第十二話
「ルーカスの番だぞ」
卓也が手作りの不格好な将棋の駒を一つ進めると、ルーカスは手を脇に入れて腕を組んだ。
「待っただ」
「待ったなし。それをやるとご飯の時間まで動かないから、結局僕が負けることになるんだもん」
「私に不利な将棋ルールでやってるんだぞ」
「ルーカスの国籍って日本人じゃん。むしろ僕が合わせてるんだよ、本当はチェスの方が得意なんだから」
「同じものだろう」
「まあ……それには同意。知ってる人から見れば全然違うだろうけど。そういうもんだからね。プロのチェスプレイヤーや棋士だって、僕ほど女性のことを知らないよ。だからどっちが凄いとかないの」
「またその話かね……」
ルーカスは聞き飽きたとため息をついた。
「何度でも聞いてよ。今すごく良い感じなんだ。問題は向こうが忙しすぎて、会える時間が減ったってことくらい」
卓也は重機の操縦席から、真面目に働く人達を眺めた。
人数は増員されたのだが、それでもまだ足りていなかった。それでも他の仕事場に比べたら何倍もマシだった。排泄物処理場に派遣された分だけ、他の部署の人手が減っているということだからだ。
この日もルーカスと卓也は無駄話だけで終わり、終業後の待ち合わせ場所へと向かった。
そこでは、デフォルトが死んだようにぼーっと座っていた。
「やあ、お疲れさん」
卓也が軽い調子で声をかけると、デフォルトは静かに頭だけ下げた。
「礼儀がなっていないぞ」とルーカスに煽られるが、反応する気力もなかった。
デフォルトの情報処理部門からも、排泄物処理場へ移動になった者が何人もいるので、その分の皺寄せがデフォルトに来ているのだった。
情報処理と言っても、レストの時のように一人で黙々と作業するわけではない。
色々な惑星の様々な思考を持っている星人と話し合わないといけないせいで、何倍も時間がかかるのだ。意見交換だけで一日が潰れることもあるくらいだ。
今日もシステム企画だけで終わってしまった。開発と運用のチームが丸ごといなくなってしまったせいだ。
欲しい技術を学べたので、もうこの惑星にいる意味がないと、途中でチームが解散するのはよくある話だった。
デフォルトがみるみる不健康になっていったのは、ルーカスと卓也にもわかった。
「ちゃんと休んでる? たまにはサボることも大事だよ」
「自分がサボると、他に迷惑がかかるんですよ。カツカツで回してるのですから」
「カツカツね……なんかトンカツを食べたくなってきたよ。どう? 懐かしくない?」
「頼めばいいだろう。ここでは頼めばなんでも出てくる」
「そうなんだけどさ……」卓也は店員ロボを呼び止めてトンカツを注文したが、出てきたのはとてもトンカツとは言えない者だった。「これをトンカツって認める?」
「私ならサンダルと呼ぶ」
「地球の料理ってかなり特殊みたいでさ。全然再現出来ないんだよ」
「デフォルト君は作っているぞ」
「あれは地球の本を読んだから。そうでなければ、僕らは栄養剤で過ごしてる」
「お二人はお元気ですね……」
ルーカスと卓也が騒ぐ姿を見て、デフォルトにも少し元気が戻ってきた。
「むしろなんで元気がないのさ」
「そうですね。プロジェクトメンバーが半数も欠ければ、ルーカス様と卓也さんも同じ顔をすると思いますよ」
デフォルトは自分基準で考えているので、ルーカスと卓也も個人的に動いてプロジェクトを進めていると思っていた。
仕事をサボるために、他から動員されるよう仕向けているとは夢にも思っていなかった。
「プロジェクトメンバー?」
「そうですよ。今受け持っている仕事を一緒にやるメンバーのことです」
「ああ! プロジェクトメンバー! メンバーメンバー……プロジェクトメンバーね……。今のところは良好かな」
卓也はルーカスを見た。いつも一緒にるのはルーカスなので、メンバーと呼べるだろうと判断したからだ。
「お二人はお仕事でも一緒なんですね」
「腐れ縁ってやつだね。一緒にいたい訳じゃない。でも……今の所ルーカスの働きぶりに不満はないよ」
「私もだ」
二人は協力してサボっているので、片方が出し抜いて仕事をしない限り仲間割れが起こることはない。
そして、一番に出し抜きそうなルーカスは、この惑星には上司という制度がないということもあり、真面目に仕事をする気は皆無だった。
「良い光景ですね。これもレストにいる時は見られなかった光景です」
仲睦まじい二人。それも協力して仕事をしているとなれば、デフォルトにとってそれは夢の光景だった。
「争ってるのは周りだからね。ところで、デフォルトのところってそんなに人手がいないの?」
「そりゃもう。お二人を引き抜きたいくらいですよ」
デフォルトが愚痴ろうとした時だ。
ラバドーラがやってきて、そのまま愚痴を口にしたので、デフォルトが喋ることはできなかった。
「最悪だ。こんなに人がいないとはな……」
「それって――」
卓也が何か言う前に、ラバドーラは機械油だらけの手を卓也の顔面になすりつけて拭いた。
「どうせ頭の悪いことを言って何かされるんだ。先に答えを出しておいた方が早いだろう?」
「せっかく人手をどうにかしてあげようと思ったけど……もう知らない」
卓也は子供のようにそっぽを向いたが、それで引き下がるラバドーラではなかった。
「どういうことだ? まさか人事に関わっているのか?」
「そんなところかな」
卓也が得意げに言うと、デフォルトまで食いついてきた。
「まさか!! またコンピュータに無断アクセスしたのでは?」
「それをするのはラバドーラだろう。僕らは地球流に従って仕事をしてるだけ」
デフォルトとラバドーラは顔を見合わせた。卓也が何を言っているか全く理解出来ていないからだ。
地球流の仕事というのは、過去に箱舟へタイムワープした時に経験しているのだが、今回に役立てるようなものはなかった。
それは一体どういう意味なのかと、ラバドーラがあまりに詰め寄って聞いてくるので、卓也は思わず白状してしまった。
デフォルトの熱意に負けたというよりも、ラバドーラが新しい女性の姿を投影したのが大きかった。
「――それで、僕らはサボってるってわけ。常識だよ。仕事が間に合ってると思われたら、新人は配属されないの。だから地球人は適度にサボる。精神と体力をすり減らす時代はとっくに終わってるの」
「それは……」とデフォルトは言葉を止めた。褒めるのもおかしいし、叱責するのもどうかという内容だからだ。
卓也の話を信じるのならば、二人は地球の技術によって人手を解消したということになる。
これは他の高度な文明を持つ惑星出身の星人には思い付かないことだ。
コンピューターの力に頼るのも一つの手だが、人海戦術というのも一つの手だ。
実際に排泄物処理場の任務が終われば後は自由だ。手が余ったものは、次の部署へ振り分けられる。
全体的な人手不足も解消できる。要は人手不足の解消が遅いか早いかの違いだった。
「これは応援した方がいいのでしょうか?」
「頭が痛い……煙が出そうだ」
ラバドーラは二人が間違った答えを出さなかったことに驚いていた。
排泄物処理場は何度もシステムを変えるような場所ではない。つまり先に排泄物処理場の人手不足を解消してしまえば、最少人数だけ残して他は別部署に振り分けられるということだ。
「どうやら僕らは一泡吹かせられたみたいだぞ」
てっきり怒られると思っていた卓也は、思いもよらない展開に少し戸惑っていた。
まさかサボっていて褒められる日が来るとは思ってもみなかった。
それはルーカスも一緒で、「ポンコツロボとタコランパの考えることはよくわからん」と顔をしかめていた。
「お二人は今のまま仕事をしていてくださいということです」
「もしかして……僕達褒められてる?」
「まあ……結果的には」
「やったね。デフォルトに認められたら大したもんだよ。ハイファイブだ」
卓也はハイタッチをしようとルーカスに掌を向けたが、二人の手のひらが合わさって音を立てることはなかった。
「つまりなにかね? 私は仕事をしないことが仕事だと」
「そんな! ルーカス様の能力は認めていますよ。なので、今回のことも感心しているのです!!」
余計なことをされたらたまったもんじゃないと、デフォルトは慌ててフォローした。
「冗談だ」とルーカスはニカリと笑みを浮かべた。「私ほどとなれば、いるだけで仕事をしている。知っているかね? これはトップの条件だぞ」
「独裁政治のね」という卓也の呟きは、聞こえなかったのか無視されたのか、ルーカスが触れることはなかった。
「仕方がない。明日もサボろうではないか」
ルーカスはすっかり得意になって、サボりを仕事として扱うことにしていた。
それは数日続き、なんの問題もなかった。
ルーカスと卓也に倣って次々にサボる者が増えてきたので、増員され続けた結果。驚くほど早く、排泄物処理場のメンテナンスを終えてしまったのだ。
当初の予定の四分一ということもあり、さすがにこの施設の管理責任者も様子を見にきていた。
増員は元の仕事をがしたくてしょうがない者達ばかりだったこともあり、順調に仕事は終わっていったのだ。
「これは凄い……どんな手を使ったんだ? プログラムは変わっていないようだし、新たな機械を増やしたわけでもない」
管理責任者はくまなくチェックして問題がないことを確認すると、これは計画を変更する必要があると、施設で働く全員を一箇所に呼び出した。
その内容は、排泄物処理施設を二つに分けるというものだ。
二つに分ければメンテナンスももっと手早く確実に出来るという意見があり、数年前から計画は進んでいた。
そこへ、メンテナンスのプロが集まったとしか思えない集団が現れたのだ。誰だって利用することを考える。
だが、問題はそこにルーカスと卓也を計算に入れなかったことだ。
早速建設予定地に回されたルーカスと卓也は、お墨付きをもらったとサボり倒していたのだ。
「夢の生活だと思わない? 昼はダラダラ過ごして、夕方からは他惑星の美女とデートだ。知ってた? 頭の良い女性の前だと、少しくらいおバカな男の方がウケがいいって」
「それは違う。おバカな女がおバカな男に惹かれただけだ」
「ありがとう。まさか祝福されるとはね」
「私もまさか祝福と受け取られるとは思ってもいなかった。だが、夢のような職場なのは事実だ。私の全てが認められている」
結局サボっているとは認識されなかったので、ここでも二人は同じことをしていた。
皆が自分の仕事で手一杯なのは同じことであり、ルーカスと卓也に目をつける暇がないのだ。
勝手にどこか別の場所で仕事をしているのだろうと思われており、ルーカスも卓也も堂々と嘘をつくのでバレることはない。
ただデフォルトとラバドーラだけが、いつまで経っても人手がこっちに回ってこないのでおかしいと首を傾げるのだった。




