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惑星迷子  作者: ふん
Season7
166/223

第十六話

「結局頼れるのは僕らだけってわけ」

 卓也は生焼けで臭うパンを食べながら言った。

 これは食料を作り出す機械から、無理やり材料を抜き取って直火で焼いたせいだ。

 ラバドーラは停止中で、デフォルトも昏睡中。

 この惑星の何が食べられるかわからないままなので、こうするしかなかったのだ。

 栄養はあるもののそれを消化するようには出来ていない。僅かな栄養を摂取るために食べるしかない。

 しかし、そんなことまで考えつく二人ではない。

 ただお腹が減ったので、なんでもいいから食べみようということになったのだ。

 だが、一口食べた途端。あまりの不味さに二人同時に吹き出すと、これは食べ物ではないと結論づけ、ようやくこれからどうするか話し始めたのだ。

「食べられそうなものはなかった。木の皮をステーキと言って食べる文化があるのなら別だがな」

 一人で惑星を見て回っていたルーカスは、食べられそうな動植物があるか探していたのだが、何も見つからないで帰ってきた。

 もう歩き回るだけ無駄だと、外に出した椅子に座ってだらけていた。

 おバカで考え足らずの二人でも、宇宙船内で火を使うのは危険だと、外に出て焚き火で調理をしているのだ。

 目の前に広がる世界は、孤独と無力感をより強く感じさせていた。

「せめてデフォルトを起こせるようなキツイ匂いがあればいいんだけどね」

 デフォルトが昏睡上体になったのは、植物に含まれる香り成分の影響だと卓也は判断していた。

 その場にいなかったルーカスは賛同も否定もすることなく、ただ卓也の意見を受け入れた。

「好きにすれば良い。私は無駄な努力はせん。思いついたら思いついた者がすればいい」

 責任逃れのルーカスの言葉だが、卓也はそう来るだろうと思っていたので、それなら一人でもかまわないとレストを離れた。

 別々に探索して手分けするよりも、誰か一人レストと付近で滞在していたほうが、いざという場面でも対処がしやすい。

 未開惑星でセーフティスポットを確保しておく。これは小学生でも知っている初歩も初歩の知識だった。

 硬い地面。降水量が少ないのか、靴底が触れる度に土埃が舞った。これは生命体の有無も関係している。

 ほとんどの生命体は水を必要としているので、植物が生えている惑星に知的生命体が誕生する可能性は高い。

 だが植物分だけにしか水が賄われず、動物が存在しない惑星も多々ある。

 この惑星に至っては考えるべきことは二つ。

 まずは地面に生物が冬眠している可能性だ。大雨が振り、大地を緑で賑わすまでひたすら眠り続ける生物というのは地球を含めて様々な惑星に存在している。

「つまり硬い地面の下には、いつ襲ってくるかわからない恐怖の怪物がいるってわけ。僕らもイチャイチャする場所をわきまえないとね」

 次に植物だけが異様に進化した惑星の場合だ。

 この場合に気を付けるのは寄生植物であり、雨の代わりに血。土壌の代わりに肉体を利用するというのは珍しくない。催眠、意識不明、四肢の力を奪う。様々な方法を使ってくる。生きるために必死なのは、人間でも植物でも異星人でも同じことだ。

「だからこういう薫りは危険なわけ」卓也はデフォルトにも嗅がせた枝を拾い上げると隣に見せた。だが隣に誰かいるわけではなかった。「……虚しい。誰か僕のうんちくを聞いてくれる女の子っていないわけ?」

 卓也が一人の寂しさを紛らわすために、架空の女性とデートしているという設定で歩き回っているのだ。

 その姿はマヌケそのものにしか見えないが、幸いその姿を見る人物は存在しない。

 ひたすら卓也の独り言だけが響いた。

「仕方ない……。僕も本気を出すか……」

 卓也はフーっと唇を細めて長く息を吐くと目を閉じた。

 まずは視界を絶ち、心を落ち着ける。

 次に耳を己の内側に向けることにより、外の世界を遮断する。

 深呼吸を何度も繰り返し、嗅覚に香るはずのない薫りが混ざると目を見開いた。

「やっぱり……僕って天才」

 卓也が「やあ」と声をかけたのは、妄想で作り出した女性だ。

 VR世界に長期間閉じ込められていたことが脳へ影響を及ぼし、妄想をよりリアルに描写できるようになっていた。

 脳のある部分だけスペックアップしていたのだ。

 妄想でも女性は女性。隣に女性がいるとわかった卓也は鋭かった。

 すぐさまある仮説を立てると、それを妄想の女性に説明しながらレストへと戻った。

 この惑星の中心生物は植物ということだ。

 ただの植物ではない。準知的生命体に近い知能を持ちっているのだ。

 植物が意思を持つのは珍しくない。だが、それは捕食のためだ。荒れた大地や、栄養のない惑星に生まれ、生き延びる手段として他の生命体のエネルギーを摂り入れる。

 この惑星の植物というのは平和を望む植物だった。

 つまり一定以上の知能を持った生命体が侵入すると、脳や体を動かす電気信号に作用し活動停止にさせるのだ。

  そのため最初は宇宙船レスト。次にアンドロイドのラバドーラ。そして、デフォルトと機能停止になっていったのだ。

 そして妄想の女性の存在により、いつもよりも脳の回転が何百倍にも早くなった卓也も、レストにたどり着いた瞬間に昏睡状態になってしまった。

 そのことにルーカスが気付くはずもなく、仕方なく卓也をレストの廊下に寝かせた。

 そして、わかったような顔で呟いた。

「なるほどな……一対一を望んでいるらしいな。この私がブラックベルトだと知らんようだな」

 ルーカスは柔道着の帯を締めるような動作をしたかと思うと、突然誇張されたカンフー映画のように「アチョー」と叫んだのだ。

 しかし当然ながら、植物からの反応はない。

 意思の疎通が出来るほどの知的生命体ではないからだ。

 敵が誰かもわからないままルーカスは廊下でひと暴れしたが、ハイキックをしようとしたところでバランスを崩して転倒してしまった。

 背中を盛大に打ち付け、痛みにもんどりを打つと、鬱憤をぶつけるように鼓舞して床を思い切り叩いたのだが、それもまた大きな痛みとなってルーカスを襲った。

 しかし、ほぼ同時にレストのライトが点灯したのだ。

 ルーカスはどういうことだと疑問を思い浮かべながら、壁に手を付くと、体重をかけて立ち上がった。

 ライトの輝度がマックスに切り替わると、その眩しさから目を閉じた。また、驚いてバランスを崩したせいで、再び床に打ち付けられた。

 まるで子供の癇癪のように仰向けのまま暴れていると、今度はゴーッという轟音が響き割った。

 レストのエンジンに火がついた音だ。

 急にエンジンが停止したことにより、エンジンはスリープモードに入っていたのだ。

 電源が復活したことにより、エンジンは温まり発進スタンバイモードになり、唸りを上げているのだった。

 突然の事態に、ルーカスの頭は追いついていない。

 だが、レストは勝手にカウントダウンを始め、なにも用意の出来ていないルーカスは壁に叩きつけられて気絶してしまった。

 レストの内部とは反対に、レスト本体は安全に宇宙へと飛び立っていった。

 惑星から離れて程なくして、まずラバドーラの停止状態が解除された。

 時間を確認すると「思ったより時間がかかったな」と操縦席に座った。

 卓也がVR空間に閉じ込められていた際。ラバドーラも同じ空間にアクセスするために、レストに一部の情報を保存していたのだ。

 レストの電源がついた瞬間に、エンジンを発進スタンバイモードに入れたのはラバドーラのデータだった。

 なぜなら、自分が停止状態になる直前。不自然な電磁波を感じ、それが知的生命体からのものだと判断したので、このことを予想していたのだ。

 ここの植物は争いごと好まない。

 知的生命体の侵入を察知すると電気信号に作用する電磁波を出し、惑星に閉じ込めてしまう。

 電気が使えないと知的生命体は脅威にならないという判断だ。

 そして、なぜレストが動いたか。

 惑星がルーカスを知的生命体ではないと判断したからだ。

 卓也は女性が隣りにいるという妄想により、いつも以上に脳が働いたので植物に目をつけられたのだ。

 ルーカスが一人になり、勝手にドタバタ劇を始めたおかげで脱出できたのだ。

 ラバドーラはもっと早くアホがバレると思っていたのだが、時間を確認すると計算していたよりも時間がかかっていた。

 すぐにデフォルトが起こして今回のことを説明したのだが、肝心なところで寝てしまっていたので、デフォルトはほとんど理解出来ずにいた。

 ラバドーラの言っていることを理解できるのは卓也だけだった。

「やっぱり僕の思った通りだ」

「残念ながらな……。薫りの成分が脳に刺激を与え、脳細胞が活性化した脳波の変化により、知能を判断している」

「フェロモンだ」

 卓也はもう既に消えた妄想の女性の匂いを嗅ごうと、鼻から思い切り空気を吸い込んだ。

「そんな……」と呆れるデフォルトだが、ラバドーラは卓也の言葉を間違っていないと肯定した。

「人間はフェロモン受容体が鼻孔に存在している。フェロモン受容細胞で受容されたフェロモンの情報は、電気信号に変換される。デフォルトの場合は薫りの成分で、耐性を弱めさせられた。そこに電気信号をいじる薫り成分を使い無力化させられたんだ」

 ラバドーラはもっと早く気付ければと、珍しく後悔していた。

 なぜならば、現在気絶しているルーカスに「オマエは頭が悪い」と証拠を突きつけて悔しがらせることが出来たからだ。

 案の定。意識を取り戻したルーカスは、自分が謎を解き、自分が全員を助けたと豪語していた。

 悔しいがこれは事実だ。

 全員が助かったこの場で何を言っても、ルーカスが正しい。

 発進の際に意識を取り戻していれば、言い返すことも出来たのだが、事前のわずかな時間のデータ収集では間に合わなかった。

 悔しくても言われるがままでいるしかない。

「やはりこの船の司令官は私ということだな」

 ルーカスは自分が皆を助けたとレコーダーを起動して、艦長日誌を録音し始めた。

「いいの?」

 調子に乗るルーカスを横目に卓也が聞いた。

「どうしろというんだ……。アホがアホのままでいたおかげで助かったのは事実だぞ。もう一人のアホは役に立たなかったがな」

 ラバドーラはルーカスだけではなく、卓也も頭数に入れていた。

 まさかVRの滞在が影響して、謎の技術を身に着けているとは思ってもいなかったのだ。

「いいから食事の用意をしたまえ。それとも名誉の負傷を負った戦士を飢えさせるつもりかね?」

 ルーカスは手当が終わると、すぐに食事を作るように命令した。

 いつものことなのでデフォルトは文句を言うことなく、頬の擦り傷を消毒してから料理のための食材を取りに別室へ向かった。

 ルーカスはキョロキョロと周囲を見渡すと、急に大人しくじっとし始めた。

 まるでなにか薬物を接種したかのようにじっと一点を見つめたかと思うと、フレンドリーになったり、怒りっぽくなったりと、感情を制御する部分が壊れたかのようになっていた。

 しかし、これもルーカスならありえないことでない。

 三人が三人共そう思っていたので、ルーカスが植物に寄生され意識を乗っ取られているのに気付かなかった。

 新たな惑星にたどり着き、食料と少しの修理部品を購入し、再びレストが宇宙へ飛び立った時。

 ようやく卓也が異変に気づいたのだった。

 ルーカスはパンツ一枚の姿になり腕立て伏せを始めたのだ。

「どうだ? 私はおかしいか?」

「どうだろうね……さっき教えたとおりやってみてよ」

 卓也は訝しげに眉をひそめた。

「これでもおかしくないというのかね? 言われたままやっているぞ」

 ルーカスはパンツまで脱ぐと、それを人差し指に引っ掛けて振り回し、その場でスクワットを始めた。

「確かに君は正常だ」

 最後の最後にこらえきれず吹き出しそうになったので、卓也はマイクの電源を素早く切った。

 現在ルーカスは個室に幽閉されている。

「やはり寄生されていますね……」

 デフォルトはルーカスがいる部屋にスキャンを掛け、ルーカスの意識はまだ失ったままだと伝えた。

 それでも体が活動しているのは、寄生されているからに間違いなかった。

「次はマカレナでも踊ってみる?」

 卓也が個室のモニターにダンスレッスンの映像を流すと、ルーカスは疑うことなく全裸のままで習って踊りだしたのだ。

「これ最高」とルーカスで遊ぶ卓也だが、デフォルトはどうにかしなければと思っていた。

 なぜならば以前寄生する知的生命体がいる惑星で、卓也が取り返しつかない事態に陥る可能性があったからだ。

 しばらくはルーカスを個室に閉じ込めて、寄生生命体の目的を探ることとなった。






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