第十三話
「最悪だ……」
人手不足から第二排泄物処理施設へと回されたラバドーラは、心外だと憤懣やるかたない様子で第二排泄物処理施設建設予定地へと向かっていた。
有能ゆえの配置換えと書けば聞こえはいいが、ラバドーラには左遷としか思えなかった。
自分がいなければプロジェクトは絶対に成功しない。プロジェクトそのものがご破産になったのだ。
タイミング的にはプロジェクトの失敗と重なってしまったので、余計にその気持ちが強くなってしまっていた。
だが腐ることなく、第二排泄物処理施設を素早く完成させてしまおうとやる気になっていた。
しかし、その決意が揺らぐほど現場はひどい状態だった。。
なぜ着工したのかわからないほど、連携は混乱しており、誰に聞いても完成図が見えてこないのだ。
ラバドーラはこんな場所に呼ばれてもしょうがないと、ただ端から端まで歩いてみた。
足場の設立が終わっていないのでそもそも建築ができないのと、土台が出来ているのかも定かではないし、その下に埋まっている配管もしっかり繋がっているのかさえわからなかった。
「最悪だ……」
ラバドーラは同じ言葉を何度も呟きながら入口まで戻った。
しばらくは最低最悪の仕事環境に絶望していたのだが、ふと思いついて数十分前の映像と重なり合わせて見ると、全く同じ場所でずっと動いていないグループがいくつもあった。
技術を求めてやってくる星人が働いているので、仕事の失敗はあってもサボるということはありえない。
何か思想を吹き込んでいる者がいることは確定した。
そして、ただ自堕落にサボるというやり方には覚えがあった。
それが正解ならば、居場所を探すのは簡単だった。
「ここにいたか……」
作りかけの施設の一番上。中継所の小さな小屋の中にルーカスと卓也がいた。
「やあ、ラバドーラ。男の城へようこそ」
卓也はどこからか持ち込んだソファーをベッドにして寝転がっていた。
その横では寛ぎながらも、外の様子を気にかけてチラチラ確認するルーカスがいた。
「理由は聞かないし、言わない。一言だ。働け」
「聞いた? ルーカス。あんなこと言ってるよ、ラバドーラが」
卓也がバカにした含み笑いを浮かべると、ルーカスはハッキリとバカにした態度で振り返った。
「聞いたとも。その分では自分がここへ呼ばれた理由もわかっていないようだな」
「サボっているバカの代わりに完成させろということだ」
ラバドーラは声のボリュームを上げて怒りを表現した。
「まさしくその通り。存外鋭いではないか」
恥じることなく肯定するルーカスに、ラバドーラはとうとう尊厳もなくしてしまったかと思っていた。
「まあ明日になればわかるよ。それとも、こんなカオスの中で働きにいくつもり?」
卓也は下の工事現場を、歩くだけでも難癖をつけられる地獄だと表現した。
実際呼ばれても何もすることがないので、皆フラストレーションが溜まっている。些細なことでの言い争いが増加しているのだ。
それはラバドーラも身をもって体験した。この惑星ではアンドロイドではなく、体が弱く機械に身を包んでいる星人として振る舞っているのだが、配慮することなく虚弱体質についてヤジや暴言が飛んできていた。
「言っておくがな……ここへは通貨を稼ぎにきているんじゃないんだぞ。レスト改造のための技術を身に付けたり、情報を手に入れようとしているんだ。レストでストライキが必要になると思うか?」
ラバドーラは毎日ストライキしているようなものだろうと付け足した。
それでもルーカスは「わかってない」の一点張りで、卓也も「明日になればわかる」と真相を明かそうとしなかった。
そして翌日。昨日までの体たらくが嘘のように建設は順調に進んだ。
業を煮やした一人がリーダーシップを取ってまとめ始めたのだ。
元々全員が技術を持っていて、機転が利く者ばかりだ。誰かがまとめてくれさえすれば、仕事はあっという間に終わる。
なぜこうなることをルーカスと卓也が知っていたのか。それは自分達がそう仕向けたからだ。
あちこちで不満を口する。それに一言付け加える。誰かまとめてくれる人がいればと。
誰かに腹を決めさせれば、あとはそこから勝手に工事が始まる。
今までのスケジュールなんて無視だ。誰がサボっていたか、働いていたかは関係ない。とにかく早く終わらせる、
卓也とルーカスはそれに便乗するつもりだった。
楽して良いポジションを取ろうという魂胆だ。
「あのなぁ……そう上手くいくと思うか?」
ラバドーラは呆れながらも二人と一緒にサボっていた。排泄物処理技術に全く興味がないのだ。
無駄な技術を身につけるくらいなら暇な方がいい。そう思って働くことはしなかった。
「上手くいってるだろう。僕らは時々顔を出して顔と名前を覚えてもらう。そうすれば給料アップ。コツは仕事内容は曖昧に報告すること。混乱による緊急時に許される報告。これを利用しない手はないだろう」
「なぜその悪事に働く頭をもっと別のことに使えないんだ……」
「悪事じゃないよ。場を荒らさないように何もしないのも大事なの。見てろ、何せずにそこそこ成り上がってみせるから」
「それはまた……面白そうだ」
ラバドーラはこの排泄物処理施設にいる間。二人を監視することにした。
どうせ暇なら、バカの行動記録を分析するのも面白いかと思っていた。
そしてそのことを話すと、デフォルトは喜びに思わず立ち上がった。
「それは!! つまり!!! お二人が工事の邪魔をしたおかげで、自分のところへ仕事が回ってくるということですか? ありがとうございます! こんなに充実した忙しさは久しぶりです!!」
デフォルトは余計なことを考えずに済む忙しさに感動していた。仕事を終わらせても終わらせても、新しい仕事が入ってくる。そのどれもがやりがいのある仕事だ。
初めは人手不足など疲れるだけだと文句もあったが、食事の支度や掃除などをすることなく、ルーカスと卓也の面倒を見ることもなく没頭出来る。
デフォルトには願ってもいない過酷で幸福な環境だった。
「そうだろう。私はそこまで考えていたのだ。部下のニーズに応えるのも、上に立つ者に必要なことだ。私もまたひとつ成長したと言えるな」
便乗するルーカスを無視して、卓也は「それより」と切り出した。
「どうする? このまま時間を決めずにこの惑星にいるのもいいと思うけど、無い物ねだりになってこない?」
卓也が危惧しているのは、ここでいくら技術や知識を学んだとしてもレストに応用出来るかはまた別な話だということだ。
ここでど真ん中の情報を粘るよりも、僅かな情報を手がかかりに次の惑星に向かった方がいいこともある。
「そうですね……。せめて推進力を上げる改造はしたいですね。出来ればワープを駆使したいです。そうなれば外装の強化も必須。必要エネルギー量も多くなると思います」
「なら、そのどれかの手がかりが見つかったらこの惑星を後にしよう。僕らにだらだらしてる暇はないんだ。そうだろう」
卓也は真剣な顔で三人の顔を見渡した。
その決意の瞳に騙されたのはデフォルトだけだ。
一見。現状を冷静に見つめた上での作戦を捻出したようだが、実際は手を出した女星人に悪評を広められしまったので、女性が誰も近寄ってこなくなってしまったのだ。
元より恋愛よりも仕事に価値観を持ってるのも影響して、卓也に声をかけるものすらいなくなってしまったのだ。
この惑星リックに恋愛を目的にくるものはいないのだ。
そのことをルーカスがバラすと、大した目的もないその場限りの回答だとわかってしまったデフォルトが落胆した。
「私から思えば、卓也君を信じている方がおかしい」
ルーカスはもうこの惑星にも技術にも興味がないと、大あくびをしながら言った。
「僕から言わせて貰えば、ルーカスよりは絶対に信じられる。でも、実際問題。ここにずっといるつもりはないんだろう? デフォルトがここで一生を終える可能性も否定できなくはないけど」
卓也はここを気に入ったデフォルトが、地球帰還へついてこない可能性もあると思っていた。
だが、それはあり得ないとデフォルトは宣言した。
「自分は自然が多い地球に興味があるんです。まさに発展途上惑星。残りの寿命で惑星の進化を見届けられるなら、こんな研究魂に火をつけることはありませんよ」
「本当……。デフォルトってナチュラルに見下してくるよね」
「そう思うのは知識のなさを自覚してるからではないでしょうか?」
「そういうところ。まったく……この惑星で生きていくのが容易いからって調子に乗っちゃってさー」
惑星リックのことを、卓也はデフォルトには合った惑星だと思っていた。実際一番楽しそうにしているし、次々に新しい技術を身に付けていた。
誰もデフォルトは問題を起こさないだろうと思っていた。
しかし、次の行き先の惑星が決まったので出て行こうとしたところ。デフォルトだけ止められてしまったのだ。
この惑星は密入国も含めて出入り自由の惑星。普通ならば絶対に引き止められることはない。
「あの……あのですね。……人にはそれぞれ自分にあったやり方というのが……ありましてですね……」
デフォルトがしどろもどろ説明すると、惑星リックの技術者がひどく困った顔を浮かべた。
「同じルーティンでしか動けない。こんなに対応力がない星人は初めてだ。このまま外に出たら死ぬぞ。悪いことは言わない。しっかりここで知識を身につけていくべきだ」
この惑星でデフォルトは役立たずだと思われていたのだ。
こなす仕事量は多いが頼まれたことをやるだけ。これは機械が作られれば必要がなくなってしまう人材だ。
重要なプロジェクトに携わっていたが、名前だけであり実際に何を成し遂げたかはわからない。
デフォルトの評価ポイントはどこにもなかった。
普段ルーカスと卓也が問題を起こすので、目立たないように行動していたことが仇となってしまったのだ。
向上心なし、対応力なし、宇宙に出たら三日でパニックになると断言された。
「だってさ。どうする?」
卓也は袖につけたバッジを得意げに見せながら言った。
デフォルトを除くサボっていた三人は、上手いこと特大プロジェクトに紛れ込んだおかげで、惑星リックから感謝の印として配布していた通信バッチを正式にプレゼントされたのだ。
この惑星を出れば通信は一切出来なくなるが、一角の宇宙技術者として見られることとなる。
本来絶対にもらうことの出来ないルーカスと卓也がバッジをもらい、もらえる可能性しかないデフォルトはもらえないどころか、絶対にあり得ないはずの留年状態になっている。
「どうするもなにも、誤解を解くんですよ」
デフォルトは何度も抗議をし、テストを受けることとなった。
簡単な有人宇宙飛行のテストなのだが、その時にまずお茶の用意をしたのがまずかった。
いつもルーカスや卓也が文句を言うので、エンジン起動や目標設定をする前にお茶を淹れている。
他にも空き時間には掃除をしているのもまずかった。普通は軌道計算や磁場の算出をしなかればならない。
ここしばらくラバドーラに任せきりになっていたので、家政婦のような仕事ぶりだった。
そのテスト映像見て、デフォルトは我ながらまずいことをしたと思っていた。
こんなもの絶対に合格になるはずはない。
そう思っていたのだが、テストを出したリック星人がデフォルトの行動パターンを理解出来ないのだ。
宇宙船内で家のように過ごす理由がわからない。わからないものに答えは出せない。
ただデフォルトも臨機応変に対応していることは理解されたので、出星を許可された。
惑星リックを何事もなく出発してから、早三日。
デフォルトはまだ不機嫌だった。
「もう機嫌を直したら?」
「無理です。自分がなんと判断されて宇宙に出たか知っています? ペットですよ! それも補助ペット。自分はお二人を面倒見るために作られた人工愛玩生物ということです」
「だからいつも言ってるだろう。デフォルトは真面目過ぎだって。まあ、次は僕らに任せてゆっくりしててよ。惑星リック名誉技術者なんだから」卓也はバッジを見せつけた。「これってモテそうだと思わない?」
「……知りません」
「またまた。機嫌直ってるんでしょう」
珍しくデフォルトは次の惑星に到着するまで不機嫌になっていた。




