第四話
「沈んでるぞ!」
ラバドーラは真っ暗な外の映像をレストの至るモニターに映し出して、三人の部屋へ警告のアラームを鳴らした。
そのため、今がどういう状況なのかというのは、ラバドーラの声が聞こえていなくても理解することができた。
落ちるのではなく、沈む。レストは沼にハマったかのように、ゆっくりと岩盤の中へと沈んでいっているのだ。
「すぐにエンジンを入れてきます!」
デフォルトは高エネルギーを発射して、岩盤から抜け出す提案をしたのだが、ラバドーラに遅いと一蹴されてしまった。
既にレストは傾いてしまい、今のままエンジンに火を入れて動かすと、より地中へと向かってしまうのだ。
しかし、脱出しようにもドアもハッチも半分以上岩盤に埋まってしまっている。
ただ沈んでいくのを待つしかなかった。
焦ってパニックに陥るデフォルトの隣で、ラバドーラは冷静になっていた。
体に伝わる違和感のせいだ。それが気になって、目の前のことに集中できなくなっているのだ。
それはデフォルトにも伝わり、余計にパニックを大きくさせた。
「どうしましたか? もしや、エネルギー変換装置に故障が!?」
「エネルギー変換……。そうか……それか」と、ラバドーラは人間のように大きく息を吐くと、心配することはないとモニター前の椅子に腰掛けた。
「どういうことですか?」
「迎え入れられているということだ。今、レストは沈んでいるのではない。引っ張られているんだ。磁力のエネルギーによってな」
ラバドーラが感じていた違和感とは磁力だった。
元から磁力が強い惑星であり、微妙な磁力の流れに気付くのが遅くなってしまったのだ。
「つまり、これはエレベーターのようなものということですね」
デフォルトはほっとした。
少なくとも、敵対して攻撃されているわけではないとわかったからだ。
「今はな。友好か敵対か……それは今後の話し合いで変わるだろう」
ラバドーラは言いながら、振り返って真後ろのドアを見た。
警報を鳴らし、モニターまでつけたのに、操縦室へやってきたのはデフォルトのみ、ルーカスも卓也も足音さえ聞こえてこなかった。
騒がれても面倒なので、デフォルトは二人を起こさずにモニターを眺めていた。
硬い岩盤だと思われていたものは、小さな磁石の粒が合わさって強固になっていたものだっった。
この惑星には道という道はない。全てが磁力によって、瞬間瞬間に作り出されているのだった。
つまり、現在レストは誰かが意図的に作った磁力の道を進んでいるということだ。
「凄い技術ですね。一粒一粒が磁力エネルギーをもっていて、反発と引力に作用し、レストは一定の速度で進んでいますよ」
「凄いものか……自力で動かなくなったパーツがあるぞ」
ラバドーラは足を引き摺りながら操縦室を出ると、古いパーツに付け替えて戻ってきた。
旧パーツを使うと必要なエネルギーは増えてしまうが、磁力に影響を受けるような繊細な部品はないので安心だ。
「おかしいですね……レストには影響が出ていないのですが……」
レストはその持ち前の古さから、今では精密機械とは呼ばれないなものだ。それでも、少なからず磁力というものは宇宙船に使われている。
それはメインコンピュータに影響を与えるものではないので、気が向いた時にでも修理すればいいような場所だけ影響がある。
これは幸いだった。もし、どこか故障してしまったら、修理の交渉をしなくてはいけなくなる。未知の惑星の星人と交流をするのならば、その小さないざこざも大きな火種になることがある。
火種はルーカスと卓也の二人により、大規模火災へと発展してしまう可能性があるので、一つもない方がいい。
「まったく……せっかく苦労して手に入れたパーツだったのに」
ラバドーラはこれ以上体に異常がないのを見極めると、モニター前の椅子に座り直した。
しばらく磁石の岩盤を見送る光景が続いたが、まるで目覚めの天井のように、急に新たな世界が顔出した。
その世界は地下に広がる大都市だった。一人乗り用の小型バイクが走り回り、祝福で鳴らすクラッカーに入っている巻紙のように、長く道を作っては消えていった。
天井から落ちるかと思ったレストも、すぐに磁石の道が作られて、他の宇宙船と同じように動き出した。
動き出すと言っても、レスト自体が動いているわけではない。磁石の地面が勝手に動いているのだ。
「これなら、交通事故の心配はいりませんね。おそらく磁力はどこかで管理されているはずです」
「まぁ……攻撃されていないのを見ると、敵対意志はないように思える。それか、よっぽどのバカかだ」
「ですが、自分達と同じような宇宙船もありますよ。どうやら沈むというのは、正規の入国ルートだったらしいですね」
レスト同様、磁力によって運ばれる宇宙船が数台。どれもが、攻撃体制に入っていないのを見ると、ただ身を任せるのは正解だったようだ。
寝起きで合わせるのも印象がよくないと、デフォルトはルーカスと卓也を起こしにいった。
「よく眠っていられましたね。あの振動で……」
まだ半分まぶたが下りているルーカスを見て、デフォルトは心配になった。
本当の地震に襲われたら、まず死ぬと思うほどの揺れだったからだ。
それに気付かず眠り続けるルーカスの危機管理能力のなさは、いつもデフォルトが頭を悩ませていた。
「私をバカにするな。ちゃんと起きたぞ。起きて揺れていなかったら、また寝たのだ」
「重力制御が効かないほどの揺れですよ? 部屋も荒れていると思いますが……」
「真っ暗な中いちいち確認しろと言うのかね? 何かあれば宇宙に出ればいいだけだろう」
「宇宙に逃げ出すにも人手がいるのですが……」デフォルトはルーカスを頭数に数えるのはやめようと心に誓うと、同じくまだ眠そうにしている卓也に話しかけた。「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。今日の夢に女の子は出てないしね」
「VRの影響は大丈夫ですかと聞いているんですが……」
「それまだ聞くの? いちいち大丈夫か、気持ちいいかって聞いてたら、ベッドで女の子に嫌われるよ」
「わかりました……。大丈夫だという答えとして受け取っておきます。それより、どうですか?」
デフォルトは瞳を輝かせて、触手を一本。モニターに向かって伸ばした。
出来ては消えていく磁石の道。地中にそびえ立つビルのような長い一つの建築物。その周りを浮かぶようにして、いくつも建物が建っていた。
建物も磁石を利用して建築されているので、土台が必要ないのだ。中心にあるビルから放射状に道が伸びており、家も磁力によって繋がっているのだった。
地中は暗いが、ビルの側面に巨大なライトが付けられており、それが太陽の代わりなっていた。
ビルの周りをゆっくり建物が動くことにより、人力で朝と夜を作っているのだ
これはかつて惑星近辺で宇宙戦争が起こったことによる名残だ。
この惑星は攻撃よりも、守ることを選んだ。惑星全員が地中へ避難したのだ。
しかし、宇宙戦争は大昔のこと、銀河での争い事はなくなったので、地上で生活する安全も確保されたのだが、長いこと地中で暮らしたことにより、地中に適した体へと進化してしまったのだ。
わざわざ住みにくい地上で生活する必要もないので、戦争の心配がなくなっても地中で暮らしているということだ。
特別友好惑星以外に地中へ潜る方法は教えていないので、それを知らない宇宙船が着陸しても星人は反応しない。
日にいくつかある『招待』を受け取り、地中へと入ることができる。
その招待こそが地震であり、あの揺れは地上の宇宙船を確認するときに起こるものだ。
「敵対の意志がなければ自由にしてもらってかまいません。我々『地下の民』は歓迎しますよ」
四人はビルの中に運ばれ、そこで惑星代表に話をされていた。
この惑星の成り立ちばかりで、デフォルト以外は誰も興味がなかった。
解放された途端。卓也はため息を落としたのだった。
「……見た?」
「見た。モグラが偉そうにしていたぞ」
ルーカスは驚きに目を丸くしていた。
この惑星の住人は地球でいうモグラに姿が似ているのだ。それも、本物のモグラではない。デフォルメされた、イラストのモグラに似ているのだった。
「絶対に本人達の前で口にしないでくださいよ。何が差別用語に指定されているかわからないのですから。大抵の惑星で、星辱の罪は重いですよ」
「しないよ。モグラだよ? 僕は女の子にカウントしないね。でも、アニメに出てくるようなセクシーなウサギだったら大歓迎。僕はすぐ狼になっちゃう。なんなら人参になって食べられてもいい」
「そういうことを口に出さないでくださいと言っているんです……」
「わかってるよ。僕だってバカじゃない。ちゃんと別の宇宙船の女の子の相手をするさ」
卓也はいくつかある他惑星の宇宙船を見てテンションを上げた。あのどれかには、絶対に女性が乗っていると思ったからだ。
「しょうもない男だ……」
ルーカスは相手にしていられないと一人歩き出した。
「ちょっと待ってください!」
勝手に歩いては危険だと、デフォルトが引き止めた。
「わかっている。ここに宿泊施設はない。レストに帰ればいいんだろう」
「ちゃんと話を聞いていたんですね……」
絶対に一から説明し直さないといけないと思っていたデフォルトは、現状を理解しているルーカスに素直に驚いていた。
「他に聞くことがあったかね? とにかく、危険がない惑星だ。私は久しぶりの地面を堪能させてもらう」
ルーカスが一人で散歩するには訳があった。卓也はVR空間で好き勝手やっていたが、ずっとレストにいたルーカスにはストレスが溜まっていた。
生まれ惑星を持たないデフォルトとラバドーラは、いくら宇宙船に乗っても思うことはない。
ルーカスは珍しく地上を恋しく思っていたのだ。
地上と言っても地下だが、街並みを見て、文化を感じるとそんなことどうでも良くなった。
周りのモグラ星人全員が、ルーカスを見てため息を漏らすからだ。
このため息は批判ではない。羨望のため息だ。
モグラ星人は全員背が低い。なので、背の高いルーカスはこの世界でモデルのように見えているのだ。
逆に背の低い卓也には親近感を持っている。
そんなことにも気付かず、二人はそれぞれチヤホヤされて調子に乗っていた。
それはルーカスがレストに帰っていても同じだった。
「君達にも見せたかった。私がどれだけこの惑星で尊敬されているかを」
「僕は最悪だった」
卓也が不機嫌に唇を尖らせると、デフォルトが背中を優しく叩いた。
「楽しんでたじゃないですか」
「あれは彼らが僕に仲間意識を持つ前。最悪だよ、この惑星じゃ背が低いのはメリットにならないんだ」
「いいではないですか、嫌われるよりも。自分は安心しましたよ。友好的な惑星とわかって」
「本当にそうか?」とラバドーラは語気を強めた。「まだ惑星に呼ばれた理由が判明してないんだぞ。ここには観光目的で来たんじゃないことを忘れるな」
ラバドーラの注意も虚しく、テンションの上がったルーカスと卓也の耳には届かなかった。
そして、歩き疲れたことにより、ルーカスと卓也は早く眠りについた。
数時間後デフォルトも眠りについたのだが、再び大きな揺れに襲われたのだった。




