第八話
「わははは!」という下品な笑い声は、まるで惑星全体に響き渡ったのかと思うほど大きかった。
全身タイツにピチピチパンツ。それに風になびくマント。
地球出身の星人ならばすぐに想像出来る姿だが、この惑星では馴染みのない姿だった。
それでも、ルーカスは英雄の証だとスーパーヒーローの格好で踏ん反り返っていた。
「卓也さんは良かったのですか?」
衣装は一人分。ルーカスの分しかない。
デフォルトはてっきり卓也も良い格好をしたいのかと思っていた。
「僕? 僕にあんなマヌケな格好をしろっていうの? ブリーフを履いてヒーローになれるなら、僕はベッドでいつもブリーフを履いてる。でも、しないのはなぜか。ただのHでEROな男にしかならないから。Hって変態って意味だって知ってた?」
卓也はあの格好を見てと、岩場の影からルーカスの姿を滑稽だと言った。
筋肉がある男ならまだしも、痩せ型でヒョロヒョロの印象を受けるルーカスがスーパーヒーローの格好をしたところで、よく受け取ってもコスプレにしか見えなかった。
「自分には地球の価値観はわかりませんが……そんなに悪くないと思いますよ」
デフォルトにはルーカスの格好が正装に見えていた。
細身に見えるシルエットだが、マントが広がっているおかげで偉大にも感じさる。
ルーカスを見る瞳は、まるで子供の七五三の衣装を見守るような瞳だった。
「そんな目をしてられるのも今のうちだよ……」
卓也は早速ルーカスが問題を起こしていると、土煙が立ち込める天井を指した。
そこではルーカスが地下のモグラ星人に、磁力鉄砲で狙われていた。
「こら! 何をしているのかね!! どういうつもりだ!」
ルーカスが英雄だぞと声を荒らげるが、地下の星人には聞こえていない。
「水をかけろ! 土煙を泥に変えるんだ! 動きを奪え!!」
「影が見えたぞ。右だ! 狙え狙え!」
地下の星人が持つ銃は磁力で発泡されており、かなりのスピードが出る。体を貫くには十分すぎる速度だ。
「おかしいですね……」
「おかしいもんか。ルーカスが本性がバレたってだけだろう」
卓也の辛辣の言葉に、ラバドーラは迷うことなく頷いた。
「悪役になってるなら、それはそれで都合がいい。第三勢力が生まれればいいだけだからな。このまま作戦を実行するぞ」
現在地下は磁場に閉じ込められている状態だ。エネルギーも出ていけないので、地下にどんどんと溜まっていく。
鉄の塊であるレストに磁力を纏わせて地上へ出た後。そのままの勢いで宇宙空間へ飛び、磁場を解放する。と言うのが流れだ。
「本当に上手くいくのでしょうか……」
デフォルトは地下にこっそり停泊させているレストの壁を触りながら言った。
「磁場はエネルギーを捕まえる網みたいなものだ。それが磁力でも、別のエネルギーでもな」
「それ知ってるよ。地球でも地震のエネルギーは磁場を使って宇宙に放出させてる」
「そうなのですか?」
「デフォルトは地震のない宇宙船で育ったんだろう? それじゃあわからないだろうけど、僕らは地球人はデフォルトよりも自然のエネルギーってものを感じて生きてるのさ。時に利用して発展し、滅ぼされる。地球がその輪廻から外れたのは、磁場でエネルギーを放出させる手段が出来たから」
「詳しいんですね」
「デフォルト……僕のプロフィールを読んだんだろう? 田舎育ちなの。田舎育ちは言語より早く自然を学ぶんだ」
「素晴らしい! 素晴らしいですよ!! 自然エネルギーと化学エネルギーの調和! そんな惑星は他にはありませんよ!」
デフォルトはかつて訪れた惑星を思い出すように言った。
惑星の使用エネルギーというのは科学か自然に寄るのが普通だ。
化学が発達しすぎると、生命体は植物を求める傾向があるが、それは全て作り物の植物だ。作られた道。与えられた栄養を含んだ土。人工恒星。そして、景観を損なわない樹木。
均整の取れた自然が広がるが、それは不自然というものだ。
逆に自然を大事にしすぎると、高エネルギーに思考的アレルギーが出てしまう。自然を大事にするあまり、進化というものを拒む生命体も多い。
地球というのは珍しく、そこそこの宇宙技術とまあまあの環境保護の実績がある。
これは極めて稀な例だ。
特にデフォルトのように、生まれ惑星を持たない種族は、自然エネルギーとは未知のものであり、また子供のおもちゃのようにワクワクさせるものだった。
「素晴らしがるのも結構だが、そろそろルーカスが死ぬぞ。これも作戦の内なら、止めは私が撃つ」
ラバドーラはレストの中から、操縦桿を握りながら言った。
攻撃機能が備わってないことはデフォルトも知っているので慌てることはなかったが、ルーカスが追い詰められているのも事実だった。
ルーカスの高笑いは、地下ということもあり不気味に反響しているので、地下の星人の耳に嫌味にこびりつくのだ。
段々と我を忘れ攻撃的になり、ルーカスはあっという間に天井の端に追い詰められた。
「こら! 私がわからんのか!」
「そんな変態は知らん! もっこりさせやがって! こっちに子どももいるんだぞ!!」
血走った目の父親が、暴走する磁力の岩を使ってルーカスを押し潰そうとした時。地下は大きな地震に襲われた。
レストが電磁力を使い浮上を始めたのだ。
ラバドーラがレストの一部を磁力船に改造したことにより、少しだけ磁場を自由に扱えるようになった。
今はそれを網漁のように使い、地下の磁力ごと浮上しているのだ。
「なんだ!」
天井がレストの電磁力の影響によって崩れ始めたので、地下の星人はパニックになった。
「諸君! 安心したまえ! この私が来たからにはもう安心だ」
ルーカスは段取りを無視して、自分をもう一度英雄と呼ばせようとしたのだが、立っているのはレストの上。まるで愛馬に乗るナポレオンの絵のようにしっくり来ていた。
しっくりきているのは当然英雄ということではなく、馬が誰のものかはっきりわかることがだ。
「狙え! てっぺんに立ってるぞ! 敵は船を持ってる!!」
磁力銃を発砲され、ルーカスは慌ててレストの中へ逃げ込んだ。
「なんて奴らだ! こんな惑星さっさと滅ぼしてしまえ!!」
「そんなことをしたらレストまで爆発するだろう。よく考えろアホ」
ラバドーラはレストの電磁力を切り替えながら、磁力の地面を浮上させている。メモリを使う作業だが、それでもルーカスには一言いってやりたかったのだ。
だが、それっきりマイクの電源を切って集中モードに入ったので、ルーカスの反撃の口撃は一つもラバドーラに届くことはなかった。
それでもスッキリしたと、ルーカスは満足げな顔で笑っていた。
「ルーカス……趣味を見つけた方がいいよ。僕でもわかる。そのストレス発散方法は不健康だぞ」
「卓也君……もう少し頭を働かせたまえ」
ルーカスが呆れて言うと『卓也君……もう少し頭を働かせたまえ』と全く同じ言葉が返ってきた。
「何をしている……」
「自分に言い聞かせてるのかと思ったから」
卓也は録音データを消すと、モニターを見た。明るくなったので、地上に出たのがわかったからだ。
しかし、レストは地上を半分ほど出たところで動かなくなってしまった。
「大変です! 磁場内の磁力が強力過ぎてしまい、磁力の地面と強くくっついてしまったようです」
「それをどうにかするのが君達部下の役目ではないのかね」
ルーカスがやれやれと肩をすくめると、ラバドーラが食ってかかろうとしたが、デフォルトにそんな場合ではないとたしなめられ、問題の解決のために地上へと出た。
今までは地下の住人は滅多に地上へ出てこなかったが、今回は地下の危機であり、地下で爆発に巻き込まれるくらいならと、地上へ繰り出してくる可能性が高い。
その前にどうにかしなければならないので、ルーカスにかまってる暇はないのだった。
「また私達は蚊帳の外か」
「箱舟でもそうだっただろう」
卓也はやることがないなら、リラックスしていようと椅子に深く腰掛け、ルーカスに座るように言って椅子を寄せた。
「何をのんきな……見たまえ。この汗を、尋常ではないだろう」
ルーカスは汗だらけの手のひらを卓也に見せた。
「いつものことだろう。緊張したら手汗。それで試験がダメになっただろう。覚えてないなら、日記でも確認したら?」
「何を偉そうに……。そこまで私のことがわかっているなら、これが第一段階だと言うこともわかっているだろう」
「待った……まさかお腹に来てるのか?」
返事の代わりにルーカスのお腹がぐるぐると生き物のように鳴った。
「私はストレスが頂点達すると、体内で不思議パワーが生まれるのだ……」
「ガスだろう。それもすごい臭いやつ。……まさか! まさか――ここでする気か!? 方舟の解毒フィルターを一つダメにしたのを忘れたのか?」
「内なる力の解放だ!」
ルーカスが苦しそうな顔で息むと、卓也はルーカスを抱えて慌ててレストの外へ出た。
ルーカスの放屁はまるで大砲のように響き渡った。
「何をしているんだか……」
ラバドーラは少し離れたところからオナラ騒動を見ていたが、デフォルトはこれだと触手を打って鳴らした。
「ラバドーラさん! いけますよ!」
「いける?」
「今磁場は乱れている状態です。ねじれ曲がった磁場を正常に戻すんです。地面のすぐ下まできているのは確かです。腸をマッサージするように、地面を押すんです。そうすれば、レストは磁場を持って宇宙まで飛んでいけます」
デフォルトは名案だと思って言ったのだが、ラバドーラは無言だった。
三分程無言の時間が続いてから、ラバドーラは「放屁させるってことか?」と言ったが、音声に嫌だと言うのが滲み出ていた。
「放屁ではありません……。エネルギーを放出させるんですよ」
「わかったわかった……。ガスだまりの腸を、空気の通り道に合わせて揉み込んでやるんだろう」
ラバドーラはもう大義を失ったと躍起になっていた。
地面をスキャンし磁気だまりを見つけると、その上から地球の保護スーツの電磁石を利用して押し出していった。
またも地震が起こったが、今度は自分達が起こしてるものだ。
驚くようなことはなかったのだが、レストが磁場を持ち上げて空に浮かぶのと同時に、磁力を追ってきた地下の住人が湧水のように飛び出てきた。
「よし、出力を上げるぞ! 空の星人の攻撃も考慮しろ」
ラバドーラが命令を下すと、すぐさまデフォルトが操縦桿を握って対応した。
「腸壁にこびりついたカスどもが追いかけてくるぞ!」
ルーカスがモニターを見て叫んだ。
まるで蜘蛛の糸のように張り付いて、地下の星人がレストを地上へ下ろそうとしていた。
「だからどうした。プラグでも入れて栓をしろって言うのか? なら任せる。H―EROにな」
ラバドーラはからかったのだが、ルーカスは気付かずにふんぞり返っていた。
「ようやく私にことを認める気になったかね」
「HでEROのことか? それとも便所扱いをしてることをか?」
ラバドーラは吐き捨てるように言うと、合図も出さずにレストを急発進させた。
地下の星人は振り子のように振られ、磁場のエネルギーの磁力反発によって遠くまで飛んでいってしまった。
レストはこのまま大気圏を突破する予定だ。
卓也は窓から空の星人がすむ、浮遊都市を眺めていた。
「卓也さん……」とデフォルトが肩に触手を置いた。
空の星人の一人と卓也は良い仲だったので、言葉もない別れは辛いものだろうと思ったからだ。
「大丈夫だよ。デフォルトも聞いてただろう。僕らは運命に繋がれてるんだ。これで終わりじゃないよ」
「卓也さん……。そうですね」
デフォルトがもう一本触手を卓也の肩に置いたときだ。
鬼のような形相で「殺してやる!!」と叫ぶ女性の姿があった。
レストが磁場を引き連れて上昇しているので、空の星人が住む土地に影響が出過ぎているのだ。
「彼女って……付き合う前と、付き合う後で性格が変わるタイプ? ……縁切った」たかしは目の前で両手の小指の先を合わせた。「ほら、切ってよ。デフォルト」
「こうですか?」
デフォルトが触手で小指を両断すると、卓也は喜んだ。
「これで縁が切れた。何も気にすることはない」
「ちょっと待ってください! これは自分が縁を切らせたことになるんですか?」
「違うよ。立ち合い人ってこと。もしも、彼女が追ってきても、縁を切った証拠があるってことさ」
「もう……変なことに巻き込まないでくださいよ……」
レストがエンジン出力を上げて大気圏に突入すると、磁場が稲妻のように光った。
「見ろ! 地上の毒が宇宙に消えていくぞ!」
「地上は平和になったんだ!!」
その言葉達は、地上からも空からも響いた。
別け隔てない一つの惑星の言葉として。




