてるの。それか……デフォルトが過去の箱舟に乗ったときに気に入って持ってきたか」
「私の肛門の異変は奴らがタイムホールを使った影響ではないのかね?」
「どうだろう。誰がやったかは知らないけど、ルーカスのお尻の穴がおかしいのは本当」
卓也はおかしいというが、デフォルトの話を聞くに限っては今回の出来事は正常なことだった。
寄生生物は栄養を取り込み成長したから出てくる。腸内に潜むというのは実に適している行為だった。
ルーカスと卓也が汚い話をしている頃。
デフォルトとラバドーラも別の意味で汚い話をしていた。
「生物異変を楽しむのなら、惑星よりも宇宙船に住む星人を探した方が早そうだな」
惑星というのは一定の影響を受けるものであり、異変を起こすものではない。
異変を起こすのはいつだって宇宙空間からの影響だ。
一つの惑星に固執する生命体よりも、宇宙船に乗って移動している生命体。
つまりデフォルトのような星人は、常に異変と隣り合わせに行きてきたということだ。
デフォルトがやたら常識や普通にこだわるのも、自分の中で基準となるものを持っていなければ、宇宙の異変に飲み込まれて全てが無になってしまうからだ。
「難破船のフリをするのはいかがでしょうか? 引き上げてくれる宇宙船ならば、それ相応の技術はあると思います。船が故障した理由は、新個体のせいにすれば……」
デフォルトはザリガニの様子を窺いながら言った。
何もかも彼に責任を押し付けるような形になってしまったので、恨まれると思っていたからだ。
しかし、ザリガニは好意的に受け取っていった。
「良い案だと思います。ですが、新個体は未知の存在。宇宙のバランスを保つために、あえて船を止めて隔離していたということにした方が辻褄は合うかと」
「……ルーカスを研究所に預けて、こっちを連れ回した方が良くないか?」
この寄生生物は別の個体の記憶を引き継いでいるので、知識はルーカスよりもある。
何度も寄生を繰り返すことにより、知識と知恵を身につけ、自分が置かれた状況に順応するようになっている。
簡単に言えば、肉食動物に襲われないよう草食動物が生まれてすぐ立つのと同じ。DNAに刻まれた行動だ。
ラバドーラはこれを磨けば光ると認識していた。
実際にルーカスを連れ回すよりも助けになるのは確かだ。
だが、あくまで新個体。何が起こるかは本人にもわかっていなかった。
「エンジンを落としますか?」
デフォルトは良い案だとザリガニの案に従おうと提案した。
「そうだな。予備電源を使い救難信号を出そう。その前にやることはやっておけ」
そういうとラバドーラは自室の倉庫へと向かった。
ラバドーラは気付いてないが、その後姿が興奮に包まれているのをデフォルトに見られていた。
少し歩幅な大きくなり、モーターの回転音が上がっている。
難破船に擬態して船を侵入するというのは、L型ポシタム時代を思い出すからだ。
ラバドーラが一番ギラギラしていた時代。昔を思い出して興奮するのは仕方ないことだった。
「何をします? 手伝うことがあれば手伝いますが」
ザリガニは頼もしいラバドーラの背中を見送りながらデフォルトに聞いた。
「そうですね……とりあえず家事を済ませましょう。また保存食ばかりだと文句を言われますので、少し作り置きをしておきましょう」
デフォルトは通知の入ったタブレット端末を起動した。
ラバドーラからメッセージが入っており、自分は宇宙船が通りがかりそうなちょうどいい座標を割り出すのに専念すると書かれていた。
ちょうどいい座標というのはワープホールに近いところのことであり、座標するにちょうどいい場所という意味だった。
ワープホールというのは、元々ワームホールという巨大なエネルギーの塊であり、近くの惑星は飲み込まれてしまう。
そうならないように整備されたワームホールのことをワープホールと呼んでいる。
ワープホールになりエネルギーが安定するのは一見良いことに思えるが、実際は制御しきれないことが多く、度々問題を起こす。
別のワープホールと繋がったり、タイムホールと繋がってしまうこともある。
ホールを移動する宇宙生物もいるので、管理が難しいのだ。
どれだけの技術者が集まって整備しようにも、宇宙の不確定要素全てを対処することはできない。
船の座標というのも、かなりの確率で起こることであり、レストが停滞していても怪しまれることはないだろう。
「座標はラバドーラさんに任せて、自分達は自分達にできることをやりましょう」
「この私を舐めているのかね……このタコランパめ」
ルーカスは出されたばかりの料理を睨みつけて言った。
「食事の用意ですが……問題ありますか?」
「問題ありますかだと? 問題があるに決まっているだろう! この肉を今何で切ったかわかっているのかね?」
「私のハサミです」
ザリガニはカチカチとハサミを鳴らして、保存しておいた宇宙生物の肉を食べやすい大きさに切った。
「私の肛門にいたハサミだろう。不潔にも程がある」
「ルーカス様心配ありません。細菌検査をしましたが、まるで無菌室そのものです。様々な菌が生息する腸内で過ごすため、特殊なコーティングを施されていてですね。これは粘膜と似て非なるものですいて、タンパク質と特殊な酵素が-―」
デフォルトの説明など興味がなく、ルーカスは話題を打ち切るように「この私が信じるとでも思っているのかね?」と食い気味になった。
「本当ですよ。M-2さんはルーカス様の胃に寄生していたのです。そこで栄養を摂り、徐々に腸へ向かい外へ出る準備をする。そのついでにルーカス様の体内も掃除されているはずです。問題があるといえば一つだけ……」
「ほら見たことか! やはりあるのではないか!」
「ルーカス様の腸内細菌は機能するほど残っていませんです。なので……しばらく食事の前後にこれを服用してもらいます」
デフォルトが出したのはサプリメントだ。
今のルーカスにいつも通りの食事は危険ということだ。まずサプリで体の内側を整える必要があるのだ。
「待った! 僕の料理も同じハサミを使ってるわけ? 自然を荒らして出来た穀物に、死後拷問に拷問を重ねたソースをかけたものより酷いよ……」
「あれはミートソースパスタです」
「デフォルトが自分で言ったんだ。とにかく、僕は絶対に食べないからね!」
卓也は他の宇宙船に拾われるまで絶食をすると宣言した。
その瞳は女性を口説く時と同じだった。
つまり、本気ということ。
「わがままを言われましても……」
「ルーカスの肛門から出てきた生物が手を加えた料理は食べたくない。それってわがままなことかい?」
「……ええ……まあ……なんというか……」
デフォルトの歯切れが悪いのは、ザリガニのハサミよりも宇宙生物の肉の方が雑菌だらけだからだ。
地球人の価値観はデフォルトにはない。宇宙船で生まれたデフォルトはあるものは全部活用するのが基本だ。
「なんか……先を聞くのが怖いからもういい。でも、食べないのは本当。絶対に食べないからね。絶世の美女を連れてきても無駄だ! でも、絶世の美女を連れてくるのにはなんの問題もないよ」
卓也の瞳は真剣そのものだった。
女性を連れてくるのに問題がないのも本当であり、料理を食べないのも本当。
デフォルトは早めに対処しようと、ラバドーラに座標の特定を早めるように急かすことにした。




